工業製品、日用品、ファッション、家具、包装、Web、モバイル……多くの分野で産業が成長中のベトナム経済に、一層の付加価値を付けるのがデザインだ。実際、各業界の製品は洗練されつつあり、そこには日本人デザイナーの力が花開いていた。
NC1 Design
ベトナム発の日系デザイン事務所
4事業部のトータルデザインも魅力

欧米系企業へのデザイン
掛け合わせる3つの要素
2015年にホーチミン市に設立されたデザイン事務所、NC1 Design。当初はインテリア関連のデザインが中心だったが、現在はインテリア、グラフィック、家具、CG・図面制作の4事業部を持つ。
「インテリアのデザイン提案などでCGを使っていましたが需要が広がり、CG単独でも受注しています。ベトナム人スタッフの多くがCGデザイナーです」(仁科氏)
店舗やオフィスの内装など顧客は当地の日系企業が多いが、日本からの依頼も増加傾向にある。ベトナムでは自社案件のみ設計・施工まで担当するが、日本では現地の施工会社と協力しインテリアデザイン事務所としての役割を担う。
日本の遠藤照明ショールーム兼オフィスでは、インテリアデザインだけでなく、家具設計・製造もベトナムで行い、日本に輸出した。家具受注は日本向けが多いが、近年ベトナム国内案件も増えている。
また、ロゴや印刷物など平面をデザインするグラフィックデザインも当地の顧客が多かったが、現在は日越で半々ほどで、外資系企業も含まれる。
4事業部にはそれぞれ日本人のディレクターがおり、各分野でそれぞれ専門の知識・経験を活かしている。今回はグラフィックの仁科氏と家具(プロダクト)の石橋氏に話を聞いた。
仁科氏は自身の仕事を、デザインだけでなくベトナムでのブランディングを担当した日系塗料メーカーVIETNAM WASHINを例に挙げる。
「日本の企業には認知されているため、当地のローカルや欧米系企業がメインターゲットです。例えばこの黒いカタログは撮影を含めて私がデザインをしました」(仁科氏)
日本の繊細さや緻密さではなく、欧米人が好むアーティスティックなビジュアルではっきりしたメッセージを届けた。こうした特徴は家具展示会での出展ブースや、最近オープンしたホーチミン市のショールームにも反映されている。
デザインする際には掛け合わせるキーワードが3つあり、「製品」、「ターゲット層」、「顧客の想い」という。前2者はわかるが、3つ目は?
「デザインは私たちのものではなく、お客様が使用するものです。だからこそ、お客様の考えや想いを伺い、それを私たちのデザイン力で表現し、満足して長く使っていただけるものを作ることが大切だと考えています」(仁科氏)

ホテル改装で大型受注
「箱物」から「脚物」も展開
家具の依頼は日本のホテルが多く、客室のデスク、イス、テーブル、ベッド、ソファ、キャビネット、ハンガーラックと幅広い。一方、ベトナムではオフィス系が多くて、デスク、イス、キャビネット、パーテーションなどのセットになる。
「ホテルは100部屋分などで、40フィートコンテナ3~4本の量になります。新築もありますが最近は改装する際のご注文が多いですね」(石橋氏)
同社の強みは各分野のデザイン力もあるが、ベトナムでの生産力を活かしたメリットも大きい。特に木製家具はベトナムの輸出産業の1つであり、日本では難しい大きな規模の案件も対応可能である。
「近年、日本の工場縮小傾向とは反対に、ベトナムでは大きな工場が増えていますが、品質面ではまだ劣る部分があります。そうした状況の中で、弊社では妥協しない品質管理を徹底しています」(石橋氏)
こうしたビジネスは以前は中国が得意としていたが、価格の上昇などからベトナムなど東南アジアにシフトしているという。
石橋氏は顧客が喜び、自分の個性も出せる作品に挑戦したかった。2012年からベトナムの家具工場でデザイン開発から生産管理までをし、2022年にNC1 Designに入社した。
「私は元々はキャビネットなどの収納家具、いわゆる『箱物』のデザインと生産をしていましたが、ベトナムで『脚物』を始めました」(石橋氏)

こちらはイスやテーブルなど「脚」を持った家具のこと。同じ家具でも分野が全く異なるため設計やデザインも違ってくる。初心に戻り、ベトナム人の職人と一緒に試行錯誤を重ね、理想的な形状や強度など、要求される諸条件をクリアできる作品作りに没頭。取組みから3~4年で何とか形になり、現在はイスのデザインに集中している。
人種によって体格の差があるためサイズは変えても、基本的なデザインは日本人向けでもベトナム人向けでも同じという。ただ、そのデザインには何百年もの歴史があり、洗練されたイス、人間工学的に考えられたイスが生み出されている。
「なので魅力的な椅子ってなかなか難しいんですけど、挑戦したいですね」(石橋氏)

