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特集記事Vol174
訪日ベトナム人急増中!
NIPPONのインバウンド戦略

2023年に過去最高となる57万4000人を記録した訪日ベトナム人。2024年も勢いは止まらず「単月過去最高」が続く。観光ツアーとインセンティブ旅行を楽しむベトナム人を、日本や日系企業はどのように誘致しているのか。ベトナムでの取り組みを紹介する。

 訪日外国人旅行者の誘致活動を進める日本政府観光局(JNTO)。そのベトナム拠点であるハノイ事務所に訪日ベトナム人旅行者の実像を尋ねた。

 まず、個人での観光ビザ取得が簡単でないので、指定旅行会社が販売している観光ツアーを利用するのが主流だ。ベトナム人の訪日観光客はおよそ団体ツアーが80%、インセンティブ旅行が15%、個人旅行が5%という。

 行先は東京INで大阪OUTなど人気の都市を巡りながら途中で富士山観光を入れる、「ゴールデンルート」と呼ばれる周遊が中心だ。東京、箱根、富士山、名古屋、京都、大阪といった旅程で、各地で1泊するスケジュールが多い。

「約8割の人が未訪日ですのでゴールデンルートが選ばれるのだと思います。ピークシーズンは桜の3~4月と紅葉の10~11月で、その次は夏休み時期の7~8月です」

 ツアーの価格は3000万~4000万VND(18~25万円)程度。ただ、最近は中国系の旅行手配会社が進出して低価格ツアーを販売しているそうだ。評判の良くない内容もあるようだが、結果として低価格帯と高価格帯の二極化が始まりつつある。

 1人当たりの支出額は21万1330円(観光庁「訪日外国人の消費動向」2023年)。その使い道は「買物」が6万7954円とトップで、全体の32%を占める。新型コロナ流行前から買物が訪日目的のナンバーワンであり、家族や友人から購入を依頼される人も多い。

「購入するのは家電製品、衣料品、菓子類、新型コロナ後は健康食品やコラーゲンなどの美容食品なども増えているようです。大手家電量販店の方から聞いた話では、ゲーム機、化粧品、医薬品、時計、炊飯器などが売れています」

 2023年の訪日ベトナム人は過去最高の57万3771人で、国・地域別の訪日外国人旅行者数で10位となった。今年も1~7月期で38万1500人と増加のペースは止まらない。

 一方、観光目的訪日者の割合はわずか30%。これは就労目的の技能実習生などが多いためで、同じ東南アジアでもタイ、マレーシア、シンガポールからの訪日者は観光目的が90%以上だ。JNTOハノイ事務所でもこの3割を引き上げたいと考えており、地方に注目している。

 2023年1~10月のベトナム人1人当たりの地方宿泊日数は0.3泊。政府目標は2泊であり、伸びしろが見込める。ベトナムから日本の地方への直行便も増えており、定期便だけでなくチャーター便も活発だ。

「2回目、3回目の観光地として地方へのニーズは高まっています。私たちの調査で希望訪問地域は、ゴールデンルートを抑えて北海道が最上位となりました」

 インスタ映えもする、美瑛や富良野の雄大でカラフルな花畑が魅力とか。中部地方では、白川郷で有名な岐阜県の飛騨高山などが人気だ。JNTOハノイ事務所では地方の魅力、食や文化などを伝えるプロモーション動画を製作しており、ベトナム人の男女が島根と岡山を紹介している。

 観光客誘致には各自治体も積極的で、一般観光客だけでなく、インセンティブ旅行の誘致も始まっている。

「日本への社員旅行、成績優秀者の報奨旅行、代理店や顧客の招待旅行などをインセンティブ旅行と呼んでいます」

 参加者の満足度を高めることが目的なので一般のツアーより高額になり、旅行中は特別なGALAディナー、ラッキードロー、チームビルディングなどのイベントを開催するのが普通だ。人数は20~60人から100人単位もある。

「インセンティブ旅行は金融、保険、IT、サービス業など様々な業界で活発で、JNTOもサポートしています」

 旅行中の消費も多くなりがちなインセンティブ旅行は国際的な争奪にもなり、強い競合が韓国、台湾、タイだという。日本国内でも自治体間の誘致合戦があり、アプローチするのは日本へのツアーを担当する旅行会社やオーガナイザーと呼ばれる主催者だ。

