2019年のGDP成長率は7.02%と、ベトナム経済は絶好調だ。なぜこの成長が続いているのか、懸念材料は何か、日系企業はどう動くべきなのか。各分野の専門家が2019年のベトナム経済を振り返り、今後を予測する。
経済成長は間違いなく当分続く ベトナム人の行動規範を学べ
ベトナム三菱商事
社長
舩山 徹氏
経済成長が止まらぬ理由 信用格付けは不当に低い
舩山氏は三菱商事に入社後、1992年にハノイ総合大学に入学。卒業後は1996年から2年間ハノイ事務所に勤務した。その後日本で経営企画、秘書、市場開発部門に長く携わり、2016年4月にベトナムに赴任して現職となった。
長年ベトナムをウォッチし続ける同氏はベトナムの経済の強みを、約7%というGDPの成長率、タイ、インドネシア、フィリピンなどと比べて低いものの過去最高の約700億USDとなった外貨準備高、ベトナムドンの為替相場の安定等と語る。
「個人消費の堅調な伸び、続伸するFDI(海外直接投資)、CPI(消費者物価指数)の安定もベトナム経済を牽引しています」
逆にリスクとなっているのは政府手続きの遅延や、サムスンなど外国企業に依存する輸出構造。大手格付け会社のムーディーズが昨年10月、ベトナム政府の格付けを引き下げる可能性を発表した。その理由がまさに政府による債務支払の遅延であり、制度上の問題があるとしている。
信用格付けでベトナムは、好調な国内経済や経常収支黒字による外貨準備高の増加等から、徐々にそのランクを上げてきた。それでも大手格付け会社の評価では、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアよりも下で、バングラデシュと同程度だ(表1参照)。
「不当に低い評価だと思います。日本の銀行関係者も『政府の手続き上の不備であり、格付けが下がる可能性は低い』としていますが、私も同意見です。遅延の理由は、ベトナムは個人でも法人でも『報・連・相』が弱いためでしょう」
舩山氏はこう分析する。ベトナム人は自分のネットワークは資産であり、誰かに渡したり、引き継ぐものではないと考える。特に役所では、家族や知人との予定を優先し、業務上の遅延があっても割り切って翌日に仕事を回す人も多い。報・連・相がないから遅延が生じてしまう。
ただ、手続きの遅延に対しては政府が簡素化に着手しており、輸出の問題では工業化のために裾野産業の育成を進めている。
PPPを始めてインフラ整備を 抜本的な産業政策が必要
他の課題には、民間金融機関の不良債権率の高さと、公的債務残高が依然として高水準なこと。対策としては、財務省と中央銀行の機能を強化させ、官民連携で公共サービスを提供するPPPの法整備を急ぐべきという。
「PPP法案は国会で審議されていますが、政府と民間企業でインフラ事業を行うPPPが進めば、飛躍的にインフラ整備が進むと確信します。日本は戦後に官民が一体となって自国を輸出国へと押し上げましたが、ベトナムではこれからです」
大気汚染や水質汚濁などの環境問題もある。最近ではハノイやホーチミン市などが世界的な大気汚染都市との報道もあり、海外からの投資にはマイナス要因だ。ただ、東京も光化学スモッグなどの大気汚染で苦しんだ後、環境庁が設立され、日本は環境先進国へと変わった。ベトナムも本気で環境改善に取り組み始めたところであり、日本と比較するとユニークな見方ができるという。
「日本の公害の時期とは約40年の差があり、今年ハノイで初めて開催されるF1の日本での初開催が1976年で約45年前。45年前の日本が7%で思い切り経済成長している姿が、今のベトナムの気がします」
今後について舩山氏は、「GDP7%は間違いなく当分続く」と語る。米中貿易戦争では「漁夫の利」を得ており、FDIの拡大も経済を支える。ただ、長期的にはどうか。1993年以降の四半世紀でベトナムGDPは、約18倍の約2400億USD(2018年)と劇的に成長した。
だが、その大きな要因はFDIの大幅な増加と土地価格の値上がりだと指摘。ベトナム経済は表面的には順調に伸びている一方、工業化を目指しているものの基盤産業は見当たらず、経済の急成長にインフラ整備が追い付いていない。
「本当の経済の体力を付けるのはこれからです。ベトナムはこれから間違いなく物心共に豊かな国になるでしょうが、そのためには抜本的な産業政策が必要です」
