2022年のベトナム経済はウィズコロナでどう動くのか。2020年2月号の特集記事『2020年ベトナム経済 未来予測と日系企業』(ACCESS ONLiNEで閲覧可能)で取材した3人が再び2022年を予測する。ベトナムよ、立ち上がれ!
新型コロナ感染前に
ベトナム経済を戻す政策
三菱商事に入社後、1992年にハノイ総合大学に入学。卒業後は1996年からの2年間と、2016年から現在までベトナムに駐在している舩山氏。第1次投資ブーム前からのベトナムを良く知る商社マンだ。
舩山氏はベトナムが目指すのは「2045年の高所得国入り」であり、そのために2022年のベトナムは、3つの「元年」を迎えると語る。2045年はベトナム建国100周年に当たり、高所得国入りの目標は今年3月の第13回共産党大会で決議された。
「私は11月のファム・ミン・チン首相の訪日に随行し、日本企業との個別対話会(P21参照)や昼食会に参加しました。首相は2045年のビジョンを明確に語っていました」
高所得国入りへの推進力となる元年のうちの1つは、「サプライチェーンの再構築」。新型コロナの影響で、特に南部の製造業は操業が規制され、ベトナムからの輸出が減少した。それにより寸断されたグローバルサプライチェーンの再構築だ。
実は日本も協力を表明しており、チン首相の訪日後に出された共同声明にもある。ポストコロナの経済再生に向けた両国の協力として、グローバルサプライチェーン強靭化へのDX(デジタルトランスフォーメーション)、生産拠点の多元化、裾野産業育成などが記されている。
「具体的な内容が書かれていないのが残念ですが、前提となるのはヒト、モノ、カネの円滑な移動であり、それを確実とするのはワクチンの徹底接種です」
今年9月26日に開催された、ベトナム政府と経済界の政策対話チャネルであるVBF(ベトナム・ビジネス・フォーラム)。ここで舩山氏が代表として述べたベトナム政府への提案の中にも、サプライチェーン回復へのワクチンの展開、ワクチン接種による行動制限や入国の緩和、財務とキャッシュフローの改善があり、ベトナム側にしっかりと伝えられた。
「提案を一言で言えば、『ベトナムを新型コロナ前に戻すための、仕組み作りの政策支援』です。TPCPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)や、EVFTA(EUベトナム自由貿易協定)も実質的に来年から始まりますし、通関や貿易などでDXの活用が必要です」
既に始まりつつある
脱炭素化と高度人材開発
元年となる2つ目は「脱炭素化」。今年10~11月に開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)でベトナムは、2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指すと表明した。また、
最新の国家電力マスタープランであるPDP8でも、ベトナムは太陽光や風力を使った再生可能エネルギー発電に大きく舵を切っている。
訪日中のチン首相は今後の目標を、グリーン開発、自然と調和した発展、気候変動との戦いなどと掲げており(P21参照)、それが2050年までのカーボンニュートラルへとつながっていく。
「ただ、PDP8のロードマップでも2045年の再生可能エネルギー利用は44%で、石炭火力も18%残ります。エネルギーのベストミックスを作るのは簡単でありません」
各国の商工会議所が集まるVBFでも、PDP8に対して意見書を出そうという話になった。石炭火力は皆が不賛成。有望な発電方法は欧米勢で意見が分かれ、米国商工会議所はLNGによるガス火力、フランスやイタリアなどのEU商工会議所はベースロードとして洋上風力を推したという。
「米国のNGOが仲裁に入ってドラフトをまとめました。ベストミックスは議論を続けるしかないでしょう」
3つ目の元年は「人材開発」だ。先の両国による共同声明の中にも明記されており、日本企業との対話会で語られた3戦略の一つにも、質の高い人材の育成がある。ここでの高度人材開発とは外国人技能実習制度とは別枠で、例えばDXを構築するエンジニアような人材の輩出を目指す。
