ベトナムではサービス品質への要求が高まる一方、技能の属人化が大きな課題だ。メガネ、ホテル、代行サービス――人の経験や勘に頼ってきた仕事を、デジタルや教育、仕組みで再現し、高品質へと転換する企業が動き始めた。
大手メガネチェーンが上陸!
世界展開を支える再現性の力

2026年はダッシュの年
昨年11月から4店舗
ホーチミン市中心部の3つのショッピングモールで2025年11月、大規模メガネチェーン店「JINS」のベトナム1号店、2号店、3号店が続々とオープンした。2026年4月にはハノイに4号店を出店し、ベトナム進出が加速している。
日本国内では初グローバル旗艦店の銀座店を2026年3月に、全3階で延床面積約1000㎡という新宿店を同年4月にオープンしており、アイウエア事業25周年となる今年は勢いが止まらない。
「JINSの海外進出は2010年の中国に始まってベトナムは8つ目の地域です。現在は日本国内を含めて860店舗以上あります」(取材時)
ベトナムでまず展開したのは、1号店を出店したサイゴンセンターにおける「販売を行わない」ポップアップストアという戦略。2025年6月末~8月までの約2ヶ月間、売れ筋のメガネを展示・紹介するとともに、スタッフの練習姿も公開した。ホールでの接客、座学、視力測定やレンズ加工などが研修の柱だ。

ベトナムで認知度がほぼない日系ブランドの商品、技術、理念、姿勢などを店舗を使って総合的に見せる取組みだが、これが大盛況となった。
「期間中の購買予約は2000件以上になりました。当初の目標を大きく上回る成果です」

JINSの事業の核となるのは、企画から製造、販売までを一貫して行うSPA(製造小売)モデルだ。熟練の職人による経験と勘による視力測定、レンズ加工、完成後のメガネ調整(フィッティング)に頼らず、デジタル機器の導入や作業の徹底したマニュアル化により、属人性を排除した高品質サービスを実現。この標準化システムが会計後、最短30分という短時間での商品受渡しを可能にした。

接客からフィッティングまで
見える技術を世界基準に
メガネ完成までの基本的なフローは、接客、視力測定、レンズ加工、フィッティングとなる。ただ、日本では視力測定に公的資格は不要だが、ベトナムでは「オプトメトリスト」という国家資格が必須となる。専門学校の卒業といった条件があり、測定だけに専従するのがベトナムの慣習だったが、JINSでは接客やフィッティングなど他のスタッフと同じ作業も行う。
「日本と同じサービスを世界でどれだけ作れるか。それを常に意識しています」
日本では基礎的なスキルの習得に約2ヶ月、フィッティングや速度を含めた全工程を完遂できる「エキスパート」には通常1年半から2年の歳月を要する。ベトナムでも同じ内容を学んでいくが、日本で6年の実務経験を持つベトナム人をトレーナーとして起用し、通訳を介さず「JINSのニュアンス」を直接教え込んだ。
特筆すべきはレンズ加工の習得速度で、通常2~3ヶ月かかる工程を、センスが良い人なら1ヶ月で習得するという。小川氏は「ベトナムの方々は手先が器用で真面目。成長が早い」と驚く。
また、最も難易度が高く、顧客満足度の要と語るのがフィッティング。顔の形やメガネの形状に合わせて微調整を行うこの工程は、マニュアルを超えた経験が必要とされるからだ。
サイゴンセンターで研修した第1期生はブランドを伝える「伝道師」ととらえ、群馬県前橋市での本社研修、福井県鯖江市の協力工場の見学、都心店舗での勤務などを経験した。各国のスタッフが集まる決起集会にも参加している。
「サイゴンセンター店は当初、ベトナム人と日本人の『2人店長』で運営していました」
銀座の店舗でも勤務経験のある日本人店長はJINSの歴史や業務の細かな基準を教え、現地店長はスタッフ間のコミュニケーションを調整するなど、役割分担がうまく機能していたそうだ。

花粉対策メガネが売れる
AI判定とロッカーが話題
開店した店舗では展示のみのポップアップ時期より、商品棚の商品数を約4倍に増やした。その品揃えの中でベストセラーとなっているのが、レンズの下部に赤みを加えた「チークカラー®レンズ」という美容系レンズや、柔らかくて壊れにくい「JINS 360°®(サンロクマル)」だ。

