このベトナムで、素晴らしい賞を授与される企業がある、業界団体、調査会社、消費者投票など選考の母体は様々だが、気になるのは「何を評価されたか」だ。今回は「受賞企業」に取材して、評価の対象である企業価値を探った。
ボランティアで協力
人と人が触れ合う場所に
国際的な福祉系雑誌の『WORLD』による「HOPE Awards」。2018年10月にその大賞を受賞したのが、ハノイに拠点を構える建築設計事務所のWORKLOUNGE 03- VIETNAMだ。対象となったのは、ハノイの郊外に建つ麻薬中毒者の更生施設「Aquila Center」を設計・建設するプロジェクトだった。
「事務所のパートナーが現在でも更生施設の組織運営を手伝っています。彼を通して依頼をいただき、お世話になっているベトナムに設計の力で協力したいと引き受けました」
運営母体はベトナム人牧師を中心としたボランティア団体。資金に余裕はなく、同社もチャリティーとして引き受けた。当初は組織の方向性が定まらず、「何をつくるべきか」から相談を受けたが、これが難しい。国内に参考となる更生施設はなく、海外の事例では国の事情が異なり、竹森氏にも類似施設の設計経験がなかった。
それでも目指したのは「快適な場所」だ。薬物治療ではなく意志の力で麻薬を体から抜いていくための共同施設なので、オープンに人と人が触れ合えるつくりにして、太陽光もふんだんに取り入れた。一人きりになって 「暗闇に戻ってしまう」ことを避けたかったという。
建物の施工には業者だけでなく居住者も参加した。材料費を寄付で賄うなど資金難も理由だが、簡単なレンガ積みから始めて、社会復帰のための技術習得を目指したからだ。相談を受けてから2年以上が過ぎた2016年に完成したが、現在も少しずつ施設の手直しを続けている。HOPE Awardsへの応募は、実はこのための資金作りが目的だった。
「今回はクライアント(運営母体)が応募したのですが、それは副賞である賞金を得て、電気設備を充実させたかったからです。大賞の副賞は1万USDで、無事に改修できました」
竹森氏はこの経験から、麻薬中毒の根深さと、袋小路にさせない空間が人の助けになることを理解できたという。そして、設計単体でなく活動全体への評価で受賞したことがすごくうれしいそうだ。
国際コンペで銅賞を受賞
大工の知恵とPC解析
WORKLOUNGE 03は一級建築士の竹森氏が2003年に日本で共同設立し、2011年に知人の誘いでベトナムへ。2015年10月に現在の会社を共同設立した。
国際交流基金ベトナム交流センター図書室、日越大学仮キャンパス、日系レストランなど数多くの実績を持ち、受賞歴も多い。北部ビンフック省のウィークエンドハウス(別荘)である 「Step House」は、デザイン国際コンペティションの「A’ Design Award & Competition 2019」で建築デザイン部門の銅賞を受賞した。
目を引くのは各階がずれながら重なったデザイン。しかしインパクトを狙ったものでなく、光や風の流れなど緻密に計算した結果だ。すぐ前に湖があり、その方向に向けて建物を配置し、コンピュータで形や高さ、角度などの最適解を探していった。ここには地元の静岡県で設計の仕事を始めたときの、大工の親方との経験が活かされている。
「一般の木造住宅の仕事です。施主さんと大工さんと私で現地に行くと、 『ここはいい風が東から吹くから皆の集まる場所にしよう』、『西側から日差しが入るから庇を深くしよう』などと大工さんが話しているのが当たり前でした。地域の知恵は取り入れたいことですし、今はコンピュータで解析もできます」
Step Houseのアイデアはスタッフ4人による社内コンペ。そこから膨らませて、クライアントに見せたところ、 『上っていく感じがいいね』と決定。竹森氏は「それは意識していませんでしたね」と笑う。
広い視野と長い視線
新しいDinhをつくりたい
現在は3~4の案件が同時進行しており、クライアントは個人と企業、日系とベトナム系が各半々の割合。設計には条件が付き物だが、できるだけ素直に応えるようにしている。迎合ではなく、土地や企業が持つ文化に寄り添おうと考えているからだ。
