ベトナム人材の争奪戦が始まった。競合は同じ日系企業、外資系企業、伸び盛りのベトナム企業も。採用の現状と変化、日系企業の強味と弱味、より良い人材獲得のためのノウハウを、人材紹介会社に取材した。
入社後の育成環境作り 採用だけでなく定着にも有効
ICONIC Co., Ltd.
より良いベトナム人材を獲得するために
- 給与額やインセンティブを考慮する
- 日本人とベトナム人で面接して、すり合わせる
- 入社後に活躍できる環境をアピールする
- 人材要件と求人票を詳細かつ明確にする
- 採用スピードを上げて、早めに決断する
HR Recruiting Department
Sales Executive
丹代小百合氏
Sales Supervisor
新井潤峰氏
日系企業の採用優先順位 簡単なスキルチェックも
2008年創業のアイコニックは老舗かつ大手の人材紹介会社。紹介する人材はベトナム人が7~8割で日本人が2~3割、求人数ではベトナム人が8割以上と高い。顧客企業は8割が日系企業。そのうち製造業が3割弱で、特に南部では建築系、IT系、繊維系が多く、サービス系も増えてきたという。
ニーズが増加している職種は営業職。案件で多いのは、事業が安定した製造業や物流企業がローカル企業に新規営業を掛けるための、広いコネクションを持つベトナム人営業など。ただ、こうした高度な人材に高給を支払う企業は多く、給与水準が高いとは言えない日系企業にはちょっと辛い。
「給与もそうですが、求職者からは『インセンティブはあるか?』とよく聞かれます。目の前の待遇や条件に惹かれる人が多いようです」(新井氏)
日系企業が採用で重視する内容を聞くと、まずは経験とのこと。そこで面接では、現在の職場の規模、部下の数、任されている仕事の範囲などを質問すると良いという。履歴書に書かれていない実情を知るためで、例えば大企業と中小企業では、同業種でもこれらが大きく異なる場合も。入社後に予定している仕事の内容やポジションと、応募者の実情と重ね合わせれば、ミスマッチが減って採用力が上がるはずだ。
優先順位の2番めはスキルで、多いのが日本語能力。N1の希少さはわかっているのでN2レベルを求める企業が多い。
「この数年で日本語のできる人が多くなりました。日本への留学生や技能実習生を含めた、日本語学習者が増えているのでしょう。ただ、それだけ日本語人材の幅が広がっており、同じN2でも自社の望む人材か見分けるのは難しい状況です」(丹代氏)
3番めは日系企業らしく、人柄。面接では日本人とベトナム人の人事職の同席が増えており、日本人は応募者の表情や返答を、ベトナム人は経験やスキルを重視するそうだ。
「それぞれの異なる視点で応募者を見て、すり合わせて決めていくのは良い手法と思います。また、面接の場では簡単なスキルチェックも有効です」(丹代氏)
日本語や英語の語学力なら会話をする、プログラマならコードを書かせる、CADエンジニアならCADの操作などで、5~10分でもある程度の見当がつくそうだ。また、日本語能力試験やTOEICなどの資格なら、念のため証明書を持ってきてもらう。
「面接では日本企業の良さはぜひアピールしてください。親日で日本語を学んだ人は多いですし、例えば韓国系はトップダウンが普通ですが、日系はチームプレイでフェア、職場の雰囲気は優しいですよね」(新井氏)
福利厚生の制度設計がしっかりしている企業もあり、製造業なら技術力の高さや品質管理の厳しさが、当人のスキルアップにつながる。入社後に活躍できる環境があり、会社がサポートしていることをアピールするのだ。
人材要件や求人票を細かく 採用スピードはより早く
人材採用は募集する前から始まっている。中でも大切なのが人材要件の設定だ。どんな能力が必要で、なぜ必要なのか。求める経験・スキルは必須なのか幅があるのか。こうした詳細をわかっていない担当者もおり、聞いてみると仕事は総務でなく営業サポートだったり、会計ではなく総務、人事、会計の全てだったりする。
