「ニー(Ní)」は親しみを込めた南部独特の呼び方
ベトナムのメコンデルタ地方を訪れると、「Mấy ní ghé nhà tôi chơi!(みんな、うちに遊びに来てよ)」「Gặp ní ở đây tôi mừng quá!(ここで会えてうれしいよ)」といった言葉を耳にすることがある。
ここで使われている「ニー(ní)」は、メコンデルタ地方の人々の間で親しい相手を呼ぶ際に使われる、独特の呼称である。
高齢者だけでなく、現在の若い世代にも自然に使われており、単なる「友達」よりも親密で、相手への親しみや好意を込めたニュアンスを持つ。
南部方言を研究した『南部語彙辞典』では、「ニー(ní)」について、非常に親密で、深い友情や強い結びつきを持つ関係を表す言葉として説明されている。
中国系住民との文化交流が由来との説
「ニー(ní)」の由来については諸説あるが、中国系住民との長い文化交流が背景にあるとする見方がある。
ベトナムのメコンデルタ地方では、ベトナム人と華人が長年にわたって共に暮らしてきた。その中で、中国語の「nị(ニ)」という呼び方がベトナム南部の言葉に取り入れられたと考えられている。
「nị」は友人や年上・年下の親しい相手などを指す言葉として使われていたとされる。
その後、メコンデルタ地方の人々の気質に合わせるように発音が変化し、「nị」から「ní」へと変わっていったという。
ただし、この語源については確定したものではなく、さらなる研究が必要とされている。
「ニー(ní)」は単なる呼び方ではない
「ニー(ní)」が興味深いのは、単なる方言や親しい人への呼び方にとどまらないことである。
メコンデルタ地方には、「ケットニー(kết ní)」と呼ばれる、人と人との特別な関係を結ぶ習慣が存在する。
「ケット(kết)」は「結ぶ」という意味であり、「ケットニー(kết ní)」は文字通り、ニー(ní)という関係を結ぶことを意味する。
血縁関係のない二人が、兄弟姉妹のような関係になるのである。
共に暮らし、働く中から生まれた「義兄弟」
この習慣の起源について、南部メコンデルタ地域の風俗を研究した資料では、ベトナム人とクメール人が共同生活や農作業を行っていたことが背景にあるとされる。
同年代で農作業などを共にし、性格が合う二人が、お互いを実の兄弟のように考えるために「ケットニー(kết ní)」の関係を結んだという。
かつては、その関係を結ぶための儀式も非常に厳粛なものだった。
二人はクメール人の信仰における集落の守護神「ネアック・ター(Neak Tà)」を祀る祠「ミェウオンタ―(Miễu Ông Tà)」を訪れ、酒を持参して誓いを立てたとされる。
後には、ベトナム人同士でも性格や年齢が合う者同士が「ケットニー(kết ní)」の関係を結ぶようになり、地域によってはバー・チュア・スー(Bà Chúa Xứ)などの神前で誓うこともあったという。
子どもにとっても「もう一人の父母」
「ケットニー(kết ní)」の関係を結ぶと、二つの家族は単なる友人関係を超え、親族に近い関係として付き合うようになる。
一方の家の子どもは、もう一方を「父」「母」と呼ぶ。実の両親と区別するため、「cha ní(ニーの父)」「mẹ ní(ニーの母)」と呼ぶ場合もある。
相手の祖父母や親族も家族同様に敬い、病気や冠婚葬祭、正月などの際には互いに助け合う。
つまり「ケットニー(kết ní)」は、言葉だけでなく、日常生活の中で互いに支え合う家族的なネットワークを形成する仕組みでもあった。
結んだ「ニー(ní)」の家族同士が結婚することも
この習慣には地域によって異なる慣習も存在する。
カマウ省ニンクオイ地域の住民によれば、かつて父親同士が「ケットニー(kết ní)」の関係を結んでいたことをきっかけに、それぞれの子ども同士を結婚させたケースもあったという。
一方で、別の地域では「ケットニー(kết ní)」の関係にある家同士が姻戚関係を結ぶことを避ける習慣もあるとされる。
同じ「ケットニー(kết ní)」でも、地域によって社会的な位置付けが異なる点も興味深い。
現代では「ニー(Ní)」の輪がさらに広がる
現在も「ケットニー(kết ní)」の習慣は残っているが、その形は以前よりもカジュアルになっている。
かつては神前で誓いを立てるなど厳格な手続きを伴ったが、現在では食事や酒を囲みながら「今日から俺たちはニー(ní)だ」といった具合に、自然な形で関係を結ぶことも多いという。
また、一人が複数の「ニー(ní)」を持つことも珍しくなく、「ニー(ní)」の輪が広がっていくこともある。
こうして、血縁関係のない人々の間に、家族に近い広い人間関係が形成されていく。
「ニー(Ní)」に込められたメコンデルタ地方の人情
なぜ「ニー(ní)」という言葉がこれほどまでに定着したのか。
現地の人々によれば、メコンデルタ地方の人々は思ったことを率直に表現し、親しい相手には心を開く気質があるという。
名前で呼べば少し距離を感じる。友人と呼ぶとよそよそしい。かといって「お前(mày)」のような呼び方では砕けすぎる。
その間を埋めるのが「ニー(ní)」である。
親しみを表しながらも相手への敬意を失わない。家を訪ねてきた人も、迎える側も、自然に距離を縮められる言葉なのだ。
形は変わっても「義を重んじる文化」は残る
時代の変化とともに、「ケットニー(kết ní)」の儀式そのものは簡略化されている。
かつてのように神聖な場所で誓いを立てるケースは減り、日常の酒席などで関係を結ぶことも増えた。
しかし、そこに込められた精神まで失われたわけではない。
血縁がなくても、人を家族のように受け入れ、困ったときには助け合う。
「ケットニー(kết ní)」は、メコンデルタの豊かな水辺文化と、そこで暮らしてきた人々の交流の歴史から生まれた独特の人間関係の形と言える。
「ニー(Ní)」というわずか二文字の呼び方の背景には、義理を重んじ、人情を大切にし、訪れる人を温かく迎えるメコンデルタ地方の文化が息づいているのである。
※本記事は、各ニュースソースを参考に独自に編集・作成しています。
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