「助成金でバス代や宿泊費の一部を負担したり、GALAディナーでパフォーマンスを提供するなどの、支援メニューを持つ自治体さんもありまね」

 大切なのは、「日本だから」、「〇〇県だから」といった特別感を出すことだという。

 ベトナム人に限らず、訪日観光の壁は英語が通じないこと。これはJNTOのアンケートからも顕著で、街中や店舗にWi-Fiがないなどの声は減ってきたそうだ。

 一方で訪日外国人によるオーバーツーリズム(観光公害)が深刻になっているが、大きな要因は都市部への訪問集中であり、地方誘客がここでも大きな課題となる。このように解決すべき点はあるものの、人口減が続く日本で観光業は外貨獲得の大きな手段だ。

 最近の傾向は上記の地方観光への興味と、個人旅行者の増加。新型コロナ以降はマルチビザを取得できる人も増加しており、リピーターも増えているようだ。

 トレンドとしてはクルーズ船の観光客がある。日本は指定したクルーズ船の乗客に一時的な上陸を認めており、ビザ申請なしで7日間滞在できる。日本に寄港するクルーズ船と共に、この船舶観光上陸許可を得た訪日ベトナム人が徐々に増えているのだ。

「ベトナム人は中国の観光ビザを比較的容易に取得できるので、上海や香港などを経由してクルーズ船で日本を訪れることもできます。徐々に浸透しつつあるようです」

 今年1~7月の訪日外国人数は2106万9900人と早くも2000万人を突破し、九州や沖縄などへのクルーズ船の寄港も寄与しているようだ。ベトナム富裕層の流行になると期待したい。

 JTB-TNTはハノイとホーチミン市に拠点があり、それぞれ海外へのインセンティブ旅行を主事業として、社員旅行、研修旅行、視察旅行、日系企業の周年事業や開所式などのイベント、チームビルディングなども請け負っている。

 一般的なベトナム人向けの海外ツアーである募集型団体ツアーは取り扱っていない。地場旅行会社には圧倒的な知名度があるため、日系を含む外資系旅行会社の参入が難しいからだ。

 インセンティブ旅行の顧客は9割以上が日系企業で、メーカーによる取引先のディーラーや代理店の招待旅行が多い。顧客はベトナムに自社工場を持つ企業も、輸入販売で直販をしていない企業もあり、どちらも現地の販売パートナーが欠かせない。

 こうしたパートナーの中から優秀な成績を収めた企業の社長や幹部クラスを招待する旅行で、年に1回、顧客が日系企業なので訪日ツアーが多くなる。

「日本以外では欧州、米国、オーストラリアなどの遠場です。東南アジアでは有難味が薄れてしまうのでしょう」

 これにはビザの問題もある。日本への観光ツアー用のビザは、ベトナムの指定旅行会社が参加者に代わって申請する。必要書類を用意すれば代理申請してくれるため、参加者の負担は少ない。ビザが不要で手軽に行けるタイなどのASEAN諸国と比べて、これだけで日本旅行に価値が出るのだ。

 貢献への感謝を表す慰労旅行なので、一般の観光ツアーよりホテルのランクや食事のグレードはアップする。航空チケット、宿泊、食事、バスなどの移動、観光地の入場料までを主催企業が負担する。参加人数は平均20~50人程度で、年齢層は40~50代がメイン、社長と夫人のカップルなどが多い。

「4~5泊が主流で、行先はゴールデンルートが根強い人気です。ベトナム人は非常に買物が好きなので、最後にしっかりと買物をするには東京や大阪などから帰国する日程にもなります」

 買物の場所は家電量販店、総合ディスカウント店、アパレルショップ、最近は高級デパートを好む人も多く、電化製品、化粧品、衣料品、菓子類などを多く購入している。次に大切なのは食事で、メインは日本料理。ただ、生魚を食べない人がいるので、寿司や刺身は絶対的なメニューではない。

