労働者は来年の最低賃金引き上げを期待しているが、企業は受注の減少や生産規模の減少を理由に賃上げを延期したいと考えている。
過去10年以上にわたり通常最低賃金は毎年1月1日に引き上げられてきた。但し2020年から2022年半ばまでは、新型コロナの影響で最低賃金の調整は実施されなかった。直近の最低賃金の調整は2022年7月1日で、エリアごとに24万~26万VND引き上げられた。現在、最低賃金が最も高いエリアⅠ(ホーチミン市、ハノイ市、ビンズン省など)の最低賃金は468万VNDで、最も低いエリアⅣが325万VNDとなっている。
8月9日に開催予定の国家賃金審議会の第1回会合に先立ち、ベトナム労働総同盟は国内の6つの省と市の3000人以上の労働者を対象に生活状況、需要、要望などに関する調査を実施した。それによると多くの労働者が、生活困窮を理由に来年初めからの賃上げを求めている。
ベトナム労働総同盟傘下の労働者・労働組合研究所のファン・ティ・トゥー・ラン副所長は、この調査結果は、昨年からの物価上昇を受けて、現在の収入が労働者の生活ニーズを満たせていないことを示していると指摘する。「労働者にとって給与所得が唯一の収入減であり、労働者は賃上げを求めています」とラン副所長は話す。
労働者・労働組合研究所の調査によれば、収入が生活費に十分だと回答した労働者は全体の24%で、75.5%の労働者は収入が生活には十分ではないと回答し、中には現在の収入では必要な生活費の45%しか満たせないと回答している労働者もいる。53%以上の回答者が給与額が結婚や出産、子供を実家へ送るなどの決断に影響を与えていると回答した。また、賃貸住宅暮らしの労働者は、家賃と光熱費が給与の23%以上を占めていると回答している
Manpower Groupのグエン・スアン・ソン社長も前回の最低賃金調整から今年の末で1年半が経つとして、来年初めから最低賃金を引き上げに賛成している。
「新型コロナによる一時的な延期を除けば、経済状況が大きく変化しているとしても最低賃金の調整機関が1年を超えることは通常あり得ません」とソン社長は話す。
2022年の消費者物価指数(CPI)は3.15%上昇しており、2023年も7か月で3.12%上昇している。これは、労働者の生活費が上昇していることを意味している。ソン社長によれば、経済状況は厳しいものの全体としては依然として成長の勢いがある。2022年のGDP成長率は8.02%で、2023年も5.34%と予測されている。世界的な需要減による影響を受けている一部の業種を除き、ハイテク産業、食品加工、消費財、物流業などは順調に成長している。
「労働者の賃金引き上げの検討は、労働者がこれまでに直面してきた困難を共有するために必要な措置です」とソン社長は話す。賃金の引き上げを早期に決断することで、企業は来年の人件費について事前に計算することが出来るようになる。
しかし一方で、Economica Vietnamのレ・ズイ・ビン社長は、来年初めからの最低賃金の引き上げは、受注減への対応に苦慮している企業に更なる打撃を与える可能性があり、慎重に検討する必要があると話す。
先日公表されたNavigosグループによる製造業の人材状況報告書によれば、建設資材製造企業の91%が減収となり、縫製業や履物製造業でも44%が減収となっている。また、自動化設備、自動車製造、製薬、バイオテクノロジー、工業製品などの分野の企業も22~37%の売上減となっている。
このような状況の中で、一部の企業は工場の閉鎖、製造ラインの縮小、労働時間の短縮、人員削減などの対応を余儀なくされている。
ビン社長によれば、受注減などの影響を受けているのは労働集約産業が多いため、最低賃金の引上げは、これらの企業に大きな影響を与える。もし、政府が最低賃金を引き上げても、企業の人件費が限られている場合、企業は労働者を削減するか労働時間を短縮せざるを得なくなる。そうなれば労働者の実質所得は変化せず、以前より下がる可能性すらある。
ホーチミン市縫製協会のファン・スアン・ホン会長は、経済状況は予測よりもさらに厳しく、受注量の回復は遅れていると指摘する。「現時点では雇用の確保を重視し、賃上げではなく現状維持を考えるべきです」とホン会長は話す。
ホン会長によれば、労働者の収入は、最低賃金ではなく企業の業績に依存するのであり「注文があり、仕事があれば賃金は自動的に上がります」と話す。一方で企業に十分な利益があれば賃上げや賞与の支給は当然必要だとホン会長は指摘する。
「現在の状況で最低賃金が引上げられれば、企業にとって大きな困難になるでしょう」とホン会長は話し、労働者の生活のために賃上げを実施しても、結果として労働者が失業してしまえば、目的を達することはできないと指摘する。
アパレル業界で約30年の経験を有し、タンビン工業団地に所在するThanh Cong社で人事部長を務めるグエン・フー・トゥアン氏は、現段階での賃上げは、疲弊している中小企業へのダメ押しになると警告する。
トゥアン氏によれば現在大手企業が労働者に支払っている賃金の最低額は、地域の最低賃金を大幅に上回っている。もし2024年に政府が最低賃金を5%上昇させたとしても、これらの企業は給与の調整をすることなく法律の規定を満たすことが出来る。しかし、最低賃金ギリギリの給与を支払っている中小企業の場合、受注が減少している中で人件費の上昇を吸収することはできないとみられている。
ファン・ティ・トゥー・ラン副所長は、現段階での賃上げは企業にとって困難であるとの見方を示す。労働組合の調査によれば、企業の受注減は今後も続くと予測されており、調査対象企業の17.2%が2024年に入ってもさらに受注が減少する見込みだと回答している。
しかし一方でラン副所長は、企業が政府から多大な支援を受けているとも指摘する。これまで労働者の最低賃金引き上げにはGDP成長率は考慮されていなかったため、労働者は経済発展のために犠牲を払ってきたともいえる。言うまでもなく現在ベトナムは中所得国であり、最低賃金を労働者の生活水準に合わせた金額にまで引き上げる必要があるのも事実だ。
「法律では最低賃金の引き上げは企業の業績と雇用の維持を考慮する必要があると規定していますが、最低限の生活水準を維持できない低賃金の雇用を維持する必要性があるのでしょうか?」とラン副所長は問題提起する。
前述のグエン・フー・トゥアン氏は、企業内には給与について3つの考え方があると話す。労働者と労働組合は、常に賃上げを求めている。企業経営者は、適切なコストを支払いたいと考える。人事部門は、最低賃金の上下にはあまり関心が無く、給与は市場の相場に従う必要があると考えている。
例えば、同じポジションでマーケットの給与相場が1500万VNDであれば、人事部は人材を集めるために1600万VNDの給与を提示したいと考える。景気が悪化し、失業率が上昇して給与相場が1000万VNDに下がれば企業の提示する給与額も同時に下がる。
「市場の給与相場に従うのが最も合理的です。つまり景気の良し悪しによって給与も上下するのです」とトゥアン氏は話し、ベトナムの場合は、景気の動向にかかわらず常に最低賃金が引き上げられていると指摘する。
トゥアン氏は、その理由としてベトナムの現状の最低賃金が著しく低く、特に労働集約型産業において労働者の最低限の生活を賄うことが出来ないためだとしている。そのため、労働者の最低限の生活を保障するために最低賃金は引き上げられるべきだが、各企業の給与は相場に従って調整されるべきだとトゥアン氏は話す。
出典:09/08/2023 VNEXPRESS
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