訪日ベトナム人観光客の誘致を促進するJNTO(日本政府観光局)ハノイ事務所。新型コロナで観光客の足が途絶え、厳しい状況が続く中、模索しながら日本の紹介を続けている。初代所長の高橋歩氏が語る。
Facebookの手法を転換
―― なぜハノイ事務所が設立されたのですか?
高橋 訪日観光客誘致促進のための「ビジット・ジャパン事業」の対象市場に、日本政府は2012年にベトナムを加えました。私は当時バンコクに赴任中で、主にベトナムとフィリピンの市場開拓と事業の立上げをしていました。その後、バンコクでベトナム市場を見ることが難しくなり、ハノイ事務所が設立されたのです。
私たちの仕事は基本的に日本への観光客誘致です。旅行会社や航空会社と連携した訪日旅行促進キャンペーン、消費者向け旅行イベントの主催や参加、有名人とタイアップした動画の制作、WebサイトやFacebookでの情報発信が主な事業です。
―― ベトナム市場の特徴とは何でしょうか?
高橋 欧米と異なり、訪日のために観光ビザが必要なことです。旅行会社経由でビザを取得した後でのパッケージツアーが一般的ですから、私たちにとっても旅行会社が重要な存在になります。
例えば、ツアーは東京、箱根、富士山、京都、大阪を合わせた「ゴールデンルート」に偏りがちなので、日本の自治体、旅行会社、宿泊業者などをベトナムに呼んで、当地の旅行会社と商談をしてもらいます。今は新型コロナで無理ですが、以前は1年に3回、ハノイ、ホーチミン市、ダナンで大規模な商談会を開催していました。
B to Cでは日本を良く知ってもらうための、ベトナム人向け旅行イベントなどがあります。ただ、こちらも新型コロナで開催が難しかったので、現在は25万人以上のフォロワーがいる、Facebook(@camnhannhatban)の運営に力を入れています。
新型コロナ感染が広がった昨年4~5月に方針を変更し、Webサイトもリニューアルしました。スタッフと突っ込んだ議論をして気付いたのは、写真が非常に重要なことです。以前は詳細な情報も一緒に発信していましたが、そもそも全ての情報を載せるのは難しい。ならば写真で注目してもらい、興味があればWebサイトを見てもらうように変えました。
写真は独特な日本の風景などを厳選しています。その中でなぜか反応が良かったのは、北海道の長く続く道や、静岡県の長い橋の写真。必ずしも日本的ではないのですが、私たちには新鮮でした。
SNSは数字で結果が出るので面白く、エンゲージメント率も上がっています。JNTO全体でもこの数年は、データに基づいたデジタルマーケティングを推進しています。
―― 新型コロナ前は訪日ベトナム人が急増していました。
高橋 2012年の約5.5万人が事務所を開設した2017年には30万人以上、2019年には約49.5万人と、7年間で9倍です。成長率は全市場の中でもトップクラスで、驚きを隠せません。
私たちの分野に限ったことではないのでしょうが、日本とベトナムの関係は本当に良好です。観光業では発地・着地の双方向で発展を模索して、Win-Winの関係を構築することが有効です。重要なポイントは両国民双方の国の印象であり、ベトナムの方々の日本への好印象が、事業の大きな後押しになっています。いくら広告費を投下しても得られる信用ではありません。
私たちは地方都市への観光を推進してきました。ツアー価格が下がって質の低下が懸念されたことと、訪日旅行の大衆化で場所の差別化が必要となったからです。価格競争の結果で日本に失望させられませんし、ゴールデンルートでは差別化が難しいので、地方都市で付加価値を付ける戦略です。日本の地方経済にも貢献できます。
ただ、多くは遠方なので定期便では時間が掛かり、直行のチャーター便を促進させて、高付加価値な商品作りをサポートしました。他には個人旅行や企業の報奨旅行などを新興させてきました。
―― 必ずしも大きな観光地ばかりではありませんでした。
高橋 知らない地方を選んでいただける背景には、日本に対する絶対的な信頼感があると感じます。福島、鳥取、鹿児島など個別の地名にこだわらず、「日本に行く」という意識です。他のベトナム人が行っていない場所を訪れたい、そこで写真を撮ってSNSで自慢したいなどの気持ちも強いと思います。
ベトナムの方は本当に写真と買い物が大好きで、旅程でこの時間が少ないとクレームになるほどです。私は「手配写真」と呼んでいますが、家族や友人から欲しい品物の写真を送られ、これらを買った後に自分の買い物をするので時間がかかるようです。
この仕事に20年弱就いて、日本に対して悪いイメージを持つベトナム人に会ったことがありません。私たちのFacebookもそうですが、新しい日本大使・総領事のご着任ニュースには「ようこそベトナムへ!」、首相の初外遊がベトナムに決まれば「誇らしい」などと書き込んでくれています。
在留ベトナム人で「ライブ感」
―― 今後の予定を教えてください。
高橋 昨年の11月に旅行フェアのVITM(Vietnam International Travel Mart)が、5度の延期を経て開催されました。約2万8000人が来場し、JNTOのブースにも数千人が訪れました。日本のブースだからでしょうか、アンケートを取ると「将来行きたい国」は日本がダントツのトップでした。
旅行会社へのアンケート調査でも「新型コロナ収束後すぐに販売したい」と思いは変わらず、新型コロナ禍でも日本への好印象は続いています。その中で残念ながら通常のプロモーション活動はできないため、情報発信を中心に活動しています。
ただ、FacebookやWebサイトだけでは情報の「ライブ感」が薄くなってしまうのです。とはいえ、日本に行ってもらう著名人の動画は作れないので、40万人以上いる在留ベトナム人の方にご協力をいただきたいのです。行動制限などの状況に合わせて、ベトナム人の目線で、日本の観光地の現状を伝えていただくプロジェクトを計画中です。
―― 具体的にどのようなことですか?
高橋 似た試みは昨年8月に形にしています。「KOKORO」というベトナム人向けのWebサイトで、毎日新聞社さんとのコラボで、埼玉県川越市を紹介しました。着物を着た日本在住のベトナム人の女の子が、川越の見どころを訪ね歩く、写真と文章を使った記事です。
旅行では旬な情報とライブ感が大事です。独自に動画などで情報発信していくと同時に、直接的なアピールも続けたいです。3月にはベトナム最大級の日系イベントJVF(Japan Vietnam Festival)に、4月には次回のVITMに参加する予定です。
先日、ベトナムの旅行業界の集まりに出席したところ、皆で「今年はやるぞ!」と盛り上がりました。倒産した企業も、リストラを余儀なくされた企業もあります。それでもまずは国内旅行を活発にして、その後で外国人観光客を呼び、海外旅行も再興させる仕組みを作ろうとしています。
今は何と言っても観光での往来再開がいつ実現されるのか、この一点に尽きます。