世界中に拡大を続ける新型コロナウイルス感染。日々更新される膨大な情報の中で、我々は何を考え、どう対応すればよいのか。ラッフルズメディカルホーチミンの総合診療医である、中島敏彦氏が語る(情報は全て3月9日現在のもの)。
基本的な感染の知識
―― 新型コロナウイルスとは何でしょうか?
中島 コロナウイルには人に日常的に感染する風邪のウイルスが4種類と、重篤な症状を引き起こす3種類のウイルスが知られています。ほとんどの子供は6歳までに風邪の原因となるコロナウイルスに感染しており、風邪の原因の10~15%と言われます。
残り3種類のうちの2種類は、以前から知られている重症肺炎ウイルスの「SARS」(重症急性呼吸器症候群)と「MERS」(中東呼吸器症候群)で、最後の7番目が今回発見された新型コロナウイルスです。
感染力では、1人の患者が感染させる数(基本再生産数)は2~3人程度で、インフルエンザとほぼ同じ。ただ、流行の状況により異なります。感染経路は主に1~2m以内の飛沫感染と接触感染で、目、鼻、口から入り込むと考えられています。病原体に感染してから体に症状が出るまでの潜伏期間は、1~14日と言われています。
―― 致死率はどのくらいでしょうか?
中島 中国で診断確定された感染者5万5924例(2月20日まで)の、解析結果をWHO(世界保健機関)がまとめています。このレポートによると、症状の重症度は20%ほどで13.8%が呼吸困難など重症化し、6.1%が呼吸不全や多臓器機能障害・不全などの致死的症状となり、死亡率は3.8%です。感染者の80%は軽い風邪の症状で、1週間から10日ほど、長くて3週間程度で回復しています。
これまでの例を見ると、SARSは感染力は強くありませんが、致死率は高めでした。新型コロナウイルスは逆で、感染力は強いが致死率は低い。新型コロナウイルスに近いのはインフルエンザです。
レポートでは、感染後に平均5~6日で、発熱(87.9%)、空咳(67.7%)、倦怠感(38.1%)、たん(33.4%)、息切れ(18.6%)などの症状が出ています。
確実ではない検査結果
―― 検査でウイルスの有無を判断するのですね?
中島 患者の鼻や喉の粘膜から検体を採取して行う、「PCR検査」です。しかし100%正確ではなく、感度(検査で「陽性と判定されるべきものを正しく陽性と判定する確率」)は70%以下とも言われています。
そのために「偽陰性」や「偽陽性」も起こっています。偽陰性は本当はウイルスがいるのに陰性という検査結果なので、隔離されずに周囲に感染させてしまう。偽陽性は逆なので、結果として必要がないのに隔離されることになります。
感染者が非常に多い状態であれば、疑わしい人をCTスキャンで調べる方法もあります。今回であれば、新型コロナウイルス感染症が物凄く流行している地域に住んでいて、かつ呼吸障害が出現している人なら適応になると思います。
PCRやCTスキャンなどの検査を行う前に、「どれぐらいターゲットとなる病気(今回は新型コロナウイルス)を持っている見込みが高そうか」をまずは判断します。その見込みを検査前確率といい、医師が渡航歴、陽性患者との接触歴、症状、患者の所属するコミュニティにどれくらい多くウイルスを有する人がいるかなどを問診して、検査するか否かを判断します。新型コロナウイルス感染症では国や地域ごとに流行状況が大きく異なるため、この確率は大きく変動します。
中国の武漢では、PCR検査では正確な判断ができないとCTスキャン検査を導入し、結果として症例数が急激に増えたように見えた時期がありました。これによりかなりの人に適切な治療が導入され、救われたものと思います。
―― 各国の対策は機能しているのでしょうか?
