ユニリーバ、ベトナム進出30年― 国際的視野とベトナムの成長意欲が交差した軌跡
ベトナムが“未知数”だった時代に参入
1995年、世界140か国以上で事業を展開していたユニリーバは、当時まだ未知数と見られていたベトナム市場への参入を決断した。振り返れば、同社はベトナムが黎明期の市場から、将来性のある輝く存在へ成長する過程に寄り添ってきた。
当時のユニリーバ・ベトナム初代会長ジャック・フェリエール氏は「若く、活気があり、人口も多いベトナムは“約束の地”だった。参入の決断は正しかった」と語る。
4年の協議を経て成立した初の合弁
元ユニリーバ・ベトナム副会長のダオ・トゥイェット・マイ氏によれば、同社は1980年代末から専門家を派遣し市場を調査。厳しい環境にありながら前向きなエネルギーに満ちた若い人口構成に将来性を見いだし、1991年に投資プロジェクトを開始。しかし許認可には4年を要した。
当時、制度が未整備だったベトナムでは、外国企業はタイやマレーシアを選ぶ方がはるかに容易だったと、ユニリーバ・ベトナム基金諮問委員のファム・チ・ラン氏は振り返る。それでもユニリーバは挑戦を受け入れ、市場成熟に貢献した。
国営企業とのパートナーシップ
規制により外国企業はベトナム企業との合弁が必要だったため、ユニリーバはChemco(化学工業・消費材の国営企業)と提携。原材料開発、サプライチェーン構築を共同で進めた。
「目的を共有すれば、違いは補完し合う力になる」とマイ氏は述べる。1995年、正式に許可が下り、メイン工場がトゥドゥックに建設された。同社の参入は海外企業のベトナムへの信頼形成にも寄与した。
消費者と“共に暮らす”市場リサーチ
現ユニリーバ・ベトナム社長のグエン・ティ・ビック・バン氏によれば、1995年当時のベトナム消費財市場は発展途上で、石鹸は切り売り、シャンプーはタイからの輸入が中心、洗剤はクリーム状が主流だった。
こうした状況を踏まえ、同社のマーケティングチームは農村の家庭に1か月単位で滞在し、生活を共にしながらニーズを把握。“現場に生きる研究”が、Sunsilkのシリーズや、Clearのミントシリーズといった“ベトナムの好みに合う”商品開発につながった。
同時に、P/Sの学校歯科プログラム、Lifebuoyの手洗いキャンペーン、OMOの学校衛生プロジェクトなど、公共キャンペーンとも連動し、世代を超えた記憶に残るブランド体験をつくり出した。
ベトナム人中心で運営する組織づくり
1999〜2005年のミシェル・ダルマーニュ会長時代、同社は「データに基づく規律」「職業的直感」「消費者への愛」という3原則を基礎に組織文化を確立。外国人とベトナム人を組み合わせた多様な人材戦略を導入し、現在では従業員の90%超がベトナム人となっている。
戦略的視野と現場理解が生んだ30年の成果
ユニリーバの成功は、先駆的な戦略と、消費者の日常を理解する地道な調査が組み合わさった結果である。同社は成長市場で利益を得ただけでなく、ベトナムの産業基準、人材育成、生活習慣の変化に大きく貢献してきた。
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