東南アジアの中でも特に成長が著しいベトナム。GDPは日本の18分の1程度だが、逆にまだまだ伸びしろがあり、これからがチャンスだ。
ベトナム成長の基盤とは? 日系企業が考えるべきこと
ベトナムの経済成長を支える基盤には、「変わらない行動規範」があるという。それはベンチャー企業のスタートアップで出会う、酒など飲まずに夜昼なく働く、新しい世代の若者であっても同様だそうだ。
ひとつは恩の貸し借り。Cảm ơn(ありがとう)の意味は「感恩」であり、日常的に恩を遣り取りしている。また、儒教と仏教が融合した生活様式から、家族を大切にし、年長者を敬い、同郷人とのネットワークを尊ぶ。そのため、恩を介して縁に広がる、「恩」と「縁」(血縁・地縁)による結束の強固なグループが、あらゆるところに複層的に存在しているという。
そのため舩山氏は、「ベトナムでは物事がなかなか決まらない」、「ベトナム人は約束を守らない」と嘆く外国人に、「先方が所属する『縁』のグループに、『恩』が行き渡っていないからだと思います」と伝えているそうだ。
こうした特徴は知恵や独自性を生む一方で、舩山氏による「3つのC」(表2参照)の課題ともなる。今後はこれらの解決を本気で考えるべきであり、一方の日本は「Slow」が最大の問題。企業には意思決定のスピードアップと大胆な決断が求められる。
「ベトナムの強味と弱味は日本と表裏一体な面が多く、加えて日本には様々な経験値があります。互いに補完し合えば良い解決方法が見つかると思います」
安定成長が生み出す絶好調 進出日系企業に3つの特徴
ジェトロホーチミン事務所
所長
比良井慎司氏
堅調なFDIが成長の一翼 韓国と中国の投資が増加
ジェトロシンガポール事務所、在トルコ日本大使館勤務を経て、ジェトロホーチミン事務所の所長に就任した比良井氏。
ベトナム経済は2019年1~9月のGDP成長率が6.98%と相変わらず高く、物価や金利、インフレ率にも格段の影響は見られず、外貨準備高は過去最高の700億USD以上となった。
また、中長期的に続くかは要注意だが、対米輸出は前年同期比で27.6%も増加(2019年1~9月期)。輸出においては、地場企業による家具、履物、縫製品など海外からの受託生産が増加傾向にあることも朗報だ。
「FDIは製造業が牽引し、件数は1574件で21.4%増、認可額は123億8530USDで28.1%増と共に好調です(2019年1~9月期)。よく成長率が7%を超えるかどうかが議論されますが、7%前後での継続が大切で、今のベトナム経済は絶好調と呼べるでしょう」
FDIで目立つのは韓国と中国だ。拡張投資が顕著な韓国が件数と認可額ともに首位となり、中国からの投資が急増(表1参照)。中国は2019年1~6月の認可額では韓国を抜いてトップだったそうで、加えて本土だけでなく香港経由の対越投資も増えている。ホーチミン市周辺省の工業団地では中華系企業の視察や問合せが増えて、視察直後に前金を払って入居を決めた企業もあるとか。
「1988年からのFDIの累計を出すと、件数でも認可額でも韓国がトップですが、中国は件数で4位、認可額で7位なのです」(表2参照)
北部・南部共に積極投資 国際的な地位向上を狙える年
世界経済低迷の原因とも言われる米中貿易戦争などの環境変化が起きても、ベトナムへの投資環境はアグレッシブだ。JETROによれば、ハノイ(北部から中部)では、日系製造業は国内販売が好調で、段ボール工場、梱包材工場、自動車部品工場などの新設が相次いでいる。南部ではホーチミン市だけでなく、ビンズン省やバリア・ブンタウ省などでも工場設立への動きがある。
非日系は、北部ではサムスンがスマホの生産を中国からベトナムに移管し、ハイフォンやクアンニン省などでは中国企業の進出が増加。南部では縫製、衣料、履物では韓国系、タイヤ製造、ゴム製造、ステンレス加工などでは中国系企業の拡張が目立った。
「ホーチミン市はGDPの約4分の1を稼ぎ出していますが、南部の他の省も元気です。私は南部の22省を回り、ほとんどの人民委員会と会合と持つと同時に、各地域を視察してきました」
そこには新しい事業を起こしている人が多くいて、とても活気を感じたという。例えば、ドンタップ省では米粉で作った「ライスストロー」を量産しており、アンザン省ではメロン栽培に挑戦。1つのメロンを大きくするために取り除いた周囲のメロンを、漬物にして再活用するなどの知恵も出ていた。
