電源は再生可能エネルギーにシフトし、EVや電動バイクが急成長を見せ、若者の脱プラ意識も高い。そんなベトナムと日本企業のコラボによる環境対策が始まっている。ここでは少しずつ、しかし確実に環境を守っていく日本の技術と知恵を紹介する。
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カギとなるのは石灰石
ユニコーン企業に躍進
株式会社TBMは石灰石(炭酸カルシウム)を主原料とした、新素材「LIMEX」の開発、製造、販売を主事業としている。LIMEXの特徴は、石油由来プラスチックや紙の代替が可能で、前者ならプラスチックを重量当たり33%、後者なら木材を100%、水を94%節約できるという。
こうした天然資源の使用量を大幅に削減できるうえ、LIMEXは使用後も回収してリサイクル可能なので、原材料の調達から処分までのライフサイクル全体でCO2排出を抑制できる。
2016年にLIMEX製の名刺が完成し、様々な分野での製品化が始まった。現在は1万以上の企業や自治体などが採用し、印刷物、袋類、食品容器、文具、玩具、生活雑貨、包装、ラベルなどに使用されている。

宮城県の量産工場、神奈川県にリサイクルプラントを持ち、社員は300人以上。2019年には日本で6番目のユニコーン企業となった。この躍進を支えるLIMEXのもう一つの特徴が、主原料の石灰石にある。
「世界中で豊富に存在する石灰石は、枯渇リスクのある石油や木材と違って安定的な供給ができ、低価格も魅力です」
2018~2019年には海外展開のために各国を調査。ファブレスでのOEM生産を予定していたため、現地国での石灰石の質や量、パートナー企業の存在が重視された。その結果選ばれたのがベトナムだ。
ベトナムは石灰石が豊富に産出され、特に北部のものは白色度と純度が高くて品質が良かった。優秀なサプライヤーやコンパウンドメーカーも見つかった。また、近年はプラスチック産業が成長する一方、ベトナム政府は使い捨てプラスチックの使用制限を打ち出し、参入の余地が十分に伺えた。
「2020年からベトナムでLIMEX素材のOEM生産・販売を始め、2021年には現地法人のTBM VNを設立しました」

原材料調達からOEM生産に
ベトナムの著名企業が採用
日本ではシート状のLIMEX Sheetまで作っているが、特殊な設備が必要なため、ベトナムでは粒状のペレット「LIMEX Pellet」をOEMで生産して、成型メーカー等に納入している。OEMのパートナー企業へは原材料、配合、プロセス、品質管理などを指導すると同時に、TBM VNのスタッフなどが確認している。
量産まで進んでいる顧客企業は十数社あり、ここでは大手文具メーカーのThien Longと、Oishiiブランドで知られる大手菓子メーカーのVIETNAM LIWAYWAYを紹介したい。
「両社ともに約2年前から商談が始まり、Thien Long様が約1年、VIETNAM LIWAYWAY様で約2年後に量産を始めました」
Thien Longはペンの素材として使われるために成形の難易度が高くなく、開発も比較的順調だった。しかし、VIETNAM LIWAYWAYはスナックの包装パウチとなるフィルムパッケージで、日本で開発した経験がなかったため、試作や評価でトライアンドエラーを繰り返した。
「成形の方法や最終製品の特性などで原材料の機能性も異なりますので、多種多様なグレードを準備しています。それでも一から開発するケースもあります」
他国では世界的ハイクオリティブランドのLVMHの化粧品容器、タイの大手スーパーBig Cの買物かごなどで使用されているが、ベトナムを含めたアジアのローカル企業の多くは環境対応よりコストを重視するという。
「VIETNAM LIWAYWAY様も、コストダウンがLIMEX採用の大きなきっかけの1つとなりました」
その上で、プラスチック樹脂を環境素材に代替することでの石油由来成分やCO2の削減量を数値化して、一般消費者や投資家に発信していく価値などに言及すると共感を得た。その結果採用が決まったという。
一方、機能面でコスト削減ができることに興味を持たれて、LIMEX採用に至った企業もある。石灰石を使う新素材は他社も扱っており、ベトナムにも複数のサプライヤーがあるが、石灰石の粉の粒形が大きかったり、ダマができやすいなどで、強度が弱い場合もある。
「液体洗剤用の包装パウチなので高品質を求められ、コストに見合った機能性があるとLIMEXを選んでいただきました」

