気象、防災、環境、農業、インフラなど広い分野で用いられる人工衛星による画像データ。胎動期のベトナムで重要な役割を果たしているのが日本企業の先端技術だ。ベトナムの専門機関等と連携を進める彼らの姿を紹介する。
見えないリスクを映し出す
AI解析が挑むベトナムの課題

24時間働く宇宙の監視役
SAR衛星が地球を観測
「宇宙ビジネス」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、ロケットの打上げや宇宙旅行など華やかなトピックかもしれない。しかし、我々の経済活動や社会課題の解決を、地球の上空数百kmから劇的に変えようとしているのが「衛星データ」だ。
2009年12月設立のスタートアップ、株式会社スペースシフトは自社で衛星を持たず、数多くの人工衛星からの膨大なデータをAIで解析するアルゴリズムを開発している。サービス提供やアプリ開発などには特化せず、基本的にプラットフォーマーが望むものを作る。
衛星データには種類がある。Googleマップなどで目にするのは「光学衛星」によるカラー画像だ。太陽光を光源として撮影する「宇宙からのデジカメ写真」で、直感的でわかりやすいが、雲があれば地表は見えず、夜間の撮影も困難だ。
これに対し、スペースシフトが最も得意とするのが「SAR(合成開口レーダー)衛星」による画像の解析だ。SAR衛星はマイクロ波を地表へ照射し、その反射波を受信して地表の画像を得る。
「曇天でも夜間でも、24時間365日、いつでも地上の様子を捉えることができます」
ただ、モノクロ画像なこともあって肉眼での判読は難しく、逆にAIを使うことで建物の新築や消失などの開発動向、農作物の生育状況、地表の微細な変化等を自動で検出できる。
現在のSAR衛星は100機程度だが、2030年には200機になると予想され、情報、場所、時間帯などの観測頻度が向上し、よりリアルタイムに近い観測ができるようになる。
同社の技術は、災害対策、海洋調査、都市モニタリング、収穫予測など幅広い産業で利用できるが、多いのは建設・不動産分野での建物変化検知だ。時系列で過去数年分のデータを取得できるため、都市開発状況を遠隔地からでも把握でき、地図会社のデータ更新にも利用できる。
「都市部の特定エリアの画像をAIで自動検出させることで、建物の増減、変化が起きた場所、変化率などを把握できます」

ベトナムの変化を解析
建築や土砂崩落を検知
多田氏は前職で開発コンサルタントとして、東南アジアやアフリカなど20都市以上で環境対策プロジェクトに従事してきた経歴を持つ。スペースシフトとしては3年前に来越して、ベトナム国家宇宙センター(VNSC)をはじめ、地理空間企業や不動産会社等にアプローチをしてきた。なぜベトナムなのか?
「東南アジアやアフリカでは各種データの整備が不十分で更新頻度も低いのですが、衛星データなら過去に遡って情報を取得でき、地上にセンサーを置く必要もありません。ビジネスのポテンシャルを感じました」
同社は2025年3月、ベトナムの地理空間技術大手のVegaCosmosと戦略的業務提携のMOUを締結した。VegaCosmosは地理空間SaaSプラットフォームの「GEOHUB」を開発・提供しており、ベトナムの自治体や企業に強い顧客基盤を持っている。スペースシフトはGEOHUBの衛星データを解析して多彩な用途に役立てる。
「これまで鉄道線路の周囲にある建築物や家屋の変化、台風などの災害による土砂崩落などの影響を早期に知りたいとの要望があり、検知した結果を提供しました」
また、ベトナムの海岸線は長く、違法船舶の監視は大きな課題だ。通常、船舶はAIS(自動船舶識別装置)という信号を出しているが、違法船はこれを出さないケースが多い。衛星で検知した船舶の位置情報をAIS信号と照らし合わせることで、信号を出していない「不審船」を特定できる。

VegaCosmosはこうした海洋分野での活用も望んでおり、スペースシフトは船舶検知AIを既に実用化している。森林モニタリングでは、カーボンクレジットの算定に必要な材積量の把握や、違法伐採の監視などが期待できる。
SAR衛星は種類が多く、同じ企業の人工衛星でも1~5号機などあれば特性やデータの取得方法等が異なる。そのため、その都度補正やアルゴリズム開発に対応するのだが、同社は解析に特化しているので高度な技術基盤があり、対応できるデータの種類が多い。
「衛星データは使えるかどうかの検証段階で止まるプロジェクトも多いのです。VegaCosmosが連携している自治体等で、解析により得られた情報が実務に使われるようになれば、ひとまず成功かと思います」

