2021年1月1日からベトナムの改正労働法が施行される。2019年に成立したので内容を知る人もいるだろうが、変更点が多い。トピックな部分を選んで、長島・大野・常松法律事務所の中川幹久弁護士に解説してもらった。
外国人の労働許可証
日本人ビジネスマンにも大きく関係する労働許可証(ワークパミット)。労働許可証の期間は最大2年であり、新法において「延長は1回のみ」とされた。旧法では「延長」の規定はなく、中川氏は2通りの解釈ができると語る。
ネガティブに考えれば、最初の2年と延長後の2年で労働期間は最大で4年間。もうひとつは、延長の際には初回より必要書類が少なく、発行が短期間などのメリットがあるが、2回目の更新からはその恩恵が得られず、初回と同じ手続きになるという考え方だ。
「両説に一応の根拠があり、明文上ははっきりしないので不安に思う人もいるでしょうが、前者はあまり現実的だと思えないので、後者となる可能性が高いでしょう」
また新法では、外国人労働者の労働契約期間は、労働許可証の期限を超過できないことが明文化された。ベトナムでは有期限労働契約の2回目の更新で無期限雇用となる(後述)。しかし、外国人が無期限雇用となると2年間の労働期間を超えてしまうため、新法では外国人は例外的に、有期限労働契約を複数回締結できることが明記された。
外国人の労働許可証の免除要件も改正された。有限責任会社への出資者と株式会社の取締役は免除の対象であるが、新法では出資者の出資金額に下限が定められた。ただし、具体的な金額は今後政令で規定される予定である。
また、ベトナム人と結婚してベトナムで生活する外国人も労働許可証は免除となった。
労働契約の有期限と無期限
ベトナムでは有期限労働契約は1回のみの更新で、その次の更新では無期限の労働契約を結ぶ必要がある。しかし、解雇が難しいベトナムでは、有期限契約を繰り返したいと考える雇用主もいる。
「そこで労働契約書に『別紙』を付け、労働契約期間を修正する者が現れました。新法ではこれを禁止し、『別紙での期間の修正は認めない』としています」
例えば、「2019年1月~2020年1月の契約期間を2019年1月~2021年1月に修正する」などと書いた別紙を契約書に添付する手口だ。有期限労働契約の更新ではないという理屈だが、新法下では使えない。
なお、有期限労働契約の更新は1回のみというルールの例外の一つは上記の外国人労働者だが、これ以外に、定年を迎えた高齢者も例外とされる。
定年は延長された。現在は男性が満60歳、女性は満55歳だが、男性は年に3ヶ月ずつ上がって2028年までに満62歳、女性は年に4ヶ月ずつ上がって2035年までに満60歳に延長される。
偽装請負の禁止
日本でも社会問題となった偽装請負だが、ベトナムでも規制されている。労働契約を結ぶと労働者は労働法で保護されるが、これが「請負」となると労働法の保護が及ばない。これを利用し、実質的には雇用関係なのに請負の契約形態で労働させるのが偽装請負であり、ベトナムでも許容されていない。
ベトナムでは、サービス契約などを結び、サービスを提供する会社がサービスを受ける会社(業務の発注者で実質的な雇用主)に労働者を派遣する場合が多い。
「どちらに事実上の指揮命令権があるのかは重要な判断要素です。本来は送込み側にあって受け手側にはないはずが、受け手側の指揮命令で労働させると偽装請負になる可能性があります」
新法では契約の名称に関係なく、有償の労務提供、賃金支払い、一方当事者による他方当事者の管理監督・指揮に関する条項が含まれていれば、労働契約とみなされる。
「こうした内容をあえて法律に明記したということは、今後は監視・取締りを強めていくというメッセージである可能性があります」
今後は要注意である。
労働時間や試用期間
日系企業からも望む声が多かった、時間外労働(残業)の上限時間の延長。月間では30時間から40時間に伸びたものの、企業側の希望だった年間での上限は200時間(例外があれば300時間)のままだった。
ただし、例外の内容が詳細になった。「繊維、縫製、皮革、靴、電気、電子…製品の生産や輸出加工」など具体的な業種や業務内容が明確になったため、申請はしやすくなりそうだ。
「多くの企業にとっては残念な結果でしょうが、好意的な法改正もあります。試用期間などがそれに当たるでしょう」
ベトナムでは本採用前に試用期間を設定でき、この期間中は基本的に契約を一方的に解除できる。旧法では、高度な専門技術を持つ人材は60日、中級の技能だと30日、その他のワーカー等は6営業日。新法ではこれらはそのままで、「マネジャー職の場合は180日」が追加された。
管理職の人事評価は簡単に判断できないので、約半年の試用期間を喜ぶ企業は多いのではないか。
また、有期限の雇用期間に「12ヶ月未満」が追加された。旧法では1~3年とされ、それより短い期間は季節性業務等に限定されていたが、かかる限定がなくなった形だ。
短期間でも雇用しやすくなったわけだが、上記のように有期限契約の更新は1回限りなので、無期限契約までの期間が早くなることでもある。
労使の雇用契約の解除
雇用契約の一方的解約には労働者からと使用者からがあるが、まずは労働者側からの場合の変更点から。旧法では事前の通知(契約期間が12ヶ月未満は3営業日前、1~3年は30日前、無期限契約は45日前までに会社へ通知)に加えて、使用者の給与不払いや契約違反など一定の理由が必要とされていた。
新法では後者は不要になり、事前通知義務さえ守れば契約を解除できるようになった。ただ、実際のところは、事前通知義務さえ守られていないケースも散見されるのだが……。
使用者側からの一方的解約は、労働者による頻繁な労働契約違反など理由が限定されているが、これらにいくつか追加された。そのうちの一つは5営業日を連続して正当理由なしに欠勤した場合、もうひとつは採用過程で採用に影響を与える虚偽情報を提供した場合だ。
「後者はいわゆる経歴詐称です。従来は学歴や職歴に虚偽があっても雇用を続けざるを得ないことが多かったです」
セクハラも懲戒解雇の理由に
懲戒解雇に関する改正もある。従来は登録された就業規則に反する行為だけが、懲戒解雇理由になると解されていた。そのため、労働者が10名未満で就業規則を登録していない使用者は、労働者に横領、窃盗といった法律違反があっても事実上懲戒解雇できない場合もあった。
新法ではこうした使用者も、未登録の就業規則、労働契約や法令等に明記されていれば懲戒解雇できるようになると考えられる。
「職場でのセクシャルハラスメントも、懲戒解雇の理由になりました。ただ、どんな行為がセクハラに当たるかは明確でなく、今後の事例の集積を待つ必要があります」
日本でも企業や自治体がガイドラインを作っているが、セクハラが社会に認知された今でもその判断基準には一定のあいまいさが残る。まずは日系企業から対象者が出ないことを信じたい。
実情に沿った諸外国の要素
今回の労働法改正について中川弁護士は、「根本はブレないものの一定の配慮が出てきた」と語る。日系企業の関心は外国人の労働許可証や残業時間の上限延長などに集まるだろうが、全体的に見ると相応の努力がなされているという。
「労働者保護を前面に掲げる社会主義体制の下で、芯は一切ブレないものの、わかりにくかった部分を修正したり、実情に即して項目を追加するなど、諸外国からの要望への配慮が窺えるところもあると思います」
ベトナムでは労働法を含め主要な法律について、新法が旧法に置き換わる形での改正を、5年程度のスパンで行っている。労働法は2012年の次は2019年に改正されており、日本などと比べると頻度が多いそうだ。