チン首相訪日前の11月20〜21日、在日ベトナム人のコミュニティ発展を目的とする「Vietnam Summit in Japan 2021」が開催された。舩山氏もオンラインで講演しており、ここで日本の高等専門学校(高専)について語った。
主に技術を学ぶ5年制の専門教育機関で、日本の高度成長を支えた一要因でもあると、ベトナムへの普及を提案。高専ではベトナムとモンゴルを戦略的に優先し、プログラムを導入している。
技能実習生に向けた問題解決はベトナムの経済成長にはあまり影響はないが、現在の課題について両国が確認したことは、今後の良好な関係を築く役割が大きいという。
今後は行政改革にも着手
「我慢の1年」を超えた先に
これら3つが来年から順調にスタートすれば、2021年に落ち込んだベトナム経済は再び成長を回復すると期待する。ベトナムの特徴である政治基盤の安定は何よりの下支えになる。
外資系企業から指摘される手続きの遅延に対しては、チン首相が先の「3つの戦略」の中で、行政手続きを削減して企業のコスト削減につなげる行政改革を挙げた。これを戦略の一番目として述べたことでその本気度を感じたという。
新型コロナ対策で当初のベトナムは世界の優等生だったが、第4波以降は対応に苦慮し、現在でも新規感染者数は中々減少していない。いわば2021年は我慢の1年だった。
「それでもGDP成長率はプラスになるでしょうから、誇りを持って良いと思います。新型コロナ対策が最優先となったチン政権には、ほかにもやりたいことが多くあったはずです。来年は良いスタートを切ってほしいです」
アンケート調査を実施
ベトナムの重要度が見えた
JETROホーチミンとJCCH(ホーチミン日本商工会議所)は協力して、JCCHの会員企業に新型コロナの影響をアンケート調査した。調査期間は2021年11月9~16日、会員企業1041社のうち344社から回答を得た(回答率33%)。
ホーチミン市でロックダウンが続いた7~9月、前年同期に比べて売上が減少した企業は63%に及んだ。しかし、10~12月には30%、2022年通年では45%の企業が売上増を見込む。年末から来年にかけての回復が期待される。
ただ、不安材料もある。新型コロナの影響への対応では、「新規・拡張投資の中止・延期」は344社の中の32社と約1割の企業が実施済みで、同じく約1割の33社が検討中。企業のベトナムを見る目が厳しくなっている。
「また、『ベトナムから他国への生産移管』も実施済みは31社です。154社のうち製造業は24社なので約15%。耳にしてはいましたが、アンケートで初めて実態がわかりました」
主な移管先は日本、中国、台湾、タイ、インドネシア、フィリピンなどが上がった。アンケートからは、「3オンサイトの条件が厳しい」、「労働者が集まらない」、「稼働率が5割以下になる」などの意見があり、その陰りは日本への輸出額からも見える、
2020年のベトナムからの輸入額が大きい上位10品目のうち、その割合を2020年8月と2021年8月で比較すると、1位の自動車用ワイヤーハーネスは39%から31%に、4位の基地局は64%から55%に、7位のスポーツ用履物は46%から26%に減少しているのだ。
「例えば、ワイヤーハーネスはロックダウンでベトナムでの生産が停止・縮小した結果、日本の一部の工場で、自動車の生産工程全体が一時休止に追い込まれました」
より長いスパンで見るとベトナムの重要度がわかる(グラフ参照:金額ベース)。ワイヤーハーネスは元々フィリピンからの輸入が突出していたが、中国が抜いて2010年には構成比が41%に。しかし、その後はベトナムが伸びて2020年には39%に達するが、2021年になると8月は31%にダウン。逆に中国が17%と盛り返している。
「スポーツ用履物も似ています。ベトナムは急伸して2020年には約5割に達しますが、2021年8月には26%と半減。中国とインドネシアの割合がそれぞれ33%に跳ね上がりました。ベトナムとの貿易関係は、日本の経済活動に影響を与えるほど深くなったのです」
