当地で店舗数を増やす世界的ホテルチェーンのマリオットグループは、ホーチミン市のルネッサンスリバーサイドホテルサイゴンから進出した。この老舗ホテルでジャパンデスクを務める小郷Account Directorがベトナムのホテルを語る。
市場開拓で再びホーチミン市へ
―― オーストラリアで長く働いた後、ベトナムのホテル業界に就職しました。
小郷 旅行や航空などのホスピタリティ業務をオーストラリアで続けて、最終地点として食事、宿泊、エンターテインメントが揃ったホテル業界での勤務を目指していました。
しかし、現地で勝負するほど英語力に自信はないですし、日本語はあまり必要とされない。ならばと日本人として需要があるホテル業界を探して、見つけたのがベトナムです。リモートで転職活動をして、2013年12月からホーチミン市のサービスアパートに勤務しました。仕事は日本人顧客の市場開拓です。
その後、2016年4月にRenaissance Riverside Hotel Saigon(ルネッサンス)に入社します。仕事の経験は2年ほどでしたが、世界最大級のホテルチェーンであるMarriott International(マリオットグループ)の5つ星ホテルでぜひ働きたいと思いました。仕事はジャパンデスクとして日本市場の顧客開拓です。
2019年3月からはハノイにあるグループホテルのSheraton Hanoi Hotelで勤務し、2023年3月にルネッサンスに戻ってきました。
―― ホーチミン市に戻った理由は何ですか?
小郷 私が入社した2016年から2019年頃のルネッサンスは、特に旅行会社経由の日本人のお客様がとても増えた時期でした。日本からのパッケージ旅行に良く利用され、企業出張の方もいらっしゃり、日本人の割合は約20%に伸びました。
しかし、ハノイ勤務の時期に新型コロナが流行して、ベトナムでの日本人のお客様が激減し、新たな市場開拓が必要となったのです。私が再勤務した時点で日本人の割合は6%、現在は9%程度ですが、トップシェアはアメリカ人と中国人で各20%ほどです。
最近は円安と日本のインフレで、予算の決まってる旅行や出張の方を獲得するのが難しいです。日本からの団体旅行が増えてきて心強い面もありますが、企業進出も旅行も先行きが読めない状況だと感じています。そこでどうやってお客様を増やしていくかはすごく考えますね。
私の仕事はレストラン、宴会場、宿泊などの館内施設を日本市場に提供することです。旅行代理店や企業などのお客様に説明に行き、お食事を召し上がっていただき、部屋をご覧いただくなどのアプローチが多いです。日本人は私1人だけなので、商工会議所のイベントに参加することもあります。
皆様にいかに受け入れていただくかという柔軟性には自信があり、私でなければできないこともあります。まずは存在を知ってもらうことを心掛けています。
―― 業務の中で注力していることはありますか?
小郷 通常業務である日本人顧客の市場開拓に加え、実際にお客様対応の現場にも顔を出し、お客様と現場スタッフの間に入ることにも注力しています。日本の方は高いレベルのサービスに慣れておられるので、宴会、式典、接待でご利用いただく際はガチで見て、一緒に動きます(笑)。
おしぼりやビールを出すタイミング、乾杯までに全員に飲物を渡すことなど、当地のスタッフにはわからないことも多いですから、お客様から言われる前に含めるようにしています。
弊館は四半世紀近いホテルです。ハード面で新しいホテルに負ける部分はあっても、私が1番大事にしてるのはソフト面で、人です。人間に必須な衣食住に付加価値をつけてご提供するホスピタリティ業にはハードとソフトの両方が必要で、ハードはもちろんソフト面でも進化が欠かせません。
AIの活用が広がる中で、生身の人間でしか生み出せないもの、対応できないものが浮き出されてくると思います。
スタッフのアドバイザーにも
―― マリオットグループについて教えてください。
小郷 世界に7000店舗以上を持つ最大級のホテルチェーンです。弊館は1999年10月にオープンしたベトナム初のマリオットホテルで、2013年のJW Marriott Hotel Hanoiが2店舗目、現在は全国20店舗に増えました。
急激に増加できたのはホテルを建設するのではなく、他社がオーナーのホテルや他社ブランドのホテルをマリオットがマネジメント契約しているからです。オーナーからホテルの運営を委託されているわけです。
ほかのホテルチェーンも同様な手法が多く、マネジメントだけする場合、自社で経営する場合、提携業務やフランチャイズ形式もあって、ホテル運営には様々な形態があります。
ホテル市場を考えた場合、例えば隣国のバンコクはかなり出来上がっていて、値段もある程度高額です。一方のベトナムは右肩上がりの状態で、今後の成長が期待でき、価格も他国と比べて安価です。
2023年10月にベトナムのチン首相とマリオットグループの会長兼CEOが会談して、ベトナムでマリオットグループのホテルを増やす計画を発表しました。ベトナム市場を重視するマリオットの戦略と、海外から渡航者を呼び込みたいベトナム政府の意向が合致した結果でしょう。
ただ、日本や先進国の5つ星ホテルと比べると、ベトナムのサービスレベルはまだまだです。「まあいいよ」って許してくれるお客様が多いとは思いますが、世界のスタンダードで見ると残念ですが劣ります。だから伸びしろがあるのです。
―― そのためにもソフト面を充実させるわけですね。
小郷 ホテルにはフロント、料飲部、ハウスキーピング、営業など多くの部署がありますが、独立しすぎて共存が難しいこともあります。それが弊館では創業当初から働くスタッフが多く、離職率は大変低く、皆の仲がとても良い。ホーチミン市のホテル業界では有名らしいです。
一緒に働く仲間が労わり合ってスキルを伸ばせれば社員たち、そしてお客様の心地も良くなります。支配人はドイツ人、副支配人は韓国人、全レストランを監修するエグゼクティブシェフはスイス人など、ダイバーシティも豊かで、これらがマリオットの強みと感じています。
一方で、海外のスタッフを日本に送ってホテルで「おもてなし」の研修を受けさせ、サービスレベルを上げて戻す試みがあります。確かに日本のサービスは唯一無二と感じますが、それがベトナムを含めた世界で需要があるかは疑問です。
海外の旅行者は日本のサービスに感激するでしょうが、それが他国のホテルで求められているかというと優先順位は低く、それより先にやるべきことは多いと思います。
どうすればお客様にもっとご満足いただけるか、従業員たちをより良い環境や適した役割に導いていけるか。教育係というポジションではないにせよ、私のこれまでの経験を活かした案内人的、カウンセラー的な仕事をしていきたい。今はそれに関連した国家資格を取得しようと勉強中です。