ベトナムで、ドローンや無人航空機(UAV)を活用し、地上1,000メートル未満の空域を経済活動に利用する「低空経済」の開発が進んでいる。農業分野では農薬散布や種まき、肥料散布の自動化が進み、物流ではドローンによる配送実験が始まっている。災害時の救援物資輸送にも活用されており、今後は都市インフラの監視や空飛ぶタクシーなどへの応用も期待される。
世界の低空経済市場は2035年に約7,000億USDに達するとの予測がある。ベトナムでも今後15年間で100億USD規模の潜在市場が見込まれており、政府の制度整備や通信・運航インフラの構築が、新たな産業の成長を左右することになりそうだ。
農業の省力化を推進、ドローンが人手不足を補う
南部メコンデルタのカントー市にあるトゥアンタン農業協同組合では、農業用ドローンが農作業に欠かせない存在になりつつある。同組合の副代表、ズーン・バン・シエウ氏は2022年からドローンを稲作に導入し、2025年にはより高性能な機体に更新した。設備投資額は7億VNDに上る。
シエウ氏によると、ドローンによる農薬散布は、従来なら2人が1日かけて行う作業を約1時間で完了できる。種まきでも、1時間の飛行で4~5人が1日かけて行う作業に相当するという。
作業時間の短縮は、天候による損失の軽減にもつながる。従来の方法では、10ヘクタールの農地に農薬を散布している途中で雨が降ると、薬剤が流され、作業をやり直す必要が生じることがあった。ドローンなら同じ面積を約1時間で処理できるため、作業中の降雨リスクを抑えやすい。
さらに、ドローンは昼夜を問わず作業できる。稲作では1作期に少なくとも7回の農薬散布が必要とされ、年3作であれば年間21回に及ぶ。ドローンの活用は作業の効率化だけでなく、農業従事者が農薬に直接さらされる機会を減らし、健康面の負担を軽減する効果も期待されている。
山岳地帯でも効果、農業コストや水使用量を削減
ドローンの活用は、平坦な農地だけでなく、機械の導入が難しい山岳地帯にも広がっている。
2026年4月には、FPTグループとチューンティンドローンがディエンビエン省の斜面地でUAVの実証実験を実施した。コーヒー栽培地で葉面散布による施肥を行い、約1ヘクタールの作業をわずか10分で完了した。
従来の手作業では、平地の農地でも1ヘクタール当たり2~3時間かかり、山岳地帯では地形が険しく、水を山へ運ぶ必要もあるため、最大で3人日を要する場合があった。散布に使う水も、手作業では1ヘクタール当たり約200リットル必要だったのに対し、ドローンでは約30~50リットルに抑えられるという。
FPTが主要作物の稲、コーヒー、マカダミア、茶を対象に、5万1,000ヘクタール超の農地で試算したところ、UAVの導入によって次の効果が見込まれる。
- 農業生産コストを15~20%削減
- 年間約6,200万立方メートルの水を節約
- 人件費を約30%削減
- 農産物の輸送にかかる物流コストを約40%削減
- 農家の所得を1ヘクタール当たり年間900万~1,800万VND増加
- 省の域内総生産(GRDP)に年間約2兆6,300億VNDを追加
これらは実証結果や試算に基づく見込みであり、実際の効果は作物や地形、導入規模などによって異なる。ただ、山岳地帯が面積の約90%を占めるディエンビエン省では、農薬散布、肥料散布、稲の直播、作物の生育状況の監視などにUAVを導入することで、労働力不足や資材輸送の負担を軽減できる可能性がある。
ドローン配送が都市部から海上輸送へ拡大
低空経済のもう一つの柱が物流である。ホーチミン市では2026年初め、ホーチミン市科学技術局とハイテクパーク管理委員会が、技術企業と連携してUAVによる配送実験を開始した。
実験では、ドローンがあらかじめ設定された複数の配送先を順番に訪れ、荷物を届けた後、離陸地点へ安全に戻る飛行を実施した。複数地点への配送を自動化できれば、都市部の配送業務を効率化できる可能性がある。
また、ホーチミン市科学技術局はベトナム郵便公社(Vietnam Post)やCT UAVと協力し、カンゾー社とブンタウ地区を結ぶ海上横断型のドローン配送ルートを開設した。開設時の飛行では、重量2キログラムの荷物を搭載し、片道12キロメートル超の距離を約15分で飛行した。
事業者の試算では、ドローン配送によって輸送全体の所要時間を道路輸送に比べて80~90%短縮できる可能性がある。道路輸送や水上輸送と比べた効率面の優位性も期待されている。
ただし、ドローン配送の採算性を確保するには、一定以上の配送量を確保する必要がある。ジードンビエット社のグエン・ゴック・ダット社長は、店舗からホーチミン市郊外への配送などで活用できるとする一方、事業として成立させるには十分な取扱量が欠かせないと指摘する。
加えて、高度を上げて飛行するドローンを安定的に制御するためには、通信環境の強化も必要である。地上向けに整備された通信網だけでは十分でない場合があり、5Gなどの通信技術を含むインフラ整備が課題となる。
災害時の救援物資輸送にも活用
ドローンは、道路が寸断された地域への物資輸送や捜索・救助活動でも有効性を発揮している。
