人手不足や人件費の上昇を背景に、ベトナムの製造現場で自動化への関心が高まる。では、AIの導入はどこまで進んでいるのか。データ収集から画像検査、設備保全、ロボットまで、AIと人が協働する現在と未来を探る。
目次
- MITSUBISHI ELECTRIC VIETNAM(MEVN) – データなきAIは工場を変えない|工程単位で拡張する生産自動化
- DENSO Manufacturing Vietnam(DMVN) – 製造現場をハックするイベント|AIと若き才能が描く未来工場
- Ricoh Vietnam – 紙をデータに、現場をデジタルに|複合機の先に見えた生産現場
データなきAIは工場を変えない
工程単位で拡張する生産自動化

自動化を支える頭脳
FAが生み出す新工場
三菱電機のベトナム現地法人であるMITSUBISHI ELECTRIC VIETNAM(MEVN)がベトナムに進出したのは2011年。現在はホーチミン市、ハノイ、ダナンに拠点を構え、空調・家電とFA(ファクトリーオートメーション)を主力事業としている。
2026年4月からは、Mitsubishi Elevator Vietnamの昇降機事業を統合。空調、昇降機、FA製品など、三菱電機が持つ幅広い製品・技術を組み合わせ、製造業、社会インフラ、ビルなど幅広い顧客に向けた総合的な提案型ソリューションビジネスを展開している。
その中でも太田氏が率いるFA部門は、ベトナムの製造業における自動化・省人化を支える重要な役割を担っており、ベトナム市場に供給する製品は幅広い。

工場の生産設備をプログラムされたシーケンスに沿って制御するシーケンサー(PLC)、シーケンサーからの精密な司令を受けて正確に駆動するサーボモーター、電力の安全な供給と遮断を担う低圧の遮断機器(ブレーカー)、ラインの稼働状況を可視化するタッチパネル式の表示器、高度な産業用ロボットなどだ。
「日系製造業だけでなく、特に北部ではディスプレイや携帯端末を生産する韓国系企業にも広範に納入しています」
近年では米中貿易摩擦やサプライチェーンの分散などを背景に、中国・台湾系製造業が北部を中心にベトナムに進出。ベトナム人ワーカーの獲得競争を激化させ、人件費の急速な押し上げにもつながった。日系企業が人材確保に苦労しているという話も聞こえてくる。
以前から自動化や省人化を望む企業は多かったが、ここにきてベトナム進出の大きな理由だった「安価な人件費」と「巧みな手作業」の魅力が相対的に薄まってきた。
その中で「工場の自動化におけるAI活用」は高い関心を集めるものの、実態としては黎明期、あるいは検証時期にあるという。
「手作業、自動化、AIという3段階で見た場合、ベトナムは手作業から自動化への過渡期に当たると思います」
日本のマザー工場のようなフルオートメーション工場などは稀で、一部の工程は装置で自動化されているものの、その前後の組立てや検査などの工程を人間の手作業に頼っているというのが現状だ。

データなき変革はない
段階的に築くデータ基盤
この現実を踏まえてMEVNが提唱するのが三菱電機の「e-F@ctory」である。現場起点のDXやIoTを活用して生産全体の最適化や、トータルコストの削減を目指すスマートファクトリー構想で、逆に言えばデータなきAI導入という短絡的なアプローチには懐疑的だ。
「データの収集や可視化といったプロセスを抜きに、いきなり高度なAIを生産ラインに搭載することは不可能です」

例えば、シーケンサーや各種センサーから、生産現場のリアルタイムデータを集約して蓄積する。その土台があって初めて、AIによる分析や高度な予測が可能となる。この段階的導入で期待されているのが画像検査と設備保全という。
画像検査は、作業者が目視で行っていた製品の傷や部品の有無のチェックを、カメラと画像認識ソフトで代替して支援する。AIを使えば一定の高精度で稼働し続けるため、検査品質の標準化と不良品の流出防止に威力を発揮する。
設備保全とは、設備内のモーターの微小な振動や電流、設備の温度変化などを常時モニタリングし、波形の変化などをAIでリアルタイム分析する。これにより、設備に故障が発生する前に、その兆候を検知してアラートを出す予知保全ができる。
「加えて、生産データを分析し、生産計画や設備稼働率の改善を図る取組みも広がるでしょう」
MEVNのFA製品の顧客は装置メーカーが主である。一方、スマートファクトリーの推進で課題を持つのは、工場でその装置を稼働させるエンドユーザーとなる。そこで同社は、エンドユーザーと接する部門を自社内に持ち、自動化の希望や現場での課題などを直接ヒアリングしている。
「エンドユーザーのニーズに合った日系やベトナム系の装置メーカーをご紹介するなど、両者の橋渡しをする場合もあります」

