新型コロナウイルスの終息が見え、経済活動が戻り始めたベトナム。だが、社会的隔離期間を含む2月から4月は、多くの工場で生産の抑制が余儀なくされた。工場の稼働、従業員の安全確保、将来への備え……日系製造業のトップはどのように現場を指揮したのか。
全国14工場がフル生産 即席めん増産の舞台裏
ACECOOK VIETNAM
General Director
梶原潤一氏(左)
General Manager
野田秀雄氏
対策は従業員の申告から 生産にはほぼ影響なし
ベトナム国内で初めての新型コロナ感染者が確認されたのが、テト期間中の1月23日。エースコックベトナムの動きは速かった。テト明けすぐに、過去1ヶ月以内に中国に滞在した従業員、特に武漢は経由便を含めて帰国した者に申告を通達。同じ旅程での同居人がいる場合も同様とし、2週間の自宅待機を依頼した。
次の段階は海外からの来客は受け付けず、訪問も禁止。どうしても相席する場合は自社入口での検温、健康状態の記入、手指の消毒をして、相手も従業員もマスクをする。その後は来客全員、そして出勤時の従業員にも広がった。
次はキャンティーン(社員食堂)内の距離。2時間内で6班に分け、1班当たりの使用は20分。席数は極端に少なくし、1つのテーブルに1人、大きなテーブルは端と端に合計2人が座る。2mのソーシャルディスタンス(社会的距離)を守るためだ。
「工場内は元々密集する人員配置でないので、ほぼ問題ありませんでした。ただ、スープや具材をカップに入れるラインは両側に人が並ぶため、2mの距離が保てないとわかりました」(野田氏)
しかし、保健省の確認により、従来通りにマスク、手袋、髪ネット、白衣などの対策ができているとして承諾を得た。オフィスやキャンティーンも問題なしとされ、生産体制は維持されていく。ただし、フル生産は既にスタートしていた。
ボトルネックになった スープと調味オイルの工場
「テト明けにホーチミン市人民委員会から連絡があり、2つのお願いをされました。1つはキャパシティいっぱいまで即席めんを生産すること、もうひとつは値上げをしないこと。どちらも了承しました」(梶原氏)
全国14の工場は2~4月、フル稼働となった。通常は2交代だったのを3交代にして、生産量は3割強も増えた。従業員の残業量を調整し、一定の労働時間を超えたらボーナスを支給、新規雇用も実施した。
スーパー、コンビニ、町の小売店からも大量のオーダーが入るようになり、売上は3月がピークで2月のおよそ2倍に。政府が調理済み食品を推奨したこと、保存食としての買いだめも後押しした。
最中には問題も発生した。ひとつは主に海外からの原材料の遅延で、別のサプライヤーを探したり、航空物流を強化するなどで何とか対処。思わぬボトルネックとなったのは、スープ工場と調味オイル工場だった。
14工場中ラーメン、春雨、米麺の製品工場が全国に11あり、スープ、調味オイル、容器の各工場がホーチミン市にある。増産は袋麺が中心だったので容器工場は問題なかったが、スープと調味オイルはほぼすべての製品に使われるため、供給量が足りなくなったのだ。
そこでこの2工場は4月まで週末も稼働。スープやオイルのパック詰めはサプライヤーにも委託しており、同社の特約店のような存在となっている。これらの企業も休み返上で仕事を請けてくれ、パートナー企業を含めた全社体制で乗り切った。
「生産現場で日常的に使い捨てマスクを使っていることもあり、マスク不足は起こりませんでした。ただ、先々を考えてと営業部門からの依頼などで、多めに追加調達しました」(梶原氏)
「残念ながら4月の売上はダウンし、5月はさらに落ちています。理由はストック分が既にあること、スーパーで恒例のプロモーションがないこと、暑さのせいもあると思います」(野田氏)
増産体制から生まれた リードタイムの大幅な短縮
同社全体で工場勤務が4000人強、オフィス勤務が約1100人で、そのうち本社が400人ほど。4月1日からはオフィス勤務の半数をリモートワークにした。これは出社組に感染が広がった時のリスクヘッジという。
