2月2日にJCCH(ホーチミン日本商工会議所)が主催する「第2回生活セミナー」が開催された。テーマはベトナムにおける治安と防犯で、2部構成のウェビナーに140名以上が参加。非常に役立つ内容だった。
南部での在留邦人の被害
第1部は「ベトナムの治安情勢と安全対策について」で、講師は在ホーチミン日本国総領事館の高木陽平領事。テト期間中とその前後には犯罪が増加し、日本人を狙った窃盗なども増えるという。故郷への土産やお年玉などのためにお金が必要で、ベトナム人でも注意しているそうだ。
「ポイントは危機意識を忘れないことです。最初にちょっと衝撃的な映像をお見せします」
流れたのはベトナムの公安(警察)が公開している映像。バイクに乗った2人組が女性のバッグをひったくり、女性は倒れて引きずられていく。スリや交通事故の現場写真も写され、犯罪や事故に巻き込まれる恐ろしさが伝わってくる。
ベトナム南部で2020年、在留邦人の被害は46件だった。前年が110件なので半数以下だが、安心はできない。なぜなら、新型コロナで観光客が消えた結果であり、数字は報告された件数だけだからだ。在ホーチミン日本国総領事館が認知していない被害も考えられ、高木氏は被害者からの連絡を呼びかけた。
「実態把握に役立ちますし、情報を集約した注意喚起も発せられます。当局に情報提供をして、重点的なパトロールにつながるケースもあります。ぜひご連絡をお願いいたします」
ひったくりとスリに注意
46件のうち多いのがひったくり28件とスリ10件。被害者は8割が男性で、6割強が旅行者。被害品はカバンやスマホが多く、スマホは特にiPhoneが狙われるという。月別の特徴としては、1~3月は昼間に旅行者がバイク乗りにカバンをひったくられ、4月以降は夜間に在住者がバイク乗りにスマホをひったくられる。
対策は夜間、特に飲酒時はなるべくタクシーを利用し、徒歩の場合は手ぶらで移動する。また、見知らぬ人やバイクとは一定の距離を保ち、周囲の不審な人や車両を警戒する。
「警戒の素振りをするだけでも効果はあります。また、スマホは路上で使わず、やむを得ない場合は道路から離れて、両手で持って隠すようにして使いましょう」
スリでは抱きつきスリに注意。露出度の高い服を着た女性がわざとぶつかってきて、隙を見てポケットやバッグから財布やスマホを抜き取る。スーパーや市場でのスリもある。急に周りに人が集まり、知らない間にポケットやカバンから物を盗み取るなどだ。
対策は所持品から目を離さず、目の届くところで持つ。また、見知らぬ人が近寄ってきたらスリを疑い、体に触らせない、近づかせない。
犯罪者の心理は一度で高額な品物を得たい、確実に成功させたい、捕まりたくない、だそうだ。
「犯人は予め被害者の状態や所持品などを確認し、ターゲットを絞ってチャンスを狙っています。夜間の一人歩き、特に酔っている時は注意してください」
メイドやエアコンの点検者など、来訪者にも注意を払いたい。知っている業者でも念のため管理人に確認したり、部屋の目に付くところに現金や貴金属類を置かないこと。後日に盗まれる危険もあるからだ。
緊急時の対応者の確保
それでも被害に遭ったら、身の安全を最優先で確保する。抵抗したり、追いかけたりせず、周囲の人に助けを求める。犯人は薬物中毒者の場合が多く、抵抗したベトナム人がナイフで刺される事件も発生している。
そして、犯人の特徴や車両ナンバーなどを覚えて、公安に届け出る。緊急通知先は「113番」だ。アパートの管理人や知人のベトナム人に通訳などのサポートを頼もう。また、クレジットカードを盗まれたら早急に利用停止の手続きをし、スマホなら情報流出防止などのために画面をロック、回線やサービス機能を停止する。
「届出が終わった後で構いませんので、大使館や領事館へのご連絡をお願いいたします。お越しいただかずに、メールでも構いません」
新型コロナ禍でのトラブルもあり、酔って歩いていて外国人と喧嘩になった、泥酔して路上に倒れこんだ、テレワークや外出制限のストレスによるDVなどもある。重篤な病気や死亡時の、対処困難も課題となっている。
