近年のベトナムでは急速にスタートアップ企業と彼らへの投資が増加している。東南アジアでは後発組でも、若者が多くてITに強いことが魅力だ。ベトナムで成功した企業に取材し、アイデア、資金調達、事業内容、マネタイズなどを取材した。
ホーチミン市校工科大学
同窓生が大学と共に起業
履歴の改ざんを防止する暗号化技術、ブロックチェーン。仮想通貨と共に語られることが多いがその応用分野は広範で、Vietnam Blockchain Corporation(VBC)の「Agridential.vn」もそのひとつだ。
トレーサビリティを用いた農作物の生産管理システムで、顧客は小農家を束ねる大規模農家、大手食品会社、青果の卸売市場など約80社。同社の収益の柱へと成長した。
「種蒔き、水やり、栽培、収穫、加工、運送、販売までの全ての工程をブロックチェーンで記録し、誰がどの品種に、いつ何をしたかが記帳されます」
農作物には苗単位などでQRコードが付けられ、作業者はそれをスマートフォンで読み取り、作業内容を選択肢から選ぶ。署名代わりとなる写真を撮影して終了だ。
対象はベトナムに流通している約800品目の農作物やその加工品。作業者へのレクチャーやQRコードの取得などは必要だが、この中から品目を選べれば、カスタマイズなしですぐに使える。
「作業員の配置や来年の収穫予測などを考慮した生産効率につながりますし、消費者はQRコードで安全性などを確認できます」
これらを担保するのが改ざんのできないブロックチェーンの技術。このプラットフォームは、横行する偽造食品を憂いたベトナム国家大学ホーチミン市校工科大学(HCMUT)の教授陣のアイデアだ。
VBCを設立したCEOのMr.Do Van Longも同大学の出身。そして、HCMUTのブロックチェーン研究室室長のDr. Huynh Tuong Nguyenは彼の同級生であり、VBCにアドバイザーとして参加している約10人の教授陣のリーダーを務めている。
つまりVBCは、卒業後にIT企業のCTOなどを歴任したMr Longと、大学に残って研究を続けたDr. Nguyenが、HCMUTを巻き込んで設立したスタートアップなのだ。
「ブロックチェーンの研究が民間にも応用できると起業したそうです。アドバイザーはR&D、AI、IoTなどの教授や室長で、ブロックチェーンをコア技術としてこれら専門分野を組み合わせています。約30人のスタッフも多くはHCMUTの研究室出身です」
現在は2億円を調達中
輸出食品の大型プロジェクト
VBCの設立は2016年だが、実質的な事業活動は2019年から始まった。最初の3年間を政府などへのブロックチェーンのアピールに費やしたからだ。当時は「仮想通貨のための技術」とあまり良い印象を持たない関係者もいたため、「ベトナムを支える技術になる」と説明し続けたのだ。
その甲斐があってVBCは、ベトナム政府からブロックチェーンによるデジタル・トレーサビリティの認証を受けた唯一の企業となった。
スタートアップの資金調達ラウンドにはいくつかの段階があるが、ここでは企業設立前後をシードステージ1、サービスの提供開始前後をシードステージ2、現在をシードステージ3と分ける。
同社はシードステージ1ではMr. Longの知人やHCMUTの教授を中心に資金を集め、シードステージ2では主にエンジニア採用のために個人投資家などから約5000万円を調達した。現在のシードステージ3では約2億円の獲得を目指している。
「事業拡大のための、アプリやバックヤードのエンジニア採用が主な目的です。今後はマーケティングやセールスのチームも作りたいと思っています」
現在は国内の農作物だけでなく輸出向け食品に注力しており、ベトナム科学技術省と連携して、黒コショウのトレーサビリティシステムの構築を進めている。2年間のプロジェクトで実証実験は終わり、黒コショウの大手生産会社と大手加工会社と共に、プラットフォーム作りのための各作業工程の分析をしている。今年3月までの完了を目指す。
「高原地帯の少数民族に作業者に多いことから、UIを思い切って簡素にするなど工夫をしています。これほど大掛かりなプロジェクトは初めてで、成功すれば米、コーヒー、カシューナッツなどの輸出特産品にも展開できます」
