好調な回復を見せた2024年のベトナム経済。2024年のGDP成長率は7.09%と目標値を超え、輸出はほぼ全分野で増加、不動産市場は持ち直し、国内消費も上昇している。各界の専門家が2025年のベトナム経済を予測する。
V字ではなくU字回復
米政権の2つのシナリオ
弊誌2024年2月号の『経済予測2024年 ベトナムの復帰戦』でも指摘された2023年の不況の原因は、輸出の激減と不動産市場の悪化だった、しかし2024年を振り返ると、輸出はほぼすべての分野で増加し、不動産は価格が上昇して流動性も高まった。
「輸出が増えるとそれを支えるワーカーさんの給与が上がるように低・中所得者の生活が、不動産が活況になると売買する中・高所得者の生活が豊かになります」
全体的に景気の底上げができるということだ。輸出が減少する要素は当面見当たらず、不動産は2024年の不動産3法改正で供給量が増えそうだ(P6参照)。また、2024年10月にトー・ラム書記長は「反浪費」を宣言し、政府機関の時間や金銭の無駄遣いも戒めた。不動産の許認可でもスムーズな判断が促進され、供給量もさらに増えると期待される。
「銀行金利の低下も2024年の朗報です。お金が借りやすくなったわけですが、これは米国の金利低下の恩恵とも呼べますね」
これらを背景に2025年のベトナム経済は上昇を続けると見る。ただし、V字回復ではなくてU字回復であり、上昇率は緩やかで、どんな曲線を描くのかは不明だ。
理由の一つが米国の新政権だ。トランプ大統領は前回のように中国への高関税を主張しているが、それを前提に2つのシナリオが考えられるという。
1つ目は前回と同様、脱中国によってベトナムが経済的に潤う「漁夫の利」の形だ。もうひとつは、高関税国の候補にメキシコとカナダを加えたように、ベトナムも含める。実は米国の貿易赤字が最も大きかったのは1位が中国、2位がメキシコで、ベトナムは第3位なのだ(2023年)。
「前回ベトナムは為替操作国に認定されていますし、悪目立ちして経済制裁を受ける可能性がないとは言えません」
グローバル・ミニマム課税
省庁再編も不安のひとつ
中長期的な不安要素にはグローバル・ミニマム課税がある。企業誘致のために各国が法人税減税に走ることを抑止するため、法人税率が最低15%になるように調整する国際的な課税ルールだ。OECD加盟国を中心に、日本もベトナムも2024年から始まった。
「ただ、企業単体ではなくその国(例えばベトナム)にある企業グループ全体を見て判断するのです」
優遇税制には期限があり、仮に「2免4減」なら2年間の免税と、その後の4年間の減税を意味する。ただ、以前に投資していたグループ企業があり、既に優遇税制が終了していれば、グループ全体での実効税率が15%となる場合もある。
その場合は過去の投資と新規の投資が「希釈」される。新規1社単体は免税で0%でもグループ全体として15%以上となれば、グローバル・ミニマム課税で法人税は新規投資企業では優遇税制の恩恵を受けられる。希釈されたほうが得になるのだ。
ここで不利になるのが過去にグループの「先輩企業」が参入していない新興国だ。タイやインドネシアのような過去に投資が盛んだった国に比べて、その歴史の浅いベトナムは競争力で劣ることになる。
「投資が集積している国に再投資したほうが得になるわけで、新規投資をベトナムから他国に切り替える企業も出始めています」
2025年からの省庁再編で噂される計画投資省と財務省の合併にも言及する。計画投資省の主な業務は外国投資の誘致だが、財務省傘下に入ることでその役割に支障は出ないか。ベトナムは輸出入を含めて、海外企業の協力なしで経済が自立するステージに来ているのか。
経済成長の後で鈍化を見せる「中所得国の罠」。要因の一つはグローバルで戦える自国の産業が育たないことにもある。
