ビジネスが複雑化するベトナム市場では、社外の人脈や外部との協働が、企業の成長を左右する。、現地のパートナー企業や教育機関などと、どう連携して事業を前進させればよいのか。業界が全く異なる3社に取材した。
自動車整備士を2大学と育成
日本で就職、そしてベトナムへ

人手不足の処方箋
外国人整備士を活用せよ
就業者や後継者の不足から業界の存続すら危ぶまれ、外国人労働者が現場を担う。日本では珍しくなくなった光景だが、自動車整備業界でこのムーブメントを起こそうとしているのがトップランクパートナーズだ。

同社は自動車の販売、買取、整備、板金、保険などを事業とするトップランクから2024年に別会社となり、人材サービスを主事業として同業種の企業を支援する。
「自動車整備士は自社では採用できていましたが、将来の人手不足は明らかでした」
国家資格が必要な自動車整備士(整備士)は日本に約33万人おり、平均年齢は47歳と高齢化が進む。一方、自動車整備専門学校の入学者数は2003年は1万2000人以上だったが近年は6000~7000人で、若手の減少が顕著である。
そのため、中小企業が多い自動車整備工場では倒産も増えているが、採用やマーケティングなどには不慣れだ。そこで自社の採用経験を生かして人材紹介業を2016年に事業化した。
「トップランクは2008年から外国人の整備士を採用し、期待以上に活躍していました。最初は日本留学で自動車専門学校を卒業したスリランカ人でした」
2017年から外国人材をアピールしたが、業界の反応は「外人はちょっと」。また、2016年に自動車整備が技能実習制度の追加職種となり、管理団体を作って外国人を受け入れた。ただ、資格なしにできるオイルやタイヤの交換といった軽整備になるので、人手不足の抜本解決には遠かった。
「そんな中、2018年くらいから自動車専門学校に入学する留学生が増えてきたのです」
最初は中国人、次がスリランカ人が増え、ベトナム、ネパールなどと主流が変わり、今後増えそうなのがインドネシア人とか。自国の経済成長に伴い減少する傾向があるようだ。
当時もまだ外国人への偏見はあったが、整備士の補充が急務となり、企業と専門学校とのマッチング事業を2018年にスタート。年に一度の会社説明会では現在、100社の枠が1ヶ月で埋まる勢いだ。
自動車専門学校への留学が増えている主な理由は、就職先がまず100%見つかるからだという。日本人の入学激減に悩む専門学校側も受入れに積極的だ。

ベトナムの大学と創る
技術と雇用の循環モデル
その後、コロナ禍で人材の往来が止まる中、新しい仕組みを模索した。モータリゼーションの最中のベトナムでは自動車を勉強する大学生が増えたが、技能実習生ではなくエンジニアとしての就労を望んでいた。彼らを連れてくる方策はないか。
同時に考えたのが日本での就労経験を経て帰国した後の就職先。ベトナムでしっかり勉強したやる気のある人材だ。日本で働いて技術を習得し、ベトナムに戻った後も高く評価されるような循環を作ろうと思った。
その結果として2022年7月、JICAとの間で「ベトナム国優良自動車整備人材還流プラットフォーム構築のための案件化調査(中小企業支援型)」の業務委託契約を締結する。
技能実習生を通じてベトナムとの関係はできており、国立ハノイ工業大学と、自動車メーカーのチュオンハイ自動車(THACO)傘下のTHACO短期大学から協力が得られた。
「ハノイ工業大学は技能実習生への自動車整備の教育を委託しており、THACO短大はここに貢献した知人を介して紹介してもらいました」
2023年3月には2校との間で優良自動車整備人材育成協同事業に関する契約を締結。両校の自動車整備科の学生が日本でインターンをし、この間に日本語検定N4と特定技能の試験を受ける。合格したら大学の卒業を挟んで、日本で正式な社員となる仕組みだ。
2024年1月に1期生が生まれ、ハノイ工業大学の数人が、日本の自動車整備工場やディーラーなどでインターンとして働いた。
「日本での就労を希望する者に、自動車の知識や日本語レベルなどのテストをして、選び抜かれた学生たちです」
彼らは日本に1年間滞在し、有期雇用の契約で働きながら整備技術を学ぶ。給与はもちろん社会保険にも加入する。このインターンは大学の単位でもあるので、結果次第では単位取得ができず、自ずと積極性が高くなる。
企業と学生の双方を知るトップランクパートナーズがインターン先を決め、学生の日本滞在時の支援として自動車整備のeラーニング教材なども開発している。

