2014年に地場企業の買収で進出したAGCケミカルズ・ベトナム。AGC(旧旭硝子株式会社)の化学品カンパニー傘下の事業会社で、ベトナム国内向けに塩化ビニル樹脂(PVC)を生産・販売している。吉田盛社長が業界動向と共にその事業を語る。
市場が8年で2倍に
―― 御社の事業を教えてください。
吉田 AGC(AGC. Inc)は建築や自動車用のガラスだけでなく、化学品も事業の柱としています。化学品事業の大きなセグメントの一つに、クロール・アルカリ事業があります。当社のクロール・アルカリ事業の中核商品が苛性ソーダ、塩化ビニル樹脂(PVC)です。
苛性ソーダを生産する際に、同時に塩素が発生します。この塩素に石油化学の基礎製品であるエチレンを反応させると、塩化ビニルモノマー(VCM)ができます。ちょっと長くなりましたが(笑)、このVCMを原材料として作るのがPVCであり、ベトナムではこのPVCを国内市場向けに生産しています。
―― どのように作るのですか?
吉田 AGC東南アジアのクロール・アルカリ事業は製造拠点としてインドネシア1、タイ2の3つの事業投資先があり、各社ともに苛性ソーダを生産しています。ベトナム拠点では苛性ソーダ、VCMを製造しておらず、主にインドネシアの関連会社から原材料のVCMを輸入し、これをポリマーにするという生産に特化した製造工程になっています。
工程を簡単に説明しますと、水と混合したVCMに重合開始剤などの化学物質を入れて、反応させるとPVCが生成されます。それを乾燥させて粒度を整えたものを紙袋や1t袋に充填して製品となります。「アスニール」(ASNYL)というブランド名で販売しています。
PVCはプラスチックの原材料になります。パイプ、フィルム、床などの建材、雨合羽、サンダルなどの雑貨向けと幅広く使われており、ベトナムではおよそ6割がパイプ用途です。水道管、ビルや工場の配管、農業用灌漑のパイプなどインフラ関係が多く、弊社のお客様もローカルのパイプメーカーやシートメーカーです。
ベトナムではインフラ整備や不動産開発が活発ですから、上記パイプの原材料であるPVCにも旺盛な需要があるわけです。AGCもこの成長を見込んでベトナムに進出しました。
―― 進出後の経緯を教えてください。
吉田 2014年に地場企業のフーミー・プラスティックス・アンド・ケミカルズ(PMPC)に資本参加しました。PMPCは元々マレーシアの石油化学企業であるペトロナスが2000年に設立した、PVCの製造販売を行う会社です。その後、2016年に現在のAGCケミカルズ・ベトナムに社名を変更しています。
買収当時の生産能力は年産10万tでしたが、現在は約15万tへと増産しています。特にこの5年でPVCの需要は急速に伸張しており、ベトナム国内年間需要は2012年に約31万tだったのが2019年推定で約65万tと、2倍以上になりました。
この65万tの需要量は国ベースでは東南アジア第1位の消費量になります。弊社以外にはタイ資本のタイ・プラスティック・ケミカル社のベトナム現地法人会社、TPC Vinaが21万t程度生産・販売していると推定しています。
このベトナム国内2社を合計しても、国内需要の65万tは賄えません。弊社の場合、先述のインドネシアおよびタイの関連会社からPVCを輸入して販売しています。ベトナムでは弊社とTPC VinaがPVC市場の2強となっており、不足分は主に日本、台湾、アメリカの海外からのPVC輸入で補っているという状態です。
1tでも多く生産してシェア1位に
―― ベトナムは東南アジアで注目株というわけですね。
吉田 ナンバーワンの有望株です(笑)。例えば、ベトナムの年間需要約65万tに比べるとタイは約52万tです。数字としても低いですが、それ以上にタイの汎用プラスチック市場は成熟しており、今後のタイ国内での需要の伸びはあまり見込めないと考えています。あくまで参考指標ですが、1人当たりの年間消費量も約8㎏で、ベトナムの7㎏よりも多くなっています。
インドネシアの年間需要は約64万tです。人口が多くてポテンシャルは高いのですが、タイやベトナムと比較するとプラスティックの消費量はまだ低いと想定しています。現在と言うよりこれからの市場でしょう。ちなみに、インドネシアの1人当たり年間消費量は約2㎏ですから、数字を見ても期待値は高いですね。
実際、AGCもタイとインドネシアでもPVCを生産しており、国内向販売量以上の数量を輸出するオペレーションを実施しています。ベトナムは両国拠点から見ると主要輸出先の一つです。AGCは東南アジアを戦略的重点地域と位置付けており、3国一体運営を強化しながら、市場へ我々AGCグループの製品を販売しています。
世界全体でのPVCの年間需要は約4400万tほどで、その筆頭は中国の約1800万t。桁違いの消費量です。日本は100万t程度です。PVCの世界需要は世界経済の発展とともに増加傾向であり、長期的には需要増を予測しています。
―― ベトナムにPVCメーカーが少ないのはなぜでしょう?
吉田 従来PVCの需要自体がさほど多くなく、市場規模が大きくなかったことと、PVCを生産するリソースがベトナム国内で不足していることが要因と考えられます。PVCの原材料となるVCMは、苛性ソーダおよび塩素を生産する電解工場、エチレンを生産する石油化学工場が必要です。
苛性ソーダやエチレンは様々な用途で幅広く流通している化学製品ですが、投資金額が極めて大きく、採算を考えると大きな需要がなければ成立しません。そのため、その需要が期待できる重工業のサプライチェーンが存在する地域で生産されるのが一般的です。
ベトナムでは多くの裾野産業の元となる自動車、鉄鋼、石油化学コンビナートといった重工業が未発達のため、遅れをとっています。弊社の競合であるTPCもタイの関連会社からVCMを輸入していると推定しています。原料リソース確保の難しさが、参入障壁の一つになっていると言えるでしょう。
―― 今後の予想や計画はありますか?
吉田 幸運なことに、弊社は新型コロナ禍の期間も工場は通常通りに操業できました。調達や販売にも特に大きな影響は出ず、まずまずの状況です。しかし、今後は不安もあります。PVCは市況商品であり、需給によって市況価格が変動します。今後の経済動向如何ですが、おそらく需要は鈍って価格が低迷する可能性はあると見ています。
ベトナムにおいては新型コロナの影響から、インフラや不動産の開発が伸び悩む可能性もあります。弊社の主な販売先であるパイプメーカーをはじめとした需要家は在庫として持っているPVCを使って、新規購入を控えるかもしれません。PVCのようなプラスチック製品は原材料から完成品までのサプライチェーンが長く、末端市場の影響がすぐに顕在化しません。そのため状況が読みづらいのですが、短期的には需要状況は悪くなると考えています。
当社の目標は、インドネシアとタイを加えた3ヶ国体制の強みを生かして、国内1位のシェア達成を必ず実現させること。ベトナム市場はTPC Vinaがトップで、弊社が僅差で追いかけている状態だと推定しています。目標実現のために、安全順守をはじめとした工場安定操業の継続およびAGC東南アジア関連会社からの輸入体制をさらに円滑なものにし、ベトナム国内のお客様に安定供給の面でご評価いただいて、一番最初にお声掛けしてもらえるようになりたいです。