ASEANの中でシンガポールに次いで日本とのM&Aが多いベトナム。日本企業はベトナム企業のどこに魅力を感じ、どのような経緯で買収し、当地で事業を継続・拡大させてきたのか。業種の異なる3社に話を聞いた。
黒字化までの早さでM&A
シンガポールかベトナムか
ゼネコンなどと提携して商業施設、オフィス、工場などに空調や給排水といった建設設備を施工する太平エンジニアリング。国内のみでの事業リスクを下げることと将来性を見込んで海外進出を始めた。
2012年にシンガポールにSPC(特別目的会社)のTAIHEI ENGINEERING SINGAPOREを設立後、日本と同じ建設設備の事業会社として、2013年にミャンマーにTaihei Engineering Myanmarを設立した。
「ミャンマー人とビジネスで交流があり、当時のミャンマーブームもあって、まずミャンマーを考えました」
2017年にはカンボジアにTECMを設立。ミャンマーとカンボジアの経験で、ゼロからの現地法人では黒字化までのスピードが遅いと、現地で経営基盤ができている企業の買収に切り替える。
2019年にコンサルティング会社に依頼して、希望に沿ったASEAN圏内の企業が5~6社上がった。それをシンガポールの2社とベトナムの1社に絞り込み、各社を訪問した。技術責任者である宮本氏が現場や作業を確認して問題ないとしたのが、ベトナムのDuc Duong Trading-Engineering(DDC ENGINEERING)だった。
「良いというより悪いところがない、もしあっても修正できる会社だと思いました」
法務と財務のデューデリジェンスをそれぞれ専門の会社に依頼。事前に確認できない部分もあったが、買収後に驚くような欠点は見つからなかったと振り返る。
DDC ENGINEERINGは2005年の設立で、主事業はベトナム企業への設備工事。太平エンジニアリングと同様に建設設備のサブコンであるが、消防設備に秀でていた。ベトナムはスプリンクラーや消火栓など消防設備の建設審査が厳しく、消防の許認可が下りないと建設が始められない。
「当時はさほど重視しなかったのですが、消防設備への強みが後にバリューを生みます。このM&Aは正解だと思いました」
消防設備で日系を顧客に
国家資格の保持が強み
2020年3月にDDC ENGINEERINGを買収。当時の株主は6人おり、彼らから合計で65%の株式を取得した(現在は70.5%)。
ベトナムの建設会社がレベルアップしていくにはしっかりした財務的な基盤が必要となる。その財務基盤に加えて独自技術や日系顧客開拓の可能性があることで、DDC ENGINEERINGはM&Aを受け入れたようだ。
この経緯でわかるように、太平エンジニアリングはASEAN内での新規進出を予定しており、結果的にベトナムに決まったことになる。
経営層は日本人3人とベトナム人2人。社長と副社長は前社のベトナム人が引き継ぎ、もうひとりの副社長に宮本氏が就任、ほかは太平エンジニアリングの役員が務めている。
新型コロナの影響で宮本氏は2020年9月に赴任。早速日系企業に対して消防設備のセールスを開始し、12月には最初の案件となる日系ゼネコンの仕事を受注した。組織運営は営業と同時に「走りながら作っていった」。
国民性、文化、商習慣の異なるベトナム企業に対して、相手のスタイルを受け入れるか、日本式に変更するか、あるいは両者を融合するのか、決めるべきことは多かったという。
「結果的にうまくいくことが多かったですが、早期に決めておけば良かったと思う部分もあります」
2022年と2023年は売上の半分以上を日系企業が占めるようになった。顧客はゼネコンやサブコンが中心で、生産ラインの変更から消火設備を移動するなどの製造業もある。
日系企業が増えた理由は、社長を含めた消防コンサルティングの国家資格を持つスタッフの存在が大きい。こうした資格や独自のネットワークが消防の許認可に影響を持つため、消防で建設に苦慮していた日系企業のニーズを救い上げた。
また、同業の日系企業に比べてコストメリットが出せること、同業のベトナム企業に対しては日本品質や日本語対応が優位となっているようだ。
仕上げを良くする重要性
7月にハノイ事務所を設立
社員は約80人。仕事は案件単位でマネジャーとなるエンジニアを中心に7~8人がチームとなり、必要があればアパートなどを借りて常駐する。設備施工のための期間は長ければ1年半や2年にもなる。
宮本氏は「技術的に決してハイレベルな仕事ではない」と言いつつも、日系企業の顧客の増加もあって、機能面は当然として仕上げを重視するように伝えている。
「仕上がりを良くしないと仕事が続かないと言い続けて、私も極力現場に足を運ぶようにしています」
実際に案件はリピートされており、スタッフが喜んで次につながるという成功体験が生まれている。この効果は社内全体に少しずつ積み上がっており、労務や人事などの改善点はあるとしつつも、M&Aが原因でベトナム人スタッフの士気が落ちたとは思わない。