「ポテンシャルはとても高いです。ただ、地方からの輸出を考えるとホーチミン市のカットライ港が中心、あるいはバリア・ブンタウ省のカイメップ・チーバイ港しかなく、選択肢が少ないことが残念です」
2020年のGDPは政府目標で6.8%、ADB(アジア開発銀行)の予測で6.7%。1人当たりGDPではホーチミン市が6584USDと、全国平均の2552USDを大きく上回っている(2018年)。2020年末には9800USDになるという予測もあり、今年以降の経済も期待できそうだ。
国際的なポジションも高められそうだ。昨年11月にはタイからASEANの議長国をバトンタッチされ、2020年と2021年は国連の安保理非常任理事国になる。今年は世界に地位向上をアピールできる年なのだ。
「現在の政府の10ヶ年の戦略が2011~2020年ですから、次の2021年以降の計画が見えてくる年にもなりますね」
ただ、不安もある。世界経済を考えると米中が貿易摩擦で当座の合意はしたものの今後は不透明。ADBや世界銀行は多くの新興国の成長見通しを下方修正しており、ベトナムは含まれていないものの、全体的な下降が予測される中で1国だけ突出できるかはわからない。
日系企業の投資動向 大都市では日本人が急増
今は第3次ベトナム投資ブームとも言われているが、進出日系企業には3つの特徴があるという。それは、「多様な業種」、「中小企業」、「地方への進出」だ。2018年の日本からの新規投資を業種別で見ると、認可額では製造業が77%を占めているが、認可件数では製造業が25%、小売・流通が22%、コンサル業が18%とサービス業の多さがわかる(グラフ参照)。
また、JETROによれば、2018年の製造業の新規投資では初進出の企業が56%、拡張など既進出の企業が44%で、初進出の企業のうち86%が中小企業。そして、製造業の新規投資では、南部ではタイニン、ビンフォック、ハウザン、ビンロン、ベンチェ、ティエンザンなど各省に進出先が広がっている。
もうひとつのトピックは在越日本人の急増だ。2018年10月1日現在、ホーチミン市の在留邦人数は1万1581人で5年間で倍増、特に前年比では30.6%増、ハノイは7752人で前年比24.3%増で、世界で1位と2位の増加率ではないかと比良井氏。ベトナムは今、「日本人が来たがっている国」なのだ。
ただし、ベトナムの経済規模(GDP)は25兆円程度であり、埼玉県のそれより少し大きいくらいの市場。消費も旺盛で進出意欲が高まるのはわかるが、過度の期待は禁物という。
「発展スピードが速いと社会に様々な影響を与えますが、ベトナムは経済と社会がうまく運営できていると思います。経済は順調に拡大し、日系企業の進出も増えるでしょうが、賃金の上昇や労働力の確保など課題が多いことも忘れないでください」
急増するベトナム企業とのM&A 日系企業の伸びしろはこれから
EYベトナム
日系企業担当インドシナ統括パートナー
小野瀬貴久氏
内需狙いで多様な企業が参加 ベトナム側も売却意向あり
EYベトナムで2011年から、日系企業への会計監査、税務アドバイス、M&A、アドバイザリーなどを担当してきた小野瀬氏。2016年には日系企業担当インドシナ統括パートナーに就任した。
この数年でEYの顧客は急増しており、特に注目されているのがM&A(企業の合併・買収)だ。ベトナム全体でも伸びつつある(上のグラフ参照)。日系企業がベトナム企業を買収するケースも増え、取引先企業や国営企業など買収先が決まっている場合もあれば、EYベトナムが企業選びから相談を受ける場合もある。
「狙いはベトナムの内需です。輸出向けに進出した企業が内需向けに事業形態を変更したり、市場開拓のための新規進出、さらにはM&Aでの進出など進出形態は様々ですが、多くの企業がベトナムのマーケットに参入し始めています」
現地企業の買収は、いち早く市場でのシェアを高める有力な方法であり、日系企業ではマジョリティーが取れることを条件にしている企業も多いという。未進出の企業より既出企業の案件の方が多く、企業の業種や規模は様々で、以前と比べて特徴が見つけられないほど広範だそうだ。
買収の対象となるひとつは国営企業だ。ベトナム政府は国営企業の民営化を進めており、現在では2020年末までに97社の民営化を予定している。