製造業へもアプローチ開始
各業界でニーズ増の期待
ブロックチェーンの技術は様々な分野に展開でき、VBCでも新型コロナの医療記録認証アプリ「CovidPass.vn」を開発するほか、農業を中心に教育、公共サービス、スマートシティ向けなどの分野で多くの企業にサービスを提供してきた。
今後アプローチする予定なのは製造業。「Agridential.vn」の元になった「VBChain」を活用するが、製造業は業種や製品により工程が異なるため、企業ごとのヒアリングと分析が必須になる。
また、工程単位で記帳していくのは農業と同じだが、作業者がQRコードを読み取るのではなく、生産ラインにIoTセンサーなどを取り付けて自動認識させることも考えている。
ただ、システム導入の費用は高額になり、ある程度の生産規模がないとメリットが出にくいことから、顧客は大手企業が中心になると見ている。
「こうした企業は既に生産管理システムを使っているので、既存のシステムにブロックチェーンでセキュリティを入れるなどの付加価値を付ける仕事になると思います」
住原氏はベトナムのブロックチェーンや食品のトレーサビリティは、日本より進んでいると感じている。大きな理由は、食品に安全神話のある日本より、産地や生産方法の偽装が多いベトナムのほうが、セキュリティやトレーサビリティへの期待がはるかに高いからだ。
「農業においては、将来は消費者と生産者を弊社のプラットフォームでつなげて、ベトナムの生産構造をより良くしたいです。このプラットフォームは工業、金融、教育、医療などへも展開可能ですし、品質証明や生産管理のニーズは益々高まっていくと思います」
新型コロナで長期休業
フランチャイズの準備期間に
2020年12月、ハノイのイオンモール・ハドン内に総合内科クリニック「メティック」(METiC)が開院した。日本式のサービスと電子カルテを活用するなどのスマートクリニックが特徴で、今年からフランチャイズを始める計画だ。既に5クリニックほど候補があるという。
ベトナムは一般的に医療費が高く、保険が使える病院は限定され、庶民が気軽に行ける優秀なクリニックは少ない。大都市の中心部にはあっても富裕層向けだ。
ならば、加盟店形式で医療やサービスの質を向上させ、データを活用し、時には日本の医師がオンラインで診療する。従来より多少価格が上がる場合もあるものの、患者にも病院側にも喜ばれる形が生まれる。
「日本基準の『おもてなし』と診療支援システム『MEDi』の2つの軸で展開します。新型コロナ禍の1年半を掛けて準備しました」
新型コロナの影響でイオンモールはスーパーマーケット以外の休業を余儀なくされ、METiCも長期の休業に。その間、アフターコロナやウィズコロナを見据えて、おもてなしチームとシステムを開発した。
おもてなしとは、患者と目を合わせて真剣に診療し、院内をきちんと清掃し、スタッフは身ぎれいを保つなど。日本では当たり前でも、ベトナムでは外国人向けの病院ですら一般的ではないという。METiCでは診療はもちろん、1日3回の清掃、制服の指定、笑顔での対応、清潔な髪形などを徹底している。
現在は医師2名、看護師2名、受付(コンシェルジュ)2名、薬剤師2名。これらスタッフは自院での勤務はもちろん、フランチャイジーに出向いて指導する役割も担う。その後、日本人スタッフがチェック表で確認して認定し、同時に診療支援システムを導入して、結果をフォローする。
「大切なのはマインドです。いくらシステムを入れても、マインドが育たないと入力ミスが生まれたり、データに基づく診療もできません」
システムは自社で開発
VCからの調達はこれから
診療支援システムはクラウド型の「MEDi」で、METiCの運営会社であるメドリングが自社開発した。電子カルテなどを備え、保険の請求機能や外部の医師とのオンライン機能もあり、医師や看護師の意見を聞きながら開発に1年以上を掛けた。METiCでは導入済みで、機能のアップデートを続けている。
日本の医師による遠隔医療はトライアルの段階で、診断画像などを使ってのアドバイスや病院スタッフへの講義などをしている。中心となってサポートしている医師は約10人おり、さらに日本の30~40の施設と連携している。