中島 先ほどのWHOのレポートでは、1月1~10日に発病した患者の致死率は17.3%ですが、2月1日以降は0.7%とかなり下がっています。また、武漢にある新型コロナウイルス向けの臨時病院の全てが、3月中に役目を終えられそうとのことです。次第に医療体制が整い、適正な人員配置ができたことで、感染を制御できる目途が付いたのでしょう。
武漢で急速に感染者が広がった当時は、数が多すぎて全ての対象者の検査や隔離ができなかったと思います。対策する側をバッターとすれば、100個の球を一度に投げられたようなもので、どんな強打者でも打てません。しかし、1球ずつならば打ち返すことができる。これを今続けているのがベトナムです。
こうした感染への対応は流行状況で異なります。各フェーズに合わせた対策になり、例えばベトナムと日本では異なっています。
フェーズに合わせた対策
中島 今回の新型コロナウイルスには、確実な治療薬やワクチンなどがまだありません。そのためまずは「感染しないこと」と「感染させないこと」、そして「感染してしまった場合には重症度に応じて適切に治療(対症療法)を行うこと」が重要になります。
ベトナムの感染者は今まで30人程度。感染者がまだ少ないので行動や症状をクラスター(集団)で考えられるため、渡航歴や接触歴、症状などから疑わしい人を隔離して検査する、水際作戦で対応しているのです。ベトナムは実に手際が良いと思います。
しかし、感染者が百人単位の日本では感染者クラスターを追えない状態です。複数地域にクラスターがあり、感染経路が明らかではない患者が散発的に発生しています。水際作戦の段階は終了して、今後は感染拡大の増加スピードを極力抑制すること、拡大してしまった場合の重症者対策を中心とした医療体制などの準備をしておくことが大切です。
前頁の表に各フェーズがありますが、ベトナムは1~2の間、日本は3~4の間でしょう。対策は国の事情でも異なります。ベトナムは強権を使えますが、日本は違うので国民に協力してもらう形ですし、地政学的な状況や国の経済状態によっても変わってきます。
―― 私たちはベトナムと日本の状況を日々追っています。
中島 在越の日本人は2国の情報を同時に収集しているので、かえって混乱することが多いのではないでしょうか。状況も対策も異なっているので混同してしまう。両国の情報は分けて考えるべきです。
企業の安全配慮義務
―― 日系企業も新型コロナウイルス対策を講じています。
中島 最終的にはトップの判断で決まるのでしょうが、まずはベトナムのルールを守ること。そうでないと従業員の労働許可証が取り消されるケースもあり得ます。そして、先ほどのようにベトナムと日本の情報を完全に分けて考えること。
もうひとつ重要なポイントは、日本の企業には従業員への安全配慮義務が課せられており、ベトナムの支社にも適応されることです。安全配慮義務とは、働く従業員が危険にならないよう企業が配慮すべき義務であり、「労働者の生命、身体等」の安全確保になります。
アルコール消毒、手洗い、マスク着用の励行、体温の検温、オフィスや工場内の清掃、出張の中止などを行っている企業は多いと思います。加えて、安全配慮義務として日本の産業医に相談することをお勧めします。
―― 日本にいる産業医ということですか?
中島 はい。産業医をはじめ、衛生管理者や労働安全衛生担当職員などを含めた産業保健スタッフですね。新型コロナウイルス対策全般の知識、感染予防対策や管理方法、社員の健康状態に合わせた配慮などで、特に糖尿病、心疾患、呼吸器疾患など基礎疾患がある場合には重症化しやすいので、過去の健康診断のデータなどでこうした社員を把握し、必要な配慮を検討しておくのが重要です。
―― 新型コロナウイルスは終息に向かうのでしょうか?
中島 短期間での解決は難しいと思います。仮に終息したように見えても、しばらく経った後にぶり返す恐れもあります。また、アメリカの企業がワクチンを開発して、臨床試験を始めるそうですが、残念ながら現時点では予防薬や治療薬はまだありません。
個人でできる感染予防対策はインフルエンザと同様でしっかりとした手洗い、人に感染させてしまわないようマスクによる咳エチケットなどです。そして、十分な食事と睡眠を取って免疫力を上げてください。