ベトナムで、鉄道や都市鉄道と都市開発を一体的に進める「TOD(公共交通指向型開発)」への取り組みが本格化している。
南北を結ぶ大規模鉄道計画からホーチミン市やハノイの都市鉄道まで、駅を単なる交通拠点として整備するのではなく、その周辺に住宅、商業、物流、公共施設などを集積させることで、都市そのものを再構築する動きが広がっている。
急速な都市化によって交通渋滞や住宅、インフラ不足などの問題を抱えるベトナムにとって、TODは鉄道整備と都市再開発を同時に進める手法として注目されている。
鉄道整備とともに広がるTOD
ベトナムのミートゥアン事業管理局は、ホーチミン市―カントー鉄道計画の事業化調査前段階の報告書で、公共交通と一体となった都市開発、いわゆるTODの導入について検討状況を示した。
今回の計画で特徴的なのは、鉄道駅周辺の都市開発や物流拠点の整備を、駅単位ではなく鉄道沿線の広いエリアで進めようとしている点である。
ホーチミン市からメコンデルタ地域へと延びる鉄道回廊では、複数の省・市にまたがる駅周辺の土地を都市開発や物流に活用する構想が進んでいる。
カントー市では、中心駅に60ヘクタールを確保し、そのうち50ヘクタールを物流関連施設に充てる案が示されている。さらに、フンフー、カイラン地区周辺の約1,000ヘクタールをTOD型都市開発の対象とする構想もある。
また、チャンデーの大型港湾への専用鉄道や、地域内を結ぶ都市鉄道4路線の整備も検討されている。
ホーチミン市では駅周辺の大規模開発へ
TODの取り組みは、都市間鉄道だけに限られない。
ホーチミン市では、メトロ1号線、メトロ2号線、環状3号線沿線などを中心に、11カ所をTOD型の集約型都市開発を優先的に試行する場所として位置付けている。
メトロ2号線沿線では、C30地区約40.9ヘクタール、バイヒエン展示・スポーツセンター約5.1ヘクタール、1/82aブロック約26.65ヘクタール、タムルーン車両基地周辺など、大規模な公有地を活用した開発が検討されている。
駅を中心として、商業施設、高層住宅、サービス施設などを集積させることで、公共交通を利用しやすいコンパクトな都市を形成する狙いである。
さらに、9月23日公園では、ベンタイン駅と直接接続する地下駐車場や商業・サービス施設と、公園の緑地空間を組み合わせた再開発構想も進められている。
これはホーチミン市が2040年までの都市計画、さらに2060年を見据えた都市空間の再編を進める中で、地下空間を含めた都心部の再開発と鉄道整備を一体化する取り組みでもある。
ハノイもTODを都市再編の柱に
北部のハノイでもTODは都市再編の重要な柱となっている。
首都法による新たな制度的枠組みを背景に、ハノイではメトロ駅周辺で上昇する土地価値を活用する仕組みの導入が進められている。
ニョン―ハノイ駅線やナムタンロン―チャンフンダオ線などの主要メトロ路線では、駅周辺の土地利用や地下・上空空間を含めた開発を進める構想がある。
鉄道整備によって土地の価値が上昇することを前提に、その価値を都市インフラや再開発に還元する考え方である。
ラオカイ―ハノイ―ハイフォン沿線にも広がる
TODの対象は、ハノイ周辺だけではない。
中国との国境に近いラオカイからハノイを経由してハイフォンへつながる鉄道回廊でも、駅を中心とした都市開発の検討が進んでいる。
ラオカイでは新ラオカイ駅、サパ駅、新イエンバイ駅など主要駅周辺の都市空間を再構築する構想が検討されている。
また、ハノイとバクニンを結ぶ地域では、国鉄と空港方面へ接続するメトロを組み合わせたTOD型都市開発も想定されている。
終点となるハイフォンでは、ナムハイフォン駅やキエンチュイ地区周辺に数百ヘクタール規模の土地を活用し、物流拠点や港湾都市型の新たな市街地を形成する計画が進められている。
なぜベトナムはTODを必要としているのか
TODが注目される背景には、ベトナムの急速な都市化と、それに伴う都市インフラへの負荷がある。
ハノイやホーチミン市では人口集中が進み、道路、電力、水道などのインフラが増加する需要に追いつきにくくなっている。交通渋滞や洪水、大気汚染なども深刻な都市問題となっている。
これまでのベトナムの都市開発は、個人のバイクや自動車などを中心とした交通事情に合わせて、市街地が中心部から外側へ広がる「スプロール型」の発展が目立っていた。
しかし、人口と交通量が増えるにつれ、中心部への通勤・通学がさらに道路を圧迫するという問題が生じている。
TODは、これを鉄道を中心とした都市構造へ転換することを目指すものだ。
「駅を中心に街をつくる」発想
専門家によれば、鉄道とTODを組み合わせることで、都市を複数の拠点に分散させることが可能になる。
駅周辺に住宅、オフィス、商業施設、学校、病院、公園などを集約すれば、住民が必ずしも中心市街地まで移動する必要がなくなる。
