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「ここでずっと働きたい」|人材を定着させる企業の力|特集記事Vol.197

ACCESS Vol.197表紙

「せっかく育てた人材が、なぜ辞めてしまうのか」——多くの日系企業を悩ませるこの問いに、業種の異なる3社が真正面から向き合ってきた。ベトナム人材が「ここでずっと働きたい」と思う会社の、共通点とは何だろうか?

「選ばれ続ける会社」を目指す
垣根をなくした国際開発拠点

Money Forward Vietnam(MFV)の社員と永井社長

 個人向けフィンテックや法人向けSaaS型クラウドサービスを提供するマネーフォワード。主力は会計、人事、法務など企業のバックオフィス業務を効率化するシステムで、法人の有料顧客は約50万社になる。

 同社の初の海外開発拠点として2018年にホーチミン市に設立されたのがMoney Forward Vietnam(MFV)だ。日本、2025年設立のインド法人Money Forward Indiaと連携しながら、マネーフォワードのプロダクトの開発や改善を担うテック集団である。

 2022年設立のハノイ拠点と併せて現在は数百人規模に拡大。従業員の定着は当然大切でも、「他に選択肢がある中でここが一番いい」と感じられる環境作りへのこだわりが強い。

「カンパニートリップや家族パーティ、在籍年数に対する表彰式などは開催しても、それをメジャーな戦略とは思っていません」

Money Forward Vietnam(MFV)の社内セミナーの様子

 同社には社員の自己研鑽を支える、重層的な研修制度がいくつもある。外部講師やマネジャークラスが講師となるオフライン研修。リーダーシップ系のテーマが多く、プリンシパル(行動原則)、インターカルチュラル・コミュニケーション、チームビルディングなどを2~3時間で学ぶ。

 オンライン研修は外部プラットフォームを活用する他、内製したセキュリティ、コンプライアンス、知的財産権など種類も豊富に提供している。オフラインは1回1~2時間が多い。

「業務内容やポジションで参加者が限られる場合もありますが、能動的な参加姿勢を大切にしたいという思いから、機会提供をして自ら応募してもらう場合もあります」

 日本主導で実施された「クリティカルシンキング」のオンライン研修は、全社員の約4分の1に当たる人数が応募するほどの人気だったが、今回選抜されたのはわずか10分の1の人数。

 その基準は、学んだ内容を自ら咀嚼し、次は自らがトレーナーとして他のメンバーに「ギブ」できる人材かどうかだった。

本社CEOがベトナム訪問した際の記念写真

 海外で働いていると時折遭遇する考え方の一つに、「日本が上流でベトナムは下流、社内向け外注といった見方」がある。マネーフォワードの執行役員でもある永井氏は、初の海外拠点だったこともあり、設立初期には言語や商習慣、情報共有の方法などをめぐって一定の試行錯誤があったという。

oney Forward Vietnam(MFV)の社内でのカルチャーワークショップ

 国や拠点で工程を分ければやりやすいが、全社視点で長期的に考えると、本当に優秀な人がしかるべきポジションに就いた方が業績は伸びる。「ガラスの天井」がないと確信できれば自社で努力を続けるモチベーションも高まる。

「日本側がフェアと信じ込んでいた日常にも、マイノリティの立場で考えると理解しづらい風景もありました」

 例えば10人の会議で日本人が8人参加すれば、日本語での会話が中心になったり、日本側の前提に沿って議論が進んだりしやすい。こうした課題について、日本とベトナムのチーム間で議論を重ね、一つ一つ改善していった。

 特にエンジニア同士の共通言語を英語としたことで、拠点を問わず議論に参加しやすい環境が整った。ただ、日本語のドキュメントは英訳しただけでは内容が十分に伝わらなかった。日本特有の商習慣や言い回しに対して非日本人でも理解しやすいように補足や追加説明を入れることで、他国の従業員の理解が深まった。

カルチャーワークショップのグループアクティビティ

「垣根を取り払う議論とアクションをトライアンドエラーで回し続け、この数年でようやく、優秀な人材は場所を問わずに活躍するという意識が、マネーフォワードグループ全体に浸透してきました」

 上記の研修制度においても、当初はベトナム独自開発だったが、日本の研修制度のカスタマイズ版が次第に導入され、現在は半数に迫っている。

 離職率に関しても5年前と比較すると、現在は半数程度まで下がり続けているという。

「業界全体の傾向などもあり、離職率はさほど意識していません。本人の意向で退出いただく場合があっても良いと思います」

 現在では、MFVが開発・運用に携わっているマネーフォワードのプロダクトは少なくない。ベトナム人のマネジャーが日本にいる日本人の部下を持つ、大規模なプロジェクトを牽引するなどのケースも生まれている。