「タイもマレーシアにもそんな産業はまだなく、ベトナムは今後も外国投資が不可欠だと思います」
ベトナムの中で価値を出す
日本企業は新たな戦略を
一方、ポジティブな要因もある。例えば、東京証券取引所によるベトナムのスタートアップの上場誘致。東証はASEANのスタートアップの上場で市場を盛り上げたく、中でもベトナムが有望とのことだ。
「誘致候補トップはシンガポールでも肩を並べるくらいベトナム企業が注視されています。ベトナムのスタートアップに出資する日本企業も増えています」
どうしても海外上場では米国を考えがちだが、同じアジア圏である日本とベトナムの親和性は高く、興味を持ってもらいやすい。適正な株価が付くだろうし、様々なシナジー効果も期待できる。
国際的な動きで言えば、最近は中国が投資を引き上げつつあるカンボジアから日本商工会へ、日系企業の誘致について助言を求めてきたそうだ。韓国や台湾などもカンボジアに進出しているが、世界各国に進出している日本企業を優位と見たのかもしれない。
「今のカンボジアは日系企業スーパーウェルカムですが、ベトナムでの日本のプレゼンスは下がり続けており、何とかせねばと思います」
ベトナムには2025年の経済成長率目標を8%にするという意見もある。輸出と不動産が盛況で内需も膨らめば不可能な数字ではないだろうが、その中で日系企業は活躍できるのか。
日本は国も企業もブランディングやマーケティングが他国と比して得意ではない。「良いものを安く売る」のは得意でも、ベトナムでは高価格帯となり、その意味を正しく伝えきれない。他国の企業は「ある程度の質を高く売る」戦略が成功している例も少なくない。
モノの値段を上げても顧客が離れないのは、ブランディングやマーケティングがしっかりできているから。日本人も実感することがあるはずだ。
「ベトナム人は価格上昇を理解しており、それは自分たちの給料も上がっているからだと思います。日本企業は今こそ戦略を考えるべきです」
大きく伸びた輸出とFDI
淘汰を経ながらECも成長
ベトナムの経済情報を主に日系企業に配信するNNAベトナム。日々情報に接する渡邉氏は、2024年は経済指標からも非常に好転していたと語る。
2023年の懸念事項だった輸出の減少は、ベトナム税関総局が発表した2024年初から12月15日の輸出額データで約3853億USD、前年同期比で13.9%増だった。
「電子・電子部品や機械・機械設備が特に増えていますが、全品目の増加が特徴です。北米向けが11月までで24%と伸びており、米国の堅調な経済に支えられたと考えられます」
海外直接投資(FDI)にも注目する。中国、香港、台湾の中華圏からの2023年の新規認可額は前年の約3倍にも急増した。FDI国1位のシンガポールからの同認可額も「半数近くが中国・台湾からの投資」という意見もある。
勢いは多少下がったとはいえ2024年もこの動きは続き、EMSや電子機器など大手製造業による巨額投資が徐々に顕著になってきた。
「脱中国によるFDIはベトナム経済に大きく貢献しています。2025年は米国でトランプ新政権となり、生産移管の傾向は強まると思います」
ベトナム経済の新たな柱と期待されるのがECだ。事業停止となったものの中国発の激安EC「Temu」や衣料品中心の「SHEIN」が参入し、シェアトップのShopeeは返金期間を延長するなど、顧客獲得を競っている。
2024年第3四半期の主要ECプラットフォームの取引総額は、前年同期比15.9%増の84兆7500億VND。TikTokショップが2倍以上の増加と首位Shopeeを猛追する中、Lazada、Tiki、Sendoの金額は減少して優劣が付き始めた。
「誰に聞いても同じことを言いますが、私もECは2025年以降も伸びると思います」
2024年のヒット商品
あなたはいくつご存知?
