世界的な景気停滞、多分野での輸出減少、不動産不況などで伸び悩んだ2023年のベトナム経済。景気は底を打ったとも言われる中で2024年はどう動くのか。各分野の専門家たちがそれぞれの立場で2024年を予測する。
パパママショップで実感
景気の悪化と政府の対策
2023年のベトナム経済を襲ったのは輸出の激減と不動産市場の悪化。国内経済が停滞すると庶民は財布の紐を閉め始めて、旺盛だった内需も萎み出した。小野瀬氏が本格的な経済の悪化を感じ始めたのは2023年の夏ごろだった。
「道端で食品や雑貨を売るパパママショップの売上が落ちていると知りました。内需に影響が出始めたのはまずいと感じましたが、政府が介入に向かうだろうとも考えました」
輸出の減少は欧米や中国からの受注が減ったことが主な原因で、欧米の景気は後にある程度戻っても、在庫がはけないためか新規の受注は伸び悩んだ。これはベトナム政府の支援があっても回復は難しい。
対処しやすいのは不動産で、政策金利を3月から徐々に引き下げてはいたが、市況は回復の兆しを見せなかった。ただ、市場規模が大きいとはいえ不動産は一業態であり、国民の生活が直接脅かされているとすれば、政府が動くと思ったのだ。
「それから政府は金利をぐっと引き下げ、本格的な経済回復を目指したのだと思います」
市中金利が下がると資金繰りに悩む不動産業界は資金を調達しやすくなり、消費者はローンで物件を購入しやすくなる。また、政策金利が下がってドルなどの金利より低くなると、為替としてはドル高ドン安に進んで輸出には有利になるはずだ。
「ベトナムは輸入も輸出も多いので、輸入には不利に働くことになります。ただ、残念なことに、金利の引下げは思ったほど効果が出なかったようです」
日系企業3社の本音
2023年は厳しい1年
JCCH(ホーチミン日本商工会議所)の副会頭を務める小野瀬氏は知己が多く、2023年の景況感を知るべく、日系企業トップの声を聞いてもらった。最初は大手食品メーカーだ。
「2023年は景気がいつか戻ると思っていましたが、年末になっても実現しませんでした。ただ、低価格品は多少売れ始めており、一方で消費を落とさない富裕層などもいて、お客様が二極化しているようにも感じます。
2023年は前年に引き続いて値下げをしましたが、2024年も検討せざるを得ないでしょう。今は2024年2月のテト商戦に向けた販促に集中しています」
2番目は複数の店舗を持つ小売業。特にアパレル商品は気温の上下が売行きを左右し、ハノイで気温が下がると冬物が売れ始めて、北部に行く人が買うのかホーチミン市にも連動するそうだ。
「季節の波はあるものの、コロナ禍を除いて半年以上低迷が続くのは初めてだと思います。アッパーミドル以上の層は不景気にさほど左右されないバイイングパワーがありますが、平均給与で一般的な生活を送っている方の財布の紐は固いです。
そのため高価格商品を値下げしてもあまり伸びず、低中価格帯を下げた時のインパクトは大きい。客層による差を感じます」
最後は自動車ディーラー。2023年の自動車販売台数は前年比25%減と過去にないほど落ち込んだ。
「自動車販売は1年間を通して最悪とも言える状況。政府も各メーカーもプロモーションを続けましたが、期待したほどの効果がなかったです。マネジャー級の社員も含めてスタッフに聞くと、誰もが『回復する見込みが立たない』と言っています。
台数に限りがある輸入車に納車待ちはあるもののこれは例外。価格帯に関わらず売行きが伸びず、ほかのメーカーさんも同じように感じていると思います」
日系企業にとっても2023年は厳しい1年となったようだ。
M&Aが近年になく増加
日本政府の「推し」が影響
2024年のベトナム経済はどう動くのか。EYベトナムでは、日本企業がベトナム企業を買収するM&Aがかつてないほど増えており、今まで止まっていた不動産開発の相談も増加しているという。
「私がEYベトナムに12年勤務する中で、走っているM&Aの案件は今が1番多く、業種は全方位です。一時期は円安でどうなるかと思いましたが、ベトナム経済への期待感は相変わらず高いということです」