変わらない強みと魅力
来年から一層の交流を
第4波以前は中国や他国からの生産移管先とされていたベトナムは、来年から逆の立場となるのか。比良井氏は、「拠点の分散はリスク管理であり、ベトナムも例外でないという話」と語る。
生産移管とは工場の撤退ではなく、各国での生産バランスを見直すということ。仮にベトナムでの縮小があっても、ベトナムの基本的な強みは変わらない。優秀で豊富な労働力、相対的に安価な賃金、1億人近い人口、旺盛な消費市場などで、来年も国内外からの投資は続くと見ている。
「中国と異なり、ワイヤーハーネスなどベトナムに生産が集中する例は少ない。今回の事態に過度に反応してほしくないです。長期の統計で見ればベトナムのポテンシャルは十分にあり、来年も成長を維持するでしょう」
実際、世界銀行、アジア開発銀行、国際通貨基金などはベトナム経済回復の見通しを立てている。オミクロン株など新たな不安はあるが、ベトナムを含めた各国はウィズコロナで国家間の移動も手探りで始めている。
特に2023年は日越外交関係樹立50周年に当たり、数々の式典やイベントも開催されるはず。2022年はそれに向けた大事な年になり、日越間の交流も深まると予想される。
「日本の技術でモノを作る、日本製品を販売するだけでなく、ベトナムが得意とする『変化への適応力』を吸収してはどうでしょう。DXの分野などが有望だと思います」
ベトナムでは大手企業が導入を急ぐだけでなく、DX関連のスタートアップが数多く生まれ、資金調達にも成功している。若いIT人材が豊富なことも追い風だ。日本には起こりにくい変化を、積極的に受け入れているようにも見える。
「上から目線ではなく、日本の魅力を提供しつつ、ベトナムの市場を理解する。そうしないと一緒に組んでくれないと思います」
ウィズコロナは根付くか
地方にこそポテンシャル
2021年はロックダウンや製造業の操業規制もあり、2020年以上に新型コロナに翻弄された。2022年はウィズコロナのニューノーマルで始まることが異なる。
「ホーチミン市はワクチン接種と経済回復を同時に進めるという、前例のない取組みをしてます。この街がどこまで踏ん張れるかが、ベトナム全体に影響すると思います」
ロックダウン解除後の新規感染者は減ったが、再び増加して1日1万人を超えた。ただ、都市ごとの感染者数で比較すれば、ハノイは数字の割に警戒感が強くてゼロコロナ寄りの管理体制、ホーチミン市は経済再開を重視しているように見える。後者の政策が結果を出せばベトナム全土に広がるかもしれない。
今後も行動制限はあるだろうが、比良井氏は「来年はぜひ地方へ」と呼びかける。自身も赴任した2019年に南部の各省を精力的に訪問した。ベトナムは日本の東京ほど一極集中型ではなく、それぞれの地方で発展可能性を感じられるという。
「奥地の田舎だと思っていたアンザン省に立派な街があって夜は街に若い人が集まる。カマウ省には意外にお洒落なカフェがあった。行ってみると発見があり、この国のポテンシャルを感じます。ぜひ訪れてください」
風向きが変わった製造業
想像ほどの悪影響はなし
日越経済共同イニシアチブ(VJJI)で、裾野産業ワークキングチームのリーダーを務める小野瀬氏。VJJIとはベトナムの投資環境の改善や外国投資の拡大を通じた産業競争力の強化を目的としており、2021年10月から最新の第8フェーズが始まった。11のワーキングチーム(WT)があり、WT9が裾野産業支援だ。
小野瀬氏がリーダーを引き受けたのは新型コロナ第4波の前。動きやすくするために小さくしたというチームでは今後について、支援制度の認知度向上、成功例の積上げ、人材育成などを考えていたが、第4波が来て風向きが変わった。
製造業への厳しい操業規制などでグローバルサプライチェーンが途切れ、ベトナムから部品が輸出できずに、日本などで生産の中止や延期が起こったからだ。
「このことからベトナムのカントリーリスクが高まると感じました。実際に生産移管を考え始めた企業もあり、チームでも支援というより現在の企業や人材の維持という守りの姿勢に入ったほどです」
