商品・サービスと顧客をつなぐショールーム。対外的な企業の顔とも言えるが、国民性や趣味嗜好の異なる海外では展開が難しい。ベトナムにショールームを持つ日系企業の商品、ターゲット、こだわりなどを取材。あなたも訪ねてみては?
意識を変える潜在的な窓口
特にチェアに触れてほしい
オフィス家具を中心とした生産・販売と、オフィスや店舗などの設計から施工、家具の納入までを請け負う「ソリューション」を事業の柱とするオカムラ。日本でシェアトップ、オフィス家具の売上では世界4位という。そのベトナム子会社であるオカムラインターナショナルベトナム(OIV)のショールームはハノイにある。
ビル19階からの見晴らしの良い会議室を含めた約120㎡には、チェアとデスクを中心に収納家具やソファなどベトナムの商品をほぼすべて揃えた。その一角にはオンライン会議に最適なパーソナルブースもある。
「パーソナルブースは最近のトレンドで、1人か数人で集中して作業や打合せができるスペースです。日本やベトナム以外の国でも人気で、商品によってはパネルなどを使って1時間程度で組み立てられます」
ショールームの最大の目的は実際に商品を見て、触って、体感してもらうこと。特に長時間体を預けるチェアに触れてほしいと語る。法人販売が中心でもあり、ゆったり見てもらいたいと、日本も海外も基本的に予約制だ。
ベトナム企業でよく使われるチェアは破損が早く、同社は多少高価でも質の良い商品の購入を勧めるが、壊れても構わないと返されることが多い。チェアは消耗品という認識で、高品質な家具の知識や体験のなさが理由と考えている。それを覆すのがショールームだ。
「実際にショールームに来てもらうと購入いただけるケースが多いです。日系企業だけでなくベトナム企業も同様で、潜在顧客との窓口となっています」
来場者はベトナム人ならオフィス家具の代理店、建築家、インテリアデザイナーなど、日本人は購入を検討している企業が多い。ターゲットは日系と非日系を半々としており、実際の顧客はおよそ日系が7割で非日系が3割だ。
高付加価値なオカムラの商品は一般的なオフィス家具より高価なので、顧客は大手企業が多くなる。ただ、欧米企業は自国の家具メーカーの商品を代理店から納入する契約が多いそうで、非日系ではベトナム企業、特に決定権を持つオーナー社長の大手企業が多いという。
「チェアですと1脚150USD前後から。オールレザーのハンドメイド製は4000USD以上ですが、これはベトナム人のオーナー社長にしか売れていません」
ベトナムはハード販売に特化
高価格帯市場で競合より先へ
2005年からベトナムで代理店販売を始め、市場の成熟を感じて2016年に駐在員事務所、2020年にホーチミン市に現地法人を設立。2022年にハノイ事務所を作ってショールームもオープンした。
海外進出は1987年のタイに始まり、アジアは中国、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどがあり日系の顧客が中心。北米や香港の顧客は現地企業が多い。
ベトナムが一番新しい進出先だが、他国とは大きく異なる点がある。ほかの海外拠点では冒頭のソリューション事業も展開しており、タイ、シンガポール、マレーシアでは主事業となっているが、ベトナムは商品販売に特化しているのだ。
「ソリューションは日本国内やその他海外の実績から、ある程度の売上が見込めます。一方でグローバルな成長を見据え、欧米の競合を超えていくためには、まずハードで勝負できることが重要。そこに注力するべきと本社を説得しました」
進出国で意識するのは平均所得と物価。ベトナムの平均所得は北米の5分の1程度で、ベトナムの社長が使うチェアが北米の一般スタッフと同程度なども珍しくない。また、ベトナムの一般スタッフのチェアは80USD程度、同社製品は150USD程度からなので倍ほど違う。
