都市部や近隣省では工業団地に空きが減り、賃料や人件費が上昇中。そこで増えているのが「地方都市」への進出だ。今回はいち早く地方を選んだ先輩企業に、その理由、生産、雇用、現地調達の実際を尋ねた。地方のリアルをどうぞ。
土地資産を考慮して試算
海も空もあるスマートシティ
アルミ脚立、梯子、特殊高所作業台などの専業メーカー、長谷川工業は日本シェアトップ級である。空港の機体整備や鉄道車両の整備などで使われる特殊高所作業台、製造業の生産ライン向け高所作業台など、法人向け販売が約半分を占める。残りはホームセンターやECを介した個人向け販売だ。
海外での生産は2001年7月に進出した中国・広東省の東莞工場から。コストダウンが主な目的で、当初は輸出拠点だったが、2010年からは中国国内向けにも販売。脚立や梯子など多くの種類を生産しており、月産数は約5万台と日本を超える規模となった。
「私は中国工場の立上げにも携わりました。反日運動などで2012年ごろから政治的リスクが高まり、チャイナプラスワン拠点の事業計画に参画したのです。ベトナム、タイ、インドネシア、フィリピンを試算後、実際にベトナムを視察しました」
計画段階から、土地を所有した資産価値のある製造拠点を考えていた(ベトナムの場合は50年の借地権)。ベトナムを見回ると都市部、特にホーチミン市の土地は非常に高く、中部ダナンは安かった。2013年当時での価格差は約2倍、建屋で1.5倍ほどだったという。
「これを基軸にしてタイ、インドネシア、フィリピンの土地相場を比較したところ、やはりベトナムが安かったのです」
もう一つの理由は、ベトナムの政治体制や労働法などの法令が中国と類似し、同社の中国事業での経験が活かせると感じたからだ。
立地も魅力的に映った。工業団地はクアンナム省にあるが、ダナン空港から車で30分程度、ダナン港へも50分程度と近く、製造業やIT企業の進出が増えている。また、ダナンは第2種だが当該地域は第3種なので、最低賃金の設定が低い。
「船便も空輸もあるスマートシティだと感じました。ただ、日系製造業は中部に40社くらいなので、大都市に比べて寂しい気はします。韓国などの外資系も多いのですが、日系企業が一番少ないかな(笑)」
多能工が合うベトナム人
人材採用は自助努力のうち
設立は2013年。工場の敷地面積は1万㎡。日本向けのEPE工場として踏台、車の洗車等に使う足場台、アメリカ向けの脚立などを生産しており、月産台数は1万~1万2000程度だ。直近では2ヶ月の準備期間を経て、今年6月からフラッグシップ製品である高級踏台「Lucano」の生産が始まった。
Lucanoは高級ブランド店での店内備品としても使われ、世界28ヵ国での販売実績を持つ。品質の良さやデザイン性の高さから日本で1万円台~3万円台と高額だが、冠製品へと成長した。
従業員は約50名。作業の工程や内容、品質基準も日本と同じだ。ちなみに中国工場は約200名、日本の工場は2拠点で計150名近くが働く。
「ベトナム工場は単能工、多能工、スーパーワーカーに分かれ、積極的に多能工を育てています」
単純作業の単能工を増やして早く作る方法もあるが、ベトナム人は多能工に魅力を感じると思った。そこで、新しい製品を覚えると手当が付き、仲間に教えて評価されればさらに手当が加わる評価制度を作った。自分の技能を比較的人に教えたがらない中国人と違ってベトナム人は躊躇がなく、また次の新しい製品を作りたいという積極性もあるという。
安定志向の単能工は否定しないが、多能工は約80%に増え、そこから選ばれたスーパーワーカーは5名になった。多能工として独り立ちできるまで、普通は6ヶ月~1年、やる気があれば3ヶ月で成長する者もいる。
「当社の仕事は自動化でも匠の技でもなく、感覚の情報が大事になります。それでアセンブリする現場からの声が、効率の良いモノづくりを生み出します」
昨今の都市部では従業員の採用に苦労する企業も多いが、「少なくとも南部よりは楽」と感じている。数千人規模の大手企業はともかく、現状で50名なので2割でも10名の募集となる。ならば自助努力で質の高い人材を採用できるという。
