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ベトナムビジネス特集Vol112|
レタントン街・飲食店 経営者の新風

ホーチミン市1区にある日本人街、レタントン。日本人向けの飲食店が密集するこのエリアに、新しい風を吹かせる経営者たちがいる。お客としてではなく、同じ日本人ビジネスマンとして彼らの声を聞きたい。


日本で120店をプロデュース ベトナムで人気店3店舗を開店

WONDER KITCHEN Co.,LTD.

CEO

和田吉史氏

 

「えびす」の立上げで来越 8区からレタントンへ

「レタントンを選んだのは繁華街だったから。日本では銀座、恵比寿、新橋、新宿などで開店していましたから。お客さんが集まる、たくさんの飲食店がある場所で勝負したかった」

2017年5月にラーメン専門店「龍神」(りゅうしん)、9月に日本料理店「わか葉」、2018年9月には洋食店「Wine & Dine CLOVER」を開店した和田さん。どこもお客の絶えない繁盛店だ。日本人が好きな洋食レストランを開きたかったものの、まずは自信があったラーメンと和食で勝負。

その結果、今や龍神はお客の半分が韓国人やベトナム人の外国人が占め、わか葉は「暇な日は月に1~2日」というほど予約で埋まる店に。CLOVERは女性にも人気で、ランチタイムは女性客が圧倒的。彼氏を連れての「デート使い」にも使われるとか。

「対象は日本人に限りませんが、日本人が居心地の良い空間を作っているつもりです。ベトナム人が押し寄せるローカル和食店もありますが、ちょっと方向性が違います。日本の雰囲気は壊したくない」

現在41歳の和田さんの飲食店経験は長い。高校時代のアルバイトに始まり、卒業後は居酒屋で調理や接客を覚えた。その後、東京を中心に展開する飲食グループに転職して、十数件の新店舗を開発。その手腕が噂となり、30歳位からは飲食店のプロデュースも始めた。寿司、焼肉、スペインバル、イタリアン、ラーメン、中華などの専門店が中心で、独立後を合わせるとプロデュースした店舗は120件以上。上海、香港、カンボジアなどへの海外進出店も20件ほど経験する。

ベトナムとの出会いは9年前、ホーチミン市にうどんと炭火焼の「えびす」をプロデュースしたことから。現在のように相談できる飲食店経営者は少なく、ひとりで一からスタート。「苦労が多くて、つらい思い出もある」と振り返るが、2011年の開店後に日本に帰国する際には、スタッフが全員で見送りに出てくれて感動したという。

「東京より伸びるのが目に見えて実感できました。4~5年前からマンションを借りて住み、日本での事業は整理して、ホーチミン市8区でベトナム人向けの焼肉店『Than Hong』(赤い炭)を始めました」

約50×50mの更地を借りて、肉の仕入先を選び、約200席の店舗を作った。土日は300人がやってくるほど流行ったが、1年後に大家との契約トラブルでやむなく立ち退き。その後、場所をレタントンに移して新店舗を作っていった。

飲食業で成功するには 「スタッフを好きになる」

和田さん自らが厨房に立つことも多く、料理は昔から、自分が旨いと思うものを出す。そうでなければお客は来ない。そして日本時代と同じく、料理に既成品は極力使わない。わか葉の人気メニューのうどんは手打ちで、おでんの出汁は10時間掛けて取る。CLOVERではパンやピザ生地を作り、評判のデミグラスソースも自家製だ。また、温めるのもプロの仕事なので、電子レンジは使わない。

「手間はかかりますが、ベトナムには若い人がたくさんいて、教えるときちんとやってくれるのが助かります。日本では繁盛店であっても採用が難しい。人がいるありがたさを日々感じています」

飲食店を成功させるカギは「スタッフを好きになること」。上から目線や面倒を見きれない経営者は成功しないと言い、和田さんもスタッフと一緒に飲み、食べに行く。「構うと喜ぶし、食べると元気になる。まるで中学生です」と微笑む。

また、人、物、金、以外で重要なのが「ハコ」(店舗・物件)。わか葉であれば長いカウンターを作って清潔さをアピール。内装は古民家風に統一し、アンティークショップで探した茶箪笥に小皿を収納するなどの凝りようだ。一般的な内装費の10倍を掛けたという。