そのためには事前のインタビューが重要で、本当に欲しいものをクライアントと一緒に考えていく。テーマとして持っているのは50年、100年と長く使ってもらえること。そのためにはなるべく「広い視野」を持つこと。国、環境、文化、家庭などその人に関わることを吸収する。もうひとつは「長い視線」。長期間の使用にはある程度の未来予測が大切なので、長い時間軸で考える。
「耐久性も重要ですね。例えば、木造であれば木は必ず朽ちます。そこで手入れをしやすくしたり、交換が楽なように考えるわけです」
未来予測は子どもの代までは想像できても、孫の代になると難しい。オフィスでも、新型コロナによるテレワークへのシフトなど、想像できない大きな変化も起こりうる。
わからなくなったら考えるのは、「いかにして快適な場所にするか」だ。過ごしやすい、美しいなどの空間自体に価値がある設計であれば、いつの時代もその価値は変らない。竹森氏は10年以上前に設計した建物の施主から「今でも快適に住んでいます」という言葉をもらい、感激したと振り返る。そして、30年後に言われたら飛び上がるほどうれしいだろうと想像する。
今後、ベトナムで街づくりに参加したい思いが強い。規模にはこだわらず、一つの建物でもいい。人が集い、新しい何かを生み出すきっかけとなる場所にしたいそうだ。
「ベトナムの村々には『Dinh』と呼ばれる集会所があり、人々が集まります。新しい時代にマッチしたDinhをつくれたらうれしいですね」
※HOPE Awardsとは?
国際的な福祉系雑誌『WORLD』が主催する賞で、世界における中毒、子供、地域社会などの福祉活動の中から、社会貢献度や継続性を考慮して選出される。選考は世界中の読者からの投票で、Aquila Centerは約35%を集めた。
ロンアン省から思わぬ推薦
1000点満点で975点
アジア太平洋品質組織(APQO)が主催する「Global Performance Excellence Award」(GPEA)。組織や企業運営の原理・原則への新しい取組みを評価するこの賞で、2019年10月に大賞となるワールドクラス賞とベストプラクティス賞をダブル受賞したのがKizuna JVだ。
中小製造業向けにレンタルサービス工場を開発・運営する同社が応募したきっかけは、立地するロンアン省から国家品質賞の金賞を受賞し、GPEAへの推薦を受けたことだった。
GPEAへの参加には厳しい条件があり、過去2年以内でのこの賞の受賞、国家品質保証機関からの推薦、アメリカ国家品質賞と欧州品質賞に基づく7つの基準(後述)を満たす必要がある。
「2012年設立の若い企業なので、応募にはまだ早いと思いました。ただ、お客様(入居企業)に外資系企業が多く、国際的な評価を知りたいという気持ちがありました」
同社のレンタル工場はKIZUNA1~3があり、顧客企業は約9割が外資系だ。日系企業が一番多くて36%、韓国系が30%、残りは欧米系であり、現在は合計でおよそ95%が埋まっている。評価されたのは外資系製造業への注力の他に、地域社会への貢献と、右肩上がりの利益の継続があったようだ。
「ここ(タンキム工業団地周辺)は以前は何もない倉庫街でしたが、弊社のお客様は現在120社以上あり、6000~7000人のワーカーさんが働いています。人が集まることで地域のサービス業や不動産業が活況になり、コミュニティや雇用を生み出しました」
事業者の利益が重視されるのは理由がある。審査項目は7つあり、「リーダーシップ」(120点)、「戦略策定」(85点)、「顧客・市場の重視」(85点)、「情報と分析」〔90点)、「人材開発とマネジメント」(85点)、「プロセス・マネジメント」〔85点)、そして最も得点の割合が大きいのが「業績」で450点なのだ。これらの合計が1000点満点であり、同社は975点を獲得してワールドクラス賞となった。
バランス・スコアカード
ビジネス戦略に活用
もうひとつのベストプラクティス賞の授賞理由は、経営におけるバランス・スコアカード(BSC)の活用と成功だった。これは企業経営で一般的に重視される財務に加えて、顧客、業務プロセス、人材からの視点を合わせた4つでビジネス戦略を考えるもので、同社は創業以来採用している。