「仕事内容と人材要件は明確にすべきですし、特に優秀層は求人票の内容を細かく聞いてきます。求人票が曖昧だとそれでけで興味をなくす方もいます」(新井氏)
求人票には業務内容、職種、求めるスキル、資格、給与、待遇、福利厚生などが載るが、求職者からは企業規模やレポートラインをよく聞かれるそうだ。企業規模なら現在の従業員数と日本人の数、レポートラインとは上司の人数や国籍、応募者がマネジャーであれば部下となるスタッフの数や男女比などだ。
面接の後も大切。日系企業は採否の連絡に時間がかかり、3次、4次面接まで行う企業もあって、全体的な採用期間が長い。本社の意向などで仕方のない面はあるが、良い人材は早く決めないと他社に取られてしまう。しかも、ベトナム人の判断は早い。
「目の前のオファーが気に入れば即断する人が多いので、1週間待たせると気持ちが冷めてしまいます。連絡が遅くなる場合は、『◯日までに返事をするのでもう少しお待ちください』などとこまめにコンタクトを取るのが良いです」(丹代氏)
慣れている企業は同日に2次面接をしたり、3次面接などせずに即断してオファーレターを出す。採用スピードは早いに越したことはない。
入社後の環境作り 取り組む日系企業が増加
採用だけで終わらせず、入社後に戦力となって、定着してもらうことまで考えたい。その手段となるのが、先にも触れた入社後の活躍環境作りだ。実際、マネジメント教育や研修を導入したり、給与制度や人事制度をしっかり整える日系企業が増えている。
「弊社には人事コンサルティング部門がありますが、そこへのご相談が多くなっています」(新井氏)
この部門は5~6年前に、顧客企業のニーズから生まれたもの。それが拡大して新規事業へと発展した。最近では新入社員向けのマナー研修が人気だそうだ。
「現在では人材紹介と人事コンサルティングが弊社の2本柱となっています。人材紹介も、入社後の活躍を意識した人材を紹介するように心掛けています」(丹代氏)
欲しい人材なら高待遇も視野に 社員と一体となる組織と採用
JAC Recruitment Vietnam Co., Ltd.
より良いベトナム人材を獲得するために
- 人を大事に。必要な人材なら高待遇で迎える
- 管理者となるステージを用意する
- 面接で個人事情を聞いて入社後を想定する
- 応募者が希望する教育サポートを用意する
- 会社のビジョンを全社的に共有する
General Director
Ms. Le Thuy Dieu Uyen
ベトナム人に任せる組織作り 人を大切にする発想を
ハイクラスの人材紹介を得意とするJACリクルートメントベトナム。紹介する人材は20代後半からの経験者が中心で、ベトナム人が65%、日本人が35%。顧客企業は70%が日系企業だ。
最近の日系企業の求人で目立つのは商社の営業職採用。ベトナム内需を狙い、ローカル企業を販社として、ベトナムでは作れない日本製の精密機器や医療機器を輸入販売する。近隣諸国に支社はあってもベトナムに法人は立てず、国内にネットワークを持つベトナム人の営業マネジャーを採用して、日本人は出張ベースでサポートする体制だ。
「部下を持たずに、新規開拓から全てを完全にまかせられる、欧米系外資で働いていたような英語話者の優秀層です。日本語能力は重視しません。こうした人材を月収4000~5000USDで雇用するという、ベトナム国内を狙った高度人材の求人は、日系企業では始まったばかりです」
求める語学力は企業規模で差が出るという。大手企業はグローバル展開もあって日本語人材を積極採用しておらず、それより給与が安くて専門スキルを持つ英語人材にシフト。一方で英語を得意としない人が多い中小企業では、日本語人材のニーズが相変わらず高い。
「日本語人材は日本人に付けるアシスタントが普通なので、最初は採用を喜ばれますが、スキルアップができないので次第に飽きられます。欧米系に比べて事業スピードが遅いことも、入社後に良い印象を与えません」
