ベトナム政府が改善に取り組み、ベトナム人の関心が急速に高まりつつある「健康」。その三大要素と言える食事、運動、医療の分野で支援を続けている日系企業がある。これら企業の事業と貢献を紹介したい。
給食メニュー・調理ソフトを開発
モデルキッチンも導入
ベトナム味の素と教育訓練省などベトナム行政が2012年から始めたのが、日本式の給食をベトナムの小学校に広げる「学校給食プロジェクト」だ。
当時からベトナムでは地方は子どもの栄養不足、都市部では肥満などが問題視されていた。ベトナム味の素にとって小学校は調味料を納入する顧客でもあり、これらの問題を解決できないかと考えた。学校ごとではなく全国規模で展開したいと、教育訓練省に提案したのだ。
「味の素グループでは自社事業を通じた社会貢献活動であるASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)を続けており、その一環としてスタートしました」
具体的には①栄養バランスの取れた給食メニュー、②衛生的かつ効率的な調理システム、③小学生への栄養教育があり、これらのサポート全てを無償で提供している。
給食メニューでは、給食の献立に悩む調理担当者向けにソフトウェアを開発した。メニューから選ぶことで、調理方法、食材、調味料、食材の栄養素や調達コストまでが表示される。主菜、副菜、食後のフルーツなどが揃ったセットが120種類あり、1年の3分の2である240日に給食があるとすると、1メニューは1年に2回使える計算だ。
「地域で味付けや食材が異なることから、北・中・南部でレシピやアレンジを変えています。メニューは時々のトレンドに合わせたり、不人気なものは止めるなど定期的に更新しています」
衛生的かつ効率的な調理システムでは、給食調理室のモデルキッチンを導入した。ホーチミン市で2校、ハノイで1校の小学校に設置しており、ダナンは9月に完成予定だ(取材時)。
実際に調理に使われているほか、他校の給食の調理担当者などが見学できる設備になっている。訪問者はモデルキッチンを実際に参考するなどして、自校のキッチンで調理を再現する仕組みである。
給食前に栄養の3分授業
ケータリング業者との協働も
小学生への栄養教育とは、給食前の3分間に担任が教える食育の授業だ。給食のメニューに含まれる各種の食品の栄養情報などを伝えている。
昼食は給食として栄養バランスの取れた食事を提供できても、朝食や夕食、おやつまではカバーできない。そこで食事や食材の栄養に関する知識を教えており、例えば、トマトに豊富に含まれるビタミンAは体にどんな効能を与えるかなどだ。ここで使われるポスターや食育ビデオの指導セットを提供している。
「日本人と同じで野菜を食べたがらない子どもは多くいます。そこでなぜ野菜が必要なのかを教えると同時に、食べやすい、気に入ってもらいやすいメニューを開発しています」
ポスターには様々な食品の基本的な栄養情報が掲載されており、ビデオには食品に関する栄養知識や役立つ情報などのコンテンツがある。
学校給食プロジェクトは給食調理室を持つ全国ほとんどの小学校に既に導入されており、2023年7月末現在で全国62省、約4000校、生徒約140万人が対象だ。ただ、ベトナムの小学校は約1万2000校あると言われ、6割以上は調理室がなく、給食も作れない。
給食のない小学校で子どもたちは一度帰宅して昼食を食べたり、屋台を利用しているが、給食を出したいと考える小学校もある。
「ケータリング形式で給食を届ける業者に、同じ仕組みを導入いただき、学校給食を届け始めてもらっています」
ベトナム味の素は教育訓練省と連携して小学校の声を集めており、現在は300校ほどでケータリング業者と協働で同プロジェクトを導入している。
乳幼児と母親の食生活指導
栄養士制度の創設と拡大
2020年からは乳幼児とその母親のための食生活改善指導を始めた。保健省から就学前の児童のサポートを依頼されたのだ。乳離れした5歳以下の乳幼児とその母親が対象で、Webサイトを使っている。