チームでのミーティング

 日本への出張者数は年間で50~100人に上り、ダイレクタークラスは年に4回日本を訪れることもある。期間は1週間程度だ。オンライン会議でなく対面での交流で、ユーザーの利用環境やチームの熱意、競合への理解などが促進されて、商品の質は明らかに向上していると語る。

 自社プロダクトだからこそ長く、深く携われることも、MFVの魅力と考えている。実際、創業時からプロダクトと共に成長し続けているメンバーもいる。

「彼らにとって、転職して別の会社を探すよりも、ここで挑戦し続ける方が圧倒的に機会が広がると確信しています」

 次に見据えるのはIT業界に激震を走らせている「AIとの共生」である。マネーフォワードグループはAIツールの全社的な導入、Money Forward Vietnamは優れた活用事例を表彰する「AI Hero Award」の設置など、AI前提のマインドセットの教育や仕組み作りを急ピッチで進めている。開発しているプロダクトへのAI搭載も次々と実施されている。

「コードを書くだけの人材の価値は残念ながらなくなり、AIが出したアウトプットを適切に評価できる判断力や、グローバルスタンダードに耐えうる信頼性がより一層大切になるでしょう」

社外向けAIセミナーの自社開催

 これらは今後の企業戦略としてだけでなく、成長したいエンジニアが辞めたくなくなる環境作りともリンクする。

「グループ全体が成長すればMFVにもより良い効果が波及して、成長機会も提供できる。そんな全体像を常に描いています。これからも人をフォワード(前進)させる経営を目指します」

世界品質を支えるミクロン技術
人が育ち続ける日越循環モデル

FINECS VIETNAMの社員と石田社長

 超精密部品メーカーのFINECS Vietnamは2011年の設立。売上の約70%はプレス加工で、主に車載用センサーなど電子機器の端子の製造を担う。残りの約30%は自動車、産業機器、半導体製造装置などの部品の切削・研磨加工だ。

 全出荷のうち9割以上、プレス事業に限れば100%を輸出が占めており、完全に外需を基盤とした生産拠点として機能している。

 プレス事業は日本からの生産ライン移転により立ち上げられたが、切削事業は現地で一から顧客を開拓した。展示会に加工サンプルを出すと、「この高精度な加工はベトナムでできないはず」と大きな話題になり、コロナ禍では自社サイトを通じて世界中から問合せが舞い込んだ

「弊社ではミクロン単位(1000分の1ミリ)の加工が普通であっても、ベトナム国内でここまでの精度に対応できる企業は極めて稀だと思います」

 一例を挙げれば、金型の摩耗が一般材の約10倍というインコネルなどの難削材も順送プレス加工できるなどだ。国内でのニーズが少ないのは、そこまでして出す精度より価格を重視する企業が多いためもある。

 この高度な技術の習得は社員にとって最大のメリットであり、同社でも難易度の高い加工がスキルやキャリアを向上させると伝えている。

 しかし一方で、「ここまで難しいとは思わなかった」、「1000分の1の精度を追うのがつらい」など、技術的なハードルの高さが負担となり、辞めていく従業員も少なくないそうだ。

 石田氏がベトナム有数の工科系大学を訪ねたところ、実習で使う切削設備は同社の機械より1桁精度が低いものだったという。一流大学でもそうなのだから、多くの若者が技術の難しさに戸惑うのもわかる。そのためか試用期間の1ヶ月内といった、早い段階で退職する人が多いそうだ。

 FINECS Vietnamで製造された精密部品

 そこで人材定着の柱としたのが、ベトナム人技能実習生の活用だ。親会社のファインネクスは2008年から彼らを受け入れ、「ルールを守る」、「手先が器用」、「非常に真面目」とその後もずっと継続している。地場の富山県では外国人の中でベトナム人材が最も人気だそうだ。

「28期続いており、今年8月には29期生15人、10月には30期生11人が入社の予定です」

 技能実習生は3~5年で実習を終えて帰国するが、そのタイミングでファインネクスや他社のベトナム人にFINECS Vietnamへの入社を勧めている。FINECS Vietnamはビンズン省にあるため出身地域が遠ければ働くのは難しくなるし、もちろん当人の希望や予定もある。

