多くの専門家は、残業時間の上限を60時間に引き上げる一方で、残業代の計算方式を通常勤務の150%のままとすることは、労働者に対する公平性に欠けると指摘する。
3月23日に国会常任委員会は、一部の労働者グループを除く全ての業種について、1ヶ月の残業時間の上限を40時間から60時間に、年間の残業時間の上限を200時間から300時間に引き上げることに合意した。この規定は、企業がCOVID-19から回復するために必要であるという事情を考慮して、2022年12月31日まで実施される。
国会常任委員会の決議は、残業代の計算方式については言及しておらず、「残業をする場合、雇用者は労働に関する法律の規定よりも労働者にとって有利な条件と福利厚生を用意しなければならない。」とのみ記載されている。現行の法律の規定によれば、平日の時間外労働の場合は、少なくとも給与の150%、休日出勤の場合は200%、祝日と旧正月の出勤の場合は300%を支払わなければならないとされている。
ベトナム労働総同盟の元副会長であるマイ・ドゥック・チン氏は、残業時間の上限問題は、COVID-19によって急に焦点の当たった問題ではなく、何年も前の労働法の改正の議論の際にも論争が起きてきた問題だと指摘する。雇用主や企業団体側は、社会保険料の削減、安い人件費の活用といったメリットがあるために、残業時間の上限引き上げに積極的だ。一方で、労働者は、健康面と引き換えに残業によって得られるメリットは少なく、家族や子供と過ごす時間も失う。
「残業時間の上限を引き上げると労働者は残業せざるを得なくなります。その代わりに企業は残業時間に応じて残業代を支払う必要があります。現行の規定は、労働者にとって非常に不利な条件です。」とチン氏は指摘する。チン氏は、累計の残業時間が201~250時間に達した場合は、給与の200%の残業代を支払い、251~300時間までは300%を支払うこととし、もし休日や祝日、旧正月に働く場合は400~500%の残業代を支払うことを提案する。
これまで労働に関する規定の改定に関する意見を求められた際に、労働組合側は、常に残業時間の上限を引き上げるのであれば、残業代は累進制を導入すべきだと主張してきた。チン氏によると、その理由は、現在の残業代の計算方法が1ヶ月の残業時間が40時間を超えないという規定に基づいて設定されているからだ。直接製造作業に携わる労働者に交渉能力がない場合、企業に残業時のメリットや福利厚生を求める交渉をすることは、非常に難しい。実際、小規模の労働組合では、残業する場合の残業代の引き上げについて企業と交渉しているところは殆どない。
チン氏は、企業側は残業時間の引き上げを要求する際に、ベトナムの残業時間が他国に比べて短いというデータを引き合いに出すが、これは、ベトナムの週の労働時間が48時間で、他国よりも既に長時間労働であることを考慮していないと指摘する。また、民間企業と公務員を比較することもフェアではない。公務員は土曜日が休みで週の労働時間は40時間だが、工場の労働者の労働時間は48時間である。つまり工場の労働者は、年間で400時間も多く働いていることになる。これにさらに残業をおこなえば、労働者の健康は低下し、労働災害が発生しやすくなる。
以前、水産加工工場の現場調査に行った際、チン氏は、立ちっぱなしで作業する労働者が足がむくんで長靴のゴムを切らないと足が抜けなくなっているのを見た。また、ある縫製工場では、作業員は常にあちこちに移動しなければならず、一日に平均数十キロ歩くという。そのため、チン氏は、残業時間の引き上げは6か月から1年までの期間限定で実施すべきだと提案する。
同様の意見として経済専門家のレ・ズイ・ビン氏は、全ての業種を対象とした残業時間上限枠の拡大は、2019年発行のベトナム労働法の規定と労働時間に関する国際基準及び、条約の規定に従うことを原則として、今年いっぱいまでの時限措置とし、それ以上延長すべきではないとの考えを示す。「残業時間の上限引き上げは、労働者の権利保護の面で適切ではなく、この措置を長期間適用することは、経済にもダメージを与えるでしょう。」とビン氏は話す。