最近はファミリー企業の売却も増えている。一代で事業を起こして規模を大きくした企業で、「事業の売りどき」と考える経営者が多いそうだ。EYは日系企業など向けの「バイサイドアドバイザリー」だけでなく、自社を高く売りたいベトナム企業側の「セルサイドアドバイザー」に付くこともあるという。
他国と比べて少ないM&A PMIが苦手な日系企業
日系企業のM&Aを他国と比較する場合、小野瀬氏はユニークな視点から現状を読んだ。年間の輸出額と輸入額の合計を国の「経済活動量」と考え、M&Aのディール(取引)総額の割合を算出したのだ。その結果、日系企業のM&Aは米国で約14%、他の地域でも5%程度だが、ベトナムでは0.5%しかない(表参照)。
「8年半前の赴任当時、日系企業によるM&A案件で弊社が担当させていただいていたのは年に数件程度でしたが、現在は本日も4~5件の案件が同時に走っております。それでもまだ、他国と比べると圧倒的に少ないのです」
また、対越投資の内訳からM&Aと考えられる「出資・株式取得」に注目して、投資額全体からの割合を出した。日本、韓国、中国+香港で比べると、2016年から2019年10月までどこも急増しているが、日本はまだ低調だ。
「日系企業はM&Aのための資金は潤沢ですし、将来の伸びしろは十分にあるということです」
ただ、世界中の企業がベトナムでのM&Aに着目しており、日本も入札で他の企業に負ける場合や、条件が折り合わずにご破算となるケースもある。
この要因なのかは不明だが、日本企業はM&Aを「結婚」、他国の企業は「恋愛」と見ているようだという。正式な結婚よりも恋愛なら気軽に付き合え、別れるときのハードルも低い。
「すなわち一種の投資と考える外資系企業も多いですね。経済成長が堅調なベトナムでは、極端な話明日は今日より高く売れますから」
M&Aに成功しても、PMI(Post Merger Integration:成立後の統合プロセス)に手こずる日系企業が少なくない。統合によるシナジー効果を効かせるには、PMIによる真の意味での企業統合が必要だが、それが難しい。
ベトナム企業、特にファミリー企業は会社の運営や仕事の進行が独特で、例えばコンプライアンスの問題だ。日本企業はコンプライアンスの遵守を大切にしているが、時代や場所も異なる現在のベトナムで、どのようにコンプライアンスを遵守してもらうかにもコツが必要。それらの企業にどのように日本式コンプライアンスに対応してもらうか、さらにはどのようにシナジーを働かせていくか、それがPMIだという。
「例えば日系企業が外国企業に買われたとします。自分の上司が急に外国人になる。その上司は日本語も英語も話さず、通訳を介して説明する。仕事のやり方は、従来我々が正しいと思っていた日本式とは全く違う。一方で日本側にはこれまでの実績もプライドもある。こうなると一緒に仕事をするのは難しいですよね」
統合後の組織作りや将来像を描き、事前に実現の方法を考える。ビジョンを共有し、従業員の気持ちが通じ合うようにする。そうすればM&A後も、もっとスムーズの企業経営ができるはずだと主張する。そのためにもPMIは重要なのだ。
生活は良くなるというマインド イノベーション企業が現れるか
小野瀬氏はベトナムの経済成長は、「今日より明日は良い日になる」という国民マインドも影響しており、経済は当然伸びるという意識が実体経済を押し上げていると語る。
「個人的な実感ですが、高級レストランで食事する人や高額な商品を買う人は、給与の上昇率よりも増えていると思います。これは以前の日本と同様に、『給与は上がるもの』と無意識に思っているからではないでしょうか」
今後のベトナムはFDIに頼らず、自国でイノベーションを起こせる国になれるかどうかがカギという。イノベーションとは必ずしも革新技術の開発を意味せず、インドネシアの「GOJEK」を例に挙げる。ベトナムでは配車アプリの「Go-Viet」で知られるが、本国では部屋の清掃やマッサージなどサービスが多岐に渡り、完全なプラットフォームとして機能している。
「Grabなどプラットフォームを確立しつつある企業も出てきていますが、ベトナム企業でもこうした企業が現れるかどうか。ビングループやベトジェットエアなどの国を代表する新しい企業も増えているので、今後もベトナム企業の活躍にも期待しています」