工業団地の環境監視も
高まるベトナムでのニーズ
最新のプロジェクトは、ホーチミン市周辺の工業団地における環境モニタリングだ。近年、製造業の脱炭素化やESG投資への対応が求められる中で、工業団地が周囲の自然環境に与える影響を正確に把握する必要が出てきている。
「工業団地の建設前と後での環境の変化、周辺の河川や井戸の状況などをモニタリングします。特に半導体産業のように大量の水を使う場合、地下水リスクのシミュレーションは投資家からも高い評価を得られます」
今年からスタートする予定で、多田氏はその打合せもかねて、3月にベトナムで開催される宇宙関連のフォーラム「VIETNAM – JAPAN SPACE HORIZONS 2026」に参加。日本は以前からベトナムの宇宙開発を支援しており、今後も日越2国間の関係が強化されそうだ。

ベトナムの衛星データ市場は発展途上で、プラットフォームの提供も少ないが、VegaCosmosのような多くのエンジニアを抱える先進的な企業も生まれている。ベトナム政府も災害対策、農作物の収穫、違法伐採などへの活用を望んでおり、研究ベースでは進んでいるそうだ。
「新興国では国土が広く、過去から現在のデータが不足しているという課題がある中で、衛星データの活用ニーズが高いです。ナイジェリアやモロッコ、インドネシアやフィリピンでも事業開発を進めています」
自社開発の衛星コンステレーション
災害、環境、資源…を空から守る

小型SAR衛星を開発・運用
量産工場で将来30機以上へ
株式会社Synspective(シンスペクティブ)は、内閣府の革新的研究開発プログラム(ImPACT)の研究成果を社会実装するために2018年2月に設立された。
世界的にも非常に珍しいケースとして、自社のSAR衛星「StriX(ストリクス)」を複数機持ち、これらの⼈⼯衛星を連携させて⼀体的に運⽤する「衛星コンステレーション」の構築・運用していることが大きな特徴だ。
このように小型SAR衛星の開発と運用、衛星データの販売、データ解析によるソリューションの提供が同社の事業となっている。
「従来のSAR衛星は1機当たり数百億円がかかりますが、100kg級の小型機へとダウンサイジングすることで、コストを約20分の1に抑えています」
こうした小型SAR衛星を持つ企業は世界で5社しかなく、加えてデータ解析サービスまで一気通貫にできる企業はさらに絞られるという。
2020年12月に実証機、2022年3⽉に実証2号機、2022年9⽉には商⽤実証機となる3号機の打上げと軌道投⼊に成功。2025年10⽉には7機⽬が打上げ・軌道投入され、現在は合計4機が運⽤中だ。機数が減っているのは人工衛星の寿命が約5年のためで、今年度末で10機の運用を目指す。
「打上げの頻度を高めて複数機で運用できれば、欲しいデータをすぐに、継続的に取得できます。10機なら世界中どこでも3~4時間で、30機であれば1時間以内で観測できるでしょう」
これらの膨大な需要を支えるのが、2024年9月に神奈川県に新設された量産工場「ヤマトテクノロジーセンター」だ。宇宙スタートアップとしては世界最大級の規模を誇り、工場では約100人が開発と製造を担当している。現在打ち上げているのが第3世代であり、既に製造に着手している。
「2028年以降に30機以上の衛星コンステレーションを構築するのが⽬標です」

メコンデルタの地盤沈下
ミリ単位の高精度で観測
同社の顧客には官と民がある。官では日本政府、国土交通省などの官公庁、自治体などで、安全保障、災害発生前の予兆観測、災害発生後の土砂災害といった被害状況などの衛星データ解析を提供する。
民間では建設会社、電力会社、石油ガス会社などのインフラ監視、トンネル工事中の地盤変動、陥没事故の予兆観測といった公共的な案件が多い。
例えば、2024年1月の能登半島地震では1月7日、9日、10日の3⽇間で、被害全域をStriXで撮像して公開した。