「ベトナム人は高齢の方ほど食に対して保守的なので、洋食はまず食べません。アクセントを付ける意味では中華料理をご提供します」

 ツアーの企画は顧客からのヒアリングに始まる。招待人数、旅行の日数や時期、方面の希望などを聞いて、一緒に作っていく。「今回は温泉を入れようか」などが決まれば細かい肉付けをJTB-TNTが考える。

 外せないのはベトナム人が好きな自然で、富士山もそうだが花畑やフラワーパークなどだ。逆にあまり興味を持たないのが寺や神社で、自国に似た建造物があるためと見ている。だから建造物ならベトナムにない城を勧める。

「年齢層にもよりますが、東京ディズニーランドなどのテーマパークやお台場の日本科学未来館など、やはりベトナムにない施設が人気ですね」

 吉村氏が赴任した14年前はインセンティブ旅行は成熟しておらず、訪日観光客も少なかった。しかし、優秀な参加者はある程度固定することもあり、違った場所や新しい場所を求めるようにもなる。

「ただ、3~5泊なので移動にも限度があり、最後に2連泊して買物に備えると、どうしても大都市から比較的近い場所に制限されます」

 それでも富山と長野を結ぶ立山黒部アルペンルート、栃木の日光東照宮などを旅程に組み込んできて、北海道や九州なども人気が出つつあるという。

 ほかにも、名古屋着で1泊し、金沢まで北上してから京都あるいは長野に行くルートや、新幹線で盛岡まで行き、少しずつバスで南下していくルートなどを考えている。

「忙しないスケジュールにはなりますが、それでも色々な日本の顔が見せられます。日本は思っている以上に広く、魅力的なコンテンツが多くあるのです」

 現地でアテンドするのはベトナム人ガイドだが、日本のJTBも業務を委託するランドオペレーターも日本人が対応し、日本クオリティのサービスを提供する。インセンティブ旅行では旅行中の気配りやトラブル対応が特に重要となるので、ここがJTB-TNTの強みとなっている。

 アウトバウンド事業部ではインセンティブ旅行が約7割で、社員旅行も扱っている。こちらも日系企業が中心だが、業種はメーカーに限らず金融や商社など幅広くなる。

 福利厚生の一環なので行先は国内が多く、1泊2日か2泊3日が多い。ホーチミン市の企業なら1泊2日ではブンタウやファンティエットなどへのバス旅行、2泊3日は少し遠出をして飛行機でニャチャン、ダナン、フーコックなどのビーチリゾートも多い。

「日中にチームビルディングを入れたり、夕食は豪華でイベント付きのGALAディナーにするなども多いですね」

 ベトナム人が日本で買物をする理由は、日本製品への信頼感が強いためと言われる。吉村氏は訪日したベトナム人は治安の良さや道路や鉄道などのインフラを体感して、日本の別の意味での文化や技術にも関心を持ってくれていると語る。

 訪日外国人旅行者の約60%がリピーター(観光庁)とされるが、約70%が初訪日というベトナム人は、本格的なリピートがこれから始まりそうだ。

「何回来訪しても飽きない切り口やコンテンツが日本にはまだまだあります。今だって日本側の受け入れが追い付かないくらいですから」

 インセンティブ旅行を企画するTAGGER TRAVELの顧客は約8割が日系企業で、残りは外資系とベトナム企業。製造業による代理店の招待旅行や、海外への周年社員旅行などが多い。

 約8割は日本へのツアーで、ほかにはオーストラリアが人気、料金の安さでは中国や韓国が選ばれている。日本ツアーは4~5泊が多いが、何度も訪れた参加者もいることから、最近の同社の「ブーム」は九州だという。

「直行便が福岡着しかないので、福岡から大分、熊本、長崎、福岡に1泊ずつ、あるいは大分と熊本に1泊して福岡で買物用に2連泊などです」

 日本観光は富士山が有名だが温泉への憧れも強い。大分の別府温泉などにゆっくり浸かり、翌日は熊本で阿蘇山や熊本城を見学、長崎ではハウステンボスなどに行き、大都市の福岡でショッピング。基本的にはホテル泊だが、1泊は温泉旅館にして懐石料理や宴会を楽しんでもらうプランだ。

 ベトナム人の買物好きは変わらないが、近年は日本体験を希望する人も増えており、これも従来ツアーとの差別化になる。同社では様々な体験ツアーを企画しており、最近では梅酒メーカーと提携したオリジナル梅酒作りが好評だ。