世界戦略の多彩な可能性
次世代のLIMEXも量産化
TBMの売上は日本が中心ではあるものの、海外展開の伸びしろを十分に感じている。日本は最終製品を提供するケースが多いが、現状、海外は原材料販売であり、加工や生産まで含めれば売上も大きくなる。チャレンジングではあるが、海外で原材料と最終製品を共に伸ばしたい。
ベトナムで新たに取り組んでいるのは、レジ袋やゴミ袋を作るローカル企業にOEM生産を委託し、製品を日本で販売すること。このようにベトナムで海外向けの最終製品を生産し、輸出していく。
ASEANの市場はベトナムが一番大きく、タイ、インドネシア、インドなどに実績ができて、中国やフィリピンでも始まりそうだ。基本的にベトナムから原材料を輸出しており、今後も取引国や販路を拡大していく。
機能と価格でバランスの取れたLIMEXに類する素材は少なく、今後の拡大はまず間違いない。ただ、自動車の外装や建築資材など工業製品と同等の機能性を出すのは難しく、現在は上記のような日用品が中心だ。また、石灰石は白色なので透明フィルムなどの代替はできない。
「プラスチック関連には各国で規制がありますが、LIMEXを想定したルールがない国もあります。新素材を普及させていく課題の部分です」

その一方で進化は進み、次世代のLIMEXである「CR LIMEX」が既に日本で量産されている。排ガス由来のCO2と工場から排出されるカルシウム含有廃棄物等を化学合成したCCU炭酸カルシウムを使うことで、石灰石より一層カーボンニュートラルに貢献できる。
「価格は多少高くなりますが海外からも多くの反響があり、ベトナムの企業様からも興味ある旨の連絡をいただいています」

農業で温室効果ガス削減
水稲の中干し期間を延長
株式会社フェイガーは農業由来のカーボンクレジットの生成と販売を事業としながら、持続可能な農業体系の構築に取り組んでいる。脱炭素農法で農家と一緒に作ったクレジットを同社が全量買い取ることで農家に収益が還元され、その上で企業に販売することで企業はクレジットという仕組みを通して農業を直接投資・支援できる。同社が目指すのはこのサイクルによる農業の発展や地域貢献だ。
「弊社が農家の皆さんと取り組んでいるのが、J―クレジットの『水稲栽培によるの中干し期間の延長』です。地域や環境によりますが、1ha当たり数千円~数万円の収入が見込めます」
水を張った田んぼからは、土壌に含まれる有機物や肥料として与えられた有機物から、嫌気性菌であるメタン生成菌の働きにより、CO2の25倍の温室効果を持つメタンガスが発生している。
水田からのメタンの発生を減らすには、水を抜く期間を長くすることが重要。水稲栽培において通常行われる中干し期間を1週間程度延長することにより、メタン発生量を3割削減できることが確認されている。

カーボンクレジットは生成される方法によって農業のほかに森林、再エネ、省エネ、製造業、運輸などがあり、価格帯も異なる。人手が必要な農業系や森林系は比較的高めだが、価格自体は相対取引で決まる場合と、市場に出される場合がある。
「温室効果ガス排出削減量をCO2換算した1トン単位(t-CO2)で取引され、海外の企業を含めると安くて1~2USD、高いと数千USDなど大きく幅があります」
ただ、購入する企業が価格だけを重視するとは限らない。例えば、農業や食への貢献活動、しかも同じ地域の農家への支援はCSR活動の一環にもなる。加えて、現在の日本では温室効果ガス削減の強制力がないため、自主的にクレジットを購入するのは問題意識の高い企業が多い。フェイガーでは企業にクレジット購入前のガイダンスや購入後のPRなどのサポートもしている。
「日本のカーボンクレジット認証量は2023年時点で約1100万t。発行量としてもまだ始まったばかりと言えるでしょう」