これらは日本でも人気商品だが、ベトナムならではの売れ筋も多い。例えば日差しの強さで濃度が自動で変化する調光レンズが好調。また、花粉対策用のメガネ「JINS PROTECT」が、花粉のないベトナムでなぜか売れている。
「花粉だけでなく粉塵もカットするので、バイク用に買う人多いのです。ここまで売れるとは想像していなかったです(笑)」
AIがメガネの似合い度を判定するJINS AIの「似合い度判定」や、無人でも完成品を受け取れる「ピックアップロッカー」。これらの自動化システムがスタッフと顧客の「話のネタ」になっているのもベトナムの特徴だ。スタッフと顧客がAI判定で盛り上がったり、自動で開くロッカーを動画撮影するなどで、楽しそうな姿が目に浮かぶ。
「お客様の傾向は30-40代が主流、ショッピングモール内とあって女性が多い印象です。価格は中価格帯が中心です」
2026年夏頃にはダナンへの出店を予定しており、将来的にはベトナム全土での展開を視野に入れている。ただ、急激な多店舗展開よりも、ブランド力を高める立地の選定を重視しており、将来は路面店での出店も考えている。

現在のスタッフ数は合計で約70人と増加しているが、新店舗に向けて採用を続ける予定。日本から営業部長とエリアマネジャーが合流して、ベトナムの組織を強化していく計画もある。スタッフの働き振りは想定以上だが、課題はまだ認知度が足りないことと語る。
「様子見の人も多く、JINSという会社や理念が届いていない気がします。ベトナムにどれだけ貢献できるかに向き合わないと、ただの外資の小売になってしまう危機感があります」
「また泊まりたい」を仕組みで生む
ハノイで走る日本式ホテル運営

「おもてなし」を磨く方法
リピーターを生む現場力
ハノイのビジネス街に2026年3月、「スーパーホテルハノイ」がグランドオープンした。地上15階、地下3階、総客室数198室の直営店で、ミャンマーに続く海外2店舗目となる。
スーパーホテルは日本国内で178店舗を数え(取材時)、J.D.パワーのホテル宿泊客満足度調査(エコノミーホテル部門)で11年連続1位を獲得するなど、接客など顧客対応力に定評がある。
「日本のお客様は約7割がリピーターで、平均稼働率は約9割を維持しています。インバウンドのお客様は15%程度です」
スーパーホテルのもう一つの特徴は、ホテル1棟の運営を業務委託する「ベンチャー支配人制度」だ。日本のホテル専門学校を卒業したDinh氏もこの制度に応募し、スーパーホテルPremier秋葉原で3年間副支配人を務めた。
顧客への「おもてなし」を重視する同社には独自の教育制度があり、前提となるのが「経営理念の浸透」と「自律型感動人間」を目指すこと。理念を通じて感動を与えることで、顧客満足度が向上してリピーターが増え、利益が拡大するという考え方だ。
「経営理念の浸透は海外でも同じで、ベトナムでも翻訳版で教えていますし、フェイスアップ(朝礼)でも伝えています」
同社は海外初進出として、タイで合弁事業として2013年に開業。その際はパートナー企業の意向で本来のサービス標準化ができなかった。結果的に2016年に閉業となり、その後のミャンマーからは経営理念の浸透と日本のおもてなしを徹底している。
ミャンマーもベトナムも単独での進出。そのため開業までスピーディに進められ、ソフトやハードの改善なども一気通貫にできたそうだ。
ベトナムにおいてはフロントチーフ2人と副支配人を日本に招いて約1週間研修をし、日本の接客インストラクターが累計約3週間ベトナムに滞在し、全体では約3ヶ月かけて研修を行った。

