ベトナム中部のダナン市ティエンフックは、古くから沈香の産地として知られる地域である。11歳から山林で沈香を探してきた父チャン・バン・クアン氏と、その技術を受け継ぎながら商品開発や販路拡大に取り組む息子チャン・クオック・ソン氏。天然沈香の希少化や市場の変化に直面するなか、親子がともに重視しているのは、品質へのこだわりと顧客からの信頼を守ることである。
11歳で沈香探しを始めた父、採取から加工・製造へ
ダナン市タインビン社にあるクアン氏の工房では、職人たちがジンコウ属の樹木「ゾーバウ(dó bầu)」の木材を選別し、沈香の部分を切り出したり、細かく加工したりしていた。原木のそばには、濃い色合いの沈香や、線香などに使う加工用の材料が並んでいる。
58歳のクアン氏が沈香の仕事を始めたのは11歳のときだ。父チャン・ゴック・チャウ氏の後を継ぎ、山林に分け入って沈香を探す仕事に携わった。
当時、沈香探しは厳しい自然環境のなかで生計を立てる仕事だった。沈香が形成されるゾーバウの木を見分け、沈香が含まれている兆候を探さなければならない。しかし、ゾーバウの木ならすべてに沈香ができるわけではなく、見つけられるかどうかには運も左右した。
クアン氏は、沈香を「天地の霊気」と表現し、縁があり、天や神々に恵まれた人が見つけられるものだと、当時を振り返る。
やがて天然の沈香を採取することが難しくなると、クアン氏はいったんシナモンの仕事に移った。それでも沈香の香りへの思いは消えず、1995年に沈香製品の製造へと戻った。
当初は、ティエンフックの農園などから沈香を含むゾーバウ材を仕入れ、不要な部分を取り除きながら、塊や小片などの商品に加工して仲買業者に販売した。加工時に出る木材の外側や細かな破片も無駄にせず、線香や沈香の香りを楽しむ円錐形のお香「沈香コーン」の原料として活用してきた。
2014年には工房を拡大し、息子のソン氏にも本格的に事業へ加わってもらうようになった。
大学進学を断念し、父の技術と仕事への姿勢を学ぶ
1993年生まれのソン氏は、父の仕事を幼いころから身近に見てきた。父とともに農園を回り、ゾーウ材を買い付ける様子を目にするなかで、沈香の一つひとつに職人の労力と不確実性が伴うことを知った。
ソン氏はフエ師範大学の報道学科に合格したものの、景気低迷期に家業が経済的な影響を受けたこともあり、進学を断念。父の仕事を継ぐ道を選んだ。
最初に担当したのは、線香や沈香コーンの包装、原料の選別、加工前の木材の扱いなど、基本的な作業だった。父から沈香の見分け方や原料の選び方、工芸品の加工方法、線香の製造技術などを学び、実際の製品づくりを通して経験を積んでいった。
父から息子への継承は、単に加工技術を教えるだけではなかった。貴重な沈香を見極め、価値のある部分を残し、原料をできる限り有効活用すること。そして、目先の利益のために品質や信用を犠牲にしないことも、仕事を通して伝えられた。
息子は商品を多角化、海外市場にも販路を広げる
現在、ソン氏はダナン市ホアスアン地区にも工房を構え、従来の線香や沈香コーンに加えて、沈香の塊や小片、ブレスレット、アクセサリーなど、製品の幅を広げている。
父が培ってきた技術と原料の知識を土台に、沈香を地域の伝統産品としてだけでなく、都市部の消費者にも手に取ってもらえる商品へと発展させようとしているのである。
ソン氏によると、自身の製品は海外の展示会にも出展され、故郷の沈香を国外の市場に紹介する機会を得てきた。伝統的な製造を受け継ぐ一方で、商品構成や販売方法を見直し、ティエンフック産沈香の認知を広げようとしている。
ただし、ソン氏が成功の尺度として重視しているのは、事業規模や販売先の数だけではない。
「この仕事で誠実さを欠けば、短期間で豊かになることはあっても、店を続けられなくなるのも早い」とソン氏は語る。
原料は説明どおりのものであること、製品は丁寧につくられていること。購入者の信頼を裏切らず、長期的な信用を目先の利益と引き換えにしないことが、事業を続けるうえでの基本だという。
天然資源の希少化、持続可能な原料確保も課題に
父のクアン氏も、仕事に対する誠実さを重視する。「どこにいても、いつ何が起こるかは分からない。良心に反する仕事をしていれば、いつかは明らかになる」と話す。
ソン氏も、父から受け継いだこの考えを大切にしている。沈香にまつわる精神的・信仰的な価値を尊重することと、顧客に対して誠実に商売をすることは、切り離せないと考えている。
一方、天然沈香の入手が難しくなるなか、仕事を長く続けていくためには原料の確保も重要な課題である。ソン氏は、原料の選定に注意を払うとともに、故郷にある価値の高いゾーバウの木を残し、育てていくことにも関心を寄せている。生産を拡大するのであれば、原料となる樹木や自然環境への責任も伴うという考えだ。
父は山林で沈香を探す仕事から加工・製造へと転じ、息子は伝統を引き継ぎながら商品を多様化し、販路を広げている。歩んできた道や事業の進め方は異なるが、親子に共通するのは、ティエンフックの沈香を価格や希少性だけで評価される商品にしたくないという思いである。
製品や市場が変わっても、品質と信用を守る姿勢は変えない。クアン氏とソン氏にとって、それこそが故郷の沈香産業を次の世代へつなぐために欠かせない価値なのである。




