総合的な空間デザインも
オリジナル家具を計画
仁科氏はロゴのデザインやロゴから派生させたデザインを手掛けることが多く、ブランディングでもロゴが大切な起点になるという。最初にロゴを決めて、それをベースにパッケージ、ユニフォーム、オフィスなどへ展開させていく。
しかし、顧客がはっきりしたイメージやアイデアを持っていない場合もある。そのため参考イメージを見せるなどして求めるものを探り、デザインもタイプが異なる案をいくつか提案して、方向性を決めながらブラッシュアップを重ねる。
「内装だけのご依頼から、『ロゴやサインも作れます』などと伝えて、結果として総合的な空間デザイン、ブランディングデザインにつながるケースもあります。こうしたトータルプロジェクトは特にやりがいを感じます」(仁科氏)

このような仕事ができるデザイン事務所は日本でも少ないため、これが日本からの仕事が途切れない魅力ともなっているようだ。将来的にはオリジナル家具の生産やショップ展開も計画している。
「まだブランド名も決まっていなくて恐縮です(笑)。日本とベトナムに限らず、世界中に売っていきたいです」(石橋氏)
Cong ty tnhh AHAHA
刺繍バッグから刺繍ハンカチにシフト
医療や小物を彩るグラフィックデザイナー

日本でアオザイを販売
ベトナムで刺繍のバッグ
日本で広告を中心にグラフィックデザイナーとして働いた鈴木氏は、バックパッカーとしてベトナムに訪れた縁から、日本でベトナム衣料雑貨店を立ち上げた。主力商品はベトナムで作ったオリジナルアオザイで、当時はアオザイブームもあって良く売れた。その後10年で閉店し、革職人の元で4年間修業する。
「ベトナムでバッグ作りの起業をしようと考えたからです。ただ、後半1年は実家に帰ってたので、周りはそう思わなかったみたいです」
ホーチミン市で2009年に刺繍バッグpangan daranをスタート。サービスアパートの一室を会社にして、ベトナム人の職人たちと、ベトナムの刺繍を施した女性用バッグの制作を始めた。
鈴木氏が生地のロールからバッグとなる布を切り出し、刺繍の色を決めて、刺繍職人に依頼。出来上がった刺繍に合わせてパターンの形に布を切り抜くと、金具、ファスナー、革、糸などの材料を揃えて、今度は革職人に依頼。各職人にはパソコンで作ったデザインをプリントアウトして、説明していく。
このように全てが手作業で、同じものが2つとない刺繍バッグ。デザインの決定から完成まで約2ヶ月という長丁場であり、商品を手にする最終的な顧客は日本在住者だ。
「デパートの催事場などのバイヤーさんがお客さんで、買い付けに来ていました。注文制作では採算が合わないので、全てが私のオリジナルデザインです」
2011年に現在の実店舗に移転。月に数十個の単位でバッグを制作し続けるが、デザイン以外にも生地の購入、アイロンでの布への裏地の接着、日本での金具の仕入れなど、何かと手間暇が必要だった。そこで全く新しい分野、「刺繍ハンカチ」にチャレンジする。
「これから売るぞ、というときに新型コロナがやってきました」