この背景には日本政府の「ベトナム推し」があると見る。国際情勢の中で経済的な意味だけでなく、国家間の地政学的な意味でも欧米や日本がベトナムを後押しする傾向があり、それを敏感に感じた企業も「ベトナムに乗る」。近年の歴代首相が外遊で最初に訪問する国としてベトナムを選ぶことも、日本の同国重視を裏付けていると言える。
「人口の多さ、平均年齢の若さ、賃金の安さ、経済成長などが進出理由として良く挙がりますが、日本政府が『ベトナムに張っている』ことも大きいと思います」
冒頭の課題で言えば輸出の回復は相手国があるため不透明だが、欧米系の在庫が一巡すれば回復の可能性は高いという。また、不動産の販売不振は主に投資用のハイエンド物件で、中価格帯の実需はあった。前者の投資用物件が戻れば言うことはないが、さすがにV字回復はなく、良くて緩やかなU字回復の動きだろうと考えている。
2023年は日越外交関係樹立50周年だった。新作オペラのアニオー姫、バクダン公園のイルミネーション、Eスポーツ大会などをはじめ大小様々なイベントが開催され、日系の飲食系メーカーなどは商品パッケージに50周年ロゴを載せた。これらを日本人ではなく、ベトナム人がSNSなどで拡散したことが効果を生んだと語る。
「十分に日本のアピールができたと思っています。ベトナム人の右肩上がりのマインドは2024年には戻る気がしますし、政府目標であるGDP成長率6.5%は行けると思います」
2023年のベトナムの内需
二輪、四輪、家電、ビール
ベトナムの日々のニュースを主に日系企業に配信するNNAベトナム。その情報を集め、取材に向かう渡邉氏は、「とにかく悪かった年ですよね。輸出激減と不動産停滞のダブルパンチで内需も減ってしまった」と振り返る。
2023年の内需を見ていくと、まずは自動車。2023年の新車の累計販売台数は前年比25%減の30万1989台。12月が前月比39%増の3万8740台となり、かろうじて30万台割れは逃れた。政府が登録料などで支援し、自動車メーカーは値下げやプロモーションを実地してもこの結果だ。
バイクも同様で、2023年の累計販売台数は251万6212台で前年比16.2%減。第4四半期(10~12月)は前年同期比18%減とさらに落ち込む。
「自動車は補助が受けられない輸入車、バイクは高価なスポーツタイプがより厳しいと聞いています。私はNNAに勤めて10年になりますが、ここまでの落ち込みは聞いたことがない。二輪と四輪が持ち直すのは希望を含めて、2024年の第3四半期という声が多いです」
次は家電。デジタル機器販売最大手のテーゾイ・ジードン投資は2023年11月、第4四半期(10~12月)に傘下の家電量販店や小型スーパー約200店舗を閉店すると発表した。売上の約7割を占める携帯電話、パソコン、家電などの販売不振が原因だ。
「このニュースには驚きました。同社は1年前に2023年後半には景気は持ち直すと予測していましたから、今回の閉鎖はしばらく回復の見込みがないと判断した結果でしょう」
ビール大国ベトナムの2022年の消費量は前年比27%増の528万klで、前年の世界9位から7位に上がった(キリンホールディングス調査)。しかし、2023年のビールの販売数は第3四半期まで下落を続けた。サイゴン・ビア・アルコール飲料総公社(サベコ)とハノイ・ビア・アルコール飲料総公社(ハベコ)はともに3四半期連続の減収減益。シェアトップのハイネケンは第3四半期決算で「景気の減速で15%前後減少」と発表した。
「いわゆる家飲みよりも外飲みが圧倒的に多いベトナムで、ビール販売の減少は飲食店の売上減にも直結します。飲酒運転の取締り強化も影響しているのでしょうが、こちらも先が読めません」
イオンモールの上半期(2023年3~8月)決算で、海外事業は赤字幅が縮小したインドネシアを除けばベトナムだけが増益(前年同期比8.6%増)など明るいニュースはあるものの、ベトナム人の消費が滞った1年だった。
観光業界は引き続き活況に
不安は北部地方の電力不足
2024年はどう変わるか。渡邉氏は輸出は増えると見ている。縫製や履き物などのアメリカ輸出が戻りつつあり、中国などからの原材料の輸入もプラスに転じてきたからだ。
「中国の企業がかなり北部に進出してきているので、製造機械の輸入なども増加すると思います」