インターンから整備士へ
3期生は来年3月を予定
1期生は2014年12月にインターンを終えてベトナムに帰国。卒業後に日本に就職した人、日本で働きたく条件を調整している人、日本での経験を機に帰国して上位の学位取得を決めた人と、結果は様々だった(取材時)。
2期生は2025年4月に、ハノイ工業大学とTHACO短期大学から合計数十人が来日した。企業10社で働いている。
「彼らは学びの意欲があり、車の知識があり、『日本語が通じなくてもやって見せれば理解できる、とても優秀』と企業の評判も上々です」
プロジェクトが動き始めたことで、学生は1年を通して日本で働き続ける意思を確認する場、企業は選ばれる魅力をアピールする場ともなってきた。この真剣勝負を通してミスマッチがなくなり、就労期間も長くなると期待する。

2大学では日本でのインターンについてアピールしており、THACO短期大学は日本で学べる新しいコースを開講した。また、自動車整備科を持つ他の短大や大学から連携を求める連絡が届いており、トップランクパートナーズは授業やカリキュラムの要望や審査について伝えている。互いに納得すれば新たなパートナーが生まれるかもしれない。
「人材紹介業なので数を増やせば事業は拡大しますが、それより三方よしを守りたい。3期生は来年の3月くらいを予定しています」
相棒はドローンスタートアップ
観測データから送電線を点検

観測データで新ビジネス
農業からインフラ点検へ
ベトナム電力公社(EVN)は電力不足への対策として送電網の拡充、そして送電網の老朽化や不備による送電の電力損失の改善に取り組んでいる。送電線の点検は危険が伴う高所で、作業員が目視などで行っていたため、ドローンとAIを活用した安全で効率的な点検方法の実装化の検討を推進している。

この事業で連携を始めたのがファンリードだ。リモートセンシングによる「観測」(データ収集)、GIS(地理情報システム)、データ分析・AIを組み合わせたソリューション事業を提供している。
「観測手段の1つが、観測範囲は限定的でも作業員の目と同じレベルの画像が取得できるドローン、もうひとつは超広域で長期的な観測が可能な人工衛星です」
ファンリードは2019年10⽉に、内閣府他による公募案件「2019年度みちびきを利⽤した実証実験」に採択。マレーシアで人工衛星とドローンを活用したスマート農業に取り組み、個々のパーム椰子の位置の識別や、その後は現地のサンウェイ大学と連携したマングローブ林の保全にも携わった。
農業分野の横展開として2022年8⽉から始まったのが、J-Bridgeを活用したJETROハノイ事務所の紹介による、ベトナム国産ドローンスタートアップのMAJとの連携だ。現在はGTEL ROBOT(GRobot)と社名変更した同社は、ベトナム国防省からドローン製造のライセンスを受けた数少ない企業である。
GRobotと協議を続けるうち、協業分野をより市場性の⾼い送電網の点検、インフラ点検へと変更した。時期は2022年12⽉で、背景には冒頭のニーズがあった。
「日本での送電線保守には主にヘリコプターが使われていましたが、コストも手間もかかります。ドローンを活用した点検に移行して、実績を上げている電力会社があります」
ベトナムでの電力不足問題への取組みは、「MADOCA搭載ドローンのインフラ点検への活用に向けた性能評価実証」のテーマで、内閣府の「2023年度みちびきを利用した実証事業」に採択された。これが契機となって、ドローンによる送電線点検ソリューション開発に向けた実証が始まった。
マレーシアでも利用された「みちびき」とは日本が開発・運用する衛星測位システムで、いわば日本版GPSだ。4機の人工衛星で運用しており、米国のGPSと一体で利用できるため、安定した高精度測位ができる。
MADOCA×Visual SLAM
ドローンの手法を確立