オカムラは高品質、高機能を武器にマッチする顧客企業を探す。そこで競合となるのは世界的メーカーの米国SteelcaseやMillerKnollなどだが、上記のような代理店経由が中心で、アジア系企業は日系を含めて知名度も低く本格的な進出は少ない。オカムラが市場を先行できると判断したのだ。
「ベトナムではブランドに信頼性があれば高価格帯でも一定の需要はあります。価格だけで勝負するのではなく高品質な商品を適正な価格で販売します。社員にもしっかりとブランド力を高め、品質を含めた付加価値を理解してもらえれば、価格だけでの判断はされないだろうと伝えています」
ショールームには日本とタイ工場からの輸入品があり、タイの製品は価格は抑えめだが、それでもベトナム企業には「メイドインジャパン」が好まれているそうだ。
ホーチミン市はリニューアル
体験できる機会を増やす
ハノイショールームには主力のハイエンド商品を揃えており、今年8月にはホーチミン市のオフィスを改装し、ショールームを兼ねた最先端オフィスにリニューアルする。
ハノイショールームのデザインはベトナム人デザイナーが担当し、オランダの建築サイトで昨年賞を受賞した。ホーチミン市でも別のベトナム人デザイナーに依頼しており、口コミなどで業界に広がる効果も期待している。
ブランド力向上のため、ベトナムのインテリアやプロダクトデザイナーが集まるイベントのスポンサーも務めている。2019年から続けており、スポンサーブースを出展してアピールもしている。こうした努力もあって認知度は着実に上がっており、HPへのアクセスや問合せ件数も増えている。
「今後は予約不要の日や、定期的にイベントを開催するなど、現物を体験できる機会をいかに作るかがポイント。ショールームの維持費も安くないですから、もっと有効活用しますよ」
中国やインドでの成功例
音楽教室でニーズを喚起
楽器の販売と音楽教室の運営を行うヤマハミュージックベトナム。ホーチミン市に今年3月、フラッグシップショールームとなる「YAMAHA MUSIC SQUARE」がオープンした。
1階がショールーム、2階に音楽教室があり、それぞれ約100㎡。ショールームにはフルラインナップとなるアコースティックピアノ、電子ピアノ、エレクトーン、ギター、ドラム、サクソフォン、フルートなどが置かれ、教育楽器としてリコーダーとピアニカもあり、その場で演奏ができる。
場所が外国人の多く住む7区とあって来場者はベトナム人のほかに日本人、韓国人、台湾人、欧米人などバラエティに富み、週に200人程度が訪れるという。
「ベトナムでのショールームは楽器に触れる貴重な機会になります。お子さんが音を出したことに興奮して、隣の親御さんに話しかける。そんなシーンを何度も見ました」(足立氏)
先進国などと比べるとベトナムで演奏できる人はまだ少なく、市場として伸びしろがある。近隣諸国ではインドネシアとマレーシアが半歩先に進んでおり、ある程度の顧客が確保できているという。ここ2年ほどで年に20~30%と成長しているのがインドだ。
インドでは所得の上昇に伴い趣味や余暇にお金を使う層が増えたようで、ポータブルキーボードなどの電子楽器が売れている。映画やダンスが好きな国民性は音楽との親和性が高いとも感じている。
「約10年前から有望市場として開拓を始めて、楽器の生産工場も作りました。主にキーボードとギターをインド人向けに生産・販売しています」(林氏)
中国では富裕層の拡大に合わせ、音楽教室のフラグシップ店となる直営教室を2004年に設立。当時主流だった個人レッスンに対し、グループレッスンを展開したことで新たな客層の開拓に成功した。
その後は第3者資本による教室展開で、新型コロナ前で約2万5000人まで生徒数が拡大。この需要創造により世界最大のピアノ市場へと成長するのだが、ベトナムではこの成功事例を参考に事業拡大に邁進している。
「ヤマハミュージックにとってベトナムは最重要国です。海外拠点に社長、音楽教室担当、楽器・オーディオ担当と3人の駐在員を置いているのは非常にまれで、力の入れ方が違います」(足立氏)
