踏切番が支えるホーチミン市の安全
ホーチミン市の中心部を走る線路では、昼夜を問わず列車が行き交う。その踏切で、街の安全を守る踏切番が静かに働いている。グエン・ティ・タム氏やグエン・スアン・ホアン氏は、その一端を担う人々である。
タム氏は、夜勤明けの早朝、サイゴン駅をゆっくりと出発する列車を見送りながら勤務記録を閉じた。長い夜だったが、表情には疲労よりも落ち着きがにじむ。「列車の音が遠ざかると、もうすぐ交代の時間だと分かる」と語る。
20年続けた“揺れる仕事”
タム氏はこれまで約20年間にわたり、グエンバントゥー踏切、ティッククアンドゥック踏切、ビンチェウ踏切、ファンバンドン踏切など、多くの踏切で勤務してきた。
「最初は列車の警笛が怖くて心臓が跳ねた。でも今では毎日のリズムのように感じる」と話す。
彼女はこの仕事を「長い旅のようなもの」と表現し、続けられる人は少ないと付け加える。特に女性にとっては体力的・家庭的負担が大きいという。
家庭との両立ににじむ葛藤
踏切番の仕事は朝5時30分から始まり、帰宅は夜の7〜8時になることも多い。夫が自由業で子育てを支えるが、それでも家族の時間は限られる。
「帰ったら子どもが寝ている日も多い。その額にキスするだけで、また翌日の勤務になる」とタム氏は声を詰まらせる。
職業への責任感がなければ続かない仕事だが、それを支えるのは“家族も一緒に踏切を守っている”という意識だという。
「父の仕事を誇りに思う」——ホアン氏の15年
15年間踏切番として働くホアン氏も、仕事の厳しさと誇りを語る。
「収入が高いわけではない。でも、5歳の息子は私の仕事を誇りに思ってくれる。テレビで列車を見ると“パパだ!” と指さす」と笑う。
転職を考えたこともあるが、列車の通過音や勤務のリズムが体に染みつき、離れられなくなるという。「この仕事は大変だが、生活の一部になっている」と話す。
都市を支える安全の最前線
タム氏の作業机には、鉄道総会社から贈られた表彰状が飾られている。「特別に優秀だったわけではない。でも事故がなかったのが何より」と控えめに語る。
自動化が進み、今後は踏切番の仕事が減る可能性もある。しかし、彼らは「なくなったら寂しい。列車の音が聞こえないと落ち着かない」と口をそろえる。
静かな労働が支える都市の日常
朝の陽光の中、ホアン氏は勤務表を確認して踏切を後にした。青い制服が雑踏に溶けていく。
昼夜走り続ける列車の陰で、都市の安全を守る踏切番の存在は市民にあまり知られていない。しかし、彼らの静かな責任感こそが、ホーチミン市の生活を支える力となっている。
※本記事は、各ニュースソースを参考に独自に編集・作成しています。
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