人が主導する高度化
ロボットは相棒になる
巨大投資による工場丸ごとの改革は、現在のベトナムではリスクが高い。例えば日本で飲料メーカーが、プラスチックボトルの成型から液体充填、ラベリング、梱包、出荷までを自動稼働させているとすれば、ベトナムでは繰返し作業や重労働の部分は産業用ロボットを使うといった、工程ごとの自動化が進むと思われる。
そして、ロボットに繰返し作業などを任せることで、その稼働データの分析やプロセスのカイゼン活動、品質の最終判定など、人間は得意とする業務に集中する。そして、現場全体の生産性向上を図っていく。
「まずは費用対効果の大きな工程から検討して導入し、効果を検証しながら対象を広げていくアプローチが現実的だと思います」
将来的に期待される技術として「フィジカルAI」がある。これはインターネット上のデジタル空間やクラウド内だけで完結するAIではなく、AIを現実の設備やロボットの動作・制御につなげる。そうすることで、AIが設備の状態を把握して異常を予測したり、生産状況に応じて設備やロボットの動作を最適化することが可能になる。

ただし、始まったばかりの技術だ。日本でも効果の検証や実験を行っている最中であり、ベトナムの製造現場での実用化は「もう少し先のステップ」と太田氏は語る。
それでも、AIが今後の製造現場を変えるキーワードであることは変わらない。人の作業を代替するイメージはあっても、対象となる生産設備や設備のメンテナンスや調整など、どこに実装するかは検討している最中だという。ただ、単純にAIは人との置換えにならないと強調する。
「AIやロボットを使うことで、人の能力を拡張できると考えています。これからもベトナム製造業の生産性向上、品質安定化、技能継承に貢献していきたいです」
製造現場をハックするイベント
AIと若き才能が描く未来工場

危機感が生んだ新戦略
フィジカルとサイバーの融合
ハノイのタンロン工業団地に拠点を構えるDENSO Manufacturing Vietnam(DMVN)は、2001年の設立から25周年を迎えた。デンソーグループとして主にエンジン系や駆動系の自動車部品を生産しており、売上の約9割を世界18ヶ国への輸出で占めるEPE企業である。
同社の歩みは常に順風満帆だったわけではない。2017年頃まで右肩上がりだった売上が、コロナ禍で減少に転じたのだ。競争力を上げないとビジネスが縮小するという危機感が生まれた。
「その対策として取られたのが外部との連携強化と、DXを積極導入して事業や働き方、経営までを改善するという考えです」(判治氏)
自社が持つ熟練の製造技術(フィジカル)に、ベトナムの強みであるITの力(サイバー)を融合させる。そのパートナーとして選んだのが地場IT最大手のFPTグループだ。そしてこの強力なタッグから生まれたのが、製造現場のリアルな課題を若い頭脳で解決するハッカソン「DENSO Factory Hacks」である。
単なる技術コンテストではなく、同社の製造現場が日々直面している「ペインポイント」(困りごと)をAI、IoT、ロボット工学などを用いて解決し、実装までを目的とする点が特徴だ。
期間は9~12月の約3ヶ月にわたり、参加対象は工学・技術系の学生や、製造分野に関心のあるITエンジニアなどの社会人。3~5人のチームで構成される参加人数は回を追うごとに増加しており、2023年の初回は約600人だったが2025年には650人を超え、2026年大会では約700人となっている。
「当初は各大学の教授の方々に足を運び、学生に参加を呼び掛けるようにお願いしました。今では知名度も高まり、だいぶ集めやすくなりました」(五十嵐氏)

Factory Hacksの仕組み
工場の「困りごと」を解決
選考プロセスはかなり実戦的だ。書類審査でアイデアを絞り込んだ後、オンラインでの「ミニブートキャンプ」を実施し、約2時間でハッカソンの説明と質疑応答。次は代表者による工場見学で、昨年なら選抜された22チームに3時間を要した。
「参加者のほとんどがIT系の学生さんなので、企業の生産設備など見るのは初めてです。皆さんはここからアイデアをブラッシュアップしていきます」
DMVNの社員が数チームに1人メンターとして付き、アイデアを実現可能にするための相談役になる。次は「オンライン評価」で、各チームの資料などを審査員が評価する。