直営店設立からスタート
フランチャイズは2店舗へ
同社の事業には2つの柱がある。一つは上記のように音楽教室を展開してニーズを作る。ベトナムでは小中学校の音楽教育が根付いてないので、その代わりとして音楽を普及する場ともなる。同時にベトナム教育訓練省(MOET)と協力して、小中学校でリコーダーやピアニカを教える授業もサポート。教科書の制作にも協力し、2021年よりリコーダーの授業が始まっている。
もう一つはショールームで、楽器に触れて演奏してもらい、音楽の楽しさを体感してもらう。ワークショップやミニコンサートも開催し、楽器販売につなげていく。ベトナムでは電子ピアノやアコースティックピアノなどの鍵盤楽器とギターの市場が大きいそうだ。
「楽器を陳列して終わりではなく、ふらっと入って気軽に楽器に触れて、楽しんでほしいですね」(足立氏)
最初のショールームは2019年、ホーチミン市のイオンモール内に完成した。ここが直営店であり、音楽教室を含めて約360㎡の広さがある。ピアノ、電子ピアノ、ギター、ドラム、管楽器などが置かれ、音楽教室には4歳から成人の約240人の生徒が通う。多いのは4~6歳の幼児と6~12歳の小学生だ。
「ショッピングモールにあるためか来場者は多く、4月は約700人が訪れました。ベトナム人のファミリー層が中心です」(林氏)
店舗前の共有スペースにも電子ピアノを2台置いている(取材時)。シャイなベトナム人にはショールームを躊躇する人もいると考えたからだが、意外なことに常に誰かが弾いているそうだ。
2020年から新型コロナが広がったため、フランチャイズを広げる活動は2022年4月から始め、現在は2店舗がある。冒頭のYAMAHA MUSIC SQUAREと、もう1ヶ所は幼稚園に講師を派遣している。各音楽教室では約35人の生徒を教えている。
「フランチャイジーには店舗運営のほか、オペレーターのトレーニングや講師のスキルアップなどのサポートをしています」(林氏)
英語塾やサッカー教室も競合
今後は加速を付けて展開
今後はショールームと音楽教室を拡大させるため、フランチャイズ展開に注力する。ただ、ヤマハのブランドイメージは下げたくないので、当面はホーチミン市やハノイに住む富裕層が対象となる。ハノイには販売店はあるが音楽教室はこれからで、その後は地方への展開を考えている。
音楽教室の平均月謝は約140万VND。同業のベトナム企業より少し高めで、個人で教える家庭教師などと比べるとかなり高額だそうだ。加えて習い事全般が競合になるため、近年人気の英語塾やサッカー教室の価格も意識している。
フランチャイズにはショールームと音楽教室のセット以外に、ヤマハ専属の楽器販売店、音楽教室のみ、店舗の一部をヤマハの販売・体験コーナーとする4種類があり、この展開は国により異なっている。
「フランチャイズはベトナムの音楽大学の卒業者や、楽器演奏を趣味とする富裕層からの問合せが多く、現在の候補は50件ほどです。今後はさらに展開ペースを上げていきます」(足立氏)
商社×ショールーム×技術
機能の掛算で生み出す価値
主に日本製の工作機械、測定機器、切削工具などを取り扱う専門商社の山善ベトナム。そのショールームはハノイとホーチミン市にあり、とりわけ2018年に開設したハノイショールームは約1200㎡と広い。工作機械が20台以上並んでおり、業界内でのベトナム最大規模を自負している。
「自動車を購入する時に、実物を見ないで、試乗もしないで、購入する方は誰もいませんよね。工作機械も似たところがあり、特殊な用途に使われることもあることから、実際の動作や操作をお見せすることを大切にしています」(平田氏)
同社が取り扱う工作機械の製造元である大手メーカーは、日本国内には工場やテクニカルセンター(ショールーム)を持つ。しかし、海外では北米や中国などの大きな市場には進出していても、全ての国に拠点を置いているとは限らない。