ハコのもうひとつの意味は、立地などを含めた優良物件を得るタイミング。資金が豊富でも解決できないことで、和田さんは頼りになるベトナム人からの紹介や、商売柄流れてくる情報もあるそうだ。

彼のベトナムビジネスの特徴は1棟借り。店舗の入るビルを1棟そのまま借りて、使わない部分を賃貸にしている。CLOVERの場合は奥行きが約20mと広く、出入口が2つあった。そこで背面の奥行5mほどのスペースをバーに、3階はカラオケ店に貸し、それ以外をアパートにしている。それぞれから家賃収入が入るビジネスだ。

「やっぱり飲食業で得たお金のほうがうれしいですけど(笑)」

ビンズンにわか葉の2号店 将来はハノイでラーメン店も

9月にはビンズン省にわか葉の2号店を出店予定。日本人が少なく、ベトナム人以外に台湾人や韓国人が多く住むことから、外国人比率を6割にしたいと計画している。日本の味付けは変えずに、彼らに喜ばれそうなメニューを用意するという。

将来はハノイへの進出もありそうだ。ホーチミン市から自分で管理できないのが悩みだが、出したいのはベトナム人向けのラーメン店。ベトナムでラーメンの認知度は上がっており、レタントン街にラーメン店が林立しても、龍神の売上は伸びている。食べるベトナム人が増えているのだと実感している。

「飲食業は他と業種とは違います。その場所で働けて、美味しいものが食べられて、お客さんを紹介できて、仲間と集まれる。私は好きです」


出店ペースは半年で1店舗 ベトナムで社員を店長に

株式会社ウィン

代表取締役

山本 崇氏

鳥貴族から20億円企業へ 社員の夢を叶えたい

「出店ペースが早すぎないかと心配もされますが、人、モノ、金は常に何かが足りないもの。揃ってから決めるのでは遅くて、ちょっと無理しないとスピードは出ません。出店すれば足りないものは集めるものです」

今年2月にオープンした大衆酒場「まるや」。1階と2階で50席ある店は、予約なしでは入れない日があるほどの繁盛振りだ。山本さんも店内で声を上げ、接客し、見送りもするが、日本では飲食店25店舗を運営する年商約20億円企業の社長。ベトナムには「社員を経営者にするためにやってきた」。

大手焼鳥チェーン「鳥貴族」の社員から29歳で独立し、株式会社ウィンを設立。事業は順調に伸び続けたが、悩みもあった。飲食業界に興味を持つ人が入社しても辞めてしまうのだ。こうした人材は独立を夢みる人が多いが、鳥貴族にフランチャイズの制度はなく、採用のための広告宣伝費は年間で2000万円にも上った。

そこで、独立して店を持ちたいという社員の夢と、「将来はアジア進出」という自分の夢を叶えるために、社員2人と3人でベトナムへ。その一人山下将弥さんはまるやの店長であり、もうひとりの小林良太さんは8月にオープンする2号店の店長だ。今後も半年に1店舗をオープンする計画で、その店長は日本の社員に立候補してもらう。

「山下と小林の姿をドラマチックに日本の元同僚に見せて、希望者を募って、どんどん店長を連れてくる。ベトナムが伸びると同時に日本側のパワーにつながる」

7月にはベトナム人スタッフ1人を日本に送って、日本の人手不足解消にもつなげた。山本さん曰く「僕らががむしゃらに働いた20代のように働く」姿が日本のスタッフに刺激になると感じている。今後も「逆輸入」を続けるつもりだ。

「ベトナム人スタッフはFacebookで集めました。日本では年間2000万円だった採用コストがゼロ円です(笑)。皆に夢があるとわかって、アルバイトでなく正社員にしています。やる気が違ってくるでしょ」

焼鳥ではない鶏で勝負 2号店はたこ焼き居酒屋

ふんぞり返ってやりたくないと、出店の資金は全て山本さんのポケットマネー。開店1ヶ月で経営は安定し、ベトナムでのキャッシュで回せるようになり、売上は目標金額まであと一歩。しかし、お客に評判の看板メニューは得意の焼鳥ではない。実は鳥貴族との間で「串に刺した料理は出さない」という契約を結んでいるのだ。