「仕事内容や評価制度に共感できる社員を集める、基準軸は作れたと思います。あとはアップデートしていくだけです」
現地調達が一番の課題
国内販売や近隣への輸出も
悩みは現地調達だ。立上げ当初は中国工場から部品・部材を輸入していたが、ベトナム現地調達への切り替えが中々進まなかった。具体的なサプライヤーは、アルミの押出型材、金具部品、締結部品、樹脂部品のメーカーで、中部には豊富でないそうだ。
「北部と南部から、日系やローカルを問わず取り引きしています。それ以外はいまだに中国工場からの供給輸入が多いですね」
以前から現地調達の開拓は続けていたが、新型コロナで2年動けなかった。今からが仕切り直しであり、現地調達率を高めることが一番の課題と考えている。
中国拠点の代表を経験している平山氏は、ベトナム進出で特に戸惑いは感じていない。気になったのは税関、税務、労働法などの法令が思った以上に細目に分かれていることくらいで、対応はできた。クアンナム省という土地柄を含めて、特別なカントリーリスクも感じていない。
今後はLucanoを中心に生産量や製品数を増やして、ベトナム国内やEPEライセンスを活かした近隣諸国への輸出販売もしたいと考えている。
「Lucanoは日用品ではなく高価なデザイン家具。購買層は富裕層に限られるでしょうが、付加価値と品質で勝負します!」
防火服や防護服の縫製
中国からクイニョン工場へ
消防で使われる防火服、インフルエンザや新型コロナに対応した防護服、医療用の使い捨てアイソレーションガウンなど、安全・危機管理対策のユニフォームを製造販売するエイブル山内。納品先は日本の官公庁、自治体、医療機関、民間企業などで、企業向けユニフォームのOEM縫製も請け負う。
「近年では新型コロナの影響で個人向け防護服のニーズが増え、消防関係では感染防止のための不織布のジャケットやパンツの注文が多くなっています」
福島県の南相馬市に敷地面積1万5000㎡のマザー工場があるが、生産の主力は2つのベトナム工場。日越間の交流は盛んで、3年前から毎年6名をベトナム工場から選抜し、外国人技能実習生として日本に派遣している。研修期間は通常3年で、現在は十数人が研修中だ。
以前は中国の工場で、自社工場ではなくライン借りという形で生産していたが、人件費の上昇などから新たな国を探した。複数の候補が上がる中で視察をして、ベトナムの国民性や人件費などがマッチした。
大都市とその近郊では雇用条件が難しいと地方を紹介されて、たまたまビンディン省の省都であるクイニョンへ。人件費などコスト面で優位性が高いほか、近くに港があり、ホーチミン市から空路で約1時間の距離、地場の縫製工場があって経験者の採用が見込めるなどの理由でこの地を気に入った。案内されたフータイ工業団地に空きがあると知って進出を決めた。
2007年にABLE GARMENT INDUSTRIES VIETNAMを設立し、第1工場としてクイニョン工場を竣工。現在は敷地面積約1万4000㎡内で約300名が働く。生産しているのは感染防止衣、化学防護服、消防用耐熱服などの自社商品と他社のOEM縫製ユニフォーム。月産数には波があるが概ね50万着だ。
原材料で大切なのは生地で、自社製品に使う不織布は日本から輸入。ほかにファスナーは輸入、糸、ゴム、梱包資材などは現地調達率が高いなど、部材は条件や用途に合わせて対応している。
「案件によりますが、OEMのユニフォームはベトナムの生地も使っています。不織布もベトナム製の品質が上がっていますので、将来は現地調達にも視野を広げて幅広いニーズに応えたいです」
地域の発展が人材獲得の壁
ワーカーの意識の変化も
商品はベトナムから船便で日本に送る。自社製品は本社宛て、ユニフォームは基本的に日本の顧客宛てになる。以前はクイニョン港からも出荷していたが、新型コロナ禍で便の減少や遅延の増加があり、現在はダナン港が中心だ。
クイニョンからダナンまでは車で6時間ほどで、舗装路が多いため不便さは感じていない。ただ、人材の確保は進出当時から大きく変わった。