暗黙知を形式知に変換
アナログのためのDX化
スタッフには自律したサービスを促す一方、「サービススタンダード」という7項目の標準があり、「感動のおもてなし」については事例集にしている。現場で出た暗黙知を本部で集約して形式知として横展開する方法で、エリア担当者が各店舗に訪問して情報収集をしている。
「優れた接客はスタッフ自身が無意識だったり、特別視していないことも多いので、内部では気付かない優良な事例があります」
大切なのはニーズの先読み。突然の雨に降られた人には「大変ですね」とタオルを手渡す、ファミリー客には子どもが喜ぶ声をかける、といった内容で、約20のカテゴリーにそれぞれ5つほど項目がある。
約100個の事例に瞬時に対応できるまでには1年ほど掛かるが、早い人は半年で素晴らしい接客ができるそうだ。大切なのはテクニックよりも人間力。
「お客様に感動していただきたいという気持ちで、接客は大きく変わってきます。そのため、一生懸命な新人の方がお褒めの言葉を多くもらうこともあります」
スーパーホテルは暗証番号によるノーキー・ノーチェックアウトなどのシステム化でも知られる。これらは単なる省人化ではなく、対面での品質を高めるための生産性向上だそうだ。
「お客様にFace to Faceでおもてなしをする、アナログのためのデジタル化です」
入社後すぐには2日間のオリエンテーション研修があって土台となる経営理念を学ぶほか、約1ヶ月の初期トレーニングが続く。1週間目、2週間目とフェーズが分かれて抜けや漏れがないように進み、その後も継続的な改善の仕組みが続く。
例えば朝30分のフェイスアップでは、経営理念を読み合わせ、その日の顧客状況に対して自分がどう行動するかなどを発表し、支配人・副支配人やその他のスタッフが発表内容に対するフィードバックを行っている。

本部では、店舗の品質を客観的に評価する「サービスレギュレーション」という、アプリを用いたチェックを実施している。担当者が1ヶ月に一度各店舗を訪問し、客室、朝食ラウンジ、大浴場など場所ごとに各10項目、合計100項目を確認する。
「備品が雑に置かれていないか、ポスターが一直線に並んでいるかなどの細部まで、あるべき姿と比較しています」
自分の店舗は見慣れているために気付かず、外部の視点だからわかることも多いからだ。


日本基準の接客をハノイへ
現地文化を活かす取組み
スーパーホテルハノイは順調に運営を続けている。顧客はおよそ日本人6割、韓国人2割、残りはベトナム人、中国人、台湾人、シンガポール人など。タンロン工業団地にも近いため当初は日本人をメインターゲットとした。
そのため日本と同質のおもてなしは必須であり、ベトナム人スタッフはそれに応えている。難しい部分はあったが、ベトナムでも経営理念の大切さを伝え、研修後も時間を見つけて情報共有をしている。日本の執行役員はこう語る。
「フェイスアップでは日本と同じく真剣に読み合わせをして、自分の言葉で経営理念についてコメントを発表していた。3ヶ月で覚える方が多くて呑み込みが早い」
スーパーホテルでは標準化だけでなく、地域の強みを引き出す工夫もしている。例えば無料のウェルカムバー。日本でも各地域に合わせたアルコールやソフトドリンクを用意しているが、ハノイではベトナムのビール、ウォッカ、ワインなどを自由に楽しめる。
「ベトナム人はビールが好きですから、将来はビールサーバーを用意したいです(笑)」

ベトナム人には日本のファンが多く、日本文化の中で働くことに誇りを持つ人も少なくない。そんなスタッフたちが応募してきたためか、日本式のサービスや研修にすぐに馴染んだという。
「スタッフは約50人おり、フォローアップ研修を始める予定です。私が熟知する日本式サービスをこれからも届けます」
ブルーカラー人材革命の実現へ
横浜発スタートアップの挑戦

タイで起業の代行サービス
BtoBとBtoCの両事業
中間層や富裕層が増加中のベトナムで、特に都市部でニーズが生まれているのがメイド、ベビーシッター、オフィス清掃といった家事などの代行サービスだ。しかし、個人の資質や経験に依存する部分が多く、品質のバラつきにリスクが伴う。
この課題に対し、ITによる自動化と教育システム、AIを用いた管理体制で挑むのが、本社機能を神奈川県横浜市に持つアヤサン・ホールディングスだ。同社は2026年4月にベトナム事業の経営体制を刷新。現地パートナーとの合弁事業を解消して100%自社資本による直接運営へと舵を切った。

アヤサンのベトナム進出1回目は2015年。しかし、タイに次ぐ2ヶ国目という経験不足やチーム体制の不備などでやむなく撤退した。
「2回目は実績を持つローカル企業との合弁でしたが、新型コロナで事業を終了しました」
3回目は上記のローカル企業とコロナ明けに再挑戦。1、2回目は個人向けのBtoCサービスだったが、企業向けのBtoBに変えた。
4回目の今回は品質を自社で管理でき、意思決定のスピードが迅速になる独資とした。現在は当地の人材採用を進めており、Ayasan Holdingsのブランド力を一気に構築する構えだ。