可愛い刺繍ハンカチ
めっちゃ売れてます
刺繍ハンカチはハンドタオルで、その隅にフォー、バインミー、アオザイ美人、333ビール、シクロ、ココナッツジュースなどベトナムを象徴するイラストが刺繍で縫われている。どれも色鮮やか、刺繍は実物にそっくりで、可愛らしい印象を受ける。
「新型コロナが収束してから売れ始めました。もし売れていなかったら帰国していました(笑)」
卸し先は主に観光客向けの土産店で、日系スーパーもある。都市はホーチミン市が中心だがニャチャンやダナン、ハノイにもあり、購入するのは日本人に限らず世界中の観光客だ。どこの店でも「めっちゃ売れてます」。
以前からオリジナルTシャツを作りたいと思っていた。ただ、大量生産となると生産工場によって素材や仕上がりが全く異なり、良い工場が見つからなかった。バッグとは作り方が違うため、知合いの伝手やネットで探して工場を訪ねるうち、タオル地のハンカチで満足できる工場が見つかった。
完成したハンカチはまずは店舗で販売し、Instagramなどで紹介すると土産店から問合せが来た。自分でも販売先を探すなど販路を開拓しながら、現在では1ヶ月に2000枚以上を卸している。
「お土産用にまとめ買いする方も多く、帰任の時期には駐在員の奥様などが店舗でもたくさん買っていただいています」
バッグと同様に受注ではない独自のデザインで、観光客が喜ぶような図柄を考える一方、自分なりの個性も出す。こだわりは、クスっと笑える、明るい要素。イラストのアイテムは十数種類あり、新規のオーダーの際に新しいデザインを作るようにしている。一方で売行きが落ちたアイテムは生産を止めて、新規と入れ替わる循環を作っている。
刺繍は手作業でなく工場でのコンピュータ制御。大量生産なのでサンプルの段階で色、縫製、デザインなどを確認し、修正が何回か続くこともある。観光客は気付かない差かもしれないが、作り手がこだわらないと徐々に質が落ちるからだ。
「売れ筋はフォー、バインミー、アオザイ、333などで、おじさん系がちょっと……。ホーチミン市のバスは新しくなったから、色を緑から青に変えないといけないですね」

ブランドはサイゴンチェア
思わぬところで手作業も
Tシャツの販売も始めた。こちらも鈴木氏のオリジナルデザインで、バイクで走る人の背中に猫が張り付いていたり、たくさんの飲料水ボトルを運ぶバイクから1本が落ちていたり、やはり笑えるイラストになっている。
Tシャツはビニール袋でパッキングされた状態で届くが、ハンカチの包装は鈴木氏の手作業だ。バッグに比べて生産はかなり自働化されたが、ハンカチのパッキングは売行きが良いだけに作業量も多い。
「商品を包むビニール袋や製品名を書いた紙のタグなど、ベトナムは副資材の種類やサイズが少なく品質もまばらなので、検品を兼ねて私が詰めています。近々パートさんを雇えそうです」
刺繍ハンカチとTシャツのブランド名は「Saigon Chair」。ローカルの食堂やカフェで良く使われている、背の低いプラスチックのイスを意味している。

日本での広告やアオザイの刺繍、ベトナムでのバッグ、ハンカチ、Tシャツも、全部が平面のグラフィックデザイン。対象は違っていても、「私にはグラフィックが作りやすい」と語る。
今後も経営者とデザイナーを続けていくが、他社からのデザインは受けないと決めている。依頼されることもあるが、断っているそうだ。
「今の仕事もできる範囲でやってますし、好きな物だけデザインしたいです。あと締切があるものが苦手です……」
ALIVE Vietnam
マーケティングを重視する理由
経営課題を解決するデザイン

徹底的な伴走で支援
その中で活路を見出す
名古屋のホームページ制作会社、アライブ。2001年の創業当初、品質の高いクリエイティブで顧客の満足は得ていたが、「果たしてそれが実際の課題を解決をしてるのか?」と疑問を持ち、マーケティングを早くから取り入れるようになった。それを機に、自社のサービスの目的を「作る」ではなく、「顧客の経営課題を解決する」へとシフトさせた。
これが評判となって、名古屋を中心に中京エリアでは一目置かれるデザイン会社へと成長。事業を拡大し、より高いソリューション提供を実現すべく、同社代表自身が海外拠点を探すビジネスツアーを敢行した。
「北米、ヨーロッパ、アジアを周る中、人も経済も活力があって、ベトナムが1番面白いとなりました」
2011年にALIVE Vietnamをホーチミン市に設立。現在はハノイにも支社を持ち、ベトナムスタッフは合計約60人に増えた。設立当初は、日本案件のオフショア開発がメインだったが、日本でのマーケティング体験を活かし、ベトナム国内で新規開拓を進めていった。
「弊社のベトナム国内のお取引では、B to B系のお客様が6割程度を占めており、そのほとんどのお客様が成果を上げられています。ベトナム国内でのオンラインマーケティングは、B to Bビジネスでも大きな成果をもたらしているのが実状で、長期的にお付き合いをさせていただいています」
かく言うALIVE Vietnamの受注は自社マーケティングによるオンラインでの問合せがメインであり、それが顧客への説得力ともなっている。ではなぜオンラインマーケティングが不可欠なのか。
ベトナムは生活インフラが未整備な中でしっかりとオンラインインフラは形成され、日本とは異なる環境。これにより個々のオンラインへの依存度は、日本よりもかなり高い状況にあるという。
「つまり、オンラインマーケティングはむしろ日本よりも必要性が高い。しかしながら、ベトナムでは日系企業も含めて、まだこの重要性については理解されていません」