「15年をかけて社内教育を続けて、日本の商慣習なども身に付けて、工場長や中間層がしっかり運営しています。組織体制はできたと思うのですが、思いがけなかったのはクイニョンの発展です」
近年のリゾート化でクイニョンでは観光開発が進み、ホテルなどの施設も増えている。現地の人の仕事の幅が広がる中で、競合となる企業のほか、個人や仲間内で仕事を請ける少人数の縫製グループが増えてきた。
また、給与は歩合の部分が大きく、仕上がりの良い仕事を数多くこなせば収入は高くなる。雇用側はむしろ賃金を多く支払いたいのだが、稼ぐのが難しいと判断して辞める人もいる。残業への考え方も変わりつつある。以前なら割増料金が得られると好まれたが、家族との時間を大切にしたいと、残業が多いと辞める人も出てきた。
「10年選手がいる一方で、出入りが激しい時期もあります。補充はできていますが雇用条件は厳しくなっています」
こうした状況を見越して2017年に設立したのがABLE INDUSTRIES TAY SONだ。第2工場となるタイソン工場が2019年に竣工した。場所はクイニョンの西北約40kmにあるフーアン工業団地で、ビンディン省のフーカット空港からは車で30分程度と近い。
タイソン工場も浦川氏がマネジメントしているが、新しい土地の新しい工業団地なので苦労が多そうだ。
2019年に第2工場が稼働
本格的な体制作りに試行錯誤
タイソン工場もクイニョン工場とほぼ同様の商品を生産。敷地面積は約2万4000㎡と広く、現在は第1期分として半分ほどを使用し、約200名が働いている。
「第2工場は元々の計画にあり、より人材が募集できそうな内陸地帯で拠点を探しました。ラオスに視察に行った帰りに見つけた場所で、当初は別の候補地もあったのですが、土地が広くて安価なタイソンに決めました」
地元に人材は十分におり、周囲には国営工場を含めた縫製工場がいくつかあって、ポテンシャルは感じている。クイニョン工場のような体制作りを進めているが、一般的な技術レベルがまだ低いこともあって、人材の活用には苦慮している。
「個人で請け負う縫製業者や、100人規模でローカルの商品を縫製する企業など競合が意外に多いです。社会保健に加入していない分だけ手取りが多くなる企業もあって、人の採り合いになっています」
新興の地域だけに工業団地の設備やインフラもまだ洗練されておらず、安定稼働まではもう少し時間がかかりそうだ。新型コロナやインフルエンザの拡大など、エイブル山内への発注は世の中の動きに連動する場合が多い。今後は積極的な新規開拓をしながら、ベトナムでの生産量を上げることを考えている。
「日本で既に生産している緊急用シャワーと洗眼器のように、縫製に限らない事業展開も視野に入れています」
雷から設備や機器を守る
ベトナムでは接地抵抗低減剤
落雷から建物、設備、機器などを守る、雷防護製品を製造販売するサンコーシヤ。雷の観測や雷被害へのコンサルティングも行う、創業92周年の老舗企業だ。
雷対策として広く知られているのが、ビルの屋上などに取り付ける避雷針。避雷針で落雷を受け、雷の電流を導線で接地面へと導き、安全に大地へと放出する。その過程で封じ込められない電流が家電、照明、設備、機器などを破壊することもあり、同社では特にこれらへの対応機器やサービスを提供している。
「製品は多種多様なのですが、雷による異常電圧から電気設備や機器を保護する『SPD』(Surge Protective Device:雷サージ防護デバイス)などが主力商品になります」
日本での顧客は電気設備を扱う企業がメインで、通信事業者、鉄道などのインフラ事業者、製造業の工場などと幅広い。特殊な分野なので同業他社は少なく、「雷の名前が付く困り事には対応できます」と伝えているという。
同社はアジアを中心に販売と製造の拠点を持つ。生産拠点では中国の広州とインドネシアに工場があり、SPDなどの雷防護関連機器を生産。ベトナムでは2013年にSankosha Vietnamを設立し、クアンガイ省に工場を竣工。その後、ハノイにセールスの拠点を設けた。