母親は産前産後の週別、乳幼児は月齢別で、必須となる栄養の情報、具体的なメニューのレシピや調理方法、発育状態の診断などができる。例えば、乳幼児の生年月日と体重や身長を入力すると標準と比べたアドバイスが表示され、個別の相談もできる。
「乳幼児の発育の状態や食事などに母親たちは日々悩んでいます。それらの問題を母親の健康と共に、保健省と協働して指導しています。現在、同サイトのユーザーは全国で約30万人です」
味の素は栄養士の育成にも貢献している。公益財団法人味の素ファンデーションとベトナムの国立栄養研究所が2011年に始めたのが、管理栄養士制度の創設だ。栄養や食品衛生の専門家である管理栄養士を養成し、制度化するプロジェクトで、それまでのベトナムになかった資格である。
2012年にハノイ医科大学に「栄養・食品の研究講座」を開講して、2013年には4年制の栄養学科を開設。2017年に43人の管理栄養士が誕生した。同制度は現在、8大学にまで広がっている。
「2015年には管理栄養士のJob Codeが承認されて、プロフェッショナルな職業として認められました」
2022年には保健大臣通達として、2025年までに「病院100床に1人当たりの管理栄養士か栄養専門家の設置」が発出された。病院食の調理担当者へのアドバイスなどが始まり、管理栄養士たちの活躍の場が広がっていく。
「調理室のない小学校にケータリングでサポートする余地はまだあります。乳幼児向けの指導も病院の産婦人科などから相談が増えており、もっと拡大させたい。味の素が貢献できることはまだ多くあります」
走り方やスキップからスタート
道具の片付けまでを学ぶ
2021年12月、Jリーグクラブによるサッカースクールがベトナムで初めて始まった。運営するのはビンズン省省都のビンズン新都市で都市開発を進めるベカメックス東急と、人気実力共に日本トップクラスのサッカーチーム川崎フロンターレだ。
川崎フロンターレは2013年に東急が主催した、ベトナム1部リーグのベカメックス・ビンズンFCとの国際親善試に参加。ここから縁が生まれて、2018年からは「ベトナム日本国際ユースカップU-13」をビンズン省で毎年開催しており、今回のサッカースクールが実現した。
「街を盛り上げるには教育、スポーツ、エンタメといった要素が欠かせません。川崎フロンターレさんは日本でもスクール事業の実績があり、ようやく実現しました」(西村氏)
2021年5月に日本人コーチ2人を派遣。その1人が西亮太コーチだ。
「2018年に初めてベトナムに来ました。ベトナムの素晴らしさを知り、スクール立ち上げの際にはぜひ携わりたいと希望しました」(西コーチ)
開校時の生徒数は50~60人。当初は5~12歳クラス、2022年9月からは13~15歳との2クラスになった。1回が60分で、週に1回と2回の2コースがあり、期間は1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月。料金は5~12歳の週1回、3ヶ月コースで300万VNDだった。
スクールは平日の17:00以降で、月~木曜日が放課後の子ども向け、金曜日は大人向け。大人は1回コースで料金は都度払いだ。
「ベトナム人の子どもはあまり運動をしないですし、肥満の子も多い。ボールに触れた経験者も少ないため、初年度は走り方やスキップの仕方から教えました」(西コーチ)
1コースで日本人コーチ1人にアシスタントでベトナム人コーチ2人が加わる。西コーチの場合ならベトナム人コーチは男女2人ずつで合計4人。通訳者も兼ねており、女性コーチは女の子の生徒に対応することが多い。
教えるのは運動だけでなく道具の片付けや挨拶の仕方までに及ぶ。最初は「整列」と言っても好き勝手にボールを蹴っていた子どもたちが次第に変わり、きちんと並んで「よろしくお願いします」(日本語)と挨拶し、道具などをきちんと片付けるようになるそうだ。
「川崎フロンターレのスクールでは『テクニック』と共に『原理・原則』と『社会性』の3つを重視しています。こうした教育やコーチが語る英語なども、保護者からも好評のようです」(西村氏)
