金属の精密加工を得意とするAIZAKI VIETNAMの10周年パーティが、ホーチミン市サイゴン港のSaigon Princess号で開催された。中小企業の進出成功例として、同社の軌跡と共に紹介したい。
AIZAKI VIETNAM
撤退工場を居抜きで利用
3台の機械から始まった
精密部品の金属加工を事業とする長野県の株式会社Aizakiは、1917年(大正6年)創業の老舗企業だ。2012年からベトナム人の採用を始めて、社長の池田英平氏は採用や面接で日越を往復するようになった。
当地の日系企業と話すうち、金属の精密加工で困っている声を聞くようになる。ベトナムに進出? パートナーと工業団地を多く巡るが、計画していたわけではないので資金が足りない。最終的に撤退企業の居抜き物件を紹介されて、海外工場の設立を決断した。
「お客様の進出に合わせたわけでも、売上の見込みが立っていたわけでもなく、ゼロからのスタートでした」
2014年12月にAIZAKI VIETNAMを南部ドンナイ省に設立、池田氏がGENERAL DIRECTORに就任した。2015年11月から操業を開始。仕事を作るためにまずは組立て工程を日本から移管し、新規の案件は様々な製造業系の展示会に出て、少しずつ顧客を開拓した。
池田氏はパーティの冒頭で次のように語った。
「機械3台からスタートしました。最初に目指したのは10年の事業の継続です。しかし……本当は10年続くと思わなかった。だから感無量ですし、従業員への感謝の気持ちでいっぱいです」
池田氏はパーティの主役は従業員であり自分ではないと、事前に何度も語っていた。そのためかとても簡潔なスピーチだった。

パーティは大型客船Saigon Princess号のルーフトップで開催され、サイゴン川をクルーズしていく。乾杯はFUTURE TECH CORPの取締役購買部長である大曽根慶氏。2016年からAIZAKI VIETNAMおよび日本本社と取引している主要顧客だ。
「池田社長の人柄が社員を引き付けている。退職者の少なさと品質の高さがその証明です」
このような顧客に支えられて、早くも2019年には黒字化を達成。その後はコロナ禍で業績が落ちたが回復を見せ、2023年には増やした機械で空きスペースがなくなった。フル稼働しても追いつかない。
「工場を見たお客様からは、『仕事を頼みたいけど、できるの?』と聞かれる有様でした」(池田氏)

社員が輝く船上パーティ
彼らの主体性がうちの強み
お酒が進むとゲスト同士の交流も始まり、モッ・ハイ・バーの掛け声も。川から眺める高層ビル、ホテル、大型ブリッジのネオンやライトが色とりどりに輝き、ホーチミン市クルーズの魅力があふれる。

そんな中で生産部のマネジャーであるPham Phuc Vinh Loc氏が壇上に立つと大きな拍手が起こった。「お忙しいところアイザキベトナムの10周年においでいただきありがとうございます……」から始まる日本語でのスピーチ。「品質、納期、価格を守ることに全力を尽くす」との決意も。
多少たどたどしい日本語であるが、実は日本本社の生産部の小林朋幸部長と仲が良く、日本語の原稿をチェックしてもらったのだとか。

続いてセールスエグゼクティブのNguyen Thu Van氏がスピーチ。「池田社長のリーダーシップが今日のアイザキベトナムの成功を導いたと思います」など流ちょうな英語で明るく語った。
池田氏は、「お客様からは弊社のマネジャーには主体性があると良く言われる」と語り、「それがうちの強みになっている」。
同社に日本人駐在員はおらず、本社社長でもある池田氏が1月の半分ほど来越する。工場長や技術部門トップが日本人ではないので指示待ちにならず、ベトナム人が自ら考えて現場を動かしている。例えばトラブル対応。顧客の一人はこう語ったそうだ。
「トラブルは起きるものだと思っているので、大切なのは改善。AIZAKI VIETNAMのスタッフは自分たちで動けて対応が早い」
同社の取引先は測定機器、産業機器、医療機器などのメーカーで、今後は航空部品が始まりそうだ。少量からの多品種生産で、精度が求められたり、形状が難しい金属部品を得意とする。それを支える社員は65人、日本本社の42人を既に上回っている(取材時)。
工場増築が完成予定
次の10年へ舵を切る
男女の歌手による歌が始まり、欧米のポップスと日本語では『世界に一つだけの花』と『ファーストラブ』が懐かしい。

品質管理のマネジャーであるPham Van Cuong氏が最後のスピーチに立った。立上げメンバーの1人で、日本語でのスピーチは「ここにいるお客様のご健康とご多幸をお祈りいたします」で終了した。
池田氏が社員のスピーチにこの3人を選んだのは、「会社とお客様にとってのキーパーソンだから」という理由からだ。
全ての曲が終わるころにクルーズ船はサイゴン港に帰港した。一般的な周年パーティなら本社の日本人幹部のスピーチが普通だが、ここではAIZAKI VIETNAMとベトナム人が活躍。こうした社風も同社の魅力となっている。
手狭になった工場は2階部分を増築しており、今年12月に完成する予定。床面積で1.5~1.6倍ほど増えるというから、もう「できるの?」とは聞かれないはずだ。
今年5月から工事を始めたが、元々敷地に余裕があるわけではない。操業は止めずに、品質管理室、ミーティングルーム、倉庫などは工場の周囲に貨物コンテナを置いて代用した。
「無理させていますので、ドリンクの自動販売機を置きました。1人1日1本無料です(笑)」(池田氏)

現在の顧客は日本の日本企業への輸出が50~60%、米国の米国企業への輸出が30~35%、ベトナム国内が数%、タイ向け輸出が1%と幅が広がった。ベトナムでの仕事をきっかけに日本本社に発注があるなどの好循環も生まれている。
10周年パーティを終えて池田氏は語る。
「10年という区切りを多くのお客様とお祝いでき、とてもうれしく思います。次の10年を今日と同じように笑顔で迎えたい」





















取材・執筆:高橋正志(ACCESS編集長)
ベトナム在住11年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。