図解で表せば、一番上に売上や利益などの「財務」があり、同社ではボードメンバーが3ヶ年ごとに計画を立てる。その下に「顧客」が位置し、工場や施設の建設プロジェクト、誘致する企業、ブランディングなどの計画となる。さらに下が組織運営や営業戦略といった「業務プロセス」で、一番下が企業の根幹となる「人材」の育成や活用だ。
これをボトムアップで作用させていく。すなわち、人を育てて、彼らが業務プロセスを活性化させ、それによって具体的に工場の建設や顧客の誘致が行われ、売上や利益につながるという考え方だ。
例えば同社では、日本企業を誘致するために日本語話者や日本文化に詳しい人材を採用し、日本人に適した資料を作り、公的機関や銀行、ブローカーなどの販売チャネルを開拓していった。日本に限らず、韓国、ベトナム、英語圏を加えた4アカウントのカスタマーサービスを設置して、言語だけでなく各国やその商習慣に合わせたトータルサポートをしている。
「KIZUNAの工場に入りたいお客様や、KIZUNAで働きたいスタッフを増やすことです。一時的に売上目標を達成したなどの短期の成績ではなく、継続させるシステムを作ることが何より大事です」
新型コロナの影響あるが
パイオニアだからチャレンジ
2019年12月からはKIZUNA3の拡張プロジェクトとして、従来の平屋建てでない初めての4階建て工場を2棟開発している。2020年10月から引渡しが始まる予定で、既に予約済みの区画がある。工場の総面積は約8万2000㎡で、600~4万㎡まで対応可能である。
また、工場内には自動消防防火システムが完備され、各棟にはコンテナ車両が付けられるローディングベイエリアが設置されている。
「プラグ&プレイと呼びますが、機械設備を運んでプラグを指せば、すぐに稼働させられる工場となっています。初期投資は抑えられますし、スピーディーかつ容易にスタートできます」
特に適した業種としては、ハイテク機器、電子部品、医療・健康製品、精密機器、加えてファッションやパッケージングなどの製造業が考えられるという。
現在は新型コロナの影響で、外国人の入国が大幅に制限されている。中国からの工場移転も期待されるが、市場調査が容易でないこともあり、スピードが落ちていると感じている。また、経済が一時的にせよ停滞しているため、贅沢品や嗜好品の売行きが伸びず、少なからず工場の稼働に影響を与えているようだ。
「新型コロナ感染は来年末に収束すると考えており、来年の半ばには先が見えてくると思います。弊社の業態は初期投資が大きいので、お客様を獲得しないとアウトなんです。海外からの問合せに対応しながら、国内での営業に力を入れています」
Vu副社長の夢は、もっと事業を大きくすることだという。
「我々はレンタルサービス工場のパイオニアを自負していますから、これからもチャレンジが欠かせません」
※GPEAとは?
アジア太平洋品質組織が主催する、品質、生産、事業活動における効率の優秀さを評価する国際的な賞。ベトナム企業は4社が受賞したが、Kizuna JVはワールドクラス賞を小規模サービスのカテゴリーで受賞した唯一のベトナム企業。
変わる税務申告の取組み
新しいサービスに貢献
2008年に設立されたベトナム税理士会が主催する「最優秀税理士法人賞」。ベトナム税務総局と財務省から評価されて、第3回となる2018年4月に受賞したのは、2004年に進出した老舗企業のVACサイゴン税理士法人だ。
受賞理由は2017年までの納税者向けのサポートやアドバイス、税理士会での積極的な活動支援、税務局納税者支援プログラムへの参加など。この中でも税務局内での無料相談会への協力が印象深かったという。
「役所(税務局)と会計事務所やコンサルティング会社といった業者は、それまであまり仲が良くなかったのです。業者に対しては、専門知識を悪用するようなイメージが持たれていたかもしれません。しかし、その潮目を大きく変えようとする動きがありました」
敵対し合っていても納税者のためにはならない。むしろ、協力し合えば納税申告を正しく、スムーズに進められるはずだ。このような思惑から、ベトナム税理士会が主体となって、税務局内での無料相談会を2014年から始めたのだ。
大手企業では普通に依頼する会計事務所だが、個人や中小企業にとっては敷居が高く、金銭的な負担も大きい。これは日本でも同様であり、確定申告の時期には各税務署で申告書類の作成アドバイスなどが行われている。