求人で多いのはマネジャーなどの管理職と営業職。しかし、この20年で日系企業は、「現地スタッフにマネジメントを任せない文化」を作ってしまったとUyen氏は語る。社内で成長できず、優秀な人材は転職や独立をしていった。そこで、まずはマネジメントを任せてみる。3年、5年先を見据えて、次のステージを用意することが大切という。
「まだ早いという人もいますが、それではいつまでも変わりません。優秀な管理職は自社で育てるか、高待遇で迎えるかです」
経営判断ができるような管理職の採用では、欧米系外資はトップ1人を高給で雇うという。1人に任せるのはリスクだが、2~3年で成果を出すことを求める。対して日系企業はチーム力重視で2~3人を採用し、給与は「相場」を大切にするので、自ずと金額は低くなる。コストダウンが目的で進出する企業も多いので、ベトナム人採用にお金を使うという意識もまだ低い。
「月給数百ドルの差で、優秀な人材が張り切って貢献してくれます。必要な人材、特にハイクラスには高給を考えるべきだと思います。人を大事にするという発想です。そうすれば給与、待遇、制度、福利厚生も自然に変わっていくと思います」
面接で個人の事情を質問 勉強のためのサポートを
面接では、年齢や職歴などから何がどれくらいできるかはわかるので、より個人的なことを聞くという。家族構成や同居家族、持ち家か借家かなどだ。特に女性は出産があるので、小さな子どもの面倒を誰が見るかも想定する。子どもが生まれると出張や残業は難しく、子どもが病気になれば早退もある。ベトナムで何人か出産するのは当然なので、会社としての対応を考えるべきだという。
「成功している人材採用は、面接でかなり細かいことまで聞いています。聞かれるベトナム人も、興味を持ってくれていると感じてうれしいのです。大事なことは、ベトナム人はせいぜい2~3年先までしか考えていないことです(笑)」
そして、本人の意志を確認する。会社でどうありたいか、何を勉強したいか。ベトナム人の勉強好きもあるが、学校でキャリアプランを教わらないので、会社で初めて何が足りないかを理解して、勉強を始めるケースもあるという。
そのため、退社後に専門のコースに行かせるなどすれば、入社のメリットを感じてもらえるし、将来的なリテンションにもなる。日系企業は福利厚生は用意するが、個人の希望を聞いての対応はあまりない。
「福利厚生では、総務の人が会計を学ぶ際などの本人のビジョンに沿った教育サポート。それと最近は健康への意識が高いので、医療保険を望む人が多いと思います」
経営ビジョンを全社で共有 難易度を増すベトナム人採用
会社のビジョンを伝えることも説得材料になる。会社として目指すこと、そのために必要とすること、その結果として社員に望むことなどだ。多くの日系企業は会社の意向をオープンにせず、日本人のみで会議室で相談して決めるので、ベトナム人スタッフに伝わらない。面接の場だけでなく全社的にビジョンを共有すれば、現場の社員からも意見が出てくるし、彼らに合った施策も立てられる。
仮に採用がうまくできないなら、その原因を考える。普通は転職市場に人材がいないか、給与や待遇の問題。前者の場合は、市場に求める人材がいるかどうかを調べる。日系企業に多いのは総務、人事、経理、営業ができる日本語人材といった、1人の社員に複数の専門職を求めるケース。無理に採用しても辞めていくので、組織を見直したほうが良いという。給与が問題なら金額を上げるか、無理ならば条件を下げる。
「ベトナムでは人口も内需もますます増えて、ベトナム人採用は進みます。現地で対応あるいはサポートできるのはベトナム人だけですし、日本も欧米も人口が減って常駐できる人材が少なくなるでしょう。ベトナム人採用は今後も難しくなると思います」
売手市場に日系企業が苦戦 現地に合った制度に変える
Navigos Group, Ltd.