専門家は、労働者の1日の労働時間が長くなれば、それほど高くない残業代の負担によって、新たな労働者を採用する必要がなくなり、社会保険の負担も軽減されるため、企業側にとってはメリットが大きいと分析する。しかし、この政策を長期にわたって適用すれば、企業は生産性向上のための設備投資をせず、単に労働集約型の産業が発展のために安い労働力を使うだけの産業構造となってしまう。労働生産性の向上は、労働者の収入増加と労働時間の短縮という形で現れる。残業時間の上限引き上げは、労働生産性を低下させ、社会のトレンドに逆行し経済に良い影響をもたらさない。
さらに多くの専門家は、企業が残業時間の規定を遵守しているかどうかを確認する検査・監督能力に疑問を呈す。ドンナイ省労働連盟の傘下にある労働組合法律コンサルティングセンターの所長である弁護士のブー・ゴック・ハー氏は、残業時間の引き上げが、企業側が労働者に規定以上の残業を強いる抜け穴になることを心配している。なぜなら、企業数が多く、規制が緩いため、通常企業は年に1回か2回の監査を受けるだけであるため、企業が自主的に今月は数十時間残業したので、規定通り翌月は残業時間を減らすという保証はない。
ハー氏によると、現在の残業時間の規定違反に対する罰金7500万VNDはあまりにも低すぎて、ほとんど抑止効果がない。一方で、労働者はもし、残業を断ると皆勤手当てに影響し、残業要請を4回断わればこの手当は支給されない。「残業規定は、残業は自発的精神に基づいておこなわれるとしていますが、労働者は常に弱い立場であり、企業から残業の要請があれば断わることはほとんどできません。」とハー氏は話す。
社会生活研究所のグエン・ドゥック・ロック准教授は、ブーン・ディン・フエ国会議長の「急ぎの注文は具体的にどれだけありますか?COVID-19に感染した従業員は何人ですか?」という言葉を引用し、企業側に上限60時間の残業時間を悪用させないためには、急ぎの注文や従業員のCOVID-19感染者数について、具体的な根拠を示すことを残業の条件とすべきだと述べた。
管理機関は、残業時間の上限を引き上げた場合に、労働者と企業側が交渉をおこなう際の基礎となる具体的なガイドラインを発行しておく必要がある。実際のところ、企業と労働者の合意事項は公平なものとは言えないケースがよくある。ロック氏は、団体交渉が失敗したり、労働者が過剰な残業にさらされた場合、労働者側の最終手段は、抗議のための職場放棄となるかもしれず、それは企業に多大な損失を与え、労使関係を不安定なものにすると指摘する。
残業時間の上限を引き上げたにもかかわらず、残業代の計算方法を見直さないのは残念だとしたうえで、ロック氏は、代わりに過去2年間調整されていないエリアごとの最低賃金を大幅に引き上げることを提案し、近いうちに開かれる全国賃金評議会の会議で議論する予定だと述べた。
残業時間の上限引き上げを長期にわたって実施すれば、労働者は疲弊し、メリットよりもデメリットが多く表れてくる。労働者の多くは家族がおり、幼い子供の面倒を見なければならない。絶え間なく働き続けると夫婦は、休むこともできず子供たちと過ごす時間も持てなくなる。多くの労働者が、子供を田舎の両親に預けなければならず、子供たちと離れて暮らすことは家族の絆に大きな影響を与える。この状況が長期間続けば、何世代にもわたって影響を及ぼす可能性がある。
ロック氏は、長期的にはベトナムは発展モデルを見直し、グローバル生産チェーンの中でより高い地位を占めるように方針転換しなければ、いつまでも安価な人件費を活用した労働集約モデルを続けることはできないと指摘する。そのためには、労働者の生活水準を向上させる方法を見出す必要がある。
「生産活動の回復には様々な方法を検討する必要があり、労働者の健康と引き換えにするような残業時間の拡大を提案すべきではありません。」とロック氏は話す。
出典:24/03/2022 VNEXPRESS
上記を参考に記事を翻訳・編集・制作