今も昔も日系企業の課題はベトナム人社員の育成だ。それが、ちょっとした気遣いや配慮でできたなら? 今回はベトナム人の育成やマネジメントに詳しい人たちに取材。2023年はスタッフと仲良く事業拡大へ!
ベトナム人には未知の領域
レベルに合わせたチューニング
孤児院や貧困家庭出身の子どもたちの職業訓練の場として、2001年にトレーニングレストラン「Huong Lai」を開店。10~20代の何十人という若者が働きながらマナー、スキル、語学を身に付け、ホテルレストランや5つ星レストランへと巣立っていった。
Huong Laiは新型コロナの影響で2020年8月に一時閉店し、創業者でオーナーの白井氏は現在、日本で企業の人材育成やセミナーをしている。
ベトナムに25年関わって感じるのは、ベトナム人は多様化してきたが、全体的な傾向は確実にあること。それは、「楽しい(VUI)」、「ステップアップ」、「家族の幸せ」、「良き仲間」を大切することだ。
「また、日本人は“I should”、“I must”で考えますが、ベトナム人は“I want”、“I like”が多い。だから日本人上司は、shouldやmustなのになぜやらないのかと悩んでストレスがたまる」
「報・連・相」や「5S」が定着しないと悩むマネジャーがいる。ただ、これらは日本の企業文化を土台にしたルールであり、日本人は元々まめに連絡をして、報告にも慣れている。しかし、ベトナム人には全く未知のものだ。
「日本人と同じ研修をしてもできないのは当然。一度に全て求めず、スタッフがやりやすいことから導入し、少しレベルが上がったらしっかりとほめ、感謝してから次の段階に行く方法のほうがベターです」
優先順位の高い事柄はしっかり教えて、そうでないことは柔軟にする「チューニング」が大事とのこと。実は日本の常識は非グローバルであることが多く、緻密さ、正確さ、プロセス重視、リスク管理などは世界ではさほど重視されていないという。それを踏まえて100%日本型を求めなければチューニングもしやすくなる。
敬意、好意、関心を届ける
短い50フレーズを丸暗記
日本人はロジックやマニュアルで教えるが、感情豊かなベトナム人は「うれしい・楽しいから動く」というモチベーションが多分にある。白井氏は心を動かして行動につなげる「心情フォーカス」を使い、特に「Why」の部分を心情に訴えるようにしている。
例えばレストランの「トイレの掃除」。口で教えるのもマニュアル化も簡単だが、うまくできないものだ。そこで、「(店の主要客である)外国人観光客がベトナムのトイレが汚い印象で帰るのはどう思う?」と尋ねる。皆が「嫌だ」と返事する。「海外のような清潔なトイレにして、安心して行ける店にしよう」と言うと、皆が納得して掃除を始める。トイレ掃除の後、「お客が喜んでいた」と共有すると、最初は面倒だった気持ちがうれしいに変わる。
「丁寧にアプローチできるかがカギです。加えて、リーダーが率先して行動すること。ベトナム人は良く上司を観ています。上司もやっている、ボスにさせてはまずいなどと感じるので、徹底できるようになります」
大切なのは相手への敬意、好意、関心の「3K」で、目に見える形で届ける。手っ取り早いのは「ベトナム語を話すこと」だ。ベトナム語の発音や声調が難しいのはベトナム人は皆わかっているので、学ぶ姿勢はベトナムが好きで、関心があり、敬意を持っている証明になる。
「ベトナム語の習得に挫折するのは、学校やテキストを使うから。初級レベルであれば、一番良いのは、職場で使う短いフレーズをそのまま覚えることです」
仮に50フレーズが目標なら、体系的な学習は一切必要ないという。「今日は元気?」、「君に期待しているよ」、「彼女は優秀だね」、「うれしいな」などをピンポイントで覚える。また、ノンネイティブでも通じやすい言い回しやカタカナ表記で覚えられるフレーズもある。
「完璧に話せるようになるまで、50フレーズなら半年で十分だと思います。私も日本人にプライベートレッスンを行っています」
意識を変えて時間をかける
共存共栄がビジネスに直結