この審査で10チームに絞られて、第2回の工場見学を実施。約半日を掛けてアイデアに関連する設備や工程を再確認するが、ここからは1チーム1人のメンターが担当となる。
「私たちの困りごとを体感して、アイデアを深めてもらいます。データの取られ方や集約方法など、様々な質問も飛んできます」
セミファイナルへ。10チームがアイデアを直接発表し、デモ機などのサンプルを持参するチームもある。ここで5チームが選抜されて12月の最終ラウンドに進む。昨年ならDMVNから3人、FPTから2人、外部企業の責任者1人が審査員となり、10項目程度を1~10で採点する。その合計点で順位が決まり、同点の場合は相談して差をつける。
「私は創造性と同じくらい、実現性の比重を重くしています。とはいえ私、それまでハッカソンという言葉も知らなかったです(笑)」(碓井氏)
「優勝チームの賞金は1億VNDで、1年分の学費相当と考えた金額です。2~5位にも賞金はあり、総額は2億5000万VNDです」(五十嵐氏)

AIの実装が進む生産現場
日本もうかうかしていられない
ハッカソンから生まれたアイデアは、既に工場の生産を変え始めている。2023年の優勝チームが提案したのは、低コストカメラによるアナログデータのデジタル化だ。
DMVNの工場には古い設備もあり、例えばエアーの圧力を示すメーターはアナログ計器だ。担当者が各現場を回って、目視による針の数値を手書きで記録していた。それをタブレット端末でメーターを撮影するだけで、針の角度を読み取り、数値を自動的に管理図へ転送する仕組みを作った。2024年から本格導入されている。
「それまでは古い計器をデジタル機器に買い替えることしか頭になく、数が多くて費用が掛かるからとあきらめていたのです。こんな発想はありませんでした」(判治氏)

2024年優勝チームによるAIとIoTを用いた生産監視・予知保全は、年内の導入を目指している。数ドルの安価な振動センサーを設備に取り付け、AIがその波形をリアルタイムで解析する。「摩耗が進んだジグ」や「設備のガタつき」など特有の振動パターンをAIが学習し、故障の兆候を検知するとコマンドルームに警報を出すシステムだ。
「ハッカソンの後で学生たちとチームで開発を進めます。ハードは弊社が用意して、案件によってはFPTも一緒に入ります」(碓井氏)
2025年優勝チームのアイデアは、AIによる外観検査の自動化だ。機械学習による外観検査は一般的だが、傷や欠陥の種類は無限なので、NGサンプルを集めるだけで相当の時間がかかる。この問題をAIが良品データのみを学習することでクリアした。実装は来年を予定している。
これまでを振り返って判治氏は、ベトナムのDXやITは日本とイーブンのスキルがあり、日本に先んじて具現化したいと語る。
「若いアイデアが楽しみで仕方ない。日本もうかうかしていられないと感じるほどの熱量です」
審査員を務める碓井氏は、DXで先進的な拠点があればすぐに見に行き、他社との会話でもDXへの関心が高いという。
「名門大学が多いせいもあるのでしょうが、学生が優秀でプレゼンも上手い。採用したくなりますね(笑)」

ハッカソンを初回から運営している五十嵐氏は、輸出企業であるからこそ、安い労務費だけでは優位性が続かないと見ている。
「AI、デジタル化、自動化を弊社の武器とするためにも、ハッカソンは今後も続けたいです」
2026年大会は7月30日にスタートし、12月2日の決勝に向けて進んでいる。
紙をデータに、現場をデジタルに
複合機の先に見えた生産現場

オフィスと工場を結ぶ自動化
文書スキャンとAIの融合
リコーと聞けば、多くの人がオフィスの複合機やプリンター、あるいはRicoh GRのような高性能カメラを思い浮かべるだろうが、そのイメージは代わりつつある。
リコーグループ全体として「デジタルサービスカンパニーへの変革」を表明したのは、コロナ禍の2020年。正確にはその数年前から進められていた。そして現在、ITサービスなどを中心としたオフィスサービス事業の売上が、従来のオフィスプリンティング事業を上回っている。
リコーベトナムは2011年の設立。長年にわたってオフィスプリンティング事業が大半を占めているが、ベトナムでもITサービス、紙文書のデジタル化、ミーティングルームソリューションなどに対するニーズが高まってきており、オフィスサービス事業が伸びてきている。
「複合機をドキュメント管理や業務自動化の起点とし、業務全体の上流から下流までのワークフローをデジタル化する提案をしています」
これはオフィス業務のみならず、工場の現場における、見る、記録する、伝える、分析するといった業務プロセスのデジタル化も含まれる。同社は旧ビンズン省で開催された製造業展示会VIMF 2026にも6月に出展し、「オフィスからファクトリー(工場)まで」を掲げた。
主軸となるのがVIMF 2026でも発表したドキュメントソリューションだ。ベトナムの製造工場では、見積書、支払関連文書、契約書など膨大な紙の書類が日々行き交い、その管理や転記に多くの時間が費やされている。
この課題に対し、リコーは全世界で2万社以上の導入実績を持つクラウド型文書管理システム「DocuWare」を展開している。複合機に新オプション技術「Ricoh Edge AI」を組み込むことで、紙をスキャンした瞬間にPDF化だけでなく、AIが内容を解析してWordやExcelなどの必要なデータに抽出する。
「過去の修正書類や改訂版をAIが自律的に検索し、画面上で変更箇所を比較表示もできます」