日本の40倍以上の水田
各省の農家で実証実験中
フェイガーは2022年7月設立の若い会社で、社長の石崎貴紘氏が起業した。カーボンクレジットはこの数年で企業のニーズが高まっており、同社の社員は約70人に増えた。
2024年に日本で同社が申請したクレジットは生産者1300戸が参加し、2万6000haから13万6000t-CO2となった。顧客企業は主にエネルギー関連や製造業で、食品や化粧品など農業に関わりを持つ企業も少なくない。
日本市場を作っていく中で、日本の約50倍の水田や農地を持つ東南アジア進出は当初からの計画だった。高井氏は2023年後半に東南アジア数ヶ国を回って栽培の状況を調べ、農家や政府関係者を訪ねて、カーボンクレジットの可能性を調査した。
「ベトナムやフィリピンに非常に可能性を感じました。特にベトナムには日本の約4倍、約450万haの水田がありますし、1年に2~3回収穫できるのです」
ベトナムではまだカーボンクレジットの仕組みが整備されておらずプロジェクト化はできない。そのため数年先を見込んで地方政府(省)と覚書(MOU)を結び、間断かんがいの実証実験を進めている。これは水田土壌の乾燥と水張りを繰り返す方法で、根の伸長を促進すると同時に、メタンガスの排出量を減らす効果がある。
「ベトナムで主流の常に水を張る常時かんがいと間断かんがいを比較して、それぞれの温室効果ガス排出量を測定しています」
間断かんがいは収穫量が増えるため日本では一般的で、温室効果ガスの削減にも使えないが、ベトナムには可能性が大いにあるのだ。実証実験の農地は北中南部にあって各地域で1haほど。農家と、日本のJAと言えるベトナム国立農業普及センター(NAEC)の協力を得て進めており、農家への技術指導も行う。
「籾を撒いてから米を収穫するまでの約4ヶ月が1回で、来年までに計3~4回続ける予定です」

数年後に拓くベトナム市場
先進国と新興国の思惑
ベトナムでも日本と同じ事業を予定しているが、1つだけ違うのはクレジットの販売先が日本企業であること。国際間の取引には二国間クレジット制度(JCM)が必要となり、日越両国は基本合意を締結しているが、今後1~2年で間断かんがいのガイドラインができる見込みだという。
「カーボンクレジットや温室効果ガス削減は、この1年ほどでようやく地方政府や農家の方々に浸透し、現在は政府や各省でルール化の議論をしています」
今後は実証実験を続けながら農家を指導し、温室効果ガス排出量の測定から認証までのプロジェクトを走らせる。フィリピンは二国間の合意が取れており、小規模なプロジェクトが動き始めている。
実証実験は概ね順調だが、ベトナムは地域によって農家1人が持つ農地面積が異なり、メコンデルタは3~7ha程度、北中部は0.1ha程度とかなりの差がある。クレジットから得られるメリットが少ない人のモチベーションをどう高めるかなど課題も多い。

高井氏によれば、世界の多くの国が温室効果ガス削減に注目しているが、目的が違う。先進国でもEUは環境推進と共にビジネス化にも興味がある。米国はトランプ政権になって環境政策を翻したが、地方政府や企業の単位で推進するケースがある。
「新興国はこれを機会に農業の発展や生産性の向上などを模索しており、どの国でも関心が高いテーマなのは間違いありません」
ベトナム現法のFaeger Vietnamは2024年7月にホーチミン市に設立。しかし、高井氏はベトナム中の農家や地方を巡っているため、1年で330日ほどがホテル暮らしだという。