伸びる人材と伸びない人材を見分ける方法はあるか。白井氏は「私はそんなことを考えなかった」と語り、かかる時間はそれぞれだが全員が伸びるという。そして、「ベトナム人の潜在能力は半端なく、多くの若者は化ける。それよりもリーダーがピントの合った育成ができるかによる」とも。
ふざけ癖が抜けなくてお客からクレームが来た子どもが後に一流レストランに就職したり、孤児院を追い出された子どもがレストランチェーンの統括マネジャーになったりと、多くの実例を挙げる。
ただし、育成の期間は日本より長くなる。先のように日本企業で働くのは未知なので2~3倍の時間はかかって当然だし、その決断をしないなら定着しないのを受け入れるべきという。
「見切りの早い人がいるのが残念です。マイナスのレッテルを貼られたベトナム人は余計にやる気をなくします。自分で貼ったレッテルを剥がすのは難しいかもしれませんが、ぜひ考えを変えてください」
要はリーダーとしての選択だ。一般的に「ベトナム人はうまくほめれば伸びる」と言われるが、ほめないのもリーダーの選択。ただ、その時に代案があれば良いが、苦手意識で逃げてはいないか。時間をかけての育成もベトナム語の学習も同じこと。忙しくてそこまで対応できないと言う人もいるが……。
「部下育成の優先順位をどこに置くか。忙しくて部下と向き合う時間がないという人もいますが、手間と労力をかけるほど、スタッフは成長するものです」
白井氏は、共存共栄を具現化してきたと振り返る。3Kをベースに認め合い、理解し合うのが共存であり、共存できるから共栄が生まれる。きれいごとでなくこれがビジネスの成功に直結する。
「実は、料理長が再開前提でHuong Laiの看板や食器をキープしており、主要メンバーは待機しています。早く仲間と店を再開したいです」
職業より給与を重視する理由
「社会人」ではなく「家族人」
ベトナム人材の教育や研修、日本への技能実習生の派遣、ベトナム人のエンジニアや高度人材の紹介などを事業とするエスハイ。日本に送り出したベトナム人は累計1万4000人以上で、現在は約6000人が日本で働く。
また、日本語だけでなく日本の文化やマナーを教えるKAIZEN吉田スクールも運営しており、18~30歳の若者が学んでいる。学習者の累計は2万6000人以上。現在、約140名がエンジニアコースで学び、日本語能力試験(JLPT)のN3~N2レベルに相当、技能実習生コースはN4相当だ。
このように同社は日本企業の人材ニーズを熟知し、それをベトナム人へのトレーニングに活かしている。実際、教える内容は職場における報・連・相、5S、時間前行動などから日常生活のゴミの分別方法や騒音を出さないマナーまで多岐に渡り、習慣化できるまで徹底する。
創業者であるLong Son氏は、流暢な日本語でベトナム人の職業観について、「仕事の内容の前に収入を重視する」と語る。
「ベトナムの若者は、職業の前に給与の額を考えます。同じ会社で働き続けることを前提に、学生の時から就職先を考える日本人とはここが違います」
多くの金額を稼げるか、そして、仕事は楽しくできるのか。この2つを重視するから転職を躊躇しない人が多い。しかし、日本企業で成功している人はジョブホッパーではなく、着実に長い信頼関係を築いた人がずっと多いのが実情だ。そのため日本語学校では、良好な人間関係を作り、専門性を身に付けて仕事を続ければ、結果として収入も上がっていくと教えている。
「私は、考え方を変えれば将来が変わる、頑固さは人生の邪魔になる、と思っています」
会社の将来像は、当地でベトナム人を雇用する日本人経営者にもぜひ伝えてほしいこと。なぜなら、給与を第一に考えるのは生活が厳しいことも理由だからだ。日本なら一般的な労働者でも貯金はできるが、ベトナムでは難しいという。
「ですから経営者の方には、仕事の今後の可能性と、給与が上がって安定していく未来を目指す姿を語ってほしいです。それと、ぜひ社員と交流できる場を作ってほしいですね」
ベトナム人スタッフと人間関係を築くには、週末にパーティを開くなど休日に交流するのが良いそうだ。日本人は仕事とプライベートを分けがちだがベトナム人は違う。日本では責任を持って社会で働く人を「社会人」と呼ぶが、ベトナムはそこまで至っていないそうだ。