次は観光業を見て行く。2024年にベトナムを訪れた外国人観光客は1758万人を超えて、前年比で39%の増加となった。最高値だった新型コロナ前の2019年(1800万人)に接近しており、政府や関連各省は2025年以降も推進する予定だ。
2024年は不動産市況が好転した年でもある。その一例として不動産開発大手の住宅プロジェクトに一部出資した三菱地所を挙げる。「ルミ・ハノイ」は2024年第1四半期に地下工事が始まったばかりで99%が成約済み、「ザ・セニーク・ハノイ」は2024年11月の初回販売で92%が予約と、絶好調なのだ。
「他の案件も引き合いが多いそうで、不動産の回復基調が十分に実感できます」
内需では二輪と四輪が徐々に復活しつつある。2023年の四輪の新車累計販売台数はかろうじて30万台に乗ったが、2024年は1~11月で前年同期比17%増となる30万8544台。この背景には政府による自動車登録料の半額措置や各種メーカーのキャンペーンもあるが、一方ではこの数字に含まれないヒュンダイとビンファストが着実に販売台数を伸ばしている。
「ビンファストでは2024年5月から販売した小型SUVの『VF 3』がすごい人気です。低価格も理由のひとつのようで、ハノイの街中で良く見かけます」
このVF 3を2024年の「ヒット商品」とすれば、他には「ピックルボール」が挙げられるという。テニスや卓球と似た球技で、打ち合うボールに多数の穴があることが特徴。空気抵抗が大きくなって速度が出ないため、誰もが気軽に楽しめる。
中身が見えない「ブラインドボックス」も人気となった。商品は玩具やぬいぐるみだが子どもというより大人向けで、箱を空ける動画がSNSにアップされた。ピックルボールもそうだがベトナムだけでなく世界各地でも流行っているようだ。
「ヒット商品ではありませんが、2024年前半には金(ゴールド)の価格が世界水準以上に高騰しました。将来への不安から来る資産防衛的な気持ちも大きかったと思います」
南北高速鉄道と原発が承認
日本企業にチャンスあり
これまで見てきたようにベトナム経済は2025年も上り調子となりそうだ。これに拍車をかけるのが2026年初頭にある第14回党大会と渡邉氏は語る。
「2025年は締めくくりの年になるため、経済成長をより意識するでしょう。既に『8%を狙う』や『2桁を目指す』といった声が聞かれますし、気合が入っていますよね(笑)」
不安材料もあるにはある。ひとつは米国の新政権で、中国をはじめ数ヶ国に高い関税を課すと公言している。輸入が減ってドル高になれば、ベトナムは為替圧力からドン安に向かう傾向がある。すると物価が上昇することもあり得る。
「物価上昇を抑えるために金利を高くすると、それは景気にとって良い方向とは言えません」
また、FDIなど海外企業の窓口は計画投資省傘下の外国投資庁だが、省庁再編で計画投資省と財務省の合併した場合に、その機能がきちんと続くのか、新しい窓口ができるのか。杞憂かもしれないが心配事ではある。
最後に長期的な経済成長の要であり、完成までの投資が膨大となるのが、南北高速鉄道と原発再開だ。ハノイとホーチミン市を結ぶ南北高速鉄道の敷設計画と、ニントゥアン省の原子力発電プロジェクトの再開が、2024年末に共に承認された。
「これから動くのでどう進むかは未定ですが、どちらも日本企業が参画できるチャンスです。少子高齢化が進む中で介護施設、健康診断、がん検診などの分野でも優位性が高いでしょう」
10年以上ベトナムの経済情報を追ってきて近年感じるのが、「ベトナム人が自信を付けてきた」こと。実際、人も企業も国も国際的な評価が高くなっている。これこそが経済成長の原動力かもしれない。
土地使用権の細則で
住宅プロジェクトに変化
2024年は大手デベロッパーによる社債詐欺など大きな事件はなく、低金利の元で徐々に銀行ローンが浸透して購買意欲が上がり、売買が進んだことでデベロッパーなど供給企業側も少しずつ回復した。
従来から問題視されていた新規プロジェクトの許認可も少しずつ動き始めた。都市によってばらつきはあるものの、ハノイやビンズン省では住宅供給が進んで売行きも好調となっている。日越の企業と住宅開発を手掛ける不動産投資会社のKoterasu Partnersでも、ビンズン省で中価格帯マンションの第1期プレマーケティングを開始したところ、約150%の予約で埋まった。
この物件を例にベトナム不動産開発の大まかなスケジュールを聞いた。
「マスタープラン許可の取得が2024年第2四半期。その後、建設許可を第3四半期に取得し、2024年11月にプレマーケティング第1期を開始。2028年第2四半期を目途に完成し、引渡しの予定です」
