南部に2工場を建設後、2019年には北部にも建設。世界にあるYKKグループの中でも3指に入る生産力を誇るYKKベトナム。今後はASEANの統括機能が当地に置かれる予定で、敷田透社長の手腕が一層注視されている。
回復基調のベトナム縫製業
―― ベトナム進出は1998年と聞きました。
敷田 そうです。1999年にドンナイ省のアマタ工業団地に工場を設立し、2013年にはニョンチャック3工業団地に第2工場を建てました。ここで1期、2期と立ち上げて、2019年にはハナム省の第3ドンバン工業団地に第3工場を建設しました。
現在、ファスナーでは年間10億本以上を生産しており、色では年間で約1万色になります。YKKグループでこの規模を生産しているのは、ベトナムのほかに中国とバングラディシュだけです。
ただ、現在(取材時)は生産量を少し落としています。北部は問題ないのですが、南部には工場操業に規制があるからです。そのため、物流の拠点としてのアマタの倉庫を宿泊施設として利用し、ニョンチャックまでは1ルートで従業員を送迎しています。
アパレル業界の生産ピークは秋冬物を扱う3~6月で、7~8月は閑散期になるため、現在は生産量を確保できています。新型コロナの影響で昨年の縫製業界は落ち込みましたが、後半から盛り返して、今年の第1~第2四半期はかなり良くなっています。
―― どのような理由からでしょうか?
敷田 大手アパレルメーカーのある欧米や日本では縫製業はほぼなくなり、各社は中国やベトナムに委託しています。商品企画から店頭に並ぶまでのスパンが長いので、今年から来年の秋冬物に関しては、どの地域のどんなお客さんに何を売るかを3~6月に決めて縫製を依頼します。ここでアメリカ向けが圧倒的にポジティブだったのです。
去年は新型コロナで生産を抑え、在庫も少ないのですが、ワクチン接種が進めば人々の外出が進む。すると外で着る服や運動するためのウェアやシューズがほしくなる。このような期待感がアメリカで高まっており、爆買いが始まると予想するバイヤーもいます。イギリスのように感染者が増えても死亡率が減れば、同じことが期待できます。
ベトナムは国内市場だけを見ると苦戦していますが、縫製業は弊社も含めて輸出向けがほとんどです。ベトナムで販売されている服などは中国からの輸入品が多く、それは国内で作るよりも多くの種類が安く揃うからです。
欧米でのワクチン接種の拡大に合わせて弊社の業績も上がっており、現在の受注量は新型コロナ前の2019年を超えています。
―― 御社もそうですが、ベトナムの縫製業界にとって朗報ですね。
私が赴任した2009年当時のベトナムの縫製工場は、主に外資系企業の下請けでした。しかしここ数年で技術力、品質、生産能力を上げて、海外の大手企業と直接やり取りする企業が増えました。
私は2000年代に上海におり、当初は外資系縫製工場の下請けだった中国の縫製工場は、その間に品質管理や生産管理などを学び、独立して仕事を請けるようになりました。ベトナムで同じことが始まりつつあります。
アパレル業界での縫製は中国が約4割を占めますが、新型コロナ禍でスピードは落ちてはいても、他国への工場移転が進んでいます。有力な候補地はベトナムを中心としたインドシナ半島です。ベトナムやバングラディシュで難しい高付加価値品などは別にして、今の中国では主に中国国内の製品を縫製しています。
大手スポーツブランドの靴製品は半分以上をベトナムで作っていまして、アパレルでもベトナムへの発注が増えると思います。
ベトナムからASEANを見る
―― 御社の顧客であるアパレルメーカーや縫製工場に変化はありますか?
敷田 大きいのが納期の短縮化です。ファストファッションなどで多品種かつ短いサイクルが求められているのと、環境意識の高まりで在庫の破棄をなくす風潮もあります。以前は企画から店頭まで長いと2年でしたが、1年、180日、75日、30日と短くなり、現在では約半分が1週間です(笑)。
ファスナーは注文の数が膨大であり、間接業務の効率化を進めました。2018年にはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入しまして、以前はオーダーを受け取って工場に流すまで3日~1週間かかっていたのが、今は1分です。
また、人件費が安いために人で検査していた工程をAIに変えるなど、デジタル化を進めています。全体の時間がかなり短縮できました。
助かっているのは現地調達率の向上です。以前は日本やASEANからの輸入品が多かったのですが、繊維関連やプラスチック樹脂は国内でかなり購入できています。原材料としての価格差はそれほどないのですが、すぐに少量でも運んでもらえるメリットは大きいです。
工場のFA化も進めています。南部ニョンチャックの工場は大幅なFA化が終了しており、2018年には商品開発のためのR&Dセンターを設立しました。技術開発ができる体制が整い、原材料から完成品までを一貫生産しています。
北部の第3工場では後工程を生産していますが、これは第1段階です。次の展開で南部と同じかそれ以上のフル生産にしたいです。従業員はおよそ南部で2200人、北部で600人おり、南部での拡充やアマタ第1工場の活用なども含めて考えているところです。
―― 今後の予定を教えてください。
敷田 YKKでは今年4月に大きな組織再編がありました。その結果、ASEANや南アジアの新興国が市場として成長していることから、ファスナー事業では韓国や台湾を含めたASEANの統括機能をベトナムに置くことになりました。私はASEAN全体を見るように言われています。
ベトナムにはR&Dセンターも、優秀な営業部隊もあります。また、10年以上付き合ってきてセクションの責任者も生まれていますし、8ヶ国の国籍の人材が成長しています。ベトナムを拠点として4~5年後のインドシナ半島を見据えて、どんな人材で、どう手を打つか。決めてから実質的に動き出すまで2~3年は必要なので、早め早めに進めたいです。
2009年にベトナムに来た当初は、ここにASEANの総括機能を置くとなど考えられませんでした。はっきり言えば、ベトナムを見ていたのは香港やシンガポールの拠点でした。それが日本からのベトナムの位置付けが変わり、当地からしっかり見る動きになっています。
これは弊社だけでなくベトナムの日系企業に見える傾向であり、自分で意思決定をするような駐在員もここ2~3年で増えてきました。
工場を建てて生産するだけでなく、現在は原材料からの商品開発ができますし、現地のメーカーと周辺の自動機を開発することも考えています。構想力を生かせる仕事ができる。他国に負けないその素地がベトナムにはあります。