例えば企業のWebサイトを見ても、「それっぽいものを作って終わり」が多いそうだ。同社ではマーケット調査分析を行い、顧客に合わせた中長期での展望を見据えてのマーケティングから始める。つまり、Webサイト1つをとっても、しっかりとした根拠を元に課題解決を行えるツールとなるよう設計していくのだ。
「まずは目的や目標、現在の状況や課題、サービスなどを理解しながら一緒に深く話し合っていきます」
そして顧客をオンライン分析にかける。そのブランドがどの市場のどのポジションにあり、周囲にどんな競合がいて、ターゲットになり得る層はどこかなどを見定めていく。それが顧客の想定と異なる場合もある。制作に入っても週に1回の定例ミーティングを行い、最善を図っていく。
「課題や強みを一番理解してるのは、お客様自身です。本質をしっかり汲み取って、目的につながる魅力をデザインしていくことが重要です。また、Webサイトは作った後の方が重要。弊社には各分野に専門のスタッフがおり、長期目線で情勢に合わせて施策を打てることが強みです」
芸術作品ではなくビジネス
成長するベトナム人スタッフ
1つのプロジェクトにマーケッター、デザイナー、プログラムを組むコーダーの3チームと、通訳のコミュニケーターを合せて10人程度が携わる。構成メンバーはほとんどがベトナム人だ。
彼らに教えているのは、まず顧客のビジネスと現状、課題、強み、そして目的とターゲットをメンバー全員がしっかり理解すること。そしてマーケティングチームによる調査分析データ。それら点と点が線でつながるデザインでなくてはいけない。流行りだから、効率が上がるからではなくて、必ず根拠に基づくデザインを作ってもらう。
同社ベトナム人スタッフはマーケティングが進む日本のプロジェクトをいくつも経験してるので、ビジネスデザインの本質は着実に根付いているそうだ。
特にB to C系のオンラインマーケティングは華やかなものが多い。消費者に向けてKOLを使う、バズらせる、TikTokを使うなどで、日常的に目を引くかもしれない。それに一喜一憂しては横に広げることが難しいが、マーケティングの思考さえあれば本質を理解でき、横展開もできると城山氏は語る。

製造業、飲食店、物流業…
顧客に寄添い多彩に展開
同社のプロジェクトをいくつか見ていこう。最初は日系の部品メーカーNFK Vietnam。一目で製造業とわかる工場の大きな写真を載せたトップページに、主力商品の写真を配置。商品の魅力を引き出したいと各製品は立体的に撮影してグラフィカルに掲載し、カテゴリーに細かく分類して、わかりやすいイラスト(図面)や細かなスペックを載せた。
「工業製品ですから用途や仕様はきちんと説明します。また、調べていく中で日本品質でもローカル企業と十分戦える低価格だったことがわかり、強みとして強調しました」
製品情報はしっかり掲載。該当する製品がなかった場合でも、この企業なら何かしてくれるだろうとのポジティブな印象を与えて、相談へとつながるようにした。
Rohto Vietnamが運営する日本薬膳レストラン「YAKUZEN」では、Webサイトだけでなくロゴ、ユニフォーム、メニュー、アプリ開発、キャラクターデザインなどトータルでのブランディングを担当した。その一例が8つのカテゴライズとキャラクターだ。
ベトナム人は薬膳を知らないので、日本薬膳の「8つの体質」を説明し、その考えを伝える8種類のキャラクターを作成した。店内にはもちろんタブレットメニューにもこれらを載せて、ミニゲームも作った。
「何を選べば良いかわからない人も多いと思います。そこでクイズ形式のアプリに答えていくと、どの料理が自分向きか提案されるゲームを作りました」
進出間もない時期のPizza 4P’sのリブランディングも同社の仕事だ。ベトナム人客を増やしたいとの要望でWebサイトとメニューをリニューアル。イタリア料理やチーズに馴染みの薄いベトナム人に向けて、農家などどんな人たちの手を経て、どういう想いで料理が作られているかをストーリー風に説明した。
「最もこだわったのはストーリーの演出と撮影です。『注文した料理を食する』の枠を超えて店内やキッチン、メニューなど、滞在する時間でブランドを形成する世界を楽しんでもらえるようにしました」

取材・執筆:高橋正志(ACCESS編集長)
ベトナム在住11年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。
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