損害保険ジャパン(損保ジャパン)の現地法人である、ユナイテッド・インシュランス・カンパニー・オブ・ベトナム(UIC)。1997年に進出した損保の老舗企業は、個人向け保険を伸ばす計画だ。長岡威年社長が語る。
個人向けの「スマホ保険」
―― 御社の事業内容を教えてください。
長岡 弊社は地場の大手保険会社であるバオミン保険との合弁で、1997年に設立されました。後に韓国のKB損害保険が出資しますが、経営権は実質的に損保ジャパンが持っています。ハノイ、ホーチミン市、ダナンに支店があり、全国に約160人の従業員がいます。
お客様は日系企業が一番多く約50%、韓国系企業で約25%、他はベトナム企業などです。保険の種類はフルラインナップで揃えており、売上ベースで一番多いのは法人向けの火災保険、特に建物や機械設備などを含めたオールリスク型です。
保険会社は信用力が何より大切です。弊社の強みのひとつは、損保ジャパンの資本が入っていることによる高い信用力と日本水準のサービス品質です。また、リスク診断や防災診断などの、保険に付帯するリスクマネジメントサービスも提供しています。例えば、弊社のエンジニアがお客様の工場や事務所に伺って、この場所に防火扉を付ければ火災時の延焼リスクを下げられるなどの、調査とアドバイスが可能です。
これらは日本で多くの実績がありますし、ベトナムの保険会社にはあまりないサービスです。事故を防げますし、保険料金の低減にもつながり、お客様に重宝していただいています。
―― 法人の顧客が多いのですね。
長岡 現在は法人が約9割で、残りが個人のお客様です。ベトナムの個人向け損害保険は市場全体としては自動車保険の割合が大きい一方、所得の増加に伴い質の高い治療を受けたいというニーズから医療保険も伸びています。
日本では個人で火災保険に入ることも比較的一般的ですが、ベトナムでもこれから伸びていくと見ています。最近は銀行でローンを組んで家を建てる方も多いので、2年ほど前から銀行と提携するなどして、個人への火災保険への加入も推進しています。
その他弊社の個人向け保険で特徴的なのは、駐在員の方を対象としたゴルファー保険なども挙げられます。プレー中の事故や、ホールインワンを達成した際のお祝いなどに対する保険で、日本では一般的ですが、地場の保険会社では取り扱っていません。
個人向け保険では、全国にネットワークを持つ地場大手企業がどうしても有利になります。ですから、一般消費者のニーズを汲み取った新しい商品を考えています。自動車保険や医療保険で同じ土俵に立つのでなく、個人が必要だと思う保険で勝負をしたいのです。
―― どのような保険でしょうか?
長岡 ひとつがスマートフォンへのスマホ保険です。スクリーンの破損などを含むスマートフォンの保険を望む方は以前からいたのですが、引受審査のハードルが高く、なかなか引き受けられませんでした。特に中古品、使用中のスマートフォンなどは機器の状態を把握することも困難で、仮に保険設計ができたとしても、新品に限られるなどの制限が多くありました。
審査などにコストをかけると保険料が高くなってしまうなどの課題もあります。皮肉な話ですが、お客様に求められる商品ほど、保険会社にとっては採算面などで設計が難しいのです。
しかし、日本本社やシンガポール地域統括支社と相談して、リモートでスマホの機能やパネルのひび割れなどを確認できるようなシステムを導入し、お客様にとってもフィージブルな商品を開発しました。修理などは提携した全国展開する携帯ショップなどで受けられるようになります。
近々リーズナブルな価格でご提供して参ります。他にもオンラインを使った安価な医療保険、旅行保険などのラインナップを揃えて、個人向けのニーズに応えています。
変わりつつある保険業界
―― ベトナムの損害保険業界を教えてください。
長岡 新型コロナ拡大前は12~15%程度で成長していたのですが、新型コロナが始まった一昨年の伸び率は5.6%、昨年は予想ですが1.5%程度、良くて2%くらいだと思います。旅行保険は全滅の状態ですし、物流保険も落ち込みました。厳しい状態が続いています。
損保会社は約30社あり、大手5社で約6割のシェアです。日本では大手3社でかなりのシェアを占めますから、ベトナムで損害保険会社が30というのは多いと思います。今はそれでも市場が拡大していますから、当面はないと思いますが、強みを持たない会社は将来淘汰されていくかもしれません。
現在でも経営基盤が脆弱な保険会社はあります。また、売上を増やすために、採算度外視で保険料を値下げするケースを目にします。日本や欧米、シンガポールなどでは政府の規制も厳しく、保険会社はグローバルな会計基準で適正な保険料を算出しています。また、そうした会計基準に基づいて保険料を支払うための、準備金を適正に積み立てています。
一方のベトナムでは上記のような保険会社も見受けられるのも、残念ながら事実と感じます。ただ、この1年ほどで変化が出てきました。大手保険会社の中で、売上をあえて抑えても健全な企業体質を目指す企業が出てきているように見ています。こうした流れが進むと業界全体が健全化していきますから、これからも注目していきます。
―― 社内で注力されていることは何ですか?
長岡 赴任して3年弱の間、ベトナム人スタッフの経営や戦略策定への積極的な参画を促そうと努力してきました。これまではどうしても日本人駐在員が中長期の計画や戦略を考えてきました。しかしそれでは、特にベトナムのリテール市場にも拡大を図ろうとする場合はベトナム人の感性に合った商品やサービスの開発は難しいと感じ、彼らに経営に参加してもらう必要性を強く感じたためです。
そのために、中長期の事業プランを考えるコンペや、ビジョンや事業戦略を作るためのワークショップなどを定期的に開いてきました。苦労はありましたが、その成果は出つつあります。もちろん中にはなかなか変われない人もいますが、見違えるようになったスタッフも多くおり、成長を実感しています。
私はアジアの色々な国に赴任してきましたが、ベトナム人は芯が強く、そして素直で真面目な人柄の方が多いと感じています。
―― これからも市場は伸び続けそうですね。
長岡 ベトナムの保険市場の拡大は確実です。保険業界の体質も向上すると思いますし、現在はベトナム人の保険への認知度が低いこともあり、潜在的なニーズはまだまだあると感じます。弊社は日本水準のサービスを提供できますし、スマホ保険の故障診断のようなデジタルの強みもあります。現在のシェアは2%程度ですが、伸びしろは十分に感じています。
私は損害保険とは電気や水道と同じで、企業活動のために必要なインフラだと思っています。1997年の早い段階で進出した理由も、日本からやって来る企業に安心して事業をしてもらうためでした。多くの企業、そして個人のお客様と、ベトナムで一緒に成長していきます。