ドンナイ省にある自動車部品工場に製造を依頼したタン社長の会社には、退職者が多過ぎるため納期が遅れるという連絡が何度も来た。
「彼らは、私たちが以前技術指導したエンジニアの数を維持できないと認めました」とドイツ系企業であるシェフラー・ベトナムのグエン・スアン・タン社長は話す。タン社長の会社は、高精度のベアリング製造を得意としており、新入社員には特別な研修プログラムがあり、技術を習得するには最低2年が必要だ。
この失敗は、会社に多大な損失をもたらし、親会社のベトナムへの投資方針にも影響を与えたが、同時に”南部経済トライアングル(ホーチミン市、ドンナイ省、バリア・ブンタウ省)地帯の労働者の特徴を理解することにも役立った。
タン社長によれば、この地域の労働者の約80%は省外からの出稼ぎ労働者だ。これらの労働者にとってジョブホッピングは、より良い仕事や高収入の仕事を見つける手段となっている。「彼らは、短期的なメリットを重視する傾向にあり、それがベトナム人労働者の生産性が低い理由の一つになっています」とタン社長は話す。
世界銀行(WB)の最近の報告書によれば、ベトナムの労働生産性は2010年から2020年にかけて64%増加し、東南アジアで最も高い増加率となった。しかし、アジア生産性機構(APO)のデータによれば、ベトナム人労働者の1時間当たりの生産価値は6.4USDとなり、タイの14.8USDの半分、シンガポールの68.5USDの1/10以下だった。
これは最新のデータではないものの、発表されるたびに議論が巻き起こるのも事実だ。一部の人々はこの数字は不正確で労働者の能力を正確に反映していないのではないかと疑っている。一方で別の人々は、この数字は事実を反映しており、”出勤してから朝食をとりお茶を飲に行く”グループがまだ存在していることを認めている。
ベトナム経済政策研究所(VEPR)のグエン・クオック・ビエット副所長は、マクロレベルで考えてもミクロレベルで考えても、労働生産性は、競争力と成長能力の本質を反映するものではなく、労働者の質と結びつけるべきではないと述べている。
ただし、ビエット副所長は、ベトナム労働者の質、特に労働スキルや技術導入スキルは、まだ平均以下のレベルにとどまっていることも認めている。
この問題についてビエット副所長は、ベトナムは農業から工業に移行したばかりで、小規模農家的心理やプロ意識の欠如が依然として残っていると指摘する。また、地方の労働者たちは仕事を探すために移住しなければならず、健康面や生活面の保証もないので仕事に集中することが難しい。
統計総局の2024年第1四半期のレポートによれば、ベトナムの労働人口は、現在5200万人以上となっているが、そのうち職業訓練を受けている人は27.8%に過ぎない。在ベトナムヨーロッパ商工会議所(Eurocham)の代表者であるグエン・スアン・タン氏は、これが外国企業が熟練労働者を採用したり、維持するのが難しい一因になっていると指摘する。
労働者が持つスキルと企業が必要とするスキルも一致していない。このギャップは、エンジニアリングなどの専門分野で特に顕著になっている。
長年にわたる企業の課題は離職率の高さで、1年目で15~20%の人が退職している。チームで働く能力もベトナム人労働者には不足している。さらに、特に繁忙期に企業同士の人材獲得競争が生じることが、退職と採用の絶え間ないサイクルを引き起こしている。
ある日系企業の経営者は、ベトナム人労働者は真面目で頭が良く、時間と労力を節約する方法を常に見つけ出していると評価した。しかし、ベトナム人労働者は、競争心が強いため、チームで作業するより独立して作業する方が適しているとも指摘する。また、彼らは、やる前から失敗することを考えており、仕事以外の人間関係などに時間とエネルギーを浪費していることがよくある。
バクニン省の工場で働いているラム・ティ・ホップさん(25歳)は、7年間に5回転職したと話す。ある時期にはホップさんは、1年間で4回転職したこともあったが、その主な理由は、仕事が合わなかったり、仕事量と給与が釣り合ってないと感じたからだ。「毎回職場の環境が変わり、人間関係や仕事もゼロからスタートになるので、転職がしたいわけではありません」とホップさんは話す。
ホップさんの仕事は電子部品の組み立てだ。強いプレッシャーに耐えながら、質の高い製品を製造しなければならない。業務時間は厳格で、1シフトあたりの休憩時間は10分しかない。「世間の物価は上がっているのに、給料と手当を合わせても600万VNDしかなく、食費と家賃で半分が無くなります」とホップさんは話す。
生活費を賄うだけの給与を得るために、労働者は、給料が数十万ドン高いだけの会社に転職することを余儀なくされている。ホップさんは、マネージャーが良い人なので現在の仕事を2年続けているが、これ以上長く働くのは難しいと考えている。「30歳前後で排除される前に、中国語を勉強してもっといい仕事に就きたいです」とホップさんは話す。
ホーチミン市職業訓練協会のチャン・アイン・トゥアン副会長は、生産性の問題は、労働者のだけの責任にすることはできないと指摘する。生産性は、労働の需給バランスと経営状況の調和が必要だ。「良い基盤があって初めて労働者は活躍できるのです」とトゥアン副会長は話す。
トゥアン副会長によれば、将来の労働力を育成するうえでは、スキルの習得、テクノロジーの活用促進、新しいものを受け入れる姿勢だけでなく、倫理観や意識の向上も必要になる。これは、企業の社員研修の方向性とも一致している。労働者の社会保障や能力向上に重点を置かず、労働者を使い捨てるような企業は、将来的に労働力の確保が困難になると考えられている。
「労働の需給バランスの問題を解消することが、生産性向上につながるのです」とトゥアン副会長は話す。
ベトナムの飲食業界で10年以上、何百人もの従業員と働いてきた日本ベトナム料理協会の松尾会長は、勤勉で自尊心が高く忠実なベトナム人労働者の質を高く評価している。「私は彼らの何も変えたいとは思いません。変えなければいけないのは管理者側の視点です」と松尾氏は話す。
南部工場との提携に失敗した後、タン社長の会社は、北部のサプライヤーと提携することになった。この北部の新しいサプライヤーは、わずか3ヶ月で、安定して納期通りに納品することが出来るようになった。
南部と北部の賃金格差はそれほど大きくないが、北部の労働者は、家族の傍で安定した仕事に就くことを好むため、転職率が南部ほど高くない。この違いを理解したタン社長の会社は、労働者を確保して優秀な人材を育成するための戦略を各地域ごとに展開するようになった。
「結局のところ過去の失敗は、どのように労働力を活用するべきかを我々が理解できていなかったことが原因でした」とタン社長は述べている。
出典:2024/06/29 VNEXPRESS提供
上記記事を許可を得て翻訳・編集して掲載