不動産は実需のニーズと政府や銀行の支援から現在の状況から脱し始め、FDI(海外直接投資)もアメリカからの半導体関連投資が増える見込みもあって堅調に進みそうだ。
「2023年で唯一とも呼べる明確な好景気はインバウンドです。政府の後押しもあって2024年も続くでしょうし、欧米からの長期滞在者が増えれば、さらに宿泊、外食、航空産業などが潤います」
ベトナム国家観光局は2023年(見込み)の観光収入は672兆VNDと年間計画の104%に達したと発表し、ベトナム統計総局は2023年の外国人訪問者数は1260万2434人として当初目標の800万人を大きく上回った。
不安要素は北部の電力不足。記録的な猛暑という要因はあったが、2023年5~6月は一般家庭だけでなく工場の操業停止など製造業全体に影響した。中南部からの送電線の延長や他国からの電力買取りなどを進めているが、発電所建設は着工しても完成まで数年はかかる。
「以前から心配されていましたが、新型コロナで電力需要が落ちたこともあって対応が先延ばしになりました。2024年が心配です」
既存の製造業がダメージを受けるだけでなく、電力不足からベトナムへの投資を見合す企業が出るかもしれない。真偽は定かではないが、アメリカの大手半導体企業が工場拡張を延期したという報道もあった。今後の投資リスクが顕在化した例と渡邉氏は語る。
先進国化するベトナムの流行
BLACKPINKが来越する市場
2024年からの明るい材料として挙げるのが流行の先進国化だ。例えば、若者を中心に数年前から人気なのが、テントの設営や食事の準備がセットになったグランピング。この豪華で楽なキャンプは欧米や日本で急速に浸透しつつある。
「ベトナムの都市部で始まったシェアサイクルやEVバイクの普及も先進国的ですよね」
新しい消費動向は飲食関連にも表れている。中国系のアイスクリーム店MIXUEは2018年の進出からわずか5年で国内1000店舗を達成した。「コスパの王様」と呼ばれており、アイスクリームは1万VND、ミルクティーは2万5000万VNDからと低価格が魅力だ。
韓国発祥の10ウォンパン(Bánh đồng xu)も若者に大人気だ。パンケーキにチーズを詰めたスナックで、チーズが伸びる様子が面白いとSNSで拡散。都市部で増える店舗に若者が長蛇の列を作った。
エンタメ業界でも先進国化が進む。世界的なK-POPのガールズグループBLACKPINKが、2023年7月にベトナム初のコンサートをハノイで開催。2日間で約7万人を動員し、ハノイ行きの航空券や周辺ホテルの価格を跳ね上げた。
12月にはアメリカの人気ロックバンドMaroon 5がフーコック島で開催された国際音楽フェスに出演し、国内外から約1万3000人のファンを集めた。
「こんなビッグアーティストは東南アジアではシンガポールやタイで公演しても、ベトナムには来なかった。それが今では数万円のチケットが完売する市場になったのです。新しい市場やニーズが生まれていることからも、2024年のベトナム経済の回復を確信します」
世界不況も原因のひとつ
根本にあるのは供給不足
ベトナムの不動産市場は2022年、大手デベロッパーによる株価操作や社債詐欺を発端に低迷を始めた。アメリカの政策金利上昇でベトナムの金利も上がり、不動産業者は資金調達が難航し、購買層も金利上昇で住宅ローンを受けにくくなって、市場悪化に拍車をかけた。その回復の兆しは2023年になっても見えなかった。
多くのベトナム企業と住宅開発を進める不動産投資会社Koterasu Partnersの山口氏は、2023年の原因のひとつに、世界的な景気停滞によるベトナム経済の低下もあるという。
「国民が先行きの不安から貯金に走れば、自動車や不動産などの高級品は売れなくなります。そして、経済が上向いたと思えば再び買い始めるものです」
山口氏の事業は中間層に向けた実需の住宅開発が中心で、世帯月収で1500~2000USDほどのファミリー層がターゲット。ローンを組む場合は25年程度が多い。このような中価格住宅は政府も供給を増やすよう指示しており、その価格は2023年もさほど下がらず安定していた。