「自社で開発したのは日々のアップデートが必要なのと、外注することでフランチャイズに対する料金を上げざるを得なくなることを嫌ったからです。安価な提供が目的で、郊外や地方の1回の診療単価が1000円程度のクリニックにも、いずれ使ってもらいたいと思っています」
当面のフランチャイジーは中間層の患者が来院するクリニックを想定。仮に1回の診療単価が3000円で来院数が20人ならば、より上位の病院やクリニックから患者を呼んで単価を上げ、来院者も増やせると考えている。事業が拡大すれば山間部の病院などにも展開したいという。
導入の期間は、清掃もままならないような旧来型クリニックで2~3ヶ月、ある程度質が担保されたクリニックで1~1ヶ月半と考えている。システムの初期導入で百数十万円前後、おもてなしの料金は現在数十万円程度で検討中。今年中に3つのフランチャイジーを育てるのが目標だ。
メドリングの事業は経済産業省とJETROによる「日ASEANにおけるアジアDX促進事業」に採択されて資金援助を受けており、残りは自己資金と銀行借入れが中心。また、内部株主以外は日本の医師約10人からの投資を受け、彼らはオンラインでのサポートもしている。
また、以前からVC(ベンチャー・キャピタル)やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)とも交渉を進めている。
「息の長い事業ですので、一緒の船に乗るという覚悟を持つ方に協力してもらっています。2022年初頭から実績が見え始め次第、VCなどとの交渉も本格化する予定です」
モデルとなる直営店も
数年後はインドネシアへ
最初は日本国内のクリニックに着目してチェーン化を考えたが、医療費(診療報酬)は公定価格で値段を変えられないこと、医療水準が充実していることなどから、東南アジアに目を転じた。多くの国では医療財政が弱く、診療の水準が低い。システムやサービスを輸出して、安価で質の高い医療が実現できないかと考えた。
色々な国を検討する中でベトナムを選んだ理由は、親日国で人口が多く、政治が安定し、経済成長が続いていること。また、システム開発に必要なエンジニアが優秀で賃金が安く、リーズナブルな投資でチームが組めると考えた。医療機関の不足や生活習慣病の増加などの課題もニーズととらえた。
新型コロナには翻弄されたが、本部もMETiCもベトナム人スタッフに恵まれたという。彼らは「日本人の中に入れてもすごく真面目」で、彼らが伝道師に育てば、フランチャイジーは少なくともMETiCの7~8掛けくらいのレベルにはなると確信する。
事業規模を大きくした先には、直営店を増やす考えだ。フランチャイジーの相談に乗れるような熟練の医師のいるクリニックや、MRIやCTなどの高額な医療機器を揃えた検査センターを作りたい。
数年先に見据えるのはインドネシア。ASEAN最大の人口を持ち、GDPも大きく、しかし医療事情が恵まれているとは言えない国だ。
「ベトナムと同じモデルを輸出したい。フランチャイジーとなったMETiCの看板の数を増やして、医療レベルの底上げがしたいです」
当たり前のことをすれば
ベトナムでバリューが出る
2015年1月に来越し、約3年間をイタリアンレストランのPizza 4P’sで勤務した。元々飲食業界が好きで、日本で外資系証券会社に務めた時代も数多くの飲食系企業を見てきた。ベトナムで新規店舗の設立や購買などに携わる中で感じたのが、食材などの調達が効率的でないことだった。
仕入れ先となるサプライヤーは中小企業が中心で、品質の不備、欠品、配送の遅れなどが目立った。日本では卸業者やサプライヤーに大手企業も多く、農協などもあり、食材の流通網がしっかりしている。
「ベトナムというより東南アジア等の新興国は食材のサプライチェーンが弱い。しかし、いくつかの国には中国のMeicaiのような、レストランとサプライヤーをつなぐBtoBプラットフォームの企業があります。それをベトナムで作ろうと思いました」
2018年6月にKAMEREOを設立。ホーチミン市の飲食店に向けたBtoBプラットフォーム「KAMEREO」を開発した。スマホやPCの画面から食材だけでなく幅広い商品が選べる。当初はマーケットプレイス型で飲食店とサプライヤーをつなげていたが、現在では自社で仕入れて倉庫からレストランに配送している。