特に日本を中心としたアジアやオセアニア地域では、みちびき独自のセンチメートル級の測位サービス(MADOCA-PPP)が可能となる。
性能評価実証として行われたのは、送電線への実証実験前の予行練習だ。ハノイ市街地の空地に送電線のモックアップ(簡易模型)を設置して、ドローンで模擬の送電線を撮影した。モックアップを用いたのはドローン飛行中の接触リスク等を考慮した安全面と、模擬の異常箇所の設置を容易にするためだ。
高さ3m程度の4本のポールに、約10mの送電線を模擬したロープを3本渡し、実際を想定してある程度のたるみを持たせた。3本のうち中央のロープには異常個所を模擬したマーカーを3mおきに3ヶ所取り付けた。
ロープからの距離や高さを様々に変えながらドローンで撮影した。MADOCAの高精度測位と共に重要な技術が、ファンリードが独自開発したVisual SLAMで、撮影した画像からドローンの姿勢や位置などを推定する。
「簡単に説明すると、ドローンの正確な位置の推定にみちびきのMADOCA-PPPを利用し、風などの影響でドローンの向いている方向が変わった場合の補正をするのがVisual SLAMです」
実験は2023年10月と2024年1月の2回実施され、約30m離れた位置から水平方向に3m、垂直方向に2m離れた複数の送電線を的確に識別可能、異常箇所の位置を1m強の精度で推定可能、という手法が確立された。
送電線は都市部だけでなく山奥などにもあるため、従来のGPSだけでは遠隔地での通信も測位も難しい。この性能実証成果を踏まえてGRobotと連携すれば、EVNへ技術の実証を提案できる。そんな素地が固まった。

実証実験でも有効確認
日本の技術で新市場を
2024年6⽉には経済産業省の「令和5年度補正グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助⾦(我が国企業によるインフラ海外展開促進調査)」に採択された。
ドローン送電網点検ソリューションの事業化に向けたフィージビリティスタディ(実現可能性調査)であり、EVNのニーズを深掘りすると共に、サービス設計に必要な実際の送電網の観測データを収集した。
EVNが所管するエリアでは、既存の測位インフラではドローンの位置が十分な精度で推定できていないことが判明、みちびきのMADOCA-PPP活用に大きな期待が寄せられた。
調査事業の最終段階である2025年1月にハノイ郊外にあるEVNの実際の送電線を撮像し、AIによる異常検知が可能なデータ品質であることを確認できた。

「GRobotとは2023年度の『みちびき実証』での協業以来、信頼できる現地パートナーとして連携を深めてきました。今回のフィージビリティスタディでは想定顧客となるEVNとの関係構築がポイントで、出張ベースで通訳を介して顔を見ながら話しました。お互いに理解が深まったと思います」
「グローバルサウス」は2025年2⽉末で終了したため、現時点(取材時)では今後の実証実験などは予定されていない。ただ、事業のスキームとしてはEVNや他のステークホルダーに対して、ファンリードが提案事業者、GRobotが現地パートナーとなる。そして、案件組成のための情報収集や分析を担当し、同時にサービス設計のためのデータ収集や分析も行う形が考えられている。
「マレーシアでは我々が全面的に出ることもありましたが、ベトナムでは現地のGRobotがEVNと協力し、我々は日本からソリューション提供することになるでしょう」
一般的にパーム椰子などのスマート農業では単位面積当たりのサービス単価を高くできないため、市場はあってもビジネス的に難しい面もあるという。一方、今回のようなインフラ保守はベトナムで実績を作れば、他国でもニーズを開拓できそうだ。
「EVNやGRobotと連絡を取りながら今後の調整をしています。他国ではドローンを使った取得画像から横展開できる可能性もありますね」
財閥が欲しがる日本式の保育
「世界の園長」がこれから始まる

ベトナム財閥が興味あり
日本式保育園を設立へ
ベトナム有数の財閥であるソビコグループ(Sovico Group)。金融、航空、不動産、エネルギー、リゾートなど多くの事業を展開しており、HDバンクの筆頭株主、ベトジェット航空の親会社としても知られる。グループの会長であり、ベトジェット航空の生みの親はグエン・ティ・フォン・タオ氏だ。