48ヶ所からEVで移動
連携したクーポンを提供
東急株式会社はビンズン省のビンズン新都市において、「東急多摩田園都市」の開発で蓄積したノウハウを活かして、現地の文化・慣習と融合した街づくり「東急ガーデンシティプロジェクト」を推進している。2012年から住宅や商業施設の開発を進めており、対象となる総面積は約1000haに及ぶ。
それを担うのが当地現法のベカメックス東急であり、2014年からはベカメックス東急バスが公共交通としてバス事業をスタートさせた。
「目指しているのは東急が得意とする、公共交通と一体となった街づくりTOD(Transit Oriented Development)です」
その東急が日本工営と応募して採択を受けたのが、国土交通省の「令和6年度ベトナムにおけるスマート技術を活用したTOD型都市開発の実現に向けた調査・実証検討業務」だ。国土交通省は日本の技術や知見の海外展開を支援しており、多くの分野で助成プログラムを出している。
そこで東急と日本工営、ベカメックス東急、IT企業システムエグゼ子会社のSystemEXE Viet Namの4社で実施したのが、「ビンズン新都市におけるMaaS実証実験」だ。
期間は2025年2月11日~3月9日の約1ヶ月で、対象はSORA gardensなどベカメックス東急が開発した物件に住む住民。ビンズン新都市内(エリア内)に48ヶ所の乗降スポットを設定し、EVデマンドモビリティサービスを実施した。
Zalo内に専用のミニアプリを独自開発し、利用者はアプリを使って乗降スポットからEVを呼び、目的地へと移動する。Grabのような配車アプリを使うイメージだ。MaaSとはMobility as a Serviceの略で、統合されたプラットフォームを通じてユーザーが複数のモビリティを利用するサービスを意味する。
「通常の配車アプリと異なるのは、目的がビンズン新都市住民の生活の質を向上させる、コミュニティサービスにあることです」
そのため、1回の移動でクーポン1枚がミニアプリ内に提供され、エリア内の商業施設のコンビニで1枚1万VND、ピザ店で5万VNDで利用できる。公共交通と生活サービスの連携を強化し、両者の利用を促進する試みだ。
「1ヶ月の実証実験で、我々が予測した以上の結果が出ています」

予想以上の利用者数
ヒアリングで高い満足度
当初はアプリを使う新サービスが1ヶ月で定着するか不安視されたが、プロモーションの成果もあり想定を大きく上回る登録者の獲得に成功した。実証開始から日を追うごとに登録者が増えたことからも、住民の高い関心が伺える。
「乗客数は当初想定を約25%上回りました」
利用者へのヒアリングではサービスの満足度が非常に高く、約9割から「とても満足した」という声が得られた。また、移動実態は新都市内のショッピングセンターやオフィス、マンションなどをつなぐ域内の移動需要が高かった。

「利用者からは7~8㎞先の旧市街エリアへ範囲を広げてほしいという声もありました」
では、利用者はこのサービスにいくら支払うのだろうか。利用者へのヒアリングでは月額50万VNDくらいなら安いと感じるという声も多かった。つまり、乗り放題のサブスクリプションプランで月額50万VNDとなる。
高額とも思えるが、新都市内の移動は配車アプリで片道3万~5万VND程度かかるため1週間分の往復で50万VND程度は必要になる。クーポンなどの特典が付けばもっと割安に感じるはずだ。
ビンズン新都市には日本人をはじめ台湾人、韓国人、中国人など多くの外国人が住んでいる。また、日常的に公共交通を利用して移動している人が、域内交通サポートを求めていることがわかった。
「普段からバイク移動に依存せず、バスや配車アプリを利用している方は今後のコアターゲットになると思います」

サービスの事業化を準備
将来はスマート化を推進
東急は実証実験を終えて手ごたえを感じる一方で、いくつかの改善点も見つかっている。ひとつはUI、UXなどミニアプリの使用性で、操作方法や予約方法がわからないとの声があった。利用者の声を聞きながら使用性を向上させることが必須となる。

ピークの時間帯は予約が重なり、なかなか予約ができないという課題もあった。需要に会った車両数の増強やオペレーションによる対応で改善していく予定だ。
そして、現段階では事業性の検討が始まっている。具体的な金額を設定して、デマンドモビリティサービス、バス乗り放題、商業クーポンなど複数のサービスを組み合せて、コミュニティビジネスの早期事業化を目指す。
「地盤は整っていますし、顧客の獲得に成功したとも考えています。この実証実験が忘れられないうちに実現したいですね」
将来的にはバスの乗降ルートや商業施設の利用状況など各種データの分析によるスマートシティ化も進められる。また、バイクからEVへの転換による、環境負荷の低減効果も期待できる。
例えば、ベカメックス東急バスで運行する路線バスとEVデマンドサービスを統合管理することで、路線バスとEVデマンドサービスをうまく使い分けて移動できる環境を整備する。そうすることで路線バスの運行最適化に寄与し、住民にも交通事業者にも環境にもメリットが生まれる。
「ビンズンでは弊社が日本で培った街づくりの知見を活かして、ベトナムでも先進的な取組みを行ってきました。これからもベトナムでTODを進めていきます」

取材・執筆:高橋正志(ACCESS編集長)
ベトナム在住11年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。
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