FINECS VIETNAM工場内の切削加工作業

 それでも現在(取材時)、同社の社員90人のうちベトナム人は88人で、技能実習生の出身は13人、そのうち9人がファインネクスでの実習者だ。

「日本での実習経験者は非常に根気強く、技術への理解も深い。彼らが現在、現場のグループリーダーや事務所の管理部長といった重要なポストに就いています」

 いきなりベトナムの現場でゼロから育てるのではなく、日本の環境で高度な技術を体験させる循環が、離職の抑制と組織の安定につながったようだ。

 さらにファインネクスは昨年から、ベトナム高度人材の採用を開始した。工学部機械学科などベトナムの大学生に募集をかけ、昨年12月にFINECS Vietnamで数十名を面接。日本からは社長や人事役員などが来越し、結果的に7人が正社員として採用された。

 今年の3~5月はビザの取得期間とあってFINECS Vietnamで事前研修を受け、6月1日が入社式。高度人材第一期生である彼らは長い目で、ベトナムでの貴重な戦力となるはずだ。高度人材は続けて採用する計画で、今年9月には再び工科系大学での会社紹介を予定している。

「新入社員7人に将来どうしたいかを聞いたのです。するとほとんどの人に『日本にいたい』と言われました(笑)」

FINECS VIETNAM工場内の品質検査作業

 最近では、ベトナム国内でも優秀なエンジニアの獲得競争が激化しており、以前よりもCV(履歴書)が集まりにくくなっているという。このような事情もあって、既存のベトナム人社員のモチベーションを高めるための社内異動制度も動き出している。

 これはベトナムで成果を出した優秀な社員を、日本の本社へ正社員として出向させる仕組みだ。日本で加工技術などを2~3年かけて学び、再度ベトナムに戻すという双方向での循環を作っていく。

「本当は今年度に3人ほど送りたかったのですが、制度設計が難しくて実現できませんでした。早急に進めたいと思っています」

 社員旅行、忘年会、ランチ支給などは当然あるが、一般的な福利厚生は他社との差別化が難しく、定着の魅力には乏しいだろうと語る。

 同社は機械の操作や技術の知識といった研修はもちろん、日本から講師を呼んでの講習も開催している。また、参加者一人ひとりが一社を経営する社長となり、材料の仕入れから製造、販売、決算書などまでをシミュレーションするマネジメントゲーム研修が好評のようだ。

FINECS VIETNAM社内で行われるマネージメントゲーム研修

 一方で、評価の透明性を高める取組みも進めており、個人の能力を数値化するスキルマップを10項目から50項目へ細分化しつつある。人事評価のブラックボックス化を防ぎ、必要な教育を施していくためだ。

 そして、石田氏はあえて仕事の社会的意義を強調する。

「君たちが作ったものは、今世界を走っている自動車の何台かに1台には必ず載っている。地球の裏側から注文が来て、世界に通用する価値を出しているんだ」

 自分の仕事に誇りを持って自慢してほしい。家に帰って親や子どもに、付き合っている彼氏や彼女に伝えてほしいという。世界品質を支えるという誇りこそが、人を育て、人を定着させる最大の原動力になるかもしれない。

FINECS VIETNAMのブンタウへの社員旅行
Aureole Information Technology(AIT)の社員と竹内社長

 1994年にベトナムで事業を始めた三谷産業。現在はAureole(オレオ)グループとして現法7社を展開し、グループ全体の従業員数は約2400人に達している。

AIT事務所内の作業風景

 業種は製造系が4社、非製造系は3社。情報システム事業を手掛けるAureole Information Technology(AIT)は2001年にホーチミン市に設立された。ベトナムにおける日系オフショア企業の草分け的存在だ。

「元々は日系企業向けのオフショア開発が柱でしたが、近年はパッケージソフト事業に注力しています」

 オフショア開発は主に日本のITベンダーから案件を受託し、Webやスマートフォンアプリなどを開発する。日本側と円滑に連携できるブリッジSEの育成に重きを置いているのが特徴だ。

 パッケージソフト事業は2024年に出資を受けたビジネスエンジニアリングの製品の販売、導入、保守などになる。主力製品は生産管理システム「mcframe」で、顧客は主にベトナムの日系製造業だ。

 こうした製造業向けパッケージソフトの導入コンサルは経験者が少ないので、システムに詳しくなくても製造業の現場経験がある人材を採用し、数年をかけて育成している。

AITの社員研修風景

 製造業は業界が広くて工程も分かれるので、スキルを磨けば一本立ちができる。その分、一人前のコンサルタントになるには5年、プロジェクトマネジャーには10年かかるそうだ。