ならば刺身でも食べられる鳥料理を出そうと、鹿児島の知覧地鶏を「もも」と「焼き」で提供。これが大当たりした。「和食は素材が命」と、従来のネットワークを使って集める食材のほとんどは日本からの空輸。原価は高くなり、日本と比べると売上は少ないが、人件費の安さや採用コストゼロなどで利益は出ている。

「ベトナムの食材を使っている店は原価が安い分だけ、お客様が少なくてもやっていけるはず。うちの場合は満員にしないとね。値段以上のクオリティを出しているから、多少高くても安いと感じてくれる方、噂を聞いてわざわざ来られる方が多いんです」

ターゲットは100%日本人で、メニューも日本語がメイン。実際の客層も40~50代の日本人男性が多く、5%がベトナム人とか。お客が日本と同じ感覚で楽しみ、店を出て「そうだ、ここベトナムだった」と勘違いするほどの空間が作れたら最高という。

新店舗ごとに業態を変える予定で、2号店はたこ焼き居酒屋。店名は「やまちゃん」で、まるやと同じく「や」を使うのは、名前の「山本」から。本場明石市で捕れたタコを使って大玉を作り、粉は大阪の有名たこ焼き店と同じものを日本で調合。「大阪出身なのでたこ焼きにはうるさい」そうだ。

「2号店もこれから増えていく日本人ビジネスマンが対象です。今後和食店は淘汰されていくでしょうがお客さんの判断。うちの強みが出せます」

立地は同じレタントン街で、まるやと同じ通りのすぐ近く。山本さんが管理しやすく、スタッフ同士のヘルプや、食材の共有ができるなどのメリットも考慮している。

事業の情熱とはスピード 本気の経営者を見せる

アジア進出に当たってはタイやフィリピン、ハノイも視察したが、探していたのは「活気があってわかりやすい場所」。レタントンがぴったりだった。そのレタントンで憧れの永露仁吉氏(次ページ参照)と偶然出会い、声をかけて話をした。「ここを新橋みたいな横丁にしたい」という言葉に共感し、「日本で頑張っている経営者を連れてきたい」にしびれて、1ヶ月後の11月に物件を決め、翌年2月に開店した。

今はベトナムに集中しており、日本の会社とはLINE、ネット、電話で連絡。まず問題はなく、社長判断の相談事は多少スピードが落ちるが、その分ベトナムのスピードを上げたいという。

日本では鳥貴族の看板や常に周りを気にするなどの意識があったが、ここは自分のことだけに集中できると喜ぶ。これまで困ったことは1つだけで、テト休暇を知らなかったのでその影響で電気工事が進まずに、電気が使えたのが開店当日だったこと。それも笑い話になった。

「29歳で独立してから現場に出ていませんでしたが、42歳で復帰しました(笑)。お客さんの生の声を聞いて、若いスタッフと仕事をするのが本当に楽しい。こんな本気の経営者の姿を見せたい」


レタントンは仮説実証の場 検証を重ねて多店舗展開へ

株式会社菊の華

代表取締役

永露仁吉氏

寿司・刺身以外の和食 韓国人へもアプローチ

「和食といえば寿司と刺身。そう考える人が多いベトナムで、それ以外の和食でお客さんをいかにして呼ぶか。レタントンはその検証の場です。ただし、お客さんは日本人とベトナム人に絞っていません」、

レタントン街で「ラーメン暖暮」、韓国料理「あぷろ」、「鶏そばムタヒロ」、とんかつ「FUJIRO」などの人気店をプロデュースをしてきた永露氏。プロデュースする店には出資をして共同経営者となっており、現在全力投球しているのがFUJIROだ。

同店はカナダ産の厚切り3cmロースカツなど、とんかつが定番の「定食屋」。上質の肉、サクサクの衣、米は新潟産コシヒカリと、こだわるのは日本の味だ。2017年5月に開店するとたちまち人気となり、2018年8月に拡大移転すると来客に加速がついた。

FUJIROには日本人だけでなく、韓国人や台湾人も多く集まる。永露氏の戦略であり、とんかつを選んだのも徹底したリサーチとマーケティングの結果だ。日本人もそうだが韓国人や台湾人もとんかつを好み、豚肉はベトナムでも入手できる。しかも、とんかつはタイやフィリピンでは既に人気メニューの一つで、ASEANでも好まれることは実証されていた。