より良いベトナム人材を獲得するために
- 「教える文化」を積極的にアピールする
- 社員と話し合って新しい制度や組織を作る
- 面接で辞めたくなる理由を質問する
- 1~2年先にやりたいことを質問する
- 数値化できる性格診断テストを活用する
Chairman & CEO
越前谷学氏
求人件数は5年で74%増 日系企業に吹く逆風
ベトナム最大級の求人サイトVietnamWorksと人材紹介会社のNavigos Searchを運営するナビゴスグループ。VietnamWorksのデータによれば、2013~2018年の5年間の推移で日系企業のベトナム人求人件数は74%増加し、年平均で10%以上伸びている。採用意欲が高まっているのだ。
これに伴い採用の難易度が上がっており、総採用コストは2013~2018年で293%も増加している。求人広告でのプレミアムサービスの利用や、自社のジョブフェア開催などが増えており、給与やモチベーションアップを狙った福利厚生費も上昇しているそうだ。
求人職種で多いのはIT系で、ベトナム企業もそうだが日系企業にもニーズが高い。メインはソフトウェアエンジニアで、IT企業だけでなく事業会社でのIT運用やWebマーケティング、B to C企業であれば自社のアプリ開発などと仕事の幅は広い。
「ソフトウェアエンジニアの絶対数が足りず、経験者採用が一般的なベトナムで、新卒採用後に自社で育てる企業も増えています。経験2年で月収800~1000USD、リーダークラスで1500USD~でしょう」
売手市場なので、彼らには多くの企業からオファーが届く。転職するとまず給与は上がるし、メンバーからリーダーなど昇格すればさらにアップする。仕事に会話はあまり必要ないのと、日本語人材は極めて少ないので、英語人材が主な対象だ。それにより欧米系などライバル企業も増える。
営業職求人も増加中。特にFMCGの企業で、IT系と同じく日本語能力にこだわらないことが多い。人事や総務などのバックオフィス系、通訳、アシスタントの日本語人材も人気だ。N3レベルで月収700USD、N2なら800~1200USD程度だそうだ。
このような状況で日系企業の採用はかなり難しく、特にマネジャーやダイレクターでは競争力が圧倒的に低いという。理由は給与の安さで、最近では力をつけているベトナム企業も高給を出すようになってきた。
「ベトナム企業の給与テーブルはトップとスタッフの給与差が数十倍、100倍と開く欧米型に近く、逆に日本型は高い給与が出せない構造です。また、重要なポジションにストックオプションを出す欧米系やベトナムの企業は多いですが、日系では聞いたことがありません。収入面の差は明らかです」
また、ルールが厳しいなどの「堅苦しさ」も日系企業への逆風。特にIT人材はリモートワークなど場所と時間を問わない働き方を望むが、可能な会社は少ない。承認のプロセスが遅い、決済の権限者が多い、昇給に時間がかかるなど、スピード感のなさも嫌がられる理由。
「日本の人事や給与のシステムをそのまま使うのはやめましょう。ベトナムの代表に権限を与えて、現地に合わせた仕組みを作るべきです」
得意技は「教える文化」 若手スタッフからヒアリング
では日系企業の強みとは何か。それは「教える文化」と越前谷氏は語る。ベトナム人は成長意欲が高いので教育を受けたがる。しかし、ベトナム企業の社員教育制度は弱く、その文化もほとんどない。日系の大手企業なら複数の研修制度があるだろうし、中小企業なら外部に委託する方法もある。
例えば、入社2年目はこれを覚えて、次にマネジャー候補となって、会社はこの部分をサポートするといった教育の姿勢をアピールする。「教える文化」を実践して、粘って続けていけばコア人材が揃い、強い組織に育っていく。
「ベトナムでビジネスをするなら、ベトナム人スタッフを活かすのが一番。そして、社員とディスカッションしながら現地に合った教育、評価、人事システムを作り、経営スピードを上げるのです」
ディスカッションしたいのは特に若手のスタッフで、彼らの希望や考え方を聞いて、ベトナム人マネジャーなどと相談する。実際、国も年代も異なる日本人の思いが、現場のニーズと合致することなど稀なのだ。
「会社で楽しんでもらおうと思って休憩室にボードゲームを置こうとしたら、皆が要らないと。その代わりスマホでゲームをやりたいから、課金して良いかと聞かれました。日本人のおっさんに彼らの気持ちはわかりません(笑)」
面接でマッチングをチェック 人材市場を見て柔軟な対応を
最後に面接でのポイントを聞いた。基本的に日本と変わらないが、ベトナム人に対しては以下をチェックしたほうが良いとのこと。一つは今までの辞め方。どんな理由で、どのように辞めたのかを聞いて、「どんな時に嫌だと感じるか」、「どうして辞めたくなるか」の質問をぶつける。そして、「当社でそうなったらどうするのか」も併せて尋ねる。
もうひとつは、「今後何をやりたいか」、「会社で何をしたいか」。日本では5年、10年後を想定した質問だが、ベトナム人に合わせてもっと短く、1年後や2年後のイメージで答えてもらう。
これらへの返答から自社とのマッチングや、一緒に働けるかなどがわかってくる。ただ、日本人同士でも採用に失敗するケースがある。
「ましてベトナム人が対象となると、日本で人事の経験がある人でないとまず無理でしょう。性格診断テストなどをうまく活用して、客観的な数値を取り入れることをお勧めします」
高給が出せないならば、違う切り口で自社の魅力を伝える。社内で変えられるなら、ベトナム人が喜ぶ仕組みやプロセスを作る。人材市場をきちんと見て判断することが重要で、市場に取り残されてはいけない。