「フォンさんは自らの子育てを通じて、日本式の保育に興味を持ったそうです。人を介して会ってほしいと連絡があり2020年にお会いしました。正直に言うと、ソビコは知りませんでした」
ライクは保育、人材、介護を事業の柱としており、中でも売上の50%強を占めるのが子育て支援。認可保育園、学童クラブ、病院の院内保育施設などが合計約420ヶ所あり、日本では業界トップクラスだ。
その後、2023年10月にライクから岡本氏ら3人がベトナムを訪問し、ソビコの教育事業のトップと会合すると共に、日本式という保育園を見学した。
「机の角が丸くなっていないなど、安心安全の配慮が足りないと感じました。仮にノウハウを盗まれても、ベトナムの保育環境が改善できればと協力を決め、保育と介護について3つの協業を発表しました」
1つめは、5年以内にベトナム国内において日本式保育施設を作り、100施設を目指す。施設の立地は不動産に強いソビコグループが、日本式保育園の運営や人材教育はライクが担当する。
2つめは、日本の介護人材不足を解消するため、ソビコグループがベトナムで運営する教育機関にライクが介護士の養成プログラムを提供して、介護人材を育成する。ライクは3年以内に始めたい考えで、ベトナムとインドネシア(後述)から1000人単位で介護人材を招きたいという。
ライクは介護施設を東京都、神奈川県、埼玉県で26施設運営し、入居者は約1500人。外国人社員も約80人働いており、教育や在留資格「介護」の取得をサポートしている。
「ベトナムもインドネシアも経済成長中。日本で就労してもらうには、弊社の魅力を如何に伝えられるかがカギになります」
3つめはベトナムでの将来的な介護施設の設立。今ではなく、むしろ10年後の都市部でのニーズを見越して準備を進めていく。
その後、2024年1月に、教育・子育て支援セクションのトップであるベトナム人女性が7~8人来日し、ライクの保育施設を見学した。

インドネシアの先行事例
新都市に来春オープン
協業を決める前はコロナがひどくなり、連携の話が一時的に止まった。コロナが明けて再スタートしたわけだが、諸所の事情から調印式の後も滞ってしまった。
「年内には一度ベトナムに行って、仕切り直しをしたいと思っています」
ベトナムの保育施設には、保育士としても保育士の教育者としても、経験の長い園長クラスが適任と考えており、希望する園長が多くいるそうだ。また、20、30と施設が増えると、総合的な管理も必要となるため、将来の現地法人設立も視野に入る。
このようなベトナムの一歩先を行くのがインドネシアの事例だ。とある財閥と同様の連携が始まっているのだ。
「今年の春に始まり、年内に保育施設の場所を決定して、来春にオープンの予定です」
その財閥はジャカルタに、100万人都市の開発計画を既に進めており、住宅、商業施設、オフィス、教育機関などが含まれる複合的な開発プロジェクトとなる。
この都市開発において、ショッピングモールや商業ビルの中などに日本式保育園を作る予定だ。良い立地が見つかれば複数施設の同時オープンもあるという。
「何人の子どもをどのくらいまで受け入れるかで保育園の開設数は変わりますが、調査では5ヶ所程度はすぐに着工できそうです。気持ちとしては3年で50施設は作りたいですね」
なぜこれほどのスピードで進むのか。日本式子育てサービスを導入したいと連絡をしたのは、その財閥の役員である日本人で、岡本氏の大学の後輩。今春早々に現地視察となった。
日本人が仲介役となっていること、日本の大手不動産会社で働いていたインドネシア人の協力などもあり、日本のビジネススタイルで進められたのが大きいと岡本氏は語る。
9月までに事業や施設などの内容を吟味して、10月にインドネシアを再訪する予定だ。そこで立地を確認しながら今後の連携や資本関係を決めることになる。

園長による現地教育
社会貢献でなくビジネス
インドネシアへも経験豊富な園長クラスが赴く予定で、数十人が手を挙げている。1施設で3~4人が保育士として働きながら、インドネシア人の教育も担当する。このようにインドネシア、今後はベトナムにも多くの園長を派遣できるのは、6000人以上という層の厚い保育スタッフがいるからだ。
そのうち、保育園なら園長、院内保育などでは施設長になる保育士のリーダーが約420人、彼らのサブとなる主任が各人に2人ほどおり、その他は一般保育士になる。
「園長が抜けた穴は主任が園長になれるチャンスでもあります。日本での人的不足は心配していません」
ベトナムとインドネシアの保育事業について、当初は東南アジアの保育レベルを高める社会貢献と考えていた。単価や収益構造が違うこともあり、ビジネスというより現地の保育への意識向上を期待していた。
しかし、インドネシアの新都市の住民の平均年収は約300万円と聞いた。世帯年収を約600万円と考えれば日本とあまり変わらず、保育料を無理なく払える家庭も少なくないはず。
「ライクとして十分に事業になると考えています。ベトナムも同じように見ており、日本と同等に注力していきます」