本社はホーチミン市にあり、今年7月にハノイに営業拠点を設立した。日系企業に向けた日本人スタッフも採用し、南北で合計4人に増えた。
売上は伸びている一方で、収益率はまだ上げられると語る。ただ、昨年からの不動産市場の悪化で建築物の新規案件が止まるなど、ベトナムの建設業界は厳しい状態が続きそうだ。
「外資系のサブコンで2020年の進出など、考えたら最後発もいいところです。同じ事業なら価格の叩き合いになってもおかしくないのに、日本でも専門にしていなかった消防設備で差別化できた。M&Aは成功だと感じます」
清掃事業は現地企業が優位
業務、品質、マナーをチェック
今年で創業61周年の三峯産業は総合ビルメンテナンスが事業で、約7割は清掃業務。日常的な清掃のほかガラス清掃を得意とし、日本では数々の著名な大規模物件の清掃を実施している。
同社社長の長男である大石誠氏は、大学卒業後に大手ビルメンテナンス会社に入社した。そこで業界全体の人材不足に直面する一方、日本に働きに来ているベトナム人技能実習生をきっかけに、ベトナムマーケットに興味を持つようになった。
「まずは自分がベトナムに行って外国人として働き、異文化とベトナムビジネスについて理解したいと思いました」
退職して2019年にベトナムのベカメックス東急に入社。建物管理の統括マネジャーとして2022年まで働く。
「ベトナム市場は有望と感じました。日本への人材供給も考えて、現地法人を作ればコストダウンもでき、日本に行くベトナム人が負担する金額も減る。双方にメリットがあると思いました」
M&Aでの進出に決めたのは、当地での顧客開拓や人事管理はベトナム人でないと難しいと感じたから。ベトナムに特化した進出支援会社に依頼し、候補となる企業を探した。
進出支援会社が作ったリストの約20社のうち、12社程度を三峯産業の社長と大石氏がインタビュー。新型コロナもあって全てが通訳を入れたオンラインだった。2022年から各社の清掃品質、マナー、態度などの現地調査を始めて、選んだのが2008年設立のHappyCleanだった。
同社はマンションを中心に病院、学校、工場などに幅広い顧客を持ち、マレーシアで博士号を取得した社長には国際的な視点があった。また、ベトナム清掃協会の南部会長も務めており、業界での人脈が多くあった。
「現場で見た清掃の品質とマナーもしっかりしていました。胸に手を当ててお辞儀をするスタイルには日本に近い感覚がありました」
M&Aの交渉がスタート
進出には3つの目的
進出支援会社を介して交渉をスタート。HappyClean側としても顧客開拓の幅が広がることと、ベトナムで育成した人材とサービスを日本に輸出したいという思いがあり、日本企業と協力して事業を進めたい考えた。
そこで進出支援会社と両社での交渉の末、2022年8月に新会社のHappyClean Japanを設立、2023年4月に三峯産業の出資手続きが完了した。
「相手企業と共に成長したい、スタッフのモチベーションを下げたくない、投機的な投資ではない、といった気持ちがありました」
経営層の人数は対等で、社長と副社長はHappyCleanのまま、会長は三峯産業社長である大石喜央氏、もう一人の副社長は大石誠氏として、日越2人ずつとした。
進出の目的は3つで、①日本の技術を用いたベトナム企業の発展、②日本側の人手不足解消、③将来ベトナムで活躍できる人材の育成だ。
1つ目の日本の技術とは安全対策、清掃技術、マナーなどで、洗剤の使用も含まれる。特殊清掃では日本製の洗剤やコーティングを使うことによって建材を長持ちでき、エコにもつながる。
2つ目の人手不足の解消とは、自社での採用、教育、管理だ。ベトナムに現地法人を持つとベトナム企業から日本企業に直接人材を送ることができるため、コスト削減ができる。また、ベトナム企業側で採用と教育をすることにより、安定的に良質な人材の確保ができる。
3つ目の将来ベトナムで活躍できる人材の育成とは、日本側での教育である。単に清掃員として働くのではなく、日本の安全対策、清掃技術、マナーを学び、将来はHappyClean Japanのマネジャーやスーパーバイザーとして活躍してほしいと考えている。
日本品質をベトナムに
日本でベトナム人チームを
今年4月に新会社としてスタートしたHappyClean Japanは、ベトナム南部の高級マンションやハイネケンのビール工場など、大型物件に対してサービスを提供している。
日本のマニュアルを使用し、社長が日本の洗剤メーカーに出向いて購入した洗剤も使っている。洗剤の使用には専門知識が必要で、床材と洗剤の組合せは何十何百種類にもなるという。
また、工場清掃においては、日系で唯一という工場の高所清掃に特化したサービスを提供している。
