ベトナムで歯科のボランティア活動を続ける幾島章仁医師。2つの歯科医院を開業する一方で、ハノイ、チャビン省、ラムドン省などで学生教育や歯科プロジェクトに携わる。この十数年の変化とこれからを語る。
南北での歯科ボランティア
―― 歯科ボランティアの内容を教えてください。
幾島 後輩がボランティアチームのリーダーしていたのがきっかけです。JAVDO(日本歯科ボランティア機構)のメンバーとして、2012年から毎年のように参加しています。
日本から20~30人の歯科関係者と一緒に訪れるのですが、最初は南部ビンロン省での、小学生を対象とした歯科治療でした。見たことない光景に驚きました。口の中は虫歯だらけで、乳歯の抜歯が主な治療になったのです。
2回目は北部の山岳地帯で状況は同じです。虫歯を抜歯をすると共に予防活動も始めました。そして帰国した後、業界誌にベトナムでの院長募集の求人広告を見つけました。医療法人社団の大伸会がハノイで歯科医院を作る内容です。ベトナムには十分住めますし、開業と経営の経験もあるので、応募して採用となりました。
ただ、会計などは日本と異なりますし、ライセンス取得は初めてです。依頼したコンサルタントも未経験だったので、二人三脚で約半年でライセンスを取得し、2016年7月にハノイ三国歯科を開院しました。ハノイで3院目の日系歯科医院でした。
経営が軌道に乗る1年半ほどは院長として診療し、その後はマネジメント業務に専念しながらベトナムの大学歯学部やローカル歯科医院での教育を始めました。

―― 歯科についての教育活動ですか?
幾島 はい。開院の目的はベトナムの歯科への貢献であり、そのための拠点として作ったのがハノイ三国歯科です。大学や歯科医院へのサポートは当初からの計画でした。
当時は歯学部や歯科大学が少なく、教育システムも確立されていませんでした。日本では学生教育、治療、大学院での研究が3本柱ですが、こちらは研究の部分がほぼなくて歯科医師を卒業させるだけ。そのため医療レベルが低く、主に教えたのは日本では当たり前の基礎教育と予防歯科でした。ベトナムには定期検診や歯磨き指導などの歯科予防もありませんでした。
2017年11月にはハノイ三国歯科2を開院しました。既に立上げの経験がありましたから、コンサルタントには依頼しませんでした。ここは歯科医師も患者もベトナム人で、ベトナム人医師を指導して開業しました。
ベトナム人歯科医師を面接、指導する中でローカルの歯科事情をより入手でき、レベルの差を一層感じました。専門家だからわかる器具の消毒の不徹底や、必要なはずの機器や材料がないなどです。
次に南部チャビン省に新設されたチャビン大学歯学部で、学生教育をするようになります。2018年に大伸会に依頼があったためで、2019年4月から非常勤講師として基礎知識、予防歯科、ベトナムにない治療方法などを教えました。
これがチャビン省に評価されて、2020年4月からの感染症予防対策プロジェクトが発足したのです。

―― ご活躍の場がどんどん拡大していますね。
幾島 学校検診がないための日本の学校歯科保健の技術移転が目的で、チャビン大学歯学部が同地域の小学校で、年1回の歯科検診や年2回の口腔ケア指導をしています。期間は5年間で今年3月で終了しますが、新期が始まる予定です(取材時)。
歯学部の学生に社会貢献に興味を持ってもらうことも大事な目的です。大学歯学部の定員は100人程度ですが、私立大学の参入もあり、この10年で歯学部が増加した結果、地方では歯科医院が2倍、3倍に増えていると感じます。
ただ、やはりまだ基礎と予防の知識が少なく、妊産婦や高齢者向けの歯科治療や、食育の概念もない。学生時代からこうした知識と社会貢献への意識を持ってほしいと思います。
このプロジェクトを通じて株式会社HOLUSから、他の地域での口腔衛生活動について打診されました。同社のベトナム現地法人であるAGRIEXはラムドン省で農産物の栽培と食品製造を手がけ、日本に輸出しています(弊誌2024年6月号参照)。
AGRIEXは以前より近隣の孤児院などを支援しており、現在は複数の孤児院や小学校で定期的な歯科検診とフッ素塗布をしています。私は2024年5月にラムドン省に着任し、これらの活動を手伝いながら、チャビン省のプロジェクトでは年に3回、各1週間程度の指導をしています。

医療ベトナム語試験に合格
―― 医療ベトナム語試験の話を聞かせてください。
幾島 既に取得したベトナム医師免許だけでは、診療時に指定通訳者が必要になります。しかし、この医療通訳者は地方にはおらず、ホーチミン市とハノイに集中しています。医療ベトナム語試験に合格すれば山岳地帯などでも単独の医療行為ができますし、ラムドン省で開院することもできます。
2024年11月にホーチミン医科薬科大学での試験を受験し、日本人として初めて合格しました。私は会話はあまりできないのですが、ベトナム語の書類が読みたかったので文章は独学で勉強していました。ただ、試験の情報は全くなかったので、初回は情報入手という気持ちでした。
試験は英語試験と同じくヒアリング、リーディング、作文、スピーキングがあり、文章は専門用語がわかれば難しくなく、読解と作文のおかげで合格できたと思います。特別な勉強はしていなかったので、私が一番驚きました(笑)。
―― 今後の予定を教えてください。
幾島 来越当初は貧しい田舎では歯ブラシを持っていない子どもが多く、大量の歯ブラシを運びました。それがこの十数年で歯磨きの習慣は定着しつつあり、歯科医師の増加で歯科医院に行く人も増えました。
新型コロナ後は歯科医師の意識や技術のレベルも向上し、これは医師や学生がスマホから情報を入手しているためだと思います。特に20代や30代の若手は勉強熱心で、彼らを中心にレベルアップが図られています。
今後は活動を広げながら後継者を育てたい。現役の歯科医師は頭が固いので(笑)、狙いは大学生ですね。そのため、ハノイ医科大学、ホーチミン医科薬科大学、チャビン大学などに在籍しているラムドン省出身の歯学部生を教えてもらい、コンタクトを取り始めています。ここラムドン省は歯学部がない空白地帯なのです。
また、社会貢献活動に賛同する歯科医師を訪問して、当地の仲間になってもらっています。1人では活動が限られるので、サポートできる人材を集めて口腔衛生を改善したいと思っています。

私たちの活動は2~3年ではなく5~10年の長期スパンで意味が出てきますので、しばらくはこの場所を中心に活動する予定です。
来越当初と違って、最近はベトナム人もボランティアに熱心になりました。新しい段階に入っているとすれば、私たち外国人医師が貢献できる地域は、ベトナム人の行かない田舎になっていくでしょう。