「年度末である3月末前の1週間ほど、税務局内に相談コーナーを作って、会計事務所がボランティアで協力しました。弊社はそのうちの1社であり、スタッフ数人が交代で通いました。この功績も大きかったと思います」
同社の顧客は100%日系企業だが、ここではベトナム人が対象。相談内容は個人所得の確定申告などで、このシステムを知らない人からは「費用がかかるのでは?」と警戒されたとか。
この活動は直接的な集客にはつながらなかったものの、相談会を手伝うことで知人が増えたり、税務局職員との関係が良くなったりと、様々な人脈が広がったという。
自国との差に戸惑う日本人
専門家からのアドバイス
VACサイゴン税理士法人は他に、日本とミャンマーにも拠点がある。本社・支社ではなく、兄弟会社のような位置付けだ。社歴はベトナム拠点が一番長く、数十という日系の現地法人と駐在員事務所を顧客に持つ。業種は製造業、商社、IT、コンサルなど様々であり、幅広い経験からのアドバイスを尋ねた。
まず、ベトナムでは法律、商習慣、社会体制も異なるため、会計税務においても戸惑う日本人が少なくないという。例えば、地域や担当者により判断が分かれる場合や、法改正が頻繁にあるなどだ。税務調査などはこうした事情があるため、個々というよりも全体的なバランスを考えて対応している。
「税務局の担当者にただ従うのではなく、言うべきことはきちんと伝えます。しかし、正論をごり押しすればよいというわけではありません。早期解決を目指したい、時間がかかってもきちんと正しい税務申告を行いたいなど、お客様の意向に従いつつも、お客様と税務局が良い関係を保てるよう話を進めるようにしています」
会計事務所によって差はあるだろうか。大手は顧客数が多いため経験豊富であることは間違いないが、日系会計事務所は法令遵守第一のため、基本的には大きな差はないだろうと考える。
「保守的に対応する事務所、楽観的に考える事務所の差はあると思います。複数の会計事務所と面談を行い、相性の合う事務所を探してはどうでしょうか」
ただ、ローカル会計事務所間では差があるという。ベトナム人は自分の知識や経験に基づいて判断を下す傾向が強く、それを他と共有しようとしないからだ。
外注か内製を進めるか
事前のチェックポイント
会計事務所を使わずに会計税務業務を「内製」する企業もある。社内で処理したほうが早く進められるので、リアルタイムで会計処理を行え、決算が早期化するといったメリットもある。ただ、少なくとも初めのうちは会計事務所に依頼し、慣れてきたら内製化を進めたほうがよいそうだ。
「法改正が頻繁にあり、法解釈や運用に地域、個人差があります。ベトナムの事情がよくわからないまま、経理担当スタッフ一人の話を鵜呑みにしてしまうと、後で問題となることもあります。担当者が固定されると、大きな権力を持ってしまう心配もありますね」
特に日本人駐在員が海外初赴任の場合は、ベトナムの商習慣だけでなく、ベトナム人スタッフとの日常のやり取りなどに驚かされることも多く、ベトナム式ビジネスに慣れるまで1年ほどかかるという。内製を進めるのは、ベトナムの手法に慣れ、自分でも情報を収集できるようになってからがいいとのこと。
自社で雇用したチーフアカウンタントが突然退職してしまい、退職までのわずかな期間に、引継ぎどころか後任も採用できず、業務が完全に止まった例もあるという。新しいチーフアカウンタントが見つかり、業務が落ち着くまでに数ヶ月を要する場合も。また、専門性の高い業務だけに、内製する場合はブラックボックス化しない仕組み作りも重要となる。
同社の顧客は日系企業だが、日系企業向けの細やかなサービスをベトナム企業に提供するサービスを検討中だった。しかし、新型コロナ感染の影響でしばらくは様子を見るという。ただ、日本人の入国制限で業務に支障が出ている日系企業も多く、こうした会社に対してのサポートを始めている。
「会計事務所という職業柄、新型コロナの影響は現在それほど深刻ではありません。しかし、企業の業績と密接に関係しますので、今後少しずつ影響が出ると思います」
※最優秀税理士法人賞とは?
ベトナム税理士会が主催する、税理士事務所に与えられる賞。2018年は第3回ベトナム税理士会総大会において授賞式が行われた。受賞者はベトナム全国の7社で、ハノイ地域で2社、ホーチミン市地域で5社。