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ベトナムで活躍する日系企業|
リーダーたちの構想 第48回
Tri-Viet International

野球グラブなどのODMメーカーとしてニッチトップに立つトライオン株式会社。フィリピンに次ぐ第2工場としてトライベト・インターナショナルを2007年に設立した。「カントーでなければ成功は難しかった」と中村社長はこの11年を振り返る。

パートナーシップでの事業

―― トライオンさんの事業内容を教えてください。

中村 野球グラブを中心とするODMメーカーです。企画から開発、製造、品質管理までを串刺しにしたトータルマネジメントを担い、日米の大手スポーツブランド様に商品を納めております。野球グラブ以外にも技術転用のできるアイスホッケー、ラクロス、ボクシング、バイク用のグラブ製造を展開しています。

 顧客様とはパートナーシップでの取組みとして、型の設計から材料も含めた開発を行い、特に製造側からのバリュー提供に力を入れております。

 商品の生産は1988年設立のフィリピン工場と2007年設立の弊社で担い、前者で約1100人、後者で約950人が働いています。主な輸出先はアメリカ、カナダ、日本、ヨーロッパ諸国になります。

 特に野球のグラブは職人が作る工芸品に近く、典型的な労働集約型産業になります。一方で野球はフィリピンでもベトナムでもマイナーなスポーツで、知らない人も多くいます。そうした人材をどのように教育して活用するかがビジネスのカギです。

―― なぜベトナムに進出したのでしょうか?

中村 2005年頃、顧客様より事業拡大などの理由で中国に工場を持たないかと依頼され、第2拠点を考えるようになったと聞いています。ただ中国は既に飽和状態で、魅力的な進出先ではありませんでした。グラブ製造は労働集約型なので、進出先は人件費が安く、生産人口が多く、発展している国が望ましいのです。

 そこで人口も十分で成長著しいベトナムに注目しましたが、ハノイ、ホーチミン市などには既に大企業が進出済みで、人材の奪合いでは勝てません。ならばと、ハイフォンやカントーなどの地方都市に足を伸ばして視察し、最後はメコンデルタのカントーに決定しました。

 今でこそインフラが整備されてホーチミン市から車で3時間半程度ですが、当時はカントー大橋もなく陸の孤島で、ホーチミン市から5~6時間はかかっていました。外資系企業は数社で、日系企業は1社も進出しておらず、まさに人材におけるプルーオーシャンだと感じたそうです。

 人口130万人の都市で、メコンデルタには約1700万人の農村中心の真面目な労働力がある。当時は第3種地域で最低賃金が低く、工業団地の賃料も割安で企業を誘致していた。政府の中央直轄都市であり、インフラ整備は進むと考えられた。「一番先に出るメリットは大きい」という本社の社長判断で進出が決まりました。

―― 工場での作業を教えてください。

中村 究極に略して言わせていただくと、大きな革(資材)を切って、貼って、縫い合わせて、叩いて、立体的にグラブ型に仕上げていくという作業です(笑)。野球グラブで30近い工程があり、オペレーションが細かく分かれます。マニュアル作業は3ヶ月ほどである程度の戦力になり、マニュアルでない縫製作業で戦力になるまでに8~10ヶ月を要するほど熟練の技術が必要になります。

 赴任したばかりのころ、この地のベトナム人に、日本人にはない創造性と忍耐力を感じました。天然のグラブレザーは厚みがあり、縫製作業は衣服のようにスムースに縫えず、厚物専用のミシンが必要です。まさに力と技で難しい作業を続けるのですが、小柄な女性作業者でも1年かからずに作業をマスターし、熟練工に育っていきます。

 また、手間と労力のかかる数多くのマニュアル作業がある中で、自然と無駄のないオペレーションに工夫しています。私はすぐに「カイゼン委員会」を組織して、現場の小さなアイデアを吸い上げて標準化し、作業工程を作り直していきました。こういった経験を通して、ベトナム人の創造性と忍耐強さを感じ、さらに活かせないかを考えるようになりました。

カントーの知性と労働力

―― カントーの県民性も影響しているようですね。

中村 そう思います。こうした現場の作業者はもちろん、彼らをマネジメントする優秀な中間層が育ったからこそ、右肩上がりで業績を伸ばせました。その担い手となったのが工業管理を専攻してアカデミックに学んだカントー大学の出身者です。

 ベトナムを代表する総合大学の1つであるカントー大学には、メコンデルタ地域13省市から優秀な学生が集まります。卒業後に外資系企業を志望するベトナム人は、ライバルが少ないためか弊社を選んでくれます。

 ジョブホッピングもないので、都市部に比べてサラリー設定も高い水準に合わせる必要がありません。真面目なスタッフが多く、将来の幹部候補生である彼らにはロイヤリティを持って長く働いてもらえるように、福利厚生や評価制度を整備してきました。赴任当時は10%ほどだった離職率は2%以下まで落ち、今では顧客様と直接やりとりできるまでに成長しています。

 彼らのポテンシャルは非常に高く、生産性や品質の向上だけでなく、新しい技術を用いたベトナム発信の新デザイン野球グラブも市場デビューしています。IT部門も内製化に取り組み、生産ラインの不良品や仕掛品の管理をモニターするデジタル化に成功しています。

―― 今後の計画を教えてください。

中村 弊社は今年3月で15周年を迎えて、野球のルールすら知らないベトナム人に、ハイレベルな技術を教えるノウハウが確立されています。今後はこの技術力をさらに磨きながら、生産能力を上げていくつもりです。

 敷地面積は約1万5000㎡で、アメリカ向け野球グラブ、日本向け野球グラブ、アイスホッケーやラクロスなどのギアグラブの3つの製造部門を持ちますが、今後の事業拡大も視野に入れて新たな製造拠点も考えられます。

 その時に備えて、ここメコンデルタでの地の利と経験を活かした情報収集は欠かせません。それぐらいこの拠点は重要で、間違いなく弊社の強みを存分に活かせる環境があります。外資系投資が増えれば外国人向け衣食住の環境が整い、私生活は充実していきますが、逆に他社との人材の奪い合いに巻き込まれる恐れもあり、今後のカントーの発展においては複雑な思いもございます。

 ただ何があろうと、状況変化に対応してきた弊社のベトナム人スタッフたちと一緒であれば、乗り越えられて、益々の発展を遂げられると信じております。

 今後も私の「ありたい工場」を想像し、ベトナム人の「創造性」と「革新」によって具現化させ、唯一無二のオリジナルグラブ工場にしていきたいと考えています。その歩みがこの地で雇用を生むという社会貢献になり、さらには従業員に愛される工場へつながるというのが今後の道しるべ、すなわち方向性でございます。

Tri-Viet International
中村素行 Motoyuki Nakamura
米国の大学を卒業後、日本で機械メーカーに入社。その後、2007年にトライオン株式会社に入社し、野球グラブの営業企画に従事した後、2011年4月にベトナム赴任。工場運営から海外事業を統括するGM職を経て今年4月から現職。