また、鉄道によって中心部までの移動時間が短縮されれば、中心部から20キロ程度離れた場所でも、30分程度で都心へアクセスできる都市構造が実現する可能性がある。
駅周辺に形成されたTOD地区そのものが、住宅だけでなく仕事、買い物、教育、医療、娯楽などを備えた「小さな都市」として機能すれば、中心部への人口集中も緩和できる。
ベトナムでは都市化率が現在約45%と、周辺国と比較してまだ低い。今後さらに都市化が進む中で、農村から都市へ移動する人口を、既存の都市中心部ではなく新たなTOD型都市へ誘導することも可能になる。
香港や日本が先行事例
TODはベトナム独自の取り組みではない。
世界的な先行事例として知られるのが香港である。香港では1970年代から、鉄道と不動産開発を組み合わせる「レール+不動産」モデルが発展してきた。
鉄道駅周辺の開発権を活用し、駅の上部や周辺に高層住宅、商業施設、オフィスなどを集積させることで、鉄道整備と都市開発を一体化している。
香港駅周辺の国際金融センターや九龍駅周辺の大規模複合開発などは、その代表例である。
日本でも、私鉄各社が鉄道沿線に住宅地や商業施設を開発し、駅を中心とした都市圏を形成してきた歴史がある。
東京や大阪では、鉄道会社が鉄道だけでなく、住宅、百貨店、スーパー、オフィス、ホテルなどを沿線に展開することで、鉄道利用者を増やしながら沿線そのものの価値を高めてきた。
東京・渋谷駅周辺の大規模再開発も、複数の鉄道路線と商業、オフィス、文化・娯楽施設を一体化させたTODの代表的な事例の一つである。
中国では高速鉄道駅が新都市の核に
中国では、高速鉄道網の急速な拡大に伴ってTODの規模がさらに大型化している。
上海虹橋駅や北京南駅などでは、高速鉄道、地下鉄、バス、航空など複数の交通手段を一つの拠点に集約し、駅周辺に商業、金融、物流などの機能を配置している。
鉄道駅を単なる「乗り降りする場所」ではなく、都市経済を生み出す中心として位置付ける発想である。
ベトナムが今後、高速鉄道や都市鉄道の整備を本格化させる中で、こうした海外事例は重要な参考事例となる。
TODには大きな社会的課題も
一方、TODは鉄道を整備すれば自然に成功するものではない。
特に大きな課題となるのが、住民の移転と土地取得である。
現在の住宅が狭くても、住民にとっては長年暮らしてきた場所であり、商売や仕事、地域コミュニティとも深く結び付いている。
駅周辺の土地を取得して高層住宅や新都市を開発する場合、法的な手続きだけでなく、住民の生活や生計をどう維持するかという社会的な問題への対応が不可欠となる。
また、開発規模を誤れば、住宅やオフィスを大量に建設したものの需要が追い付かず、「ゴーストタウン」のような状態になるリスクもある。
段階的な開発と住民への配慮が鍵
専門家は、TODを進める際には地域ごとの人口増加や都市化のスピードを正確に見極め、住宅戸数や床面積を需要に合わせて調整する必要があると指摘する。
土地取得についても、住民が同じ地域に住み続けられる「現地再定住」の仕組みや、通常より手厚い補償などを検討する必要がある。
日本で実施されてきた土地区画整理のように、土地を単純に買収するのではなく、再開発後の価値を土地所有者と共有する仕組みも参考になる。
さらに、開発を一度に進めるのではなく、需要を見ながら段階的に開発することも重要である。
例えば最初は対象土地の20%程度から開発を始め、市場の需要を確認しながら次の段階へ進むことで、投資家の資金負担を抑えながら供給過剰を防ぐことができる。
将来の人口増加や公共施設の需要に対応するため、一定の土地をあらかじめ確保しておくことも重要となる。
鉄道整備から都市そのものの再設計へ
ベトナムでは現在、高速鉄道、都市鉄道、地域間鉄道など複数の鉄道プロジェクトが同時に進もうとしている。
これらをTODと組み合わせれば、鉄道は単なる移動手段ではなく、住宅、商業、物流、オフィス、公共施設などを再配置する都市開発の基盤となる。
特にハノイやホーチミン市では、既存市街地の過密化が進む一方、今後も都市人口の増加が見込まれる。鉄道沿線に新たな都市拠点を形成し、人口と経済活動を分散させることができれば、交通渋滞やインフラ不足といった問題の解決にもつながる。
ベトナムの鉄道整備は、単に「列車を走らせるためのインフラ整備」から、鉄道を中心に街そのものをつくり替える段階へ移りつつある。
今後、TODが計画通りに機能するかどうかは、鉄道事業だけでなく、土地政策、都市計画、住宅政策、住民移転、民間投資をどこまで一体的に進められるかにかかっている。ベトナムの都市開発は、鉄道を軸に大きな転換点を迎えている。
※本記事は、各ニュースソースを参考に独自に編集・作成しています。
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