 同社の従業員は約100人おり、およそ6割がオフショア開発、3割がパッケージ事業、1割がバックヤード系。共通しているのは資格取得の支援であり、取得できれば月額固定の資格手当が支給される。

「自分のスキルが市場価値として認められ、それが報酬に直結する。このサイクルが、安易なジョブホッピングを思い留まらせる要因になっているようです」

 例えば「mcframe」の認定資格は日本人でも難関として知られるが、同社では7人が取得している。基本はeラーニングを受講して備えるが、AITは社外研修も支援しており、対象は日本語能力試験やTOEIC、技術系ではプロジェクトマネジメントやテスト技法などと様々だ。

 それぞれの資格で研修の回数や頻度は異なるが、日本語検定なら3ヶ月単位で合計2年などと長くなる。一番受ける人が多いのは日本語検定で、日本語ができると顧客対応などで仕事の幅が広がることも理由のようだ。

AITオフィス内での社員との記念撮影

 日本企業や日系企業が主顧客となる同社にとって、日本への理解を深めることも重要だ。オフショア開発ではブリッジSE候補を1年間の任期で日本の親会社へ派遣し、現地のチームと肩を並べて働く機会を与えている。

AXIXによるリチーミング研修

 また、パッケージ事業では成長が見込まれる若手のメンバーを、現地顧客の親会社や取り扱っているパッケージメーカーに年に1回、1週間程度の短期出張をさせている。

「お客様の本社との対話では海外拠点へのマネジメント、パッケージメーカーとの対話では日本国内と海外ビジネスの切り分け方や海外パートナー企業への期待などが理解でき、若手のモチベーションをグンっと引き上げます」

 さらに、AIT単体ではなく、Aureoleグループ全体の人事や人材育成を担うAureole Expert Integrators(AXIS)による共通研修もある。グループ各社に横断的に提供しており、以前から行われているのが心理学的アプローチなどでチームワークの促進を図るリチーミング研修だ。

 また、社長が指名して集中的に行う管理職研修、将来の幹部職を目指すマネジャーのための幹部候補研修などもある。

 定着率を高めているもう一つの要因が評価のサイクルである。AITでは3ヶ月に1回、四半期ごとの頻度で人事評価を行い、その結果に基づいたボーナスを支給している。「1年分を4回に分けただけで額は一緒」と竹内氏は笑うが、まとまった賞与を得た直後の転職リスクを回避できるだけでなく、社員は評価をタイムリーに受け取ることで、次の目標に向かうことができる。

 この評価や昇給の判断において、中心的な役割を担っているのがベトナム人の取締役だ。現在(取材時)、同社の取締役6人のうち2人が2001年の創業時からのベトナム人メンバーである。

「ベトナム人でも昇進が可能なこと、同じベトナム人が評価していることは、意見が通りやすい風通しの良い社風を生むと期待しています」

 AXISによる管理職研修

 今年で設立25年。オフショア開発では創業メンバーもいて平均年齢は30歳後半、2019年設立のフエ支社は若手が中心だ。前者は昔からの仲間意識が強く、後者は地方のためか結束が固い。また、パッケージ事業は本格開始が近年なので、新規事業への共同意識が強いそうだ。どこからも聞こえてくるのは、「居心地が良い職場」という声という。

 これまでのAITの施策を見てみると、資格手当の支給、資格取得の支援、日本本社との連携、ボーナスの分割などで、斬新な定着方法とは呼べないものの、うまくその効果が現れている。

 離職率が高いと言われるIT業界において、コロナ禍前の離職率は従業員数約150人で15~20%に達していたが、現在では約100人の従業員で約5%に減ったそうだ。従業員全体の減少は効率化による自然減というから、より良い組織体制へと変化したことになる。

「採用するにはお金も労力も使います。勝手に辞められたらたまったものじゃない。そんな気持ちが正直あります」

 Aureoleグループでは現在、新たな行動規範である「Aureole Way」という活動を進めている。この策定にはグループ各社から選ばれた代表社員によるワーキンググループを発足させ、ベトナム人社員自らが今後のAureoleグループの在り方や行動指針を考えていった。

「創業から四半世紀が経ち、初期のメンバーが取締役として経営を支えるまでになった。今取り組んでいるのは、これから30年、40年を担う次世代のリーダーを育てることです」

AITの社員旅行中の記念写真
執筆者紹介

取材・執筆:高橋正志ACCESS編集長)
ベトナム在住12年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。

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