そこで山善ベトナムのような商社がメーカーに代わって販売し、同社のエンジニアが機械の設置、修理、メンテナンスなどのサポートを提供している。トラブル対応をほぼ100%自己完結できるエンジニアリングスキルが同社の強みだ。
山善は世界15ヶ国・地域に展開し、ほとんどにショールームを持ち、サポート要員であるエンジニアがいる。ベトナムではハノイ、ホーチミン市、ハイフォンの3拠点で合計約30人のエンジニアがおり、ショールームでは実際に彼らが工作機械を動かし、テスト加工などを見せている。
「彼らはベトナム国内に留まらず、日本やタイで専門的なトレーニングを受けることもあります。商社の強みであるグローバルネットワークを利用して、日々技術の研鑽に努めています」(谷村氏)
ショールームは常設展示と定期的なイベントで活用されている。常設展示では顧客のニーズや困り事に合わせて来場してもらい、ショールーム展示機を用いての操作レクチャーや、加工の困り事の解決に向けたサポートを日々行っている。
定期イベントでは年に複数回、顧客や関係者を集めて、テーマに沿ったプライベートショーを開催している。メーカーを講師とするセミナーを開催することもある。今年6月にもハノイで過去最大規模となる工作機械プライベートショーを4日間にわたって開催する予定だ(取材時)。
単なる商社ではなく、
トータルソリューションプロバイダー
山善ベトナムは2003年に駐在員事務所として進出し、2010年に現地法人を設立。2000年代前半は市場規模が小さかったが、日系企業の進出に伴い事業が拡大した。
取引先は日系企業が中心だが、ベトナム製造業からの問合せも年々増加している。業種は四輪、二輪、OA機器をはじめ、ここ数年は半導体関連メーカーも多い。
「私は昨年12月の赴任前にタイに5年ほど駐在しました。タイのお客様は二輪と四輪で8割を占めましたがベトナムでは3~4割で、OA機器、半導体部品、ミシン、建設機械、農業機械など幅広いお客様がいらっしゃいます」(平田氏)
このような企業がショールームに訪れるわけだが、実際の生産現場で作業を行うベトナム人エンジニアの訪問も多いという。
工作機械を用いた製造プロセスには、タンク、スイッチ、自動ドア、ロボットハンド、配線など様々なオプションが必要になる。顧客のニーズを理解して最適なソリューションを提案、役に立つことが最大の使命であるとし、あらゆる可能性からアプローチしている。山善はこうした姿を追求しつづけ、自らが「トータルソリューションプロバイダー」でありたいと語る。
また、最近のベトナム製造業の現場では、技術力の向上を背景に高精密加工へのニーズも高まりつつあり、日本製の高品質な工作機械を求めるベトナム企業が増えているという。
市場ニーズを的確にとらえ
さらなるショールーム戦略へ
ホーチミン市には約600㎡のショールームがあり、8台ほどの工作機械が常設展示されている。ホーチミン市場でのさらなる拡大を目指して、より大規模なショールームの開設を検討している。ハイフォンにあるショールームも今後拡大を予定しており、ベトナム全土でのショールーム展開を積極的に進める考えだ。
「ベトナムは縦に長い国で移動が大変ですし、南北でビジネスの特徴も異なります。各地に根付いたショールーム戦略を進めたいですね」(谷村氏)
日々進歩するテクノロジーを吸収し、より良いソリューションを提供するために、同社はショールーム活用だけに留まらず、外部の展示会などにも参加している。日系、ベトナム系企業だけでなく、韓国系、中国・台湾系企業へのアプローチも強めている。
「タイでは自動化が進んでいるため、それに合わせた戦略を取りました。ベトナムでは金型関連の製造業が力を付けてきていますから、それに合わせた戦略が必要です」(平田氏)
ベトナムの生産現場にとって価値のあるショールーム戦略に挑戦すべく、大いに意気込んでいる。