これはかなりスムーズに進んだケースで、例えば建設許可に数年かかる場合もある。また、2024年8月に前倒しで施行された土地法、不動産事業法、住宅法の改正3法の効果については、代表例としてLand use rights(土地使用権)を挙げる。
これまでは費用算出の計算が曖昧で土地使用権の許可が下りないケースが続発していたが、法改正後に細則が出た。ご存知のようにベトナムの法律は具体的な指針となる細則が公表されないと運用は難しい。
「デベロッパーにとって、困難な細則箇所は多数あって計算式は面倒でも、詳細が決まれば前に進められます。細則はその他の事項もどんどん出ていますが、Land use rightsが最もわかりやすい事例だと感じます」
こうした法律の明確化が徐々に進むと、停滞していたプロジェクトの許認可も広がると見る。政府も「無駄や遅延のない許認可」を推進しており、不動産需要は根強いので、許認可が進めばこれまでのハイエンド中心でなく、実需の低・中価格帯向け供給も増えそうだ。
「消費者の目は非常に肥えてきています。質が伴わない物件や工期の遅れなどをチェックしていますから、良いものがきちんと売れる時代になると思います」
都市部と周辺省に始まり
リゾート案件にも期待
ベトナムの不動産市場を振り返ると、2010~2012年頃までは不況だったが2013年頃から成長を続けて、2016~2017年はバブルのような盛り上がり。その後は、許認可が下りなくなり、新型コロナが流行り、大手企業の不祥事も続いて、2023年は不況となった。ただ、不動産価格はさほど下がらなかった。
「全世界的な傾向ですが給与と資産の上昇率は比例せず、給与は緩やかに、資産価格は急激に上がるものです。そのため、一般の方には不動産を購入できない人も出てきます」
ベトナムの消費者も不動産価格の上昇を感じており、近年は供給が少なかったため上がってもいる。ただ、経済の潜在力を考えると他の東南アジア諸国と比べて、実需向けの価格はさほど高額でないそうだ。
「実需向けなら大雑把にホーチミン市で1平米2000~2300USD、ビンズン省だと1500~2000USD程度でしょうか」
政府が管理しやすい首都のハノイと比較的歴史の新しいビンズン省でプロジェクトの許認可は進んでいる。ただ、細則の広がりは全国規模であり、最大都市ホーチミン市の不動産需要は高い。徐々に許認可の件数も増えてくるはずだし、今後はハノイとホーチミン市、その周辺都市に波及しそうだ。
一方、ハイフォンやダナンなどの地方都市では顕著な動きはないという。理由には土地柄もあり、都市部や周辺省の一等地から売れて、一段落してからリゾートや特殊な案件への投資が始まる。都市部の不動産が活況となった後、地方も広がるのではという期待値のタイムラグもあるという。
不安材料は許容範囲
ベトナムだから成長できる
住宅の許認可が進んで2025年から供給が増えると売買も増える。不動産市場は活況となり、この流れが2026年へと続いていく。
不安要素を探せば、ひとつはベトナム経済がさほど大きくないため、輸出を初めとする世界経済の影響を受けやすいこと。2023年が好例だが、2024年の輸出増を初めとして当面の心配はなさそうだ。もうひとつは金利の上昇で、消費者とデベロッパーの行動に水を差す。
「金利が上がる可能性はあると思いますが、最終的に政府がうまくコントロールするとも思っています。その範囲で動くのではないでしょうか」
ポジティブな要素は不動産購入の増加による地場デベロッパーの経営改善で、キャッシュフローの増加で滞っていた事業が回るようになってきた。業界全体はまだ堅調とは言えなくても、「2022~2023年の倒産しそうだった時期は脱した」と山口氏は語る。
業績が良いのはシンガポールやマレーシアなどの外資系大手デベロッパーで、物件はハイエンドマンションが多いそうだ。
ベトナム経済の成長も後押しをする。2023年とは逆に先行きの生活の見通しが明るければ、余った資金は不動産や株などの投資に回す人が増える。将来への楽観視は人の気持ちも動かし、多くの人が参入すれば市場はますます膨らむ。マクロ経済が良くなれば海外や別業界からの不動産への投資も進む。
実際、外資系大手不動産サービス会社によれば、2024年1~11月のベトナム不動産部門へのFDI流入額は56億3000万USDで、前年同期比89.1%の大幅増となっている。
「最近はフィリピンでも仕事をしています。経済自体は良くなっても、ベトナムのように中間層がしっかり育っていないため、不動産の質にこだわらない人が多いです。こうした比較からもベトナムは安定成長を続けると思います」