2025年11月、ベトナム中部・中部高原地域で大規模な洪水が発生した際、ベトテルグループは5機のドローンを投入し、カインホア省のバックニャチャン、ナムニャチャン、ジエンディエン、バックアイタイの各地域に救援物資を輸送した。深い浸水によって船やカヌーでも接近が難しい地域が対象となった。
同年10月初めの台風マトモの通過後にも、ベトテルはタイグエン省の浸水地域に医薬品や生活必需品をドローンで届けた。
悪天候や道路事情によって地上輸送が困難な状況でも、空から物資を運べることはドローンの大きな強みである。今後は物流事業だけでなく、災害対応や緊急医療など、公共性の高い分野での活用も重要になるとみられる。
2035年に世界市場7,000億USD規模の予測
低空経済とは、地上1,000メートル未満の空域を利用する経済活動を指し、ドローンの製造・運用だけでなく、通信、センサー、飛行管理システム、保険、操縦者の訓練など幅広い産業を含む。
世界市場は2035年に約7,000億USDに達すると予測されている。ベトナム国内でも、今後15年間で100億USD規模の潜在市場があると評価されている。
2025年には、ベトナムで低空経済に関する連盟が発足した。今後10~15年間で数千社の関連企業の育成、高度な技能を要する100万人の雇用創出、数百億USD規模の経済効果を目指す構想が掲げられている。
FPT UAVのブー・アイン・トゥー最高経営責任者(CEO)は、世界の低空経済が年率30%で成長しており、米国、中国、欧州などの主要経済圏が戦略産業として位置付けていると説明する。ベトナムも新産業を育成する好機にあるとの認識を示した。
農業では、丘陵地帯や中山間地域の広大な農地でドローンを活用できる。観光分野では、ハロン湾などの景勝地で空中遊覧サービスや空飛ぶタクシーを導入する可能性もあるという。
機体製造だけでなく周辺産業の育成も焦点
低空経済の成長は、ドローンそのものの製造にとどまらない。関連する産業として、機器、半導体チップ、センサー、飛行管理プラットフォーム、3次元デジタル地図、運航サービス、保険、教育・訓練などが想定されている。
農業分野では、農薬や肥料の散布、病害虫の監視、生育状況の評価などにUAVが利用され、労働力の節約と生産性の向上に寄与する可能性がある。
物流分野では、ベトナムの電子商取引市場が2030年に630億USD規模に達すると予測されるなか、ドローン配送が配送時間の短縮やコスト削減、地形による輸送制約の解消に役立つと期待される。タイグエン省、トゥエンクアン省、バクニン省などでは救援物資の輸送実験が行われ、ランソン省の物流拠点では自動配送の取り組みも進められている。
都市部では交通状況やインフラ設備の監視、緊急時の対応などへの活用が考えられる。こうした用途が拡大すれば、UAVは農業や物流の効率化だけでなく、都市管理や公共サービスを支える技術にもなり得る。
飛行拠点、運航空域、通信網の整備が不可欠
低空経済を本格的に発展させるには、機体や運航技術の開発と並行して、飛行を支えるインフラの整備が欠かせない。
FPT UAVのトゥーCEOは、主に3つのインフラが必要だと指摘する。
第一に、地上インフラである。空飛ぶタクシーには発着場が必要であり、ドローン配送でも荷物の受け渡しや機体の発着を行う拠点を整備しなければならない。
第二に、空域の利用計画である。ドローンが安全に飛行できるルートや運航空域を設定し、複数の機体が活動する場合にも対応できる仕組みが求められる。
第三に、通信インフラである。ドローンの運航や遠隔制御を安定させるには、飛行中も信頼性の高い通信を確保する必要がある。
さらに、空域の安全な利用には、飛行許可や運航管理、事故防止などのルール整備も重要になる。ベトナムでは2025年、無人航空機などの管理に関する政令288号が制定され、その後、関連する通達も整備されてきた。政府はUAVを国家戦略技術の一つに位置付けており、産業振興と安全管理を両立させる制度の構築が進められている。
新たな成長産業へ、制度と技術の両面で課題
ベトナムインターネット協会のブー・ホアン・リエン会長は、従来の陸上経済や海洋経済に続き、将来は宇宙・航空分野の経済活動が重要性を増すとの見方を示す。UAVはIoTとの連携が重要であり、5Gなどの高速通信によって、物流、救急、監視といった用途でリアルタイム性を高められる可能性があるという。
一方、低空経済の発展には、安全保障やデジタル主権の観点も欠かせない。飛行空域の管理、通信の確保、機体や運航データの取り扱いなど、従来の産業とは異なる政策課題への対応が必要となる。
ベトナムにとって、低空経済は農業の省力化や物流の効率化にとどまらず、製造、通信、デジタル技術、サービス産業を結び付ける新たな成長分野となる可能性がある。今後、実証実験を実用化につなげるためのインフラ整備、法制度の具体化、民間企業が参入しやすい環境づくりが重要になる。
※本記事は、各ニュースソースを参考に独自に編集・作成しています。
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