「社会人ではなく『家族人』なのです。仕事ではなく家族がベトナム人の大切なモチベーションになっています」
それは結婚式を見てもわかる。日本では勤務先の社長や上司が前方の席に座り、代表としてスピーチもするが、ベトナムで前方に座るのはあくまで家族であり、挨拶も家族が中心となる。上司や同僚が来ればもちろん歓迎するが、優先順位が高いのはやはり家族。ただ、今後社会が発展していけば結婚式も日本スタイルになると語る。
ほめて仕事を楽しませる
文化の差が原因の場合も
ベトナム人は感情で動く部分が多い。感情的なのでプラスとマイナスの振れ幅が大きいのだが、一方の日本人は感情をあまり出さずに黙々と働くタイプだ。
「楽しくさせれば仕事を好きになって、期待以上に働きますよ。逆に寂しい気持ちにさせると生産性が落ちてしまいます」
簡単にできるのは「ほめる」。日本はほめない文化でも、ベトナムはほめる文化だ。ただ、ほめ続けると甘やかす場合もあるので、できないことがあればそれを理解させて、寂しい思いをさせたと思ったら「良くやった」とほめる。
「日本人のようにできないことは数多くあるでしょう。しかし、時間にルーズな点など日越の文化の差が根底にある場合も多く、トレーニングには時間がかかると思ってください」
残念に思うのは、本人が本当の能力を発揮する前に早々に見切られてしまうケース。日本人が厳しいことを言うのは育てたい気持ちの裏返しだとわかるが、その気持ちが伝わる前に辞められてはどちらも損するばかりだ。
若者は壊れやすいガラス
親の気持ちで見守ってほしい
テキパキと仕事をこなし、何にでも積極的に取り組むベトナム人もいる。しかし、真面目だが受け身の姿勢で、言われたことしかやらず、自分から提案や発想が出てこない人が多いという。
これは大学卒業者でも同じで、学校で知識は教えても、マインド教育が足りないせいだと感じている。仕事でも、スキルやテクニックはハードウェアとして身につけても、ソフトウェアとしてのモチベーションやマインドが低ければうまく機能しない。
「仕方のない面もありますから、何度も繰り返して教えながら、ほめて伸ばす。仕事の内容にもよりますが1~3年かかると思います」
Long Son氏は若者をガラスに例える。美しいが壊れやすいからだ。悪気はないにせよ辛辣な一言に傷付いて、会社を去っていく人もいる。だから、親の気持ちになって、子どもは間違えるのが当たり前くらいに構えて、その度に手を貸してはどうかと提案する。求めてばかりだと互いに疲れて、離れていくことになる。
社名のエスハイはSの二乗という意味。日本もベトナムも国土がSの形に似ており、両国が経済、政治、文化など様々な面で近づくようにしたいと願いを込めた。
「日本語学習者が増え、日本企業で働くベトナム人が増えれば、ベトナムにとっても人口減が続く日本にとっても素晴らしいこと。その土台を作りたいと思っています」
考えさせて主体性を持たせる
ポイントは2つ以上の提案
日本で留学と勤務を10年経験し、現在は主に日系企業にベトナム人と日本人の人材紹介をしているPhuc氏。人材紹介会社を起業したのは、「ベトナム人は比較的レベルが高くない」という実感を受けたからだという。
人間は仕事で成長するとPhuc氏は考えた。ならば、より良い仕事を紹介すれば多くの人の成長の手助けになる。
一方で、一番苦労しているのはスタッフの育成だ。人材コンサルタントになるには幅広い知識と人間力が求められるが、そうなる前に耐え切れず退職し、別の道を歩むスタッフがほとんどだそうだ。なぜなのだろう。
「ベトナム人は自分の仕事でなければ動かない。仕事は金銭を稼ぐ手段であり、言われたことをするもの。仕事は人生であり自己研磨するものと考える日本人とは大きく違います」
自らスキルを高めて成長し、幹部クラスになる人材もいるが、多くはこうした考え方だという。ただし、育成はできる。効果的な方法は「考えさせる」ことで、一例は問題の定義、原因分析、最低2つ以上の提案、会社に求める支援、コミットメントの順で報告させる方法だ。