ベトナムでは、紙の請求書から電子インボイスへの移行が全国的に義務化されているように、法制度面においてもデジタル化への移行が着実に進展している
ただ、いざデジタルへの移行を決断しても、既に数百万枚と溜まった過去の紙文書をスキャンする人的余裕は、工場側にないだろう。そこで大手BPO企業とリコーの技術の組合せにより、大量スキャンの代行サービスから倉庫での書類保管までを一括で受託し、ドキュメント管理トータルソリューションの体制を整えている。
「工場でのAIと聞くとロボットを思い浮かべる方も多いと思いますが、ドキュメントソリューションも注目されると思います」
生産現場とオフィスをつなげる試みでは、オンラインでの会議室ソリューションも効率化を手伝う。タッチパネル式のインタラクティブホワイトボード(電子黒板)を使い、工場の設計図面や仕様書を投影しながら、離れた拠点間で双方向の書込みができる。さらに、決定事項は即座にデータで共有できる。
「マイク、カメラ、ネットワークなど含めた、会議室のトータルコーディネートも請け負っています」


工場内での大量印刷
高まる高品質への対応
大手製造業の工場内には、プリントセンターなどと呼ばれる自社印刷の専用エリアがある。製品に同梱する取扱説明書などは外注するとリードタイムがネックとなったり、作業指示書や注文書なども工場内で大量印刷するケースが多いためだ。

従来は、高速オフィス複合機を複数台導入し、大量印刷に対応してきたケースが多い。しかし、安定稼働や品質ニーズの高まりにより、商業印刷を扱う印刷会社が導入する、プロダクションプリンターが求められ始めている。また、モノクロ印刷だけでなく、カラー印刷も工場内で対応したいなどの多様化が進んでいる。そんな中で最近新たにリコーベトナムが発売したのが、「Ricoh Auto Color Adjuster」だ。
この機器は、色味の基準となる印刷物をスキャンするだけで、その色を高速に測定し、色調整用のプロファイルを自動作成する。職人技に頼ったCMYKの色調整を自動化できるため、現在は商業印刷会社が主顧客となっている。
「工場の印刷物はモノクロが主流ですが、マニュアルのカラー化が進めば導入先は増えると思います」

フル自動の生産は先の話
人とAIが協働する工場へ
冒頭のようにリコーベトナムのデジタルソリューション分野が拡大しているのはこの数年のことで、オフィスからファクトリー(工場)までのドキュメントソリューション提案などはこれからだ。ベトナムは先進国で始まりつつあるような、AIとロボットを組み合わせた無人工場へと進むのか。
「それよりは、人、AI、ロボットが緊密に協働する工場に変化していくと思います」
例えば、人による紙への記録はデータとして蓄積され、色調整を自動化できても、工場は完全な自動にはならない。一方、トラブルが発生した際にはベテランや熟練者に尋ねるのではなく、蓄積されたAIのナレッジベースから解決策を引き出すようになる。
AI、FA、DXなどによって、人はルーティンや単純な作業から解放される。そして、工場なら、高度な生産判断、プロセスの改善、品質向上活動など、人間にしかできない付加価値の高い仕事に集中できるのではないか。
「実際にお客様のご要望で多いのは、人に依存していた作業を標準化させたい、紙やエクセル中心の業務を効率化したい、さらには社内の承認フローをスピードアップさせたいなどです。そこがトリガーになって始まることが多いです」
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取材・執筆:高橋正志(ACCESS編集長)
ベトナム在住12年。日本とベトナムで約25年の編集者とライターの経験を持つ。
専門はビジネス全般。