「ベトナムでも段々とメンテナンスの重要性が理解されてきています。目の前の値段の安さにとらわれず、中長期的な視点での理解が進んでいくと思います」
日本側では、将来ベトナム人のみの清掃チームを作りたいと語る。現在三峯産業ではベトナム人が既に働いているが、今後はHappyClean Japanからリーダークラスのベトナム人の送込みを考えている。
「今の日本にはベトナム人の若い力が必要です。ベトナム人の若い力でより良いサービスを提供していきたい」
地場最大の調査会社を買収
ベトナム人が経営を継続
日本トップクラスの調査会社であるインテージ。持ち株会社であるインテージホールディングスが今年10月、ドコモの子会社となったことでも話題を呼んだ。
インテージが本格的に海外事業を始めたのは2002年の中国・上海での現地法人設立からだ。2008年7月にはタイに進出。地場の調査会社Research Dynamicsを買収して、INTAGE(Thailand)を設立した。
この2つの成功体験から2011年11月、ベトナムのFTA Research and Consultant(FTA)の80%の出資分を取得して子会社とした。その後、社名をINTAGE VIETNAMとする。
主要顧客に寄り添って、中国とタイに進出したのが海外拠点の始まりである。ベトナムも同様で、主要顧客が進出し始めていたことで判断した。
2008年のリーマンショック後、多くの主要顧客がBRICSとアジアへの進出を加速させていた。インテージも2012年にインド、2013年にシンガポール、香港、インドネシアに拠点を作る。
タイのResearch Dynamicsは地場トップの調査会社で、ベトナムでも同じ地場トップのポジションのFTAを相手企業に選んだ。それまでの数年間、業務提携をしていたパートナーでもあった。
FTAもインテージグループに入ることを望んだようだ。調査会社の世界トップ3と呼ばれるNielsen、Kantar、Ipsosと競うためには力を持つ企業と組みたい。アジアでトップ級のインテージとの協業はその足掛かりとなるし、ネットワークを活用して日系顧客の獲得も期待できる。
「当時の経営層はベトナム人3人で、INTAGE VIETNAMでも彼らにそのまま経営を託しました」
同じ外資系調査会社出身の3人には一体感があり、社員からリスペクトされていた。100人ほどいた社員はほとんど辞めず、今後への期待の大きさからか士気が上がったようだった。
ベトナム人と日本人でタッグ
顧客のリクエストを重視
海外拠点での経営の現地化として、中国拠点では中国人、タイ拠点でもタイ人が社長となっていた。同時に「次世代人材の登用」に積極的で、中国およびタイでもそれを実現させたが、ベトナムでは叶わなかった。ベトナム人トップが複数人のベトナム人候補を選んだが、候補者の誰もがまだ若かったからだ。
「その後にベトナム人トップが徐々に辞めて1人になり、2017年にINTAGE VIETNAMのマネジャーだった日本人が社長になります」
日本人社長とセールスダイレクターのベトナム人でタッグを組んで事業に当たった。FTA時代に顧客に占める日系企業の割合は20%ほどだったが、M&A後に増え、現地日系企業の顧客と寄り添うことで日系企業の割合は約50%に達した。
その一方で、調査員たちのオペレーションが弱くなったという。INTAGE VIETNAMの調査方法はネットを使ったオンライン調査は多くなく、個人宅や会社を訪ねて聞き取りをする訪問調査が主体。その中核を担うのがベトナム人の調査員だ。
日本人社長はひずみが出ていた社内オペレーションのマネジメントに注力し、再度原点回帰を心掛けた。顧客のリクエストに寄り添って行くためにも、社内オペレーションの強化を実施した。
自分のデスクをオペレーション部隊の近くに置いて、できるだけオペレーション部隊と一緒にいる時間を増やし、オペレーション部隊を強くしたそうだ。
現在では訪問調査、会場調査といったオフライン調査について、ベトナムでもトップレベルの品質を保っており、顧客にインテージならではの強みとして高い評価を得ているという。
データ活用でIT・教育分野
新たに店頭デジタル支援も
今後はこれまで培ってきたデータ活用やコンサルティングのノウハウを用い、データ活用としてのIT分野や教育分野への協力もできるという。
実際にINTAGE VIETNAMは、オンライン教育のIT教育プラットフォームへリサーチ教育のコンテンツを提供したり、ハノイの日越大学との提携もしている。
また、日本本社のR&Dチームの視点では、ほかの海外市場よりもトライアンドエラーがしやすい市場という。そこでベトナムの南部ではAEON MALLと、北部ではFujiMartと協業して、「AJIMI」というテストマーケティング店舗を運営。日系コンビニエンスストアとの協業では、店頭デジタル支援でのテストマーケティングも実施した。
「こうした実験的な動きができることもベトナムの魅力のひとつです」