こうした場合でも渡航制限で日本の家族が来越できず、本人とは会えない。そのため必要な手続きは、ベトナムの関係者とのオンライン対応(電話やメール)となる。
「大抵は会社の同僚や保険会社が対応しますが、該当しないケースもあります。万一の時に頼める人を確保してください」
大切なのは犯罪の現状を知ること。情報収集には在ベトナム日本国大使館ホームページの「安全・医療」、在ホーチミン日本国総領事館なら「安全情報」が参考になる。また、「在留届」や「たびレジ」に登録すれば最新情報がメールで届くようになる。
自宅で現金が盗まれた
第2部は「実録!ベトナム公安24時!」としてErnst & Young Vietnamの小野瀬貴久パートナーが講演し、盗難に遭った2年前の体験談を語った。
小野瀬氏は冒頭、「今、自分の財布にいくら入っているかご存知ですか?」と問いかける。紙幣が数枚抜かれても気付かないという意味で、自身が実感したことだそうだ。
小野瀬氏は2018年11月に日本出張から戻った。財布をベトナム用、日本用と分けており、クローゼットの引出しに日本用の財布をしまう。その数日後、金額が減っていた。
「気が付いたのは少なかった日本円がさらに減っていたからです。ベトナムドンだけだったらわからなかったと思います」
12月にセキュリティカメラを購入。スマホの充電プラグに似たタイプで、青く光る部分がカメラのレンズだ(写真参照)。設置して調べると、部屋の清掃などをしているメイドが犯人とわかった。
「現場を押さえることとし、総領事館にも相談、犯行後の犯人に見せる書類も用意しました。あなたの行為は承知している、今まで盗んだ金額を書いて、サインしてほしいというベトナム語の文面です」
小野瀬氏は日系警備会社にも連絡。全面的な協力を得て、日本人のみならずベトナム人ガードマンも派遣された
Security Camera
警察署での事情聴取
1月上旬に小野瀬氏と日系警備会社が待機し、引出しにはシリアルナンバーを撮影したUSDとVNDの紙幣を入れた。その後、清掃を終えたメイドをエレベーターホールで待ち、ガードマンが問いただす。
するとこれまで盗んだ回数や金額を話し始めたが、小野瀬氏はその金額が少ないと感じた。相談して警察に通報することとなり、10分程度で公安が到着。犯行現場を確認したい意向もあって、小野瀬氏の部屋を視察した。
その後は皆で警察署に移動し、取調室での事情聴取が始まった。メイドはやはり窃盗を繰り返しており、盗んだ合計金額は約2750万VNDと自供した。その後で小野瀬氏とガードマンの聴取となり、通訳はアパートの管理人がサポートした。
「2つの選択肢があると言われました。①は犯人と被害者が同意して分割返済をする、②は警察が拘束して犯人が裁判を受ける。その場で決めて、その後で①と②の変更は認められないとのことでした」
①では犯人は罪に問われず、返済が滞っても警察は関与しない。②は法によって処罰されるが、返済されるとは限らない。小野瀬氏は迷った末に②を選んだ。犯人とは返済の時でも顔を合わせたくないのが最大の理由だ。全てが終わって解放されたのは、夜の11時頃だった。
「公安には感謝しかありません。本当に皆さんが親切で頼もしかった。また、それまで総領事館に勝手に感じていた敷居の高さにも猛省です。相談してよかった」
失う物が何もない人たち
ここからは後日談。メイドは派遣会社に雇われており、後に小野瀬氏が連絡すると派遣会社は返済を申し出た。警察署内で、盗まれた全額が支払われたという。また、裁判に来てほしい旨の通知書が届き、小野瀬氏は傍聴した。
小野瀬氏には忘れられないシーンがあるという。
「日本のTVドラマでは容疑者にかつ丼を出しますが、ベトナムではバインミーのようです。メイドはそのバインミーを食べながら、TVを観て微笑んでいるように見えました。私が同じ立場なら何も喉を通らず、TVを観る余裕さえありません」
本件を相談した領事から当初、「世の中には失う物が何もない人もいる。気を付けて」と言われたそうだ。犯罪を犯して捕まれば、仕事、家族、財産、地位など多くを失うのが普通だが、それを気にしない人がいるというのだ。
「私の常識と異なる考えを持つ人がいると教えられました。その前提で危機感を持たなければならないんですね」