ただ、自宅にノートPCがない人もいて、急遽調達。それがスムースに運んだのは、ノートPCの切替え時期でちょうど発注を始めており、ここに追加する形で済んだからだという。
「私は毎日出社していました。というのは自筆のサインが必要だったからです。自炊派なので食事には困りませんでした」(梶原氏)
「電子レンジで温めるご飯パックが売りきれていたので、炊飯器を買いました(笑)」(野田氏)
海外はもちろん国内出張もできなかったので、営業本部会や製造本部会など全国規模でのマネジャー会議はできず、主に電話やメールでの対応となった。ネットのTV会議は通信が途切れるなどで支障が多かったという。
「2~3年前から新卒学生の定期採用を始めたのですが、ストップしました。最近、ようやく面接が始まったところです」(野田氏)
朗報もあるという。従来、液体スープはホーチミン市のスープ工場で作り、製造から20日後にチェックして、問題がなければ他の製品工場に配送していた。それを増産でスピードが重視されたため、ハノイなど現地工場での製品チェックに変えた。1週間等の配送期間分を使ってリードタイムを節約させる、苦肉の策だった。
「間に合わないから始めたことですが、現地のチェックで問題はなく、在庫管理が確実になり、配送時間も短縮できた。前からのルールだと誰も変えようと思わなかったのですが、今後はこの方法に変えました」(梶原氏)
新型コロナに第2派、第3派がないとは言えない。エースコックベトナムでは発生から対応までの記録を残し、マスクと消毒液は余裕を持って備蓄し、リモートワークは再開できる環境にある。その予兆があれば動き出す準備は万端だ。
工場稼働を継続するために 業界シフトが損害を軽減
TOWA INDUSTRIAL(VIETNAM)
CEO
渡邉 豊氏
工業団地に感染対策の監査 感染防止に様々な工夫
ホーチミン市内に3工場、南部ビンロン省に1工場を持つ東和インダストリアル。ミシンで使うボビンケースで世界シェア1位を獲得し、自動車、建設機械、産業機械などへと分野を広げてきた精密機械のサプライヤーだ。全工場で約800人が働く、EPE企業である。
新型コロナへの対策は市や省により異なったが、それは市民レベルだけでなく工業団地も同様だ。ホーチミン市の場合は4月に入り、ホーチミン市輸出加工区・工業団地管理委員会(HEPZA)から工場操業に関する誓約書、ホーチミン市COVID-19対策指導委員会からは感染リスク評価指標の提出要請があった。
「3月末くらいに保健省が工業団地の監査をするという情報を聞きました。その後実際に、誓約書とリスク評価指標が出たわけです」
同社の工場があるタントゥアン輸出加工区は4月上旬から監査が入ったようで、監査を受けた企業は他社に情報を共有した。監査のチェック項目やポイントとなることで、同社も4月22日に監査を受けた。
操業制限もあり得たため、事前に「ありとあらゆる対策」を施したという。大切にしたのは監査員がきちんと確認できる形にすることで、感染対策が伝わらなければ意味がないからだ。
工場入口での検温や健康状態の記入、手指の消毒はもちろん、玄関には2mの距離を保って進む表示マーク。社内では室外に複数の椅子を出して、「使用禁止」の張り紙。室内で人数制限をしている意思表示だ。キャンティーンでは従業員が触れ合わないようテーブルにパーテーションを立て、「昼寝室」内もパーテーションで仕切った。アルコール消毒液が出るマシンを自作して、社内各所に置いた。
その結果、ホーチミン市内3工場のリスク評価指標は11、11、21ポイント。21となった工場は10ポイントが加算されてしまう「夜勤」があったためだ。ちなみに30~50未満で工場稼働不可の可能性が出て、50~80未満で対策がなければ稼働不可、80以上は稼働不可だった。
「弊社は平均より低い数字だと思いますが、タントゥアンで30以上の企業はなかったと思います。弊社も他社さんも問題なく生産を続けられました」
工業用と家庭用で明暗 産業機械へのシフトが奏効
同社ではその前、テト明けから手洗いとマスク着用を徹底させて、工場入口でのチェックも始めた。オフィスでは入室人数の制限をしたが、工場では大型設備が多いために元々ソーシャルディスタンスが保たれていた。ただ、作業台が横並びとなる検査作業などでは、台を互いに離すなどした。