「ベトナムでの製造販売しているのは中国やインドネシアの商品とかなり異なり、雷被害の防止に使われる接地抵抗低減剤になります」
元々地面(大地)は抵抗を持っており、それが高いままだと雷が設備に落ちた場合に悪影響を与えてしまう。それを防ぐための地面の抵抗値を下げる商品であり、地中に撒いて使用する。
パートナー企業に間借り
インフラ系企業で高評価
以前からベトナムでも商品を販売していたが、接地抵抗低減剤を日本からの輸出ではなく現地生産として、かつ日本や近隣諸国に広く輸出したい希望があった。そんな時にベトナムのパートナー企業から、生産のための合弁会社設立を誘われた。クアンガイ省に進出したのは、パートナー企業の自社工場があったからだ。
「工場の敷地のうち約667㎡を間借りして建屋を建て、生産ラインを作りました。販売のためのハノイ支社もその企業が入居しているビル内にあります」
生産と同時に新たに販路開拓も始めるが、ここでもパートナー企業の存在が大きかった。セメントメーカーであり、接地抵抗低減剤に使うセメントの供給も合弁の理由の一つだが、通信や電力などのインフラ系企業を多く知っていた。このネットワークから徐々に顧客を増やしていった。
「電力会社から電力を引くときには接地面を何オーム以下にするなどの基準があり、その値まで下げないと操業の許可が降りない場合もあります。特に発電所は審査が厳しいので、弊社の商品にニーズが生まれたようです」
その背景には独特な事情もあった。競合の企業が提供する接地抵抗低減剤には粗悪品も多く、地面の抵抗値が下がらないことや、一時的に下がっても再び上昇するなどが見られた。価格は高いものの国際規格を取得した日本品質が注目された。
「私はバンコクに常駐していて、ベトナムは毎月の出張とリモートでマネジメントしています。弊社の接地抵抗低減剤の価格はタイでは安いですが、ベトナムではちょっと高めですね」
接地抵抗低減剤「SAN-EARTH」は粉体で1袋が25㎏。顧客の注文で月産数は大きく異なるが、少なければ50袋、案件が大きいと1000袋、2000袋という発注もある。月に5000袋まで生産可能だ。
顧客は売上ベースで約8割がローカル企業で、通信や電力などのインフラ系企業がほとんどを占める。水力発電所や変電所の建設、送電線の接地システムの修理などで使われており、残りの2割が様々な業種の日系製造業だ。
SAN-EARTHは販売する場合と、施工まで含める場合がある。販売は企業への納品で、施工は案件を調査して、必要な量などを計算し、協力会社に施工を依頼する。
「現在は国内販売と、日本やタイ、インドネシア、シンガポールなど周辺国への輸出をしています。ベトナム市場ではブランドの認知が高まり、国内販売だけでもビジネスが成り立つほどに成長しました」
結果的に幸いしたロケーション
人材も現地調達も問題なし
クアンガイ省に工場を竣工したのは「たまたま」だったが、結果としてその立地が奏功した。水力発電所など顧客となる企業は中部に多く、市場開拓や配送がやりやすかった。地面の抵抗値は一般的に北部よりも高かった。ダナン港が比較的近いので近隣諸国への輸送が容易だった。
また、現地調達は大きくセメントと特殊な素材に分かれるが、セメントはパートナー企業から購入しており、ほかの素材は輸入。日本と全く同一ではないが、同品質の製品を安定供給できている。
「工場の従業員は10名程度で、採用に困った記憶がありません。私が赴任した7年前から離職者も出ていないと思います。むしろハノイ支社のほうが従業員の確保に苦慮するケースがあります(笑)」
ベトナムでは予想以上に売上が伸びているが、市場があると気付いたローカル企業が参入しており、価格競争になりつつある。また、発電所などのインフラ設備は別として、民間の工場での雷防護への意識はまだ低く、それはSPDの販売数にも表れているという。
「それでもSPD関連の案件は増えており、接地抵抗低減剤と共に売上アップを図ります。2ヶ月後には100%の独資になる予定ですので、一層力を入れていきたいですね」