ポイントは2つ以上の提案。1つだと思い付きやひらめきで答えがちだが、最低でも2つというルールにすると考えざるを得なくなる。
「時間のかかる作業ですが、繰り返すことで深い思考になっていきます。習慣化すれば仕事も楽しくなります」
ここで求めているのは主体的に動ける人材になること。その前提は、主体的に動ける会社であることだ。「出る杭が打たれる」企業文化ではつぶされてしまうので、主体性が評価される会社かどうかのチェックを。
接触を増やして距離を近くに
「お節介な社員」を作る裏技
日本人の良くない癖として、「チャレンジしてほしい」や「自由にアイデアを出して」などの安易な励ましがあるという。厳しく指示されていると感じるベトナム人もおり、むしろ委縮してしまう。この差は意識のギャップから生まれている。
ギャップを埋めるには、仕事やタスクを定義して両者で共有すること。Phuc氏は日本企業で働いていたときに、稟議のシステムが面倒で理不尽だと感じていた。提案すると何人かは稟議を通すが、ある人が却下すると彼の元に戻った。彼は戻すなら稟議を通した直前の人に戻すべきだと抗議した。
「すると、君の提案は商品であり、テーブルの上を回っている。欠陥があったから戻されたのだと説明されました。これが稟議の定義なのだと納得しました」
ただ、お互いの信頼関係がなければ話は伝わらない。信頼を得るためには相手に同調して、こまめにフィードバックする。仕事が一段落したら「良くやった」とほめ言葉をかけるなどして、接触回数を増やす。すると自然と人と人の距離が縮まる。カフェや飲み会で話すのもいいが、仕事の中での接点を増やして距離を近くするのだ。
「日本人には難しいと思いますが、恩に着せるという方法もあります。君の成長は私のおかげだと感じてもらうのです」
大型案件の受注やボーナス増額などの際に個別ミーティングを設ける。そして、「私もとてもうれしい」と「私の指導に従ってくれたおかげだ」を一緒に伝える。成功と指導をリンクさせて恩を感じさせれば信頼感がアップする。
お節介な社員を作る方法もある。日本のドラマにはお節介で噂話が好きなOLが登場するが、まさにそのイメージだ。こうした人物に、「あなたの仕事がうまく進んだのはマネジャーが助けたから」などと陰で伝えてもらう。
上司や社長からでは信用されなくても、同じ社員の立場からなので、上司への信頼感と共にチームの中に和も生まれる。
「こうした人材がとても良い効果をもたらします。当然ながら嘘はご法度です(笑)」
しっかりした意識が人を集める
退職を前提とした組織作りも
ベトナム人は人前で怒られることを嫌うから個別に話す、といった対応が良く知られている。しかし、同僚の前で叱った後でしっかりフォローする人もいるし、怒らないことで舐められてしまう場合もある。つまり、どの場合も一長一短があり、大切なのは自分のスタイルを確立することだ。
「しっかりした意識やバックボーンがあれば、その人に合うメンバーが集まりますし、スタッフは合うように行動を変えるものです」
日本人だからベトナム人だからと枝葉の部分にこだわらず、自分らしさを定義すれば幹ができる。マネジャーや幹部クラスは会社を背負っているので、妙な自己定義にはならないはずだ。
Phuc氏は人は同じことを繰り返せば自然と成長するので、誰でも育成が可能と語る。ただ、優秀に育った人材が辞めてしまうこともあり、理由が家族の事情やスタートアップでは止めることもできない。
「退職されても困らない組織を作ることです。少々極端な例をご紹介します」
マネジャーを置かないで社員全員をアシスタントにすること。権限を持たないアシスタントは上司に従属的になることが多いので、言うことを聞いて良く働く。そして、部署間でジョブローテーションをさせる。営業、人事、マーケティングなどの間で半年単位で異動させるといった仕組みだ。
こうすれば誰かが辞めても経験者がサポートできるし、社員は仕事に飽きない。実際にこうした形で事業を進めている会社もあり、転職防止にもなるという。
「ベトナム人に学ぶべきはストレスを溜めない点だと思います。物事を気にしないか、うまく発散させているのでしょう。私は既に日本人的思考なので難しいですね(笑)」