このように生産は継続できたが、ボビンケースなど縫製業向け部品は大幅に受注が下がった。新型コロナによる世界的な自宅待機により、服や靴などアパレル系の販売が落ち、縫製工場からのミシンの注文が減ったためと思われる。
「中国も高品質のミシンを使った縫製輸出をしており、新型コロナと米中貿易戦争で生産が減っています。弊社の商社が上海にありますが、中国での売上もかなり落ちています」
こうした工業用ミシン向けが50%ほど減る一方で、家庭用ミシン向けは1.5~2倍へと受注が伸びた。家庭用ミシンは趣味で使う人が多いが、新型コロナ禍でマスクを縫ったり、自宅待機中に興味を持ったりと、新しいニーズが生まれたようだ。ただ、同じ部品でも家庭用ミシン向けは安価なので、工業用ミシン向けでの赤字を埋めるまでは及ばないという。
一方、農業機械、建設機械、産業機械向けはあまり影響を受けず、長期的に見れば2018年上半期から低水準が続いた状態で、新型コロナでの急激な業績ダウンは避けられたという。
「喜んでよいのかどうか(笑)。リーマンショックの時は売上の約6割が自動車部品で、ひどい目に遭いました。その教訓から定期交換が必要となる産業機械などの割合を増やしたことも、奏功していると思います」
新型コロナはモグラ叩きのようなものと渡邉氏。アジアでの感染が収まると南米で増えるなど、世界的な終息はまだ先だろうから、特に縫製業の回復はしばらく難しいという。
業務は延滞も人材採用に花 今後は企業間の競争激化か
日越間の行き来が止まったことも業務に支障を与えた。まず、熱処理加工などの新しい設備について、ベトナム人に指導する日本人技術者が来られない。TV会議では細かい部分や勘所などが伝えられないため、設備には使用禁止のテープが巻かれたままになっている。
スタッフの日本研修なども延期され、渡邉氏の出張もなくなって連日のTV会議に変った。これまでベトナム兼日本の社長として日越双方の企業訪問、顧客との打合せや会食を続けてきたが、これらが一切なくなった。
「25歳から今の仕事をしていますが、これだけスーツを着ない、夜の会食のない期間はありません。この1ヶ月半、誰とも名刺交換をしていないのも初めてですね」
朗報もある。事務職の募集では、以前に見られなかった優秀な人材、例えば製造業にはあまり応募がなかったホテルなどサービス業出身者が集まっているそうだ。
新型コロナの終息後は何が変わるのか。渡邉氏はサプライチェーンの構成が大きく変化し、中国の割合が落ちて東南アジアが選ばれると語る。中でもベトナムは、多くの外資系企業の中国からの工場移管先になるという。
「中国からなら北部が有望ですが、アセアン市場を考えれば南部もある。ただ、移管先は地方都市に移り、ベトナムの企業間では競争が激化すると思います。喜んでばかりはいられないでしょう」
ピンチをチャンスに変えるとき サプライチェーンの編成に参入
YUWA VIETNAM
General Director
飯高真一氏
車載用部品がダメージ ノートPC用は特需が発生
精密プラスチック部品メーカーのユウワベトナムはビンズン省に2工場を持つ。第1工場で約500人、クラス1万以下の高水準クリーンルームを持つ第2工場では約800人が働く。
生産している部品はおよそ車載用が25%、スマートフォン用が35%、パソコン用が10%、メディカル・ヘルスケア用が10%。このうち新型コロナによるダメージが最も大きかったのが車載用だ。何万という部品で作られる自動車の、国際的なサプライチェーンが途切れてしまったからだ。
「自動車メーカーの生産工場が止まってしまうと、部品があっても必要のない状態になってしまいます。そのため、出荷できずに納期を遅らせる場合も出てくるのです」
逆に従来の10%から15%ほどに伸びたのがパソコン用部品で、最新でない旧型機種用のコネクターを中心に増産となった。リモートワークで自宅用ノートPCの購入者が増え、スピーカーやカメラなどとつなげるコネクターが特需のように発注されたという。