 梅、砂糖、酒、ボトルを選び、インストラクターに相談しながら自分で梅酒を作る。ガイドが通訳をするわけだが、ベトナム人は梅酒が好きだし、パッケージにまでこだわる内容で満足度が高そうだ。

「これから予定しているのはダルマに目を入れる体験です。ダルマは知っていても目を入れる意味を知るベトナム人は少ない。成績優秀者や社長さんが多いので喜んでくれると思います」

 商売繁盛を願ってその場で左目を入れ、今年の目標は右目を入れることにしましょうなどと伝えれば、事業に弾みが付きそうだ。行く先はもちろん、ダルマ生産日本一の群馬県高崎市。小林氏はこの提案を採用してくれた顧客に感謝している。

 多彩なアイデアが出せるのは日本のタガ―ジャパンと連携して、日本の企業や自治体から多くの情報を集めているためだ。また、ベトナムを誘致の重点国と位置付ける自治体などからPR事業を請け負う場合もあり、ベトナム人集客のためのアドバイスや、ベトナム旅行会社への紹介などもしている。

 ツアーは基本的にタガ―ジャパンのガイドが主導し、TAGGER TRAVELからは添乗員として同行して現地でサポートする。1人のほうがコストは安いが、参加者への手厚いサービスが目的だ。

「ベトナムの方はこっちに行きたいそっちに行きたいと自由に動きますし、トラブル対応も含めて2人体制としています。日本を嫌われたり、飽きられたりしたら困りますから」

 少し前にはヘリコプター体験を提供した。東京湾をヘリコプターで巡るツアーで、15分程度だったが皆が熱狂した。このように「せっかく行くんだから」と非日常体験を望む層は間違いなくおり、多少高額になっても顧客企業も満足するという。

 考えているのは、日本でも人気が出始めたプライベートジェットを使うツアー。例えば、福岡からプライベートジェットで長崎の五島列島へ行き、話題のリゾートホテルに1泊して戻る。いわゆるサイドトリップだ。

「6人が乗って1席当たりの料金が仮に1000USDになれば、この追加の金額を受け入れてくれる素地はあると思います。料金を支払うのはお客様ですから、旅行の価値を一緒に作りたいと考えています」

 日本旅行が好きなベトナム人は多い、を小林氏はそのまま信じていない。「日本が好きですか?」と聞けば皆が「好き」と答えてくれるがこれは受け身の返答であり、行きたい国を聞けば「中国」や「韓国」と返ってくるからだ。

「一部の熱狂的な方は別として、日本は自分から情報を取りに行きたいほど魅力的な国でしょうか。例えば『名探偵コナン』がヒットするのは、コナンというコンテンツが愛されているからでしょう」

 旅行会社の販売スタイルにも一因があるという。地場企業トップVietravelであってもショッピングモールや街中に店舗は多くなく、電話で問い合わせる人もいる。そうすると旅行会社は人気の商品やわかりやすい商品を販売しがちなので、ゴールデンルートが売れて行く。情報量が少ないから受け身で旅行プランを決めている。

 これでは日本の情報が広がらないと、TAGGER TRAVELは日本のインフォメーションセンターを作ろうとしており、現在は物件をリサーチ中だ。実店舗で対面で情報発信すると同時にTikTokなどのSNSやメディアも活用していく。ほかの旅行会社や業界との協力も考えている。

 大学とも提携してるので、日本学科などの学生をインターンとして受け入れ、彼らに日本を発信してもらう方法もある。若いベトナム人の日本ファンが増える相乗効果も狙いたい。

「日本を一番知っていて、かつ自治体さんなどと連携できるのが旅行会社の強みです。ゴールデンルート以外のちょっと変わったツアーやイベントを始めたいですね」

 今年8月に公開された映画『名探偵コナン』は北海道の函館が舞台。ならば北海道ツアーとうまく連動させたり、函館市と協力したイベント開催もあり得た。旅行は業界同士を結ぶ横串になりやすい。

「ベトナム人はとても冷静な目で日本を見ています。受け身ではなく、『好きです、日本!』と言ってくれる人を増やす努力をしていきます」