楽器や音響機器の販売の他、今年から音楽教室をスタートさせたヤマハミュージックベトナム。ベトナムの省庁や教育機関と連携して、この国の音楽教育も支援している。自らも琴の演奏者である谷真琴社長が語る。
音楽を核とした様々な事業
―― 御社はヤマハの販売子会社ですね?
谷 はい。ヤマハの販売子会社は世界に19拠点あり、一番若いのが2013年に設立された弊社です。世界の楽器の三大市場は、文化として音楽が根付いているヨーロッパ、第一次世界大戦後に音楽教育が盛んになったアメリカ、そしてクラブ活動として学校で演奏する日本です。必須教科ではないのにそのレベルは世界的にも高く、日本の教育方法に欧米から視察が来るほどです。
そして現在、ASEANでは音楽教育に力を入れている国が多く、ベトナムを含めてこれからの市場として注目されています。ヤマハはシンガポール、インドネシア、マレーシア、タイ(非連結)にも販社があります。
―― ベトナムではどんな楽器が売れていますか?
谷 ほとんどが鍵盤楽器で、不動の人気は電子キーボードです。いくつか種類がありますが、ベトナムで特徴的な人気機種は1台で伴奏までできるデジタルワークステーション。結婚式、パーティ、カラオケなどのイベントで演奏される、職業用の楽器です。
日本や欧米のミュージシャンの間ではシンセサイザーが主流ですが、ベトナムではこのデジタルワークステーションが圧倒的に支持されています。若年層の幅広い音楽嗜好の変化に合わせ、シンセサイザーの販売も二桁成長しており、今後が楽しみなマーケットです。値段に幅はありますが、デジタルワークステーション、シンセサイザーともに15万円くらいの商品が人気です。
最後は小中学校で備品として購入されるような教育用キーボード。価格は1~5万円と安価で、こちらの販売も堅調です。また、子どもの習い事や音楽教室で使われるデジタルピアノがかなり伸びています。インドネシアで生産しているのですが、新型コロナからの回復が想定より早いベトナム市場のニーズに、生産が追い付かない状態です。
デジタルピアノは先進国では場所を取らないキーボードタイプが主流ですが、ベトナムでは脚の付いたキャビネットタイプが好まれ、教育熱心な中間層が子ども用に購入するケースも目立ちます。
―― 鍵盤以外の楽器はいかがですか?
谷 弦楽器や管楽器の販売数はわずかで、まだ市場の土台ができていないように思います。ただ、ベトナムはギター王国でして、地場のメーカーも多く、職人さんが手作業で作っています。価格は5000円程度からあり、ヤマハ製は1万5000円くらいからですから、価格の安いことがわかります。
弊社のお客様は中間層以上が中心で、鍵盤楽器が売上の6割を占めるのですが、最大の競合相手がヤマハなのです。1970~80年代に日本で販売された、ヤマハのデジタルピアノやアコースティックピアノの中古品が安価で買い取られ、教育需要の高いベトナムで輸入・販売されているからです。ベトナムは中古品の市場が大きいため、非常に強いライバルになっていますね(笑)。
―― 他の事業には何がありますか?
谷 まずオーディオ機器の販売で、プロオーディオとホームオーディオがあります。前者はレンタル事業者、カフェ、ホテル、リゾート、建物内で使われるミキサーやスピーカーなどです。音作りにノウハウが必要で、主にエンジニアが調整しています。後者は個人ユーザー向けのヘッドホンやスピーカー、富裕層のシアタールーム用機器もあります。
また、昨年イオンモールタンフーセラドン店内にショールームをオープンしまして、今年7月からはここで音楽教室「Yamaha Music School」を開いています。ピアノ、バイオリン、ボーカル、ドラムなど7コースがあり、週1回の1時間授業が基本です。日本で人気のある4才からの幼児科コースも、ベトナム語訳をして展開しています。
生徒数は合計で約150人、小学校1年~5年生が中心で、子どもはグループレッスン、大人は個人レッスンが多いですね。新型コロナの影響でオンラインでの授業も増えて、海外に住むベトナム人なども受講しています。
教える講師は15人ほどのベトナム人です。昨年から準備を始めて、日本から指導者を呼んで半年ほど研修し、コアとなる「核講師」は日本での研修も受けました。今の目標は、彼ら講師をプロとして食べていかせることで、そうでないと職業人としてのプロフェッショナリズムも生まれません。ベトナムでは音楽講師の社会的認知が進んでいませんから、それを高めていくのも私の仕事です。
器楽教育をベトナムに浸透
―― 以前からベトナムの音楽教育に協力しています。
谷 ヤマハは楽器を演奏して音楽を学ぶ「器楽教育」を世界各国に広めており、ベトナムでは2016年から取り組んでいます。そのひとつを紹介しますと、リコーダー教育の導入です。
その一環として小中学校の音楽教師向けにセミナーを開いており、現在は10の市と省の275校に広がりました。各校からコアとなる人材を2人を招待してリコーダーを教えており、来年からは彼らが教師となってリコーダーの授業が始まる予定です。
また、JETROの協力のもと、ハノイ国立教育大学で教職課程の学生向けに養成プログラムを展開しており、SDGsの目標達成に貢献していきます。
もうひとつの例は音楽の教科書の大きな改訂で、今年9月から小学校1年生の教科書が変わりました。ヤマハは教科書を執筆するカリキュラムライターを日本に招待して、教材の作り方など日本の教科書出版社と共に、意見交換や助言の場を設けました。
以前の音楽の授業は教師の伴奏で歌うことや楽典的要素の座学が多かったのですが、今後はリズム楽器、リコーダー、ピアニカなどの楽器を使って、メロディやハーモニーも体感して学ぶようになります。
他の学年でも徐々に新しい教科書になる予定ですが、リコーダーを含めてこれまでの授業とは大きく内容が異なります。現場の音楽教師が納得して指導することが、ここ3~4年の課題だと思います。
―― 今後の予定や計画を教えてください。
谷 音楽を楽しむ人の裾野を広げて、ニーズを喚起させたいです。一つは先のような公教育の中での音楽教育。2つ目は中間層の教育ニーズで、音楽教室は当初の予定通りに進んでいますが、将来はフランチャイズにしたいです。同時にオンライン授業も進めていきます。
3つ目は楽器とのタッチポイントを増やす工夫です。楽器は実際に弾いてもらわないと違いや良さがわかりにくく、実機に触れられるショールームを作ったのもそのためです。弊社はこれまで代理店販売が中心で、楽器やオーディオ機器を合わせて全国に60店ほどあります。
こちらにコンサルティングができるセールススタッフを置くなどして、接客を通じてお客様に音楽の楽しさを伝えていければと思います。そして、楽器・音響事業全体のクオリティをもっともっと上げたいですね。