三菱UFJ銀行ホーチミン支店長の埜﨑孝雄氏は、今年4月にホーチミン日本商工会議所(JCCH)の会頭に就任した。シンガポールとインドでの駐在経験を持つ埜﨑氏は、「ベトナムがナンバーワン」と語る。
真面目な日本人が高評価
―― 御行のベトナム進出がとても早いです。
埜﨑 三菱UFJ銀行の前身の東京銀行、その当時の横浜正金銀行が1920年(大正9年)にサイゴン支店を開設したのが最初です。104年も前になります。
その後ハノイ、ハイフォンと3拠点を構えますが、太平洋戦争で全て撤退。1962年に再進出しますがベトナム戦争で撤退し、ドイモイ政策で1996年に再度ホーチミン市に支店を開設。現在の営業形態へと続いています。
三菱UFJ銀行はベトナムを最も成長著しい国と位置付けており、インドと共にアジアにおける筆頭国、最注力国としてその成長を取り込みたいと考えています。そして、ホーチミン支店は日系企業のお客様を中心に、ベトナム企業と外資系企業を含めて1000社以上からお取引を頂戴しています。
私はベトナムが大好きです。これまで経験した日本国内と海外支店のどこと比べてもナンバーワンです。私が入行した1996年に現在のホーチミン支店が開設されたこともあり、この国との縁も感じています。
同時に私は非常に人に恵まれています。会社の仲間やお客様など一緒に仕事をする日本人、ベトナム人を問わずで、それがベトナムでの仕事が1番楽しい理由かもしれません。
お陰さまで売上、従業員数、お客様との取引数、お客様数などこの10年ずっと右肩上がりを続けています。これはベトナムの経済成長や日本経済の伸び、あるいはお客様がベトナムでご活躍されていることの裏返しだと感じています。
―― JCCHの会頭に就任してから8ヶ月が経ちました。
埜﨑 インドの日本商工会では副支店長として事務方を担当しましたが、役員となったのはベトナムでの金融・保険部会の部会長が初めてで、今回はJCCH全体の会頭となり、大変大きな責任を感じています。
会頭としてこれまで、ホーチミン市をはじめドンナイ省、ロンアン省、ビンズン省、バリアブンタウ省の人民委員会との関係構築、関係向上のため、1000社以上の会員企業の代表として話す機会をいただきました。
そこで感じるのはどこも圧倒的に親日で、日系企業に進出してほしい、活躍してほしいという熱い思いです。これほど歓迎されているとは知りませんでした。面と向かって言われることも数多くあり、様々な形でベトナムに長く貢献してきた日本政府や民間企業が勝ち得た信頼関係の賜物だと思います。
彼らが口を揃えるのは、「日本の企業は真面目に法律を守って、しっかり納税をして、雇用を増やしてくれる」です。聞くと、地味に感じるかもしれません。しかし、これらを続けてきたからこそ、日系企業や日本人は一市民としてベトナムに根付いているのです。
ボランティアの「心意気」
―― JCCH会頭のスローガンとして「相互信頼」を掲げています。
埜﨑 はい。私の経験から、誠実かつ謙虚な姿勢でその国の人々を信頼することが、アジアで成功する秘訣だと考えています。こうした日本企業の姿勢が、ベトナムだけでなく世界から認められるのだと思います。
その証と言えるかもしれません。ベトナムには韓国、台湾、米国、欧州など海外の商工会が多数ありながら、一国だけを招いて毎年継続してラウンドテーブルを開催しているのは、日本だけです。日本より在越の企業数や在留外国人数、投資金額が多い国があるにもかかわらずです。
会員企業へのアンケートから事業環境や生活環境上の課題を抽出し、ホーチミン市人民委員会に要望書を提出。その議論の場であるラウンドテーブルには委員長や副委員長も出席し、丁寧かつ速やかに対応いただいています。
JCCH最大のイベントとも呼べるラウンドテーブルは、今年度は全部で17件の新規要望をホーチミン市人民委員会に提出しました。本番前のプレラウンドテーブルではワーキングレベルで活発に議論して、12月上旬に本番会合を予定(取材時)しており、今は最終的な評価を検討しています。
―― どのような要望があるのですか。
埜﨑 いくつかを紹介しますと、例えば、労働許可証の更新申請時に許可が下りにくくなっていることです。他の外資系企業を含めて大きな課題であり、改善を望みます。
また、小売市場でのエコノミックニーズテスト(ENT)があります。特に外資系企業がベトナム国内で2店舗目以降を出店する際の審査で、2024年1月に撤廃されたはずですが、まだ課されているケースがあります。
タントゥアン輸出加工区は2041年にリース期限を迎えて、ハイテクパークに変わる予定です。しかし「ハイテク」の定義が曖昧で、2041年以降の操業継続を心配する企業が多いです。17年先ですが、今後の追加投資もあるので早めに結論を出したいです。
ほかには、タンソンニャット国際空港の入出国手続きの簡便化なども要望する予定です。
―― JCCHの舵取りがうまく進んでいるようです。
埜﨑 いえ、皆さんに助けられています。JCCHには10の実行委員会と13の商工部会がありますが、委員や部会員の方々は全てがボランティアで、場合によっては土日返上で社会貢献活動や企業交流のビジネスマッチングなどを手伝っています。
しかも、誰も対価をもらわないのに、どの委員会も部会も盛り上がっているんです(笑)。色々な外国の商工会と情報交換をしますけれど、こんなことは日本の商工会だけです。
何の義理もなくボランティア活動を続けていると、自分よりも周りを優先するようになるようで、人柄の良い方が集まっています。日本人もベトナム人も心意気、そんな方々に助けられています。
―― これから始めたいことはありますか。
埜﨑 日越の長い歴史の中で、今は両国の関係が極めて良好です。本当に先人、先輩方の努力によるもので、これを一歩でも二歩でも高めたいと思います。
こうした関係性は何もしないと徐々に離れてしまいますから、できるだけ維持・向上させます。これは銀行の支店長としてもJCCHの会頭としても感じていることで、今後のJCCHのイベントも1つ1つ丁寧に対応していきたいです。
一方、ベトナムでの日本のプレゼンスが下がりつつあることを懸念しています。中国がグローバル大国になり、韓国や台湾が先端技術で日本の先を行く時代になって、日本の存在意義が転換期に来ているのでしょう。
日本にとってもベトナムにとっても、互いがかけがえのないパートナーになる大きな転換点でもあります。そこでどうやってお役に立てるのか。少しでも努力を続けていきます。