企業の経営コンサルティングを行うデロイト コンサルティング。その中で日系企業担当チームをリードするのが吉田恒氏だ。ベトナムは今後5~10年で大きな変化があり、それを踏まえた事業戦略の見直しが必要と語る。
能動的なアクションが大切
―― 御社の事業内容を教えてください。
吉田 Deloitte Consultingで提供しているのは、戦略策定、M&A、組織改革、CRM、SCMなどの経営コンサルティングサービス全般です。これらのテーマに関する専門性とクロスする形で、自動車、電機・電子、消費財・流通・小売、資源・エネルギー・生産財、医薬品・ヘルスケア、不動産・建設、金融などの業界に関する専門性を併せ持っています。お客様の事業領域・業務領域の改善・改革のみならず、領域を超えた課題解決を支援するのが仕事です。
その中で私は、東南アジア全体の日系企業向け戦略・M&A担当チームに所属しており、特にベトナム市場に関する専門家としての役割を持っています。各メンバーがそれぞれ、地域・業界・テーマに関する専門性を持っています。
私たちの仕事は、すべて、お客様の課題に応じたカスタムメイドの支援となっており、こうした専門家と各国のローカルスタッフがプロジェクトに参加し、チームで対応するのが一般的です。
業務内容によって異なりますが、少ない場合は私のような日本人とローカルスタッフ2~3人、中規模の案件で4~5人、システム開発などですと10人以上になる場合もあります。
―― 日系企業の場合はどんな内容になりますか?
吉田 従来は東南アジアで新規投資を始める際の、事業戦略などが多かったです。市場調査をして、対象国を絞り、事業戦略・計画を策定し、実行を支援するなどです。
フルパッケージの案件の場合、市場の先読みから始めて長期の事業ビジョンを決定し、逆算して3~5年の中期計画を作ります。そこから重点領域を決めて、各領域での事業・取組み内容や、ターゲットとなる顧客層、商品・サービスのコンセプト、マーケティングなどまで細かく策定します。
ただ、ベトナムには既に日系企業がかなり進出していますので、最近は、今ある地盤を活かしつつ、ベトナム市場の成長を見据えた、新規サービスの開発や、事業拡大に向けたベトナム企業への出資・買収などのM&A案件が増えてきています。
―― 将来のリスクを避けるために心がけることとは何でしょうか?
吉田 能動的にアクションすることが重要です。5~10年後を見た時に何をすべきかを考え、逆算してアクションを考えるべきです。また、案件ありきで考えると、戦略のブレにつながりかねない点も注意が必要です。
例えばM&Aなら、買収先を紹介されてから考えるのでなく、将来のビジョンから逆算して事業戦略を立て、戦略の実現に向けて必要なケイパビリティや具体的に出資・買収すべき企業を検討しておく。その上で、最適な企業に自らアプローチすれば、他社に先んじて交渉を優位に進められる可能性が高まります。
また、製造業の進出に当たっても、紹介を受けた中から工業団地を決めるのではなく、戦略に基づいてあらかじめ要件を一定の網羅感が確保できるように洗い出し、要件に合致する工業団地を自ら探すなどです。
日系企業の特徴として、意思決定に慎重で時間がかかると言われることがあります。これは、決して悪いことばかりではなく、意思決定の後は、むしろ事業をスムーズかつ着実に進めていける点は強みと言えるとも考えています。
ただし、瞬発的な意思決定力という点では欧米、韓国、ベトナムなどの企業に遅れることが多く見られるのも、また事実です。そのような遅れを取らないためにも、能動的な戦略策定・M&Aの検討がやはり重要と考えます。
5~10年後に大きな変化
―― ベトナムの特徴とは何でしょうか?
吉田 お客様の業種は自動車、総合電機、商社、飲食品、不動産、建設など様々なのですが、ベトナムのどの業界でも言えるのは、今後10年をかけて、デジタル技術を踏まえた事業の変革・イノベーションがテーマとなることです。
顧客の意向・ニーズや、それを踏まえたモノ・サービスの作り方、売り方、稼ぎ方などはどの業界でも変わってきており、業界や国の垣根も低くなりつつあります。複数の業界をまたいだ知見や、東南アジア全体の俯瞰から、ベトナムの未来を見通すことが求められていると感じます。
そのベトナムの特徴として他国と顕著に違うのは、ハノイとホーチミン市という2つの巨大マーケットがあることです。例えば周辺国への市場参入を考える場合、一般的には首都圏から考えると思いますが、ベトナムの場合は最大の商圏であるホーチミン市と、2番目の市場規模を持ち首都でもあるハノイの2都市があります。
2都市は距離が離れていて、南北で文化も異なる。個人的には面白い環境だと思いますが、コンサルタントとしては他国と比較して考えるべき要素が他国より多く、悩ましいです(笑)。
新規市場参入の場合、ハノイとホーチミン市のどちらかを事業スタートの起点と決めることは多いです。一般消費者向け商品ならホーチミン市から始めるなどですね。
―― 最近感じる変化はありますか?
吉田 今後5~10年の間に予想されるベトナムの大きな変化に先んじて、お客様が変わっていくお手伝いをしたいと思っています。ベトナムの1人当たりGDPが10年後に2倍以上になり、現在のタイの数字を超えると推測されます。これは新型コロナの影響を加味した数字であり、新型コロナ前の試算では3倍近い成長が見込まれていました。
これを単純に踏まえると、ベトナムの企業は今後付加価値を平均で2倍以上に上げる必要がありますし、賃金水準も当然上昇します。今後投資をする企業はこうした前提を認識した上で戦略を考え、パートナーを探す必要があります。
1人当たりGDPが2倍以上になり、連動して賃金水準も相応に上昇すると、安価な労働力による軽工業や組立て加工を中心とする、生産拠点としてのベトナムの優位性は低くなると予想されます。同時に優秀な人材の確保も難しくなるので、ベトナム拠点の位置付けから考え直すことになります。
他国でも多かれ少なかれ変化が進む中で、東南アジア全体の戦略の再考も必要になりますし、それを踏まえてベトナムにおける事業の位置付け・役割を設定し直すことが必要となると思います。戦略以外への影響も大きく、例えばサプライチェーン、顧客接点、管理部門の業務、人事制度、インフラなども変わっていくでしょう。
ベトナム拠点の位置付けの見直しは、往々にして現地法人のトップだけで決め切れることではありません。一方で、ベトナムにいるからこそ感じられる変化があるはずです。このような未来に向けての議論・意思決定を、本体や地域統括会社と進めることが重要です。
このような中で、ベトナム市場と日系企業の文化・意思決定の進め方を熟知している我々だからこそ、お手伝いできることが多いのではないかと思っています。