アヤサンは伊勢氏が2013年にタイで創業した。大手米系ホテルチェーンの日本支社で働いていてタイへの出張が多かったこと、起業のコストが安価だったこと、清掃などメイドのニーズがあったことが理由だ。
「最初は駐在員など日本人がターゲットでしたが、スタートアップは中々信用が得られず、外国人駐在員や大使館から広がりました」
ベトナムの後はインドネシア、ラオス、2025年には日本に進出し、今後はカンボジア、フィリピン、マレーシア、シンガポールを視野に入れる。各国でビジネスモデルが異なり、タイとインドネシアはBtoBとBtoCの両方。ラオスとベトナムはBtoBのみで、日本はBtoCのみだ。
「全体的に日本人のお客様は5%未満で、95%は各国の現地の方になります」

安全安心を仕組みで担保
人に寄り添う代行サービス
アヤサンの標準化モデルの第1段階はスクリーニング。他人の家庭や企業のオフィスというプライベートな空間に立ち入るため、安心・安全を重要視している。そのため、ワーカー(ブルーカラー人材)の採用はオンラインのみで完結させず、候補者は各拠点で対面面談し、身分証や犯罪経歴をチェックする。
「AIによる性格診断を使って、彼らの性格傾向とお客様との相性をマッチングさせることもあります」
その後は自社のトレーナーチームが作った研修となる。経験の浅い人には1週間(1日3時間)の集中研修があり、清掃技術、ベッドメイキング、洗濯、料理といった実務から、身だしなみや挨拶などの接客マナーを学ぶ。
この研修マニュアルは顧客から寄せられた実際のクレームデータに基づいて、常にアップデートされている。
「ただ、海外市場でのクレームの8割は、日本人からすれば当たり前のことばかりです」
例えば、「時間に遅れる」や「清掃後に物の場所を変える」などで、「遅れる際には必ず事前に連絡する」や「清掃後には必ず物品を元の位置に戻す」が対応策になる。
一方で標準化の限界も見極めている。アプリから詳細なリクエストを受け、現場でワーカーがヒアリングしても、人間のサービスなので100%のベストマッチは難しい。性格の不一致は発生するものだし、清掃や清潔といった「綺麗のスタンダード」も各国や各家庭で異なる。ワーカーも大切な顧客であり、80%の品質であれば仕事を任せている。
「ミスマッチが発生した場合は即座に人材を交代して再派遣をしています。新しい場所へのスイッチで輝く方もたくさんいますから」
また、顧客からはアプリを通じて5つ星形式で評価を受け、社内ではトレーナーチームがチェックリストに基づいてパフォーマンスを採点している。

次なる有望国はどこか?
国境を超えるネットワークへ
タイはバンコクなど4都市で展開していて一番事業規模が大きく、売上の約7割が法人向けでオフィスやホテルの清掃が多い。個人客はタイ人と外国人が半々で、インバウンドの欧米系旅行者がベビーシッターを依頼するなどもある。
「働き手はタイ人が減りつつあり、出稼ぎのミャンマー人が増えています」
2番目に事業が大きいのはインドネシア。人口が多くてメイド文化が根付いているので一番の有望市場と見る。拠点のあるジャカルタ以外の島から働きに来ているケースが多い。
日本のワーカーはベトナム人が多い。週28時間以内のアルバイトが認められている留学生がほとんどで、メインは1日2~3時間の清掃だ。
このように国別で様相が異なるのだが、ベトナムは冒頭のようにBtoB事業の予定で、グローバル企業、日系企業、欧米系企業などを対象と考えている。
同社のBtoCでの個人利用者数は累計100万人を超え、登録ワーカーは累計10万人以上。ただ、売上の約7割はBtoBが占めており、法人の継続率は93%と非常に高い。これまで大手企業からスタートアップまで累計1000社以上が顧客となってきた。
東南アジアの生活代行サービス市場は成長しており、共働きが増えて、今後さらに生活水準が向上することで、日本以上に伸びると見込む。
将来像として考えるのは国境のない人材ネットワークの構築で、例えばベトナム人が日本や他国で、アヤサンを通じて適正かつ安全に働けるようにする。
「ブルーカラー人材に特化した、ボーダーレスなプラットフォームを作りたいですね」

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取材・執筆:高橋正志(ACCESS編集長)
ベトナム在住11年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。