また、2025年8月の熊本県上天草市の豪雨では、観測した1時間後に解析を始めて、その1時間後には公開している。
同社はシンガポールにアジアの統括拠点があり、アジア各国と関係を深めている。ベトナムとは2022年からベトナム天然資源環境省(MONRE)の国家リモートセンシング局(NRSD)と関係が始まり、2024年2月にはNRSD、富士通ベトナムと共に、衛星リモートセンシング技術の応用分野における協力を目的としたMOUを締結した。
この提携は2028年までを契約期間とし、ベトナムの天然資源と環境のモニタリング、自然災害防止において、Synspectiveの知見を全面的に導入する予定だ。
「ベトナム政府とは数年前から協議を続けてきました。データの提供だけでなく、同国の社会課題を共に解決するパートナーとしての関係を築いています」
オンラインで打合せを進めて、ベトナムの課題やSynspectiveが実現できることを伝え合う。対象が見つかれば地域を絞るなどして衛星データを取得していく。
中でも注力案件の1つがメコンデルタの地盤変動モニタリングだ。広大なメコンデルタ地域では急速な都市化と地下水の過剰な汲上げで地盤沈下や地滑りが進行し、深刻な社会問題となっている。
これに対してSynspectiveには独自の「地盤変動モニタリング(LDM)」手法もあり、広域な地表やインフラの変動量をミリ単位で検出できるそうだ。
「水準測量と衛星データの誤差を比較すると、動きがある場所では2~4mmという極めて高い精度で変動を捉えることができます」
従来の地上測量では、地域の沈下状況をリアルタイムに把握するには膨大なコストと時間が必要だった。SAR衛星のデータ解析で広域かつ定期的なモニタリングが容易になる。

洪水、森林、洋上風力も
広がる衛星データの未来
もうひとつは将来的な発生を前提とした洪水被害の対応で、現地パートナーと相談をしている。現地のパートナーには各国における衛星データの販売代理店が多く、同社は世界28の国と地域で36パートナーと提携している。彼らは現地国に衛星データの販売や解析ソリューションの提供をする相棒でもある。
2025年の中部地方の大洪水は近年最も深刻な被害となり、人災だけでなくインフラや農作物にも大きな影響を与えた。
「上天草市のケースと同様のスピード感で、ベトナムでのサービス提供を目指しています。災害が起きてからすぐに状況を知りたい気持ちはどこも同じです」
森林モニタリングでの森林伐採の検知やバイオマスの測定、洋上風力発電の適地選定にも衛星データが活用できるという。後者なら風速、風向、波のしぶき(海面反射)を観測することで、最適な風況を判断できるそうだ。
ただ、データが膨大になると人間がすべてを追いかけることは難しく、AIで自動処理する形にとシフトしていくだろうと永石氏は予測する。
「色々な方と話した限りでは、衛星関連の教育を進めたいという声が多いです。もちろん弊社も協力を惜しみません」

洪水予測とSNSプラットフォーム
日本発テクノロジーで防災DX

洪水大国ベトナムを救え
独自技術の予測システム
ベトナムは近年、大規模な洪水や台風の激甚化という深刻な課題に直面している。特に北中部から中部の地域では被害が甚大で、2025年は多数の台風が連続して上陸・接近し、深刻な豪雨と洪水をもたらした。
こうした防災の現場を新しい手法で変えようとしているのが株式会社Aquniaと株式会社スペクティだ。異なるアプローチで「危機の可視化」に挑む両社が、経済産業省が費用を補助する「グローバルサウス未来志向型共創等事業」を通じて、ベトナムでの防災DXを加速させている。
スペクティらは2025年4月~2026年2月、「ベトナムにおける早期警戒システム導入のマスタープラン策定等調査事業」として、ハノイやダナンなどの学術機関へのニーズ調査と計画策定を行った。

