最低賃金の引き上げに関する長期ロードマップにおいて、出発点となった最低賃金が低すぎたことと、この2年近くの最低賃金引き上げの見送りによって、現在の最低賃金は非常に低く設定されている。
「最低限の生活水準」という概念は、最低賃金が単純労働をおこなう労働者とその家族の最低限の生活水準を保証するという目的の下、2012年5月から発効された労働法第91条において、初めて法律的に規定された。毎年、政府は、全国賃金評議会の助言に基づいて、地域ごとの最低賃金を公表している。
しかし、10年近くたった現在でも、最低賃金は最低限の生活水準に追いついておらず、生活賃金を大きく下回っている。直近の最低賃金改定は2020年初頭で、地域Ⅰ(4地域で最も高い地域)の最低賃金は442万VNDで、労使関係研究センターの調査によれば、最低限の生活水準の95%、生活賃金の59%に過ぎない。
過去2年間の感染拡大によって、労働者は多くの医療費を負担し、物価も上昇したが、最低賃金は上昇せず、最低限の生活水準とのギャップがさらに広がっている。労働組合研究所の試算によると、2021年の給与額と最低限の生活水準のギャップは10%以上に拡大している。
長年にわたって最低賃金が改定されてきたにもかかわらず、思ったほど上昇していないことにはいくつかの理由がある。ベトナム労働総同盟の元副主席で、2013年から2018年まで全国賃金評議会の副議長を務めたマイ・ドゥック・チン氏は、まず第一に最低賃金の出発点が低くすぎたと指摘する。
チン氏によると、2013年に労働・傷病兵・社会省、ベトナム労働総同盟、ベトナム商工会議所(VCCI)で構成される全国賃金評議会が初めて開催され、2014年のエリアごとの最低賃金を調整した。その当時、地域Ⅰ(ホーチミン市、ハノイ市、ビンズン省など)の最低賃金は235万VNDで、労働総同盟の試算では最低生活水準の70%しか満たしていなかった。
そのため、労働組合側は2014年の最低賃金を2013年から30%(70万5000VND)引き上げる必要があると提案した。チン氏によると最低賃金の改定には、最低生活水準、消費者物価指数(CPI)、GDP成長率という3つの重要な要素がある。もし2014年の最低賃金を最低生活水準(当時305万5000VND)に引き上げていれば、その後は、CPIとGDP成長率のみに基づいて最低賃金の改定が可能であった。
しかし、労働組合側の提案に対して、VCCIと労働省は、賃金コストを突然上昇させると企業側はコスト負担に耐えられないとして反対した。その後の度重なる交渉の末、2014年の最低賃金は2013年から僅か15%アップの270万VND(地域Ⅰ)で決着した。これは、組合側の要求したアップ率の半分程度にしか至っていない。
チン氏は、「最低賃金と最低生活水準には依然として15%の差が残りました。」と指摘する。そのため、その後も最低賃金の改定時にはCPIとGDPの上昇率よりも多少高い調整が行われてきたが、実態には追いついていない。それによって、10年かけて最低賃金を調整しても最低賃金と最低生活水準の不均衡が是正できていないのだ。
第12回中央執行委員会の議決27号では、2020年までに、最低賃金は、最低生活水準を保証するものにすると明言している。しかし、2020年の最低賃金上昇率は、期待されたほどではなく、その後2年間も改定が見送られてきた。
労働組合研究所の元所長で、全国賃金評議会の元メンバーでもあったブー・クアン・トー准教授は、労働者の代表と企業との交渉に隔たりがあるのは、2012年にその概念が明文化されたにもかかわらず、最低生活水準を規定する第三者機関が未だに存在しないことだと指摘する。
最低賃金の交渉前に労働組合側は、セミナーを開催したり、労働者の生活水準を調査して、最低賃金の引き上げを要求した。しかし、労働総同盟の提出した水準は、VCCIによって反対された。例えば、組合側は、子供の養育費用は大人の支出の70%と主張したが、企業側は50%を主張した。労働者の1日の必要摂取カロリーについても組合側は、国立栄養研究センターのデータを基に2300kcalを主張したが、企業側は、2000kcalを主張した。
また、チン氏によると2019年の労働法は、『企業の支払い能力』を最低賃金の構成要素の一つと規定しているが、『企業の支払い能力』を測定するツールが不足している。「経営者が自ら給料を引き上げる余力が十分にあると声をあげることはめったにありません。」とチン氏は話す。多くの業種が好調な業績であるにもかかわらず、最低賃金の引き上げには難色を示す。
労働省の元副大臣で全国賃金評議会の元議長(2013年~2016年)でもあったファン・ミン・フアン氏は、2013年から2016年にかけて最低賃金は急速に引き上げられた(13~15%程度)が、その後は2017年(7%)、2018年(6.5%)、2019年(5.3%)、2020年5.5%と上昇率が低下したと指摘する。
当初は、以前の最低賃金が非常に低いことを考慮に入れて、引き上げ額が検討された。しかし、最低賃金の急激な上昇は、ベトナムの輸出産業、特に労働集約型の輸出産業である縫製業、履物製造業などの競争力に大きな影響を与える。
「VCCIが最低賃金の0%アップを提案したとき、労働組合側は遥かに高い賃上げを要求しました。労働省は、労働者の生活を保障するのに適切な賃金ベースと企業の適切な支払い能力を評価する責任があります。」とフアン氏は話す。
別の観点から、労使関係研究センターのドー・クイン・チー所長は、他国の経験から、最低賃金が緻密に制度設計されていれば最低限のレベルにいる労働者の生活を保護することにつながり、労働者が極端に低い賃金で搾取されることを防ぐことができると指摘する。
「労働組合の強い国では、政府は高すぎない一定の水準を規定するだけで、工場労働者の生活水準を維持する給与の交渉は、労働組合と経営者の交渉に任されています。」とチー所長は話す。
出典:21/03/2022 VNEXPRESS
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