しかし、ロックダウンや操業規制が緩和されると、「思ったほど負の方向には動かなかった」と感じた。仮に第5波が来ても、再度の3オンサイトなどはせず、サプライチェーンを維持できる政策が期待できそうだ。操業停止や稼働率の減少などのリスクが避けられれば、製造業にもより安心感が生まれるはずだ。
これを成しえたベトナムの特徴を小野瀬氏は、「方針転換の早さ」と指摘する。同じWT9のメンバーである、EYベトナムの大冨友加氏も同意する。
「厳しい規制に動いても、機敏に元に戻したり、新しい方向に修正する。そのために二の轍は踏まず、一度経験した失敗は繰り返さない傾向が強い。先進国でもなかなかできないことです」(大冨氏)
サービス業回復への道
「良いものを高く」も戦略
新型コロナは飲食、宿泊、観光、小売などのサービス業も直撃し、現在でも従来の利益水準に戻っていない企業がほとんどだ。小野瀬氏はホーチミン日本商工会議所(JCCH)の副会頭でもあり、危機感を覚えて飲食店を中心に聞取り調査をした。
すると、一消費者としては現状を理解しているつもりでも、各店は想像以上に苦慮しており、ケアができていない状態だったそうだ。日本商工会議所は在ベトナム日本国大使館と共に、日系サービス業の声もベトナム商工省に届ける計画だ。
「ずっと耐えてきた飲食店ですが、店内飲食が復活したときに客足が戻らないと、心が折れるという話を聞きました。宿泊業や小売店でも同じだと思います」
国を挙げて一大売出しセールを行う「グレート・シンガポール・セール」(GSS)は有名だが、ホーチミン市でも最大値下げ率を50%から100%に上げるなどした、過去最大級の「ショッピング・シーズン2021」が11月から開催された。
「ベトナムの政府や自治体と協力して、この規模をもっと大きくしていただきたい。サービス業からも経済を活性化させたいからです」
日系サービス業は拡大するベトナム消費市場のパイを取れるか。従来の日系企業は「良いものを安く」を掲げていたが、諸外国と同様にベトナムもインフレだ。普通にモノの値段が上がる中で、良いものを高く売ってもよいのではないか。
「日本製品の高品質は周知されており、ならば高く売る戦略があってもいい。日本型の経営のベクトルを変えるのは難しいでしょうが、マーケティングやブランディングで実現できると信じています」
世界経済と連動するベトナム
国難の前に立て直せる経験
EYベトナムの日系企業担当として感じるのは、製造、不動産、サービス、小売、建設などの多岐に渡る業界で、工場進出やM&Aの案件が胎動していること。新型コロナで花が萎んだ状態だったが、あちこちで芽が出始めているのを感じているという。
新規進出やM&Aでネックになっているのは、担当者が日本から来られないこと。許可申請に時間がかかり、日越両国での隔離もあるため、決定権者の来越は実質的に難しい。しかし、今はそれでも何とか先に進めようという意志を感じており、オミクロン株などの不安はあるものの、日越の往来が緩和されれば来年はより期待できると語る。
WT9としてはアジェンダを2つ設定し、行動計画では裾野産業支援法(仮)の草案準備の支援や、循環型の人材育成に務める。後者は日本国内で研修や実習をした人材がベトナムに帰国後、日系企業のベトナム国内事業を主導するような成功事例を集めて、普及とモデル化を目指す。来年について2人はこう語る。
「良くも悪くもベトナム経済は世界経済に連動しており、世界経済が好転すればベトナムも成長すると思います。他国に見られない政治の安定、今後5年間は年1%程度増える人口、現実的な政策立案などからも、単独での経済の急落は想像できません」(大冨氏)
世界経済との関係の強さは、経済分野の多くで海外投資の比重が高いこと、主な輸出品目が製造部品と農産物であり、特に農産物の輸出は世界経済で増減する点などからわかる。
「ウィズコロナに舵を切った今、波はあっても製造業もサービス業も成長に向かうと信じています。新型コロナの危機に直面しても、これまでの経験から、困難な状態に陥る前に立て直せると信じます」(小野瀬氏)