「スマートフォン用部品も同じく古い機種向けが動き出しました。ノートPC用と同様、実務用として価格の安い機種が売れているのだと思います」
メディカル・ヘルスケア用は新型コロナ対応でニーズが増え、注文が多くなっている。同社全体としての売上は30%ほど下がったが、この数字で済んでいるのは多くの業界の部品を手掛けて、リスク分散ができているためだという。
換気、消毒、清掃に奔走 マスクでは思わぬ出費も
飯高氏はテト期間中に日本におり、武漢で感染が広がっていく様を見ていた。そこでテト明けすぐにマスク着用と手洗いの推奨、工場入口での検温、健康状態の記入、手指の消毒を始めた。
次は工場内の換気だった。クリーンルームは密閉状態なので、取り込む外気の量を増やすなどで調整。また、プールの塩素消毒で使われる次亜塩素酸ナトリウムで机やテーブル、機械のタッチパネルなどを1日2回消毒し、従業員が工場に入る際に浴びるミストシャワーにも使った。
「次亜塩素酸ナトリウムは医療機器を扱うお客様に教えてもらいました。ミストシャワーが出る全身殺菌室は自作しまして、2工場に2台ずつ置きました」
補充はしていたものの、マスクやアルコール消毒液は不足した。特にクリーンルームで使うマスクは一般より高品質で、高価にもなる。仕入れ業者に聞くと「納品の見通しが立たない」から始まって「10倍の値段」を提示。5月下旬には安くなったとはいえ、それでも以前の2~3倍という。
「マスク、アルコール消毒液、次亜塩素酸ナトリウム、全身殺菌室、他に消毒液の噴射装置や空気清浄機を70台ほど購入しまして、明細を見たら金額にびっくりです(笑)」
リモートワークはできなかったが、他社との打合せはテレビ会議に。日本にいる顧客の設計部門、同社、ユウワジャパンの3拠点で行うことが多く、飯高氏は最高で1日9回の会議に出席したそうだ。
サプライチェーンが再構築 入替え戦に参入する
今後の売上は5~6月に底を打って、7~8月に戻ってくると予想する。顧客からのフォーキャスト(数ヶ月先の見込み発注)が増えていることに加えて、「中国外し」のサプライチェーン再構築が始まると思うからだ。
生産拠点としての中国の割合を下げて他国に分散するなど、部品生産国の組合せとその比率を多くのグローバル企業が考えており、その実現が7~8月から今年後半に向けて加速するという。中でもベトナムは有力候補であり、中国で生産していた部品をベトナムに発注する企業が増えると読む。
「中国から部品を輸入してベトナムで組み立てていたのを、ベトナムで同じ部品を調達して組み立てるなどもあるでしょう。輸送費は安くなり、仮に弊社ならコストも品質にも自信があります。7~8月には他の業種もそうですが、自動車メーカーも動き出すと期待しています」
実際に多くのベトナムの企業に引き合いが来ており、ユウワベトナムにも問合せが増えているという。同社では既に準備を始めており、金型設計の即対応、金型の標準化、それによる金型部材購入のジャストイン化を推し進める。
価格が安くなるからと以前は大量に仕入れていたが、現在は必要な時に必要な量だけ購入するスタイルに変えた。多少割高にはなるが、業務の効率が良くなり、全体的には安くなるそうだ。新サプライチェーンのためにフットワークを良くしておく意味もある。
「売上が30%下がったら従業員を3割減らしたいところですが、その気がないのは7~8月以降に向けての人員を考えているからです。さらなる自動化も進めたいと思っています」
今年後半になっても各国の生産量は、新型コロナ発生前の100%には戻らないと見る。しかし、仮に80%の回復であっても、そのうち20%のサプライヤーが入れ替わるのであれば、特にベトナムにおいて金型設計から製作できる同社にはチャンス。系列メーカーを持たない、多業種の製品を生産する部品メーカーとしての強みも活かして、新しいサプライチェーンに参入すべく顧客候補への連絡なども始めた。
「アジア通貨危機でもリーマンショックでも同じでした。弊社は災難を逆に突破口にして、入替え戦に参加し、新しいお客様を増やしてきたのです。新型コロナ後も同様です」