「私は韓国人のインバウンド事業もしていて彼らの好みを知っており、韓国を訪ねて流行りの和食や店のスタイルを勉強しています。ベトナムで彼らにアプローチしている和食店は極めて少ないと思いますが、狙い目です」

永露氏が初めてベトナムに開店したのは、2014年に誕生したイオンモール・タンフーセラドン店2階のフードコート。ハンバーグでベトナムの中間層を狙ったが、残念ながら2年後に撤退。そこで感じたのは、ベトナム人の好きな味付けではベトナム料理に勝てず、つまるところベトナム人の嗜好は日本人の自分にはわからないということ。ならばと、ベトナム人が作れない本場の和食に発想を変えた。美味しいものは美味しいはずと、味付けもベトナム人仕様にしていない。

「最初のターゲットは日本人。その後で日本人の10倍いて、様々な和食が好きで親和性が高く、経済力もあり、ベトナム人よりは呼び込むのが楽な韓国人、あるいは台湾人を狙う。ベトナム人はその次の、最終目標でいいと思います」

現在のおよその客層は、日本人5割、韓国・台湾人4割、ベトナム人とその他が1割。レタントン街で日本人の数が一気に減る日曜日でも、外国人を中心に約400人がFUJIROに集まるという。

多国籍か日本人に絞るか FUJIROを水平展開へ

永露氏はFUJIROを成功と考えて、8月に2号店を出店する予定。場所は韓国人居住者が多く、ベトナム人のニューリッチ層も住む、ホーチミン市7区の高級住宅街フーミンフン。客層はレタントンと異なり、韓国人6割、ベトナム人3割、日本人とその他1割と見込んでいる。

永露氏はFUJIROの外国人客やベトナム人客を、「本当はレタントンには来たくない人」と感じている。ヘムが入り組んでいてバイクを止める場所が少なく、女性による呼び込みも多いからだ。そこで2号店では韓国人ファミリーや、レタントンに行きたくても行けなかった女性や子どもを想定して、キッズルームなどを作る予定。店長は日本語と英語が話せる韓国人をソウルでスカウトした。

「実験と検証を重ねて成功する店を作り、そして増やしていく。将来の3号店では、ベトナム人客の比率をもっと上げるつもりです」

ベトナムに住む日本人は多くて3万人程度。店の拡張にはベトナム人もそうだが、韓国、台湾、中国、欧米などの人たちを対象に広げるべきで、国際都市ホーチミン市ならできるという。成功する和食店とは幅広い国籍の顧客を取り込んでいくか、日本人のみを対象にして、日本でも選ばれるくらいに料理や接客のクオリティを上げるかだという。

前者であれば水平展開で店舗を増やし、後者なら垂直展開でより質の高い店を作っていく。水平展開のためには再現性の高いシステムが必要で、そのためFUJIROでは調理方法などをマニュアル化している。

「失敗しがちなのは自我の押し付けが強すぎる経営者。こういう料理を出したい、こんな店にしたいなどの思いが強い人です。私は『ニーズありき』でビジネスを考えます」

繁盛店の理由は経営者の行動力であり、マーケットの分析力だという。だから経済成長や中間層の増加などを理由に出店するのは間違いの元で、彼も自分の店が流行っているのは景気のせいと思っていない。市場が広がっても他店との競争条件は変わらず、流行る店も閉店する店も出てくるのだ。

苦労は資金調達くらい 結果が出る飲食は面白い

ビジネスには課題が常にあるが、それをひとつひとつ解決していくのが経営者の仕事。そのため、自分の力だけでは解決できないのが「苦労」であり、その最たるものが資金調達と語る。ベトナムの銀行は外国人には融資してくれないからだ。

「6年前に持ってきた資金以外に資金追加は一切していません。店舗から生み出した利益を次の出店に投資し、それを繰り返していく。だから、1店舗たりとも失敗はできません。無借金経営を続けています」

彼がベンチマークしている飲食店は、「Pizza 4P’s」と「北海道幸(Sushi Hokkaido Sachi)」。理由は憧れるくらい経営者の頭が良いからで、刺激にも勉強にもなるという。ベトナムでは飲食店の幅が広がり、ベトナム人は「こっちが美味しい」を繰り返して、舌が肥えてきた。

「美味しい料理と良いサービスとお手頃価格。これだけでは日本で成功してもベトナムでは難しい。だから飲食業は面白いんです。勉強や研究した結果がすぐに出ますから」