取扱い商品数は約700SKUで、そのうち野菜が約250SKUと最も多い。野菜はダラットなど約20の農家から仕入れ、精肉工場からは肉、各メーカーからは調味料やドリンクなどとサプライヤーは約100社。1日約1000件の発注がある。
「テクノロジーを使って、きちんと対応し、品質良く、安く、時間通りに届ける。Pizza 4P’sでも感じましたが、私たちにとって当たり前のことを当たり前にするだけで、ベトナムではバリューが出るんです」
野菜の対応は需要予測
B to B to Cも顧客に
KAMEREOにはいくつかの工夫がある。ひとつはレストランの注文と農家の収穫の間にある、タイムラグの解消だ。飲食店がオーダーすると、ダラット、ロンアン省、ホクモン県などの農家が出荷して、深夜にホーチミン市の倉庫に届き、翌朝からのデリバリーになる。つまり、当日には届かなくなる。
この1日のリードタイムを埋めるのが、約2年半で蓄積したデータによる需要予測と、バッファとして余分に用意する在庫だ。
「他の商品を増やしているのでその分割合は下がりつつありますが、売上のトップは野菜です」
品質管理にもこだわる。同社にはオフィスに約40人、倉庫に約60人のスタッフがいる。商品の品質は倉庫にいるQCチームが確認しており、不良品を配送した場合は価格を下げるなどで品質を担保。また、農家とはコミュニケーションを取ることが大切と、新型コロナ拡大前はスタッフが農家を回っていた。
昨年春からはB to B to Cの顧客を増やした。食品を仕入れて消費者に販売するコンビニエンストア、ECサイト、デリバリーショップなどで、やはり良い品が安く、時間通りに届くことが評判のようだ。
「KAMEREOは多くの有名なレストランやホテルでも利用されており、それと同じ食材を販売できることが魅力になっているようです」
ホーチミン市などで飲食店の店内営業が禁止され、最も厳しい時にはデリバリーすらできなかったロックダウンの時期は、同社の経営もかなり落ち込んだ。ただ、その間はB to B to Cでの注文が増加し、飲食店の営業禁止が緩和されてからは、再びB to Bでも売上が伸び始めた。
そして、2021年11月は過去最高の売上となり、さらに12月も更新。新規の顧客が増えたことに加えて、商品数を増やしたことから発注量も増えている。
「飲食業界はまだ完全には回復していないので、今年も伸びしろがあると思っています」
大型の資金調達を2回
広がる今後のアイデア
ベトナムの銀行から融資を受けるのは難しく、共同設立者と2人の自己資金で起業。その後、大きく2回の資金調達に成功した。
初回は2019年1月。2社のVCなどから、創業前後のステージであるシードラウンドで50万USDを調達。2回目は2021年7月。成長段階となるシリーズAラウンドで、3社と個人投資家から合計460万USDを調達した。
「2回目の時はこちらからVCなどに声を掛けました。使える金額が増えるのはうれしいことですが、逆に言えば、きちんと使って成長し続けなければならないわけです。経営のステップが上がるごとにまた違った難しさがあります」
同社ではこんな取り組みもしている。前述の商品数を増やしたのはカスタマーサクセスチームで、現在のオーダー金額を上げる、既存顧客を維持する、新規顧客を開拓することが目的。そのため、追加で別の品物を購入してもらうような工夫もしている。例えば、野菜の注文に野菜以外の商品を追加してもらえれば、配送費は変わらないので利益率が向上する。
また、現在の顧客はレストラン、カフェ、バーなどが中心なので、ホテル、学校、病院、社員食堂などに広げていきたい。KAMEREOブランドの商品を作ることも考えている。現在考慮しているのは洗剤で、メーカーと直の取引をして工場から配送してもらい、プライベートブランドとして安く販売する計画だ。
「将来的にはハノイにも進出したいですし、金融機関と組んで、レストランや農家への融資に協力できないかとも思っています。弊社の取引データで与信を付けられれば、担保がなくて今は銀行から借りられない事業者にも、融資が実現できると考えています」