その後2026年2月からは実証の場として、「SNSやAI技術等を活用した危機管理情報プラットフォーム及び洪水予測導入に向けた実証事業」に入っている。前段の情報プラットフォームをスペクティ、後段の洪水予測をAquniaが担っている。
AquniaはJAXA(宇宙航空研究開発機構)や東京大学による、世界的な河川流量などの推定・可視化を行う「Today’s Earth」の研究成果を取り入れながら開発を進めている。加えて衛星データと高度なキャリブレーション(校正)技術等により、世界中の河川データを活用したより正確な予測を目指す。
「従来の洪水予測は河川ごとの調査やモデリングを要するものが多かったですが、世界中で詳細な洪水の範囲や浸水深の予測が可能になりました」(出本氏)
これをベトナム向けにローカライズしていくのだが、洪水予測は現地固有の状況にも依存することから、各地域で個別に見ると現実とのズレが生じる。それを補正する技術を東京大学とも連携しながら研究開発を行っている。
ポイントは「洪⽔は常に発⽣するわけではない」という意識。より詳細なモデルとして現地のデータと統合していく計画だ。
SNSとAIで危機を管理
フィリピンからベトナムへ
Aquniaの物理モデルに基づく予測に対し、スペクティは「今、何が起きているか」という即応性の高い情報に強みを持つ。同社が展開するAIリアルタイム防災・危機管理サービス「Spectee Pro」は、SNS上の膨大な投稿をAIが解析し、デマ情報を排除した上で、火災、事故、洪水といった危機情報をリアルタイムで地図上にプロットする。

「たとえ過疎地であっても、何らかの事象が起これば誰かが投稿しています。また、道路や河川のカメラ、気象データ、プローブデータなどを重ねて、状況を立体的に可視化しています」(根来氏)
逆に言えば、SNSに上がらない場所は人がおらず、人間にインパクトがない事象だと判断できるという。
このSpectee Proのベトナム版を現在開発中で、2026年7月にローンチの予定だ。JICA(国際協力機構)の支援を受けたフィリピン版が既に利用されており、2025年2月~2026年5月に170のフリーアカウントを配布した。ユーザーは中央省庁のオペレーションセンターなどで、2026年6月から有償になる予定だ。
「防災センターなどに入る情報は無線や電話が多かったので、状況把握の大幅なスピードアップにつながっているようです」
ベトナムでも地方自治体や民間企業にコンセプトを伝えて、トライアルのフリーアカウントを配布し、フィリピンと同じく補助金が終了したら有償とする予定だ。
ベトナム版のプラットフォームとAquniaの洪水予測を連携させることで、防災関連の意思決定者が、「今起きている被害」と「これから数日間に予測される洪水リスク」を1つの画面で確認できるようになる可能性もある。
また、SNSなどの情報ではカバーしきれない部分もあるため、Spectee Proに衛星データを活用する案も出ている。

ザライ省で始まる実証事業
気象、衛星、AIがタッグ
ベトナムでの実証候補地に挙がったのは、昨年記録的な豪雨と洪水に見舞われた中部高原のザライ省だ。ベトナムの水分野の専門家らとの協議も踏まえて選定している。実証事業の年度末、2027年2月までの実証完了を目指している。
洪水予測の核となる気象データは、欧州中期予報センター(ECMWF)とライセンス契約を結び取得予定だ。世界有数の気象予測機関である同センターは、気温、気圧、降雨、風向、風速など全球規模の精緻なデータを保有しており、ベトナム域内のデータも活用できるという。
「これらの気象データと衛星データや現地観測を組み合わせることで、予測精度をさらに高めます」(出本氏)
衛星データはNASA(米国航空宇宙局)などから取得を想定。2022年打ち上げの地球観測衛星SWOT(Surface Water and Ocean Topography)が取得する河川水位データなどを使う予定だ。他にも様々な衛星データを組み合わせ、実測値をモデルに反映させることで誤差を埋めていく。
降雨と洪水の関係は複雑だ。雨が土壌に浸透しきれず地表にあふれるケースもあれば、上流域の増水が下流で氾濫を引き起こすこともある。これらの出力結果として洪水が予測できるという。

スペクティはAquniaとは別な手法で、AIを使った「河川水位予測」を日本で提供している。過去の洪水時のデータから水位や降水量のパターンを解析させ、日本全国1000ヶ所以上の地点、主にゲリラ豪雨で危険が高まる中小河川の水位を最大数時間先まで予測する。
「ベトナムでも応用可能性は十分あります。ただ、どこまで活用可能なデータがあるか。それを使える形に整えるコストも含めて、これからの検討課題です」(根来氏)
4月にはザライ省を訪問予定。ベトナムの専門家からは明確なニーズが示されており、洪水予測シミュレーションやSpectee Proのデモを提示しながら、約1年間の実証スケジュールを詰めていく。
「ベトナム北中部の台風や洪水の被害が深刻であることは理解しているつもりです。その防災に貢献できることにとても興味があります」(出本氏)



















取材・執筆:高橋正志(ACCESS編集長)
ベトナム在住11年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。