屋根付きフットサルコート
カリキュラムも指導も進化
2年目となる今年は子どもたちの体力が安定してきたので、ドリブルやボールの止め方などの技術面も教えるようになった。そして7月には複合施設「SORA gardens Links」(以下Links)が完成し、本格的な屋根付きフットサルコートが使えるようになった。
以前はこのフットサルコートに隣接する屋外野球場で練習していたため、雨季など大雨の場合は中止となって機会損失やモチベーションダウンにもつながった。雨天でのキャンセルがなくなったこともあり、今年7月にカリキュラムを変えた。
4~8歳と9~15歳の2クラスにして、週に1回、2回、3回があり、期間は3ヶ月に統一。9~15歳のクラスは時間を60分から80分に増やした。
「この年代は成長スピードが早いゴールデンエイジ。対人練習の時間を多くし、戦術的なことも教えています」(西コーチ)
現在の子どもの生徒数は1週間に約200人で、ベトナム人が約7割、残りは台湾など中華系を中心とした外国人。金曜日の大人は常時15人ほどが参加している。
生徒は基本的に新都心エリアの住民で、徒歩やべカメックス東急バスが運行するスクールバスで通える範囲のファミリー層が中心。募集の方法は様々で、HPやZaloのグループチャットなどのオンラインから、ポスター、マンションのデジタルサイネージ、各種イベントでも告知している。
「料金は決して安くないので、昨年春から中高所得者層のいるインターナショナルスクールを1校ずつ説明して回ったことで、生徒数が大きく伸びました」(西村氏)
対外試合やカップを開催
将来は日越のプロリーグへ
スクールなので対外試合がないため、1ヶ月に1回以上は他チームとの試合を組んでいる。新しくLinksができたためか、ビンズン省内やホーチミン市から少年クラブチームが「遠征」してくるそうだ。試合日程はスクールのない土日で、トロフィーやメダルを用意したカップ(大会)も開催している。
「14チームが参加したカップでは、選手と保護者を合わせて約300人が集まりました」(西コーチ)
初年度にも対外試合はあったが、残念ながら大差で負けることが多かった。泣いて帰った子どももいたが、先日の12歳以上のカップでは6チーム中4位と順位を上げた。
日本からの出張者も「1年経つと全然違う」、「うまくなったな!」などと語るそうで、開校から1年8ヶ月が経ち、子どもたちは成長を続けている。
フットサルコートは土日、企業や団体にも貸し出している。企業のフットサル大会やイベントなどに使われ、8月20日のJCCHビンズン部会のフットサル大会では、参加チーム24社の枠がすぐに埋まった。
「サッカー好きのベトナム人ですから会社がサッカーチームを持つのは普通で、大会では各企業に運営費や景品などのスポンサー協賛をいただいています」
西村氏は来越当初、ベトナム人はこれほどサッカーが好きなのかと驚いたそうだ。今後は生徒数を300人、400人と増やして、地域に根差したコミュニティを広げ、イベントも増やしていく。
西コーチは今年には小学生年代の選抜クラスを作りたいと語る。育てた生徒をベカメックス・ビンズンFCなどVリーグに送りたいし、その先には川崎フロンターレのある日本のフィールドがある。
「将来フロンターレに入ってくれて、サッカースクールとの相乗効果になればなおうれしいです。5年、10年、15年先を見据えています」
「サロンパスの日」に実施
町の広場で手軽に検診
久光製薬では5月18日を、主力商品である「サロンパスの日」としている。518を「こりを癒やす」とした語呂合わせが由来で、日本を含めた世界中の現地法人などで毎年イベントが開催される。日本が最も盛大で、都市部での大規模なイベントやサンプリング(商品の無料配布)が行われる。
ベトナム現地法人であるHisamitsu Vietnam Pharmaceutical(久光ベトナム)でも、当地に根付いているサロンパスやサロンシップなどのサンプリングをしていたが、独自の社会貢献ができないかと考えた。
そこで生まれたのが、キャンピングカーを使って町々を訪問する無料の健康診断だ。
健康意識の高まるベトナムだが、日本のように定期検診を毎年受診するのは一般的ではない。ならば短時間で気軽に、基礎的な健康診断を受けてもらうニーズはあるはずだ。
スタートしたのは2019年、専用の健康診断カーを作った。
「健康診断カーは久光製薬のコーポレートカラーであるグリーンで、サロンパスなどの商品名や写真も載せています」
健康診断だけでなくドクターによるアドバイスを加えるため、訪問する町では医師も手配している。現在、車で移動するのは同社のスタッフなど約5人で、ドクターなど各地で合流する関係者は10人程度だ。
健康診断の会場は主に市場、公園、ショッピングセンターの広場など。健康診断カーでこれらの会場まで行き、測定装置などを設置して診断を行い、終われば収納して次の都市に移動する。
告知はFacebookなどを使っているが、通りがかりの人が受診していくケースが多いようだ。
「年齢は制限していませんが高齢者の男女が多く、買い物客などが立ち寄るのも普通の光景です。どこの都市に行っても毎回長い行列ができています」
血圧や身長・体重を追加
ホーチミン市で歌謡ショーも
2023年の健康診断は5月5日~21日に全部で9都市、、ハノイ、ゲアン省、ダナン、ニャチャン、ダラット、カントー、アンザン省、ホーチミン市、ドンナイ省の順番で実施した(表参照)。健康診断の件数は合計で3540回となり、2022年の合計1931回の2倍に迫る過去最大となった。
測定内容は徐々にグレードアップしており、去年からは体成分分析装置を導入した。筋肉量、体脂肪量、BMIなどのほか、タンパク質量やミネラル量などの体成分で身体の詳細なデータがわかる。今年からは血圧と身長・体重の測定も加えた。
「せっかく体内の細かな数値がわかるのですから、血圧があったほうが正確な結果が出ると考えました。身長と体重は以前は申告制でしたが、改めて測定することにしました」
身長、体重、血圧を測ってマシンで体成分を測定し、結果はプリントして参加者に渡す。血圧と体成分に問題がなければ良いが、両方かどちらかの数値に何かあればドクターのアドバイスを受ける。健康診断カーと共に移動するトラックの後部荷台を、ドクターなどとの相談スペースに変えている。
「ドクターからは運動や食生活などのアドバイスが多いようです。その後でサロンパスやサロンシップを渡しています」
サロンパスの日である5月18日はホーチミン市で行うようにしており、同日にイベントも開催する。今年はショッピングセンターの広場に仮設ステージを作り、歌手のショーも開催した。このためかホーチミン市の健康診断では若い人が増えたそうだ。
その後、久光ベトナムの工場があるドンナイ省が今年最後の開催都市となった。こちらもショッピングセンターで実施したが、雨天にもかかわらず668回を記録。今回最大だったホーチミン市の553回を大きく上回った。
「健康診断の時間は従来は8時~12時などでしたが、今年は測定項目や参加人数が増えたことで8時から夕方などへと延長しました」
ふれあいと感謝から生まれる
認知度を落とさない効果
自分の健康データを知らない人は多いようで、無料健康診断の評判はかなり良い。終了後には数多くの感謝の言葉を受け取るとともに、会場ではサロンバスなどの商品も販売しているので、「買って帰るよ」などと声をかけられることもある。
「サロンパスのベトナムでの知名度は高いと思いますが、弊社が広告や薬局の看板などでアピールを続けているのは、何もしないと認知が落ちていくからです。無料健康診断もそれに対する一助となっています」
健康診断は来年も続けるつもりだが、具体的な内容はこれからだ。今回検査項目を増やしたように新しいことは始めたいが、そのために1人当たりの測定時間がタイトになってきた。せっかく来てもらっているのに、対応できないと逆に迷惑になってしまう。
「各地の人たちと触れ合って感謝されているのは間違いないですから、悩みどころですね」