「売れる価格帯は一戸当たりおよそ15億~25億VND(850万~1500万円)。南部ではホーチミン市の都市部以外やビンズン省などの物件に多いです」
販売不振が深刻なのは主に投資用のハイエンドマンションだ。購買意欲の落ちたベトナム人はもとより、数の多い中国人投資家は中国の景気悪化などから購入を手控え、数の少ない日本人は円安で売り側に回った。
逆に言えば中価格帯も高価格帯も資金がある人にとっては買い時で、良い物件が安めに購入できた。しかし、景況感の悪化という理由だけでもそれは難しい。皆が買い始めると価格が上がって良い物件は減っていくのは、「株と同じ」と山口氏は言う。。
不動産不況の隠れた問題点は、数年前から続く新規住宅の供給不足という。建設の許認可がなかなか下りないのが大きな理由で、ベトナム政府も働きかけているが法整備の遅れなどからプロジェクトが進まないでいる。そのうえ、不況で停止や中止となった住宅プロジェクトも少なくない。
政府支援が変えるマインド
見え始めた改善への兆候
プロジェクトが止まるにはいくつかケースがあるという。物件が全く売れずに止まる。また、一部は販売できても売上を別の用途に使ってしまった。この2つは再開が難しいが、一部を販売した売上を事業に回しているなら経営は続けられ、再度の販売は可能だ。キャッシュが入れば事業は動き、銀行の支援も期待できる。
政府の指示による銀行の低金利融資は2023年夏頃から本格的に始まり、少しずつ資金が動き出した。実際の借り手は少なくて直接的な効果は乏しかったが、政府の呼びかけで銀行のマインドが変わり、その動きは窮地のデベロッパーのマインドを変えて、消費者のマインドを上げるという。
「効果は出始めていると思います。徐々に売れ始めている物件がありますし、デベロッパーも厳しかったキャッシュフローが改善を見せています」
日本を例にすれば、リーマンショックの後も東日本大震災の後も、落ちた住宅価格は思うより早く戻った。特に都市部は一時的に価格が下がっても底堅いニーズがあり、都心のマンションなら60~70㎡の2LDKが5000~6000万から億円単位に値上がりしている。経済が伸び悩む日本でもそうなので、全世界的に不動産価格は上がり続けるという。
「ただ、郊外や地方はさほど上がらず、都心との二極化が進んでいます。ベトナムも同じで、南部であればホーチミン市とビンズン省が中心、その他の周辺省では回復の動きが遅いでしょう」
実需物件から景気が回復
ベトナム市場の魅力は健在
2024年の不安要素は引き続き新規プロジェクトの許認可で、法的手順が明確になれば徐々に増えていくとみる。ただ、政府や自治体に期待はしても早急に進むとは考えにくい。
それでも実需での販売は増えており、安定したニーズはある。現在は底を打った状態であり、この実需が回復し始めるのが2024年から、投資用のハイエンドやリゾートの物件の持ち直しは早くて2025年からだと予想する。
現在の低金利はしばらく続くだろうから、業界全体の景気が上向けばデベロッパーは資金を調達しやすくなり、顧客は購入しやすくなる。
不動産業界が活気を取り戻せば、廃業や事業を停止した企業の代わりに、新しい事業者に参入してほしい。新陳代謝による成長が期待されるからだ。ただ、アメリカのチャプター11のような破産法や民事再生法がまだ整備されておらず、業績が悪くても退場しない企業がある。それでも新しい芽が出つつあるという。
「近隣諸国はシンガポールが好調を維持していますが、タイやインドネシアは供給量が増えて余っている状態。ベトナム市場の魅力は健在ですし、低下したGDP成長率5%も周辺国に比べれば悪くありません」
欧米や中国などを中心に世界経済が好転してベトナムに波及すれば、人口が多い利点もあって景気を押し上げる。景気は「気」であり、リストラから復帰したり給料が上がって周囲が消費を始めれば、スマホがほしい、自動車がほしい、家を買いたいという好循環が生まれるはずと山口氏は語る。
「不動産業を20年以上続けている私がいつも言ってるのは、『波は必ずある』ということ。ただ、波は上下運動を繰り返しながら基本的に右肩上がりを続けていく。ベトナムも例外ではありません」