チョコレートに興味のなかった女性がふとした出会いから「カカオ」の虜となり、チョコの原料である豆を輸出。次は農園を運営して「FARM TO BAR」を実現し、今年後半には初収穫を迎える。BINON CACAOの遠藤亜矢子CEOが語る。
知るほど面白く、奥深い素材
―― ベトナムでカカオの事業をされています。その経緯を聞かせてください。
遠藤 日本の人材紹介会社で働いている時に、ベトナムに赴任して新規事業の立上げを任されました。ゼロから事業を作ることがとても楽しく、黒字化にも成功しました。そんな中、自分で何かを始めたいと思い、2016年に進出支援などのコンサルティング会社を設立しました。
同じ時期にホーチミン市内にオープンしたのがジェラート店です。この国に5年いて、美味しくて種類の多いフルーツと、決して裕福ではない生産農家さんを知り、地産地消からベトナムフルーツを広げたいと考えたからです。
残念ながらジェラート店は6ヶ月で閉店しましたが、私が興味を持ったのはベトナムのカカオを使った、一番人気のチョコレートジェラートでした。それまでチョコレートはさほど好きではなく、原料がカカオというフルーツとも気に留めませんでしたが、この素晴らしい素材を活かしたいと思いました。
バイクに乗ってカカオ農家を巡りました。農園を見学してはカカオの生産に感動し、サンプルをもらっては食べました。ベンチェからスタートして、ほかの農家さんを紹介してもらい、南部から中部まで30軒ほど訪ねたでしょうか。特にバリアブンタウの農家さんには良くしていただきました。
―― そこから事業化が始まったのですね?
遠藤 カカオの種類は一様でなく、知れば知るほど面白い素材であると感じて、日本への輸出を考えました。何種類かのカカオ豆を日本に持ち帰り、市場調査のためにショコラティエを訪ねて試食してもらうと、「美味しい」、「使える」と高い評価をいただきました。
追い風もありました。カカオ生産者の生活環境などを考慮した「フェアトレード」に注目が集まり、産地で異なるカカオの味覚を引き出す「BEAN TO BAR」も流行していました。
その後、各地のカカオ農家さんから品質の高いカカオ豆を買い付けて、2017年に日本への輸出を始めました。ただ、市場を良く調べると当時ニーズは東京に集中しており、実は広がりがなかったのです。
どうにか出来ないかと考えて、カカオ豆に加工をして製菓材料に近づけて販売することを考えました。チョコレートを作る工程の前半部分を簡単に述べます。
カカオの実(カカオポッド)を収穫し、白い果肉に包まれたカカオ豆の房を取り出します。専用の木箱で発酵させて、天日干しでゆっくり乾燥させた後、焙煎(ロースト)したのがカカオ豆です。これを粉砕して選別したのがチョコレートの原材料であるカカオニブで、取り扱いやすくなります。
同じ2017年、知合いの農家さんからチョコレート工場を一緒に始めないかと持ち掛けられまして、かなり悩みました。
―― 悩んだ理由は何でしょう?
遠藤 売りに出されていたのはバリアブンタウ省のチャウドゥックにある農地です。以前は公園として使われていた土地で、何もありません。建物はあっても老朽化していました。
カカオ農園として再生するには一から土地を耕して、水路を作り、種を蒔くことから始めます。収穫まで約4年がかかりますし、事業ライセンスの取得も簡単ではないと思いました。実際に簡単ではなかったんですけど(笑)。
それでもカカオ豆の収穫からチョコレートの製造までを一貫して手掛ける、「FARM TO BAR」を始めたいと思いました。投資額が大きかったので投資家を集めてBINON CACAO社を設立し、ライセンス取得が見え始めた2019年1月から土地を耕して、2019年5月にチョコレートの製造を開始しました。同時にカカオ農園である「BINON CACAO PARK」をオープンしました。
職人たちの手作りチョコ
―― どのような工程で商品を作っているのですか?
遠藤 自社の農園では今年後半から初収穫が始まり、来年から本格化する予定です。そのため、周辺の農家さんからカカオポッドを買い付けています。家族経営の小さい農家から大規模農家まで合わせて40軒ほどです。
農家さんからカカオ豆を購入することもあります。この時は発酵が大切になるので、その作業をきちんとしてくれる方々を選んでいます。買付け量には増減がありますが、1ヶ月でおよそカカオ豆で400㎏、カカオポットで2~3tです。
BINON CACAO PARKでは約25人が働いています。焙煎を担当するロースターなど職人の割合が多く、1人で3工程ほどを兼務できるようにしています。先ほどのカカオ豆の粉砕の後も、磨砕、精錬、プレス、調温、成形と続き、チョコレートの完成後は包装と保管もあって合計で十数工程となり、全てが手作りです。
こうした職人は最近は職業として認められてきましたが、経験者はまだ少なく、共に試行錯誤してきました。自社製のチョコレートは2019年10月から発売。翌年2月から広がったのが新型コロナです。
―― 大変な時期の船出でしたね。
遠藤 BINON CACAO PARKでは隣接する農家さんと提携して、農園の見学やチョコレートの生産体験ができるツアーを組んでいます。開園当初も国内外の観光客などを誘致し、ブランドの発信と拡大を狙ったのですが、新型コロナでなくなり、ロックダウンで工場は二度停止しました。
そこでこの期間を栽培方法や品質の改良、市場調査に当てました。それが奏功したのか、2021年にはホーチミン市にアンテナショップをオープンし、MUJIさん、コーナンさん、日本商品ストアやセレクトショップなど販路も広がりました。
商品も増えて、タブレットチョコレートやスティックチョコレートのほかカカオパウダーやカカオワインなど約200SKUあります。お客様は日本人が多く、男女比では男性のほうが少し多めです。
2022年からは日本への輸出も始めて、百貨店や雑貨店などに卸しています。また、2017年に始めたカカオ豆の輸出は、当初は年間に1t程度でしたが現在は約4tにまで伸びています。
―― 今後の計画などはありますか?
遠藤 おかげさまで新型コロナが明けてからは売上は伸びています。今後は自分の農園での収穫が格段に増えるはずなので、国内の商品用も輸出用も生産量を拡大させる予定です。
今年7月には国際的なチョコレートの品評会である「International Chocolate Awards」のAsia-Pacific部門で、銅賞に入賞しました。事業にも弾みが付きますし、次回は金賞を狙うつもりです。
将来はカカオのチョコレート以外の利用も考えたいです。例えばカカオバターは食用だけでなく石鹸や保湿クリームといった美容系の商品にもなります。OEM生産で自社商品としての販売も可能です。
カカオには多くのポテンシャルがあると思っています。その中でも私はベトナムのカカオに賭けています。カカオが持つポテンシャルを引き